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番外編
失って得たもの
「戦況報告が来ましたよ」
報告書を持って泰誠が修練場に入れば、木刀を交えていた二つの影がすぐさま飛びかかってきた。
身の危険を感じた泰誠が慌てて報告書を彼らの前に翳すと、彼らはピタリとその目前で動きを止めた。
年齢を重ねても、一切衰えることのない彼らの身体能力は見事なものだ。
2人はその報告書の中身を食い入るように読み上げると「ほっ」と肩の力を抜いた。
「とりあえず……無茶はしてないようね」
「そのようだな」
「でも、きっと時間の問題な気がする。惺が上手く手綱を握っていてくれるといいのだけど」
「お前の娘だからな……」
「うん……惺だけじゃあ無理な気がしてきたわぁ」
顳顬を指で揉み込んで2人のうちの1人で妻の翠玉は唸る。
自分の破天荒さが、ここに来て自身をこれほど悩ませる種になるとは思いもしなかったのだろう。ここ数年の彼女と……その隣の夫の悩みはこの件ばかりだ。
とりあえず一通り報告書に目を通し身を引いて、そうしてがらんとした修練場を見回して、翠玉は眉を下げた。
「結局、全員戦場に行ってしまったのねぇ」
++++
砂塵に剣撃、そして断末の呻き声に激を飛ばす怒声、そして血の匂い。
それを櫓の上から見下ろして、湖紅国第2皇子、惺眞はそれはそれは大きなため息を吐いた。
「あの馬鹿者!また俺の指示無視したな!!おい春李の部隊に伝令だ。とにかく一旦下ってこちらに戻れと伝えてくれ。あいつの隊だけ出過ぎだ!」
伝令役を走らせると、彼は地形図を広げた卓上を見下ろして、いくつかの碁石を動かす。
「全く!そこまで無茶な戦でもないし、作戦でもないのに、なんでこんなに気を揉まねばならんのだ」
ブツブツ小言を言いながら、作戦を練って各部隊に伝令を走らせていると、下から騒がしい声が登ってくる。
「もう、惺兄様!もう少しで敵の将の首取れたのにぃ!」
顔を見て早々にキャンキャンと高い声で抗議をしてくる齢19の娘は、惺眞の従妹の春李である。
幼い頃に、母を亡くして叔母のもとで育てられた彼にとっては実の妹のような存在であり、いま現在この戦場で戦術を練るよりも悩ましい存在である。
「もう少し大人しくしていろ!突出しすぎだ!陣形を乱すな」
そう叱りつければ、首を竦めた従妹は叔母によく似た勝気な瞳を細めて唇を尖らせる。
「だってすぐ片づいちゃってつまらないんだもん!」
彼女のその言葉を聞いて、大きなため息が漏れる。
「お前、自分の立場わかってるのか?総大将だぞ?」
「わかってるわ!絶対やられちゃだめな人なのよね!それくらい都を発つ前に父様からしつこいくらいに言われてるわよ」
何を今更そんな事を言うのだと呆れたように言い返されて、惺眞は天を仰いで目を回したい気分になる。
叔父上、貴方のご指導は全然娘に響いていません。
「惺兄様、申し訳ありません。僕がついていながら……」
遅れて櫓に上がってきて、2人を追うように声を上げたのは、春李の弟の庸秋だ。
今年15になる彼は、この戦が初陣となる。
「いや、お前は悪くないよ庸。初陣のお前に戦場でこいつを抑えていろなんて無茶な要求だ。本来なら、姉の春李がお前に模範的な将の姿を見せるべきなんだぞ!」
「うん、だからほら。勇敢な姉の姿をね」
「姉様、少し黙った方がいいですよ」
15の弟にまで諌められて、春李はムムッと頬を膨らませる。
「隼劉兄様の方は大丈夫なのでしょうか?」
姉の言葉を封じた庸秋が不安そうに兄の安否を気にして見上げてくるので、首を横に振る。
「あちらは放っておいても大丈夫だ。立派にやってるよ。隆蒼がついてるしな」
「そうですか!良かったです」
安堵した様子の庸秋に頷いてやり、一度戦場に視線を向ける。
「もうすぐ作戦を動かす。持ち場に戻ってきちんと指揮を取れ!頃合いだけ頼むぞ。あまり前に出すぎるとこちらが動き辛くなる」
「承知しました」
「了解です兄様!」
きちんとする弟に、また戦場に戻れると喜び勇み櫓を降りていく姉。
去っていった姉弟の姿を見送って、惺眞はまた大きなため息を吐く。
結局自分は従妹に甘いのだ。
「はぁやれやれ、困ったものだ、隆成、南梨いるな?」
自身の後方に声をかければ、膝をついている二つの人影が「はい」と返事をする。
「それぞれ持ち場につけ、敵の包囲の時機はお前たちの部隊にかかっているぞ。あと撤退の途中であいつを拾ってこい。暴れられる前に回収だ」
そう伝えれば、2人はよく似た顔でニヤリと笑った。
「承知しました」
2人が居なくなって、ようやくひと息ついた惺眞は再び戦場に目を向けて、可愛い従妹弟達のいる場所を確認する。
全て失った、幼少の頃。あれから自分は多くのものを手にした。
その際たるものが、彼らだ。
そして何よりは叔母から授けられたこの軍略の知識。どの従兄妹達よりもその才を発揮した惺眞だが、剣術の才には見放されていた。
そう遠くない未来、叔父と叔母が守ってきたこの軍を剣を持って率いていくのは間違いなく従妹弟達になるだろう。そんな彼らを近くで導き育てていくのが惺眞の役目だと思っている。
しばらくの後、戦場に上がった合図は怒号と叫び声に変わり、そしてじきに歓声が挙がる。
乾燥した風が惺眞の頬を撫でた。
視線を左翼に向ければ、そこには部下と共に喜びを分かち合う春李の姿があるが。
「アイツまた出過ぎたな!」
戻ってきたらゲンコツくらいはくれてやらねばならないなと、胸の前で拳を握ったのだった。
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