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番外編
あの日僕は知ってしまった①
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翠玉の出産の最中の惺殿下のお話です。
本日と明日の2話完結となります。
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叔母上に赤ん坊が生まれると聞いても正直その時にはぴんと来なかった。
ただその日の朝、いつも一緒に食事をとる彼女も、叔父上も食事の場には来なくて。
その代わりに何だか、邸中が騒がしくて慌ただしいなと思ったくらいで。
その中で一人だけぽつりと取り残されたような気がして
寂しいなぁとぼんやり思った。
この邸で暮らすようになって半年ほどが経ち、最初は慣れないことばかりだったこの生活も、今では何の不自由もなく過ごすことができている。
後宮での生活は、今思えば随分窮屈で管理されたものだったのだと知った。
あの頃の自分の周りには、母と数人の女官しかいなかった。それが世界の全てで、自分は時期に皇帝となるのだと信じて疑わなかった。
時々行事などで会う兄妹達の楽しそうに笑う姿を、うらやましいと思いながらも「あれは全て敵だ」という母の言葉を何の疑いもなく信じていた。
その母が罪を犯したと告白して、手を取りながら謝った姿は、今でも鮮明に覚えている。
今まで母の教えてきたことは全て間違っていた、だから母はその罪を償わねばならないと。
正直叔母の家に送られて、母が死んだ頃のことは、記憶に靄がかかっていて曖昧だ。
ただ、ここにきて自分の生活は一転した。
多くの人に会うようになり、敵だと言われた兄妹や従兄達と接することが増え、学ぶことや興味を持つものが増えた。
自分のことは極力自分で面倒を見て、剣の握り方を教わった。
遊び疲れて眠るという事を初めて知った。
そして何より、自分の後見人となった叔父叔母夫婦を尊敬した。
叔父は不愛想で一見怖い印象だが実際には優しく、そして強くて格好良かった。皇帝である父よりも尊敬できるとさえ思うのだ。
そして叔母は、いつも底抜けに明るくて、包み込むような優しさを持った人だった。だんだん大きくなるお腹を抱えながら、それでもいつも忙しそうに動き回っていて。時々色んな大人たちに怒られているけれど、多くの人に愛されている人であることは子供ながらによくわかった。
自慢の叔父叔母で、その二人に自分がわが子のように大切に育てられていることが、うれしくて誇らしかった。
それなのに……二人の間に本当の子供が生まれてしまう。
邸の者たちはようやく生まれる跡取りに湧いているのに、自分だけが喜べないでいた。
本当の子供が生まれてしまったら、自分は邪魔者になってしまうのではないだろうか。
一度崩れて、もう一度築きなおした足場がまたしても崩れてしまうのではないか。そう思うと怖くて、泣き出したくなる。
「殿下?こんなところにお一人でどうなさったのです?」
中庭のいつも剣術の訓練をしている場所で、一人ぼんやりと座っていると、不意に声をかけられて振り返る。
「泰誠?」
振り返った自分はどんな顔をしていたのだろうか、こちらを見下ろしている泰誠がわずかに苦笑した。
「あぁ、そうかいつもこの時間に打ち合いしてますからね。今日は残念ながらお休みです」
そう言って彼はゆっくりと近づいてきて「お隣に座っても?」と聞いてくるので、頷く。
「まだお生まれにはならないみたいですね。」
「そう」
思いがけず、そっけない声が出てしまう。
これでは拗ねていると丸わかりではないかと思うけれど、残念ながら取り繕うような器用さは持ち合わせていなかった。
叔父の臣下の中でも一番目ざとい泰誠だ。すぐに見破られてしまうと焦りを覚えるも。
「おや、弟か妹ができるのは、嬉しくないのですか?」
すでに遅かった。
「っ……」
気まずくて視線を逸らす。隣で彼がくすりと笑うのが聞こえた。
「それはよかったです。それだけ殿下にとって叔父上と叔母上が寄る辺になっている証拠ですから」
どういう意味だろうか?意味が分からず、思わず問うように彼を見上げた。
「実は僕も、殿下と同じような思いを経験したことがあるんですよ」
泰誠はそう言って、悪戯そうな笑みを浮かべていた。
本日と明日の2話完結となります。
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叔母上に赤ん坊が生まれると聞いても正直その時にはぴんと来なかった。
ただその日の朝、いつも一緒に食事をとる彼女も、叔父上も食事の場には来なくて。
その代わりに何だか、邸中が騒がしくて慌ただしいなと思ったくらいで。
その中で一人だけぽつりと取り残されたような気がして
寂しいなぁとぼんやり思った。
この邸で暮らすようになって半年ほどが経ち、最初は慣れないことばかりだったこの生活も、今では何の不自由もなく過ごすことができている。
後宮での生活は、今思えば随分窮屈で管理されたものだったのだと知った。
あの頃の自分の周りには、母と数人の女官しかいなかった。それが世界の全てで、自分は時期に皇帝となるのだと信じて疑わなかった。
時々行事などで会う兄妹達の楽しそうに笑う姿を、うらやましいと思いながらも「あれは全て敵だ」という母の言葉を何の疑いもなく信じていた。
その母が罪を犯したと告白して、手を取りながら謝った姿は、今でも鮮明に覚えている。
今まで母の教えてきたことは全て間違っていた、だから母はその罪を償わねばならないと。
正直叔母の家に送られて、母が死んだ頃のことは、記憶に靄がかかっていて曖昧だ。
ただ、ここにきて自分の生活は一転した。
多くの人に会うようになり、敵だと言われた兄妹や従兄達と接することが増え、学ぶことや興味を持つものが増えた。
自分のことは極力自分で面倒を見て、剣の握り方を教わった。
遊び疲れて眠るという事を初めて知った。
そして何より、自分の後見人となった叔父叔母夫婦を尊敬した。
叔父は不愛想で一見怖い印象だが実際には優しく、そして強くて格好良かった。皇帝である父よりも尊敬できるとさえ思うのだ。
そして叔母は、いつも底抜けに明るくて、包み込むような優しさを持った人だった。だんだん大きくなるお腹を抱えながら、それでもいつも忙しそうに動き回っていて。時々色んな大人たちに怒られているけれど、多くの人に愛されている人であることは子供ながらによくわかった。
自慢の叔父叔母で、その二人に自分がわが子のように大切に育てられていることが、うれしくて誇らしかった。
それなのに……二人の間に本当の子供が生まれてしまう。
邸の者たちはようやく生まれる跡取りに湧いているのに、自分だけが喜べないでいた。
本当の子供が生まれてしまったら、自分は邪魔者になってしまうのではないだろうか。
一度崩れて、もう一度築きなおした足場がまたしても崩れてしまうのではないか。そう思うと怖くて、泣き出したくなる。
「殿下?こんなところにお一人でどうなさったのです?」
中庭のいつも剣術の訓練をしている場所で、一人ぼんやりと座っていると、不意に声をかけられて振り返る。
「泰誠?」
振り返った自分はどんな顔をしていたのだろうか、こちらを見下ろしている泰誠がわずかに苦笑した。
「あぁ、そうかいつもこの時間に打ち合いしてますからね。今日は残念ながらお休みです」
そう言って彼はゆっくりと近づいてきて「お隣に座っても?」と聞いてくるので、頷く。
「まだお生まれにはならないみたいですね。」
「そう」
思いがけず、そっけない声が出てしまう。
これでは拗ねていると丸わかりではないかと思うけれど、残念ながら取り繕うような器用さは持ち合わせていなかった。
叔父の臣下の中でも一番目ざとい泰誠だ。すぐに見破られてしまうと焦りを覚えるも。
「おや、弟か妹ができるのは、嬉しくないのですか?」
すでに遅かった。
「っ……」
気まずくて視線を逸らす。隣で彼がくすりと笑うのが聞こえた。
「それはよかったです。それだけ殿下にとって叔父上と叔母上が寄る辺になっている証拠ですから」
どういう意味だろうか?意味が分からず、思わず問うように彼を見上げた。
「実は僕も、殿下と同じような思いを経験したことがあるんですよ」
泰誠はそう言って、悪戯そうな笑みを浮かべていた。
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