文字の大きさ
大
中
小
108 / 161
第10章 後宮
第397話 歪み
「皇后宮から、色々出てきたよ。お前の読みは間違っていなかった。」
朝方戻ってきた冬隼の報告を聞いて、翠玉は胸の前で手を握る。
「泉妃は!?」
翠玉の言葉に冬隼が顔を曇らせる。
「それは分からないそうだが、手遅れではないそうだ。
お前が持っていた書と同じものが皇后の手元にもあったらしい。どうやら響透国
では嫁入りの時にあの書を持たせる事が多いのかもしれん。あれは廿州の書庫から借りたものだろう?」
冬隼の問いに、翠玉はうなずく。なぜ響透の嫁入りによく渡される書が廿州の書庫にあったのだろうかと、その繋がりが読めない。
たしかに子作りから妊娠や出産まで素晴らしく有益な知識がたくさん詰まっている書ではあることには間違い無いのだが。
「悠安の前に廿州の州宰だった男の妻が確か響透の高官の娘だったはずだ。きっとその書はその妻が廿州に置いて行ったものだろうな」
「あぁなるほど」
話が繋がり翠玉は息を吐いた。
たまたま廿州の書庫で手に取り、借りてきたものがまさか核心に迫るものだったとは思わなかった。
泉妃の体調不良がどんなものなのかは他の書でも調べてすぐに分かった。
妊婦特有の症状であると知り、しかし時に命に関わるものであるという文言を見て、恐ろしく感じた。
そしてその治療方法を調べていて、この書に行き着いたのだ。
見れば響透国の学者達が書いた書ではないか。
響透と言えば、そこで浮かぶ人間は皇后一人しかいない。
異母姉の残した言葉達がじわりじわりと真実味を帯びてくるような気がした。
もし、泉妃を皇后が助ける気があったのならば、治療をさせているはずだ。しかしそうでなく、泉妃を害すつもりならば反対にここに記された害悪を与える薬草を泉妃に盛ってはいないだろうか?
そうした翠玉の懸念を聞いてすぐに動いてくれたのは冬隼だった。
結局、夕餉に泉妃に出されている茶から、それは見つかった。
すぐに泉妃の身は皇帝に保護され、早急に改善薬を作る運びとなった。しかし改善薬の薬草はやはり響透由来のものが多く、入手に時間のかかるものばかりだった。
ただ、幸いな事にそれはその数時間後、皇后宮で大量に見つかった。
皇后はいつの間にか、大量の薬草を祖国から取り寄せていた。そしてそこにはこの先泉妃に飲ませるための例の毒薬も作成され、丁寧に封に入れられて隠されていたというのだ。
完全に皇后が泉妃を陥れようとしていた事は証明された。
「皇后は、どうしているの?」
翠玉の問いに冬隼は首を振る。
「何一つ話そうとはしない。しかし、皇后宮の女官が一人、興味深い証言をしているんだ。東左と皇后はずいぶん長い事、男女の関係にあったらしい」
参ったようにどさりと椅子に腰掛けた冬隼は額に指を当てて揉み込む。
その前に茶を出してやりながら、翠玉は冬隼の次の言葉を待った。
「もしかしたら、劉妃の読みは結構当たっているのかもしれないと、雪兄上は言っている」
思い出したように冬隼が胸元から出した書状を、翠玉は両手で大切に受け取る。
事の緊急性を察して、裏付けの一つになればと劉妃の最後の書状を冬隼に託し、皇帝にも読んでもらったのだ。
「でもそうであるなら、皇后は多分東左に利用されたのね?」
「そのようだな、そして皇帝の大切な者達を内側から壊すつもりだったのだろうな」
そう言って、冬隼は翠玉の手を引くと、まだ寝巻きのままの身体を引き寄せて、翠玉の腰に手を回し、腹に頭を寄せる。
「しかし、なぜ子供達でなく妃ばかりを先に始末しようとしたのだろうな?」
冬隼の疑問に、翠玉は彼の頭を撫でながら、昨日高蝶妃の話から気づいてしまった事を思い出した。
「きっと皇太后は最初から子供達には興味がなかったのだと思うわ。彼女の中では父親にとって子供というものは、そこまで大切なものだという認識がなかったのかもしれない。だから貴方達が子供を失ってもそれほど辛くはないと思ったのよ。それよりは伴侶である妻を失う方が辛いと、そう思ったのではないかしら?」
翠玉の言葉に冬隼が顔を上げて見上げてくる。
意味がわからないと言う顔に、翠玉は笑う。自身の夫がそう言う反応をしてくれたことに少しばかり安堵する。
「皇太后の夫は先帝陛下でしょう?貴方達のお父様ね。そのお父様は妻である妃達をとても大事にはしていたけれどその子供には興味がまるで無かった。世継ぎ争いで子供が一人死のうが、死産だろうがそんな事で心は痛めなかった。ちがう?」
「たしかに、そうだな」
酷な事実を、肯定する冬隼の髪を慰めるように撫でて翠玉は話を続ける。
「そんな夫を持っていた皇后が、貴方達から大切な人を奪おうと考えた時に、それが子供だと考えるかしら?多分妻の方が大切だろうって考えるのではないかしら。だからきっと子供達を狙う事はなかった。本来なら一番狙いやすい所なのに」
「なる、ほど……」
翠玉の言葉に納得したように冬隼は呟いた。
「ずっと引っかかってたのよ。なぜ雪お兄様のところは朱杏様が殺されて。子供である稜寧が今まで無事だったのか。雪お兄様が今、この上なく大切にしていらっしゃるのは稜寧なのに、そこには見向きもされていなかった。でもこの前冬隼からお父上の話を聞いて、昨日蝶妃様から夫の話を聞いてなんとなくそれが繋がったの。そうしたら自然と後宮の動きに目が向いたの。妻が狙われるのであれば誰が一番危なかったかって」
一番は言わずもがな寵妃である泉妃で、そして次いで皇帝が信を置く皇后だった。
現段階で、この二人が無事でいる事に、意味があるように感じたのだ。
それは異母姉が言っていた、「皇太后の思惑とは違う何か分からない思惑が働いている」ということに関わりがあるような気がしたのだ。
結局のところ、皇太后は後宮に関しては妃同士で潰し合わせるつもりだったのだ。そして残った最後の一人を情夫であった東左の裏切りと言う形で絶望の元に葬る。
そうして皇帝から、妻をすべて奪うつもりだったのだろう。
朝方戻ってきた冬隼の報告を聞いて、翠玉は胸の前で手を握る。
「泉妃は!?」
翠玉の言葉に冬隼が顔を曇らせる。
「それは分からないそうだが、手遅れではないそうだ。
お前が持っていた書と同じものが皇后の手元にもあったらしい。どうやら響透国
では嫁入りの時にあの書を持たせる事が多いのかもしれん。あれは廿州の書庫から借りたものだろう?」
冬隼の問いに、翠玉はうなずく。なぜ響透の嫁入りによく渡される書が廿州の書庫にあったのだろうかと、その繋がりが読めない。
たしかに子作りから妊娠や出産まで素晴らしく有益な知識がたくさん詰まっている書ではあることには間違い無いのだが。
「悠安の前に廿州の州宰だった男の妻が確か響透の高官の娘だったはずだ。きっとその書はその妻が廿州に置いて行ったものだろうな」
「あぁなるほど」
話が繋がり翠玉は息を吐いた。
たまたま廿州の書庫で手に取り、借りてきたものがまさか核心に迫るものだったとは思わなかった。
泉妃の体調不良がどんなものなのかは他の書でも調べてすぐに分かった。
妊婦特有の症状であると知り、しかし時に命に関わるものであるという文言を見て、恐ろしく感じた。
そしてその治療方法を調べていて、この書に行き着いたのだ。
見れば響透国の学者達が書いた書ではないか。
響透と言えば、そこで浮かぶ人間は皇后一人しかいない。
異母姉の残した言葉達がじわりじわりと真実味を帯びてくるような気がした。
もし、泉妃を皇后が助ける気があったのならば、治療をさせているはずだ。しかしそうでなく、泉妃を害すつもりならば反対にここに記された害悪を与える薬草を泉妃に盛ってはいないだろうか?
そうした翠玉の懸念を聞いてすぐに動いてくれたのは冬隼だった。
結局、夕餉に泉妃に出されている茶から、それは見つかった。
すぐに泉妃の身は皇帝に保護され、早急に改善薬を作る運びとなった。しかし改善薬の薬草はやはり響透由来のものが多く、入手に時間のかかるものばかりだった。
ただ、幸いな事にそれはその数時間後、皇后宮で大量に見つかった。
皇后はいつの間にか、大量の薬草を祖国から取り寄せていた。そしてそこにはこの先泉妃に飲ませるための例の毒薬も作成され、丁寧に封に入れられて隠されていたというのだ。
完全に皇后が泉妃を陥れようとしていた事は証明された。
「皇后は、どうしているの?」
翠玉の問いに冬隼は首を振る。
「何一つ話そうとはしない。しかし、皇后宮の女官が一人、興味深い証言をしているんだ。東左と皇后はずいぶん長い事、男女の関係にあったらしい」
参ったようにどさりと椅子に腰掛けた冬隼は額に指を当てて揉み込む。
その前に茶を出してやりながら、翠玉は冬隼の次の言葉を待った。
「もしかしたら、劉妃の読みは結構当たっているのかもしれないと、雪兄上は言っている」
思い出したように冬隼が胸元から出した書状を、翠玉は両手で大切に受け取る。
事の緊急性を察して、裏付けの一つになればと劉妃の最後の書状を冬隼に託し、皇帝にも読んでもらったのだ。
「でもそうであるなら、皇后は多分東左に利用されたのね?」
「そのようだな、そして皇帝の大切な者達を内側から壊すつもりだったのだろうな」
そう言って、冬隼は翠玉の手を引くと、まだ寝巻きのままの身体を引き寄せて、翠玉の腰に手を回し、腹に頭を寄せる。
「しかし、なぜ子供達でなく妃ばかりを先に始末しようとしたのだろうな?」
冬隼の疑問に、翠玉は彼の頭を撫でながら、昨日高蝶妃の話から気づいてしまった事を思い出した。
「きっと皇太后は最初から子供達には興味がなかったのだと思うわ。彼女の中では父親にとって子供というものは、そこまで大切なものだという認識がなかったのかもしれない。だから貴方達が子供を失ってもそれほど辛くはないと思ったのよ。それよりは伴侶である妻を失う方が辛いと、そう思ったのではないかしら?」
翠玉の言葉に冬隼が顔を上げて見上げてくる。
意味がわからないと言う顔に、翠玉は笑う。自身の夫がそう言う反応をしてくれたことに少しばかり安堵する。
「皇太后の夫は先帝陛下でしょう?貴方達のお父様ね。そのお父様は妻である妃達をとても大事にはしていたけれどその子供には興味がまるで無かった。世継ぎ争いで子供が一人死のうが、死産だろうがそんな事で心は痛めなかった。ちがう?」
「たしかに、そうだな」
酷な事実を、肯定する冬隼の髪を慰めるように撫でて翠玉は話を続ける。
「そんな夫を持っていた皇后が、貴方達から大切な人を奪おうと考えた時に、それが子供だと考えるかしら?多分妻の方が大切だろうって考えるのではないかしら。だからきっと子供達を狙う事はなかった。本来なら一番狙いやすい所なのに」
「なる、ほど……」
翠玉の言葉に納得したように冬隼は呟いた。
「ずっと引っかかってたのよ。なぜ雪お兄様のところは朱杏様が殺されて。子供である稜寧が今まで無事だったのか。雪お兄様が今、この上なく大切にしていらっしゃるのは稜寧なのに、そこには見向きもされていなかった。でもこの前冬隼からお父上の話を聞いて、昨日蝶妃様から夫の話を聞いてなんとなくそれが繋がったの。そうしたら自然と後宮の動きに目が向いたの。妻が狙われるのであれば誰が一番危なかったかって」
一番は言わずもがな寵妃である泉妃で、そして次いで皇帝が信を置く皇后だった。
現段階で、この二人が無事でいる事に、意味があるように感じたのだ。
それは異母姉が言っていた、「皇太后の思惑とは違う何か分からない思惑が働いている」ということに関わりがあるような気がしたのだ。
結局のところ、皇太后は後宮に関しては妃同士で潰し合わせるつもりだったのだ。そして残った最後の一人を情夫であった東左の裏切りと言う形で絶望の元に葬る。
そうして皇帝から、妻をすべて奪うつもりだったのだろう。
感想 260
あなたにおすすめの小説
妹ばかり愛した家族へ。私が王太子妃になった日、皆さんは謝りました。けれど、もう遅いのです
【全一話完結】
幼い頃から妹の引き立て役として生き、婚約者まで奪われて家を追放された侯爵令嬢エレナ。
傷ついた彼女が助けた青年は、身分を隠した王太子だった。
一年後、王太子妃となったエレナの前に現れたのは、今さら「家族だから」と擦り寄ってくる両親と妹。
けれど彼女は、もう二度と振り返らない。
【完結】聖女と国王は恋仲にしか見えませんので、私は妻をやめます
王妃アリアは、国王レオンと聖女セレナが愛し合っているという噂に苦しんでいた。夜通し共に過ごし、人前で名前を呼び合い、触れ合う二人は、誰の目にも恋仲にしか見えない。
それでもレオンは「国を守るために必要なことだ」と妻の痛みに気づかず、セレナも王妃の席へ座り、妻のように振る舞い続ける。ついに礼拝堂で、アリアは皆の前で二人を問いただす。
「お二人には、本当に呆れましたわ」そして結婚指輪をレオンへ投げつけ、「私は、あなたの妻をやめます」と宣言する。だが王妃が去った直後、妻になったつもりで振る舞う聖女へ、王宮中の視線は冷たく変わっていき。
『嘘の病気で同情を買うな』と私を死に追いやった婚約者、私の墓標の前で額を叩きつけ、血の涙を流して号泣する大破滅!
婚姻届を出す前日、久世景人はようやく、十年遅れの婚約指輪を私の指にはめた。
銀色の輪が薬指に滑り込んだ瞬間、私は照明の下で光るダイヤをぼんやり見つめた。長く続いた待ち時間が、やっと終わったような気がした。けれど次の瞬間、彼は私の手を見下ろし、まるで似合わない品物を評するように静かな声で言った。
「正直、澪の手ってあまりきれいじゃないよな」
私は言葉を失った。
景人はそのまま私の指先を取ると、さっきはめたばかりの指輪を抜き取った。十年待ち続けた指輪は、彼の手のひらの上で冷たく光っていた。
「この指輪、瑠奈の手にあったほうが似合うと思う」
私は手を引き戻し、信じられない思いで彼を見た。
「どういう意味? 瑠奈と結婚するつもりなの?」
景人は目を伏せ、指輪の縁を指先でなぞった。まるで、たいしたことではない問いを少し考えているだけのようだった。
「そこまでじゃない。ただ、会えない時間が長くなると、どうしても瑠奈のことを考えるんだ」
その瞬間、私は自分がどうやってあのタワーマンションを出たのかさえ覚えていない。
王妃教育を辞退したら「困る」と国王陛下が直接迎えに来ました ~婚約破棄された私に、王太子ではなく国王陛下が求婚してきます〜
【全一話完結】
王太子の心変わりによって婚約を破棄された侯爵令嬢リリアーナ。
十年以上受け続けた王妃教育も辞退し、ようやく自由になれると思っていた。
ところが数日後、侯爵家を訪れたのは国王陛下本人。
「王妃教育を辞退されると困る。私の妃になってほしい」
努力を踏みにじった王太子はすべてを失い、選ばれたのは誠実に生きてきた彼女だった。
これは、年上国王に溺愛されながら、世界一幸せな王妃になるまでの逆転ラブストーリー。
側妃を紹介されたので、その婚約はお断りいたします
公爵令嬢ヴィオレッタは、王子の婚約披露の日に、もうひとりの令嬢を「側妃に」と紹介された。
逆らってはいけない――そう信じて微笑んだわたくしは、濡れ衣を着せられ、お腹の子を奪われ、雪の離宮でひとり息を引き取った。
けれど目を開けると、そこはあの婚約披露の日。時間が、巻き戻っていた。
今度は、飲み込まない。今度は、微笑まない。
前の生で覚えた数字も、罠も、あの女の手口も、ぜんぶ覚えている。
「その婚約、謹んでお断り申し上げます!」
涙を武器にする令嬢に、二度は負けない。そして――誰も見ていないと思っていた場所で、ずっとわたくしを見ていた騎士がいた。
これは、運命に流されるだけだったわたくしが、自分の人生を"選び直す"物語。
夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。
「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。
俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」
新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは――
※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。
幼馴染しか見えない婚約者と白い結婚したので、夜明け前にさよならしました
公爵令嬢レティシアは、家同士の都合で伯爵アルフレッドに嫁ぐ。
けれど夫は結婚後もずっと幼馴染のシルヴィばかりを優先し、婚礼の夜から夫婦として触れ合おうともしなかった。名ばかりの妻として伯爵家を支え、領地経営まで立て直しても、彼にとってレティシアは“都合のいい伯爵夫人”でしかない。
やがて結婚一周年の夜、アルフレッドが自分を手放す気はない一方で、幼馴染を屋敷に迎え入れようとしている会話を聞いてしまったレティシアは、ついに決意する。
――もう、この結婚には見切りをつけよう。
夜明け前、彼女は離縁の準備を整え、伯爵邸を出奔。
身を寄せた北の港町で薬舗を手伝いながら、自分の力で生きる穏やかな日々を手に入れていく。そこで出会ったのは、身分ではなく一人の女性として彼女を尊重してくれる青年医師ノアだった。
一方、都合よく尽くしてくれる妻を失ったアルフレッドは、ようやく自分が何を失ったのかを思い知ることになる。
幼馴染ばかりを優先する婚約者との白い結婚に終止符を打ち、傷ついた公爵令嬢が新天地で本当の幸せを掴む、離縁から始まる逆転ラブストーリー。
「君を愛することはない」と言われて三年、そろそろ白い結婚をやめようと思います
伯爵家の娘・セシリアには、幼い頃からの許婚がいた。
公爵家当主にして王国宰相、ユーリス・シルヴェイン――初恋の相手でもある彼と、セシリアはついに結婚する。
しかし結婚初夜、彼は静かに告げた。
「君を愛することはない」と――。
ユーリスはほとんど帰宅せず、聞こえてくるのは他の女性との浮いた話ばかり。
没落寸前だった伯爵家の借金を肩代わりしてもらった身では、反論する術もない。
セシリアに求められるのは、ただ"完璧な公爵夫人"でいることだけだった。
しかし"ある夜"をきっかけに、ふたりの関係はより歪になる。
彼が稀に邸へ戻る夜――ユーリスは決まって、セシリアの隣で眠るのだ。
理由も、意味も、分からない。でも、怖くて聞けない。
そんな折、社交界である噂が囁かれ始めた。
他国の王女との縁談、そして「本命の女性がいる」という声。
結婚して三年。愛されなくとも、傍にいられればそれで良かった。
けれど、もう――潮時なのかもしれない。セシリアは静かに、離婚を決意する。