30 / 70
第一章 ヴァルム試験国家編
第十九話 凍てつく射場の計算書(1)
しおりを挟む
その夜、シュアラの部屋には、まだ矢の匂いが残っていた。
昼間、射場で張り詰めていた弦の音と、藁人形の乾いた手触りが、指先にこびりついている気がする。
床にはいつものように紙と石とパンくずが散らばり、その真ん中に蝋燭が一本。
短くなった蝋が皿の縁を溢れかけて、固まりかけていた。
シュアラは、膝の上の手帳を開く。
一枚、二枚とめくった先に、昼間書いたばかりの文字がある。
『ゲーム3:狙撃手リオ 初期条件:矢を撃てない』
その下に、細い線で組まれた表。
『距離/対象(物)/命中率/手の震え具合(主観)』
欄の多くは、まだ空白のままだ。
シュアラは、ペン先をインクに浸し、迷いなく一行を書き足した。
『二十歩/丸的/十本中九本/震え1』
さらに、もう一行。
『二十歩/藁人形の胸/零本/震え5(指が止まる)』
(数字にすると、あまりにもはっきりしていますね)
丸い的に向けた矢は、ほとんど誤差のない花になった。
人の形になった途端、矢は一本も放たれない。
違うのは、的の形だけ。
シュアラは、表の余白に小さく書き込む。
『恐怖=命中率を0まで落とす要因/致死部位を狙う時にのみ発生』
(恐怖のコスト。今のままでは、“誤差”どころか“ゼロ割り”です)
ゼロで割っては、計算が崩壊する。
父の声が、遠い記憶の底から浮かび上がる。
──数字にできないものは、まず「どこからどこまでがそれなのか」を区切れ。
(境界線は、“人そのもの”)
シュアラは、先ほどの二行の下に、さらに枠を増やした。
『二十歩/馬脚の代替(縄)/?/震え?』
『十五歩/武器の柄の代替(棒)/?/震え?』
(人ではなく、“人の周りにある物”。そこなら、まだ恐怖は薄い)
恐怖を完全に消すことはできない。
けれど、「発生しない場所」を見つければ、ゲームの駒として扱える。
(まずは、恐怖が“ほとんど作用しない距離と対象”を探す)
そのうえで、少しずつ境界線をずらしていく。
丸だった的を、棒に。棒を縄に。縄を、より動きのある物へ。
(理屈の上では、恐怖も“訓練による減価償却”が可能なはずです)
ペン先が、また走る。
『目的:恐怖による戦力損失を最小化すること』
『手段:①非人型標的での命中率測定 ②恐怖の境界線の再定義』
書きながら、胸の奥で小さな違和感がうごめいた。
「恐怖による損失」という言い方が、自分でも少し冷たく聞こえる。
けれど、今は数字でしか考えられない。
(“死なせたくない”という感情は、数字の外側に置いておきましょう)
蝋燭の火が、わずかに揺れる。
シュアラは手帳を閉じ、机に立てかけた弓に一度だけ触れた。
「……明日は、縄と棒の在庫を確認しないと」
ひとりごとのように呟く。
その声もまた、静かに冬の空気に溶けていった。
翌朝の射場は、薄い雲に覆われた空の下にあった。
霜の残る地面から、踏まれるたびに白い粉がはじける。
的の板が並ぶ列の手前に、見慣れない仕掛けがいくつか立っていた。
低い杭に渡された横木。
横木から垂れた何本もの縄。
縄の先には、割れた皿や古い鍋の蓋がぶらさがっている。
「……なんだ、こりゃあ」
早めに来ていた弓兵が、眉をひそめる。
「馬の足か?」
「脚……に見えなくもないな」
ざわめきが広がり始めたところで、ゲルトが射場の中央に立った。
肩をぐるりと回し、シュアラのほうを横目で見る。
「軍師殿。本日の“変な遊び”のご説明をどうぞ」
「遊びではありません。実験です」
シュアラは、そう言って一歩前へ出た。
手にはいつもの手帳。
その表紙を軽く叩きながら、弓兵たちを見渡す。
「今日は、通常の的当ての前に、『縄切り』と『棒撃ち』の試験を行います」
兵たちの視線が、吊るされた鍋の蓋に集まった。
「まず、『縄切り』から。距離は二十歩。
条件は、ぶらさがっている鍋の蓋を落とすように、縄を狙うこと」
「的の真ん中じゃなくて、縄?」
「はい。馬の脚や、敵の槍を持つ腕の代わりだと思ってください」
兵たちの中に、少し緊張の笑いが漏れた。
「成功条件は簡単です。矢を三本以内に放ち、そのうち一本でも縄を切れば合格。
報奨として、夜番一回免除と、温かいスープの追加一杯を」
ざわざわ、と空気が変わる。
「マジか……」
「夜番一回、でけえぞ」
「でも、あんな細いもん当てられるかよ」
「ご安心を。外しても減点はありません。
ただし、狙うのはあくまで『縄』。鍋の蓋を直接狙った場合は失格です」
シュアラは、さらりと言い添えた。
(鍋を狙えば、“当てたつもり”にはなりますが、意味がありませんから)
「それじゃあ……よし、腕に自信のあるやつから前に出ろ」
ゲルトが声を張ると、すぐに数人が前に並んだ。
最初に出てきたのは、第三班の中堅弓兵。
いつも的の中心近くに矢を集める腕の持ち主だ。
「二十歩、風なし……よし」
彼は息を整え、弓を引く。
弦が鳴り、矢が飛ぶ。
鍋のすぐ横を掠め、背後の板に突き刺さった。
「おしい!」
「あと少し右だ!」
仲間たちの声が飛ぶ。
二本目。
三本目。
いずれも、縄の左右をかすめるだけで、鍋はぶらぶら揺れるばかりだ。
「はい、交代」
ゲルトが肩を叩き、次の兵を呼ぶ。
二人目、三人目。
誰もが、胸の的なら確実に当てられる腕を持っている。
それでも、細い縄はなかなか切れない。
縄の中央を狙っているはずの矢が、ほんのわずかに上下して板に刺さる。
鍋の蓋にかすった矢が、甲高い音を鳴らすことはあっても、肝心の縄には届かない。
(命中率は、だいたい三十本中零。震えは……一か二。技術的な難しさですね)
シュアラは、手帳の端に小さく印をつけていく。
やがて、ゲルトが声を上げた。
「リオ!」
呼ばれた少年が、びくりと肩を揺らした。
周囲の視線が一斉に集まる。
「おい、大丈夫かよ」
「丸い的なら百発百中だしな」
「でも、紐なんて当てられるのか?」
冷やかしとも期待ともつかない声が混じる。
リオは何も返さず、弓を抱えたまま前に出た。
いつもより一歩小さい歩幅だ。
射位に立ち、ゆっくりと弓を構える。
細い指が弦にかかり、視線が縄の一点を結ぶ。
「……距離二十。風、ほとんどなし」
彼の口から、かすれた声がこぼれた。
弦の音が、空気を震わせる。
矢は、迷いのない軌道で飛んだ。
ぱちん。
短い音とともに、縄が途中から弾け飛ぶ。
鍋の蓋ががしゃりと地面に落ち、霜を散らした。
一瞬、静寂。
次の瞬間、兵たちの間からどよめきが上がった。
「おおっ……!」
「一発で切りやがった」
「見えたか? あの軌道」
リオ本人は、呆然と縛っていた指先を見つめていた。
「おめでとうございます」
シュアラは、わざと少し柔らかい声を出した。
「規定内、一矢命中。夜番一回免除と、スープ一杯追加確定です」
「……え?」
リオが顔を上げる。
彼の瞳に、冬の光が差し込んでいた。
「さすがだな、お前」
ゲルトが、口の端を上げて彼の背中をどんと叩く。
「最初の“綱切り役”は決まりだ」
周囲の視線が、さっきまでの冷やかしとは違う色を帯び始める。
「役に立つ腕」としての目だ。
(……やはり、“人ではない物”なら指は動く)
そのあとも訓練は続いたが、縄を切れた者は、結局リオ一人だけだった。
全員分の試験が終わり、兵たちが持ち場へ散っていく。
射場には、切れた縄の切れ端と、踏み荒らされた霜だけが残った。
シュアラは、落ちていた縄を一本拾い上げながら声をかける。
「リオ。少し時間をもらえますか」
「……はい」
返事は小さいが、はっきりしている。
シュアラは、風除けの塀の影まで歩き、そこに立っていた藁人形を一体引き寄せた。
胸の部分を布で隠し、代わりに腕と足元に赤い布を巻く。
「これは……」
「人形の胸は、当面封印します」
彼女は淡々と言った。
「その代わり、あなたにお願いしたいのは、『人の周りにある物』を確実に撃つことです」
「……さっきの縄、みたいなやつですか」
「そうです」
シュアラは、手帳を開き、さきほどの数値を指先でなぞった。
「丸い的なら、二十歩で十本中九本命中。
縄は一発で切れる。
でも、人形の胸は、矢を放てない」
リオの肩が、わずかに強張る。
「その状態で戦場に出れば、どうなるか」
シュアラは、声の調子を変えずに言葉を続けた。
「例えば、敵とこちらの兵が二十人ずつぶつかる場面を仮定します。
あなたが『物』を狙って撃つか、『何も撃たないか』で、こちらの死者がどれくらい変わるか」
「……死者、ですか」
リオの喉が、ごくりと動いた。
「はい」
シュアラは、手帳の別のページを開いた。
そこには、簡単な計算が記されている。
『前衛接敵時の致死率:おおよそ三十%』
『敵の突撃速度を縄切りで落とした場合、致死率:二十%まで低下』
『兵二十人の場合、死者六人→四人(期待値)』
「ざっくりとした仮定ですが」
シュアラは、数字を指で叩く。
「あなたが縄を切って敵の突撃を遅らせれば、この場面で“死なずに済む可能性が上がる兵”は、二人分」
「……二人」
リオの声が、かすかに震えた。
「逆に、あなたが怖くて矢を放てなければ、死ぬ可能性が高い兵が二人増える」
彼女の言葉は冷静そのものだった。
「これは、あなたを責めているわけではありません。
ただ、“撃たないこと”にも、ちゃんとコストがあるという話です」
リオは、うつむいた。
握り締めた手の甲に、白い血管が浮かぶ。
「……俺が撃たないと、二人死ぬってことですか」
「確率の話です」
すぐに返す。
「もちろん、私の数字は粗い前提の上に成り立っています。
でも、“あなたの矢が一本飛ぶことで、誰かが死なずに済む確率が上がる”のは事実です」
それは、数字として見れば間違っていない。
けれど、リオの耳には、別の形に聞こえていた。
「……じゃあ、あの時は」
彼は、握った指先を見つめたまま言った。
「あの時、俺が外したせいで……肩を撃ったあいつの代わりに、誰かが死んだかもしれないって、そういう……」
「違います」
思わず、シュアラの声が少しだけ強くなる。
「その場面の計算はもう終わっています。今話しているのは、“これから起こりうる場面”の話です」
「でも、同じでしょう」
リオが顔を上げた。
瞳の奥に、乾いた光が揺れる。
「俺が撃っても、撃たなくても、誰かが死ぬかもしれない。
俺が矢を放したせいで、誰かが死ぬかもしれないってことなんですよね」
「……そうですね」
否定しきれない。
「だからこそ、私たちは“死者の数”を減らす選択を取らなければならない。
個人の恐怖より、全体の生存確率を優先する必要が――」
「軍師殿」
低い声が、話を断ち切った。
いつの間にか、塀の影にゲルトが立っていた。
腕を組み、じっとこちらを見ている。
「……今の話、最初から聞いてました」
リオがはっとして振り向く。
ゲルトは、少年の肩をぽん、と軽く叩いた。
「ちょっと休んでこい。スープでも飲んでろ。ここは大人の話だ」
「……はい」
リオは、何か言いかけて、それを飲み込み、頭を下げて小走りに去っていく。
霜を踏む足音が遠ざかるのを確かめてから、ゲルトはゆっくりとシュアラのほうを向いた。
「なあ、軍師殿」
いつもの軽口混じりの呼び方のはずなのに、その声には棘があった。
「今の、あいつに全部聞かせる必要、あったか?」
「……必要があります」
シュアラは、手帳を閉じ、胸の前で両手を組んだ。
「彼自身が“自分の矢の重さ”を理解しない限り、この砦全体の――」
「“砦全体の”な」
ゲルトが遮る。
「それはよーく分かってる。嬢ちゃんがここに来てから、飯も増えたし、壁も持ち直した。その数字を信じてるから俺たちは動いてんだ」
「ならば――」
「だがな」
彼は、霜を靴先で踏み砕いた。
じゃり、と嫌な音がした。
「あいつ一人の頭の中に、『お前が撃たなきゃ二人死ぬ』って数字だけ放り込んで、“はい、理解しましたね”で終わらせるのは、違うだろ」
シュアラの喉が、きゅっと縮まる。
「私は……事実を告げただけです。
私たちが“撃たない”という選択を取った時にも、死ぬ可能性が増える。その責任は――」
「責任責任って、あいつはもう十分背負ってる」
ゲルトの声が少し荒くなった。
「あいつ、自分の矢が味方の肩を貫いたこと、忘れちゃいねえよ。
毎晩寝る前に、何百回も頭の中で繰り返してる」
「それは――」
「だからこそ、“恐怖のコスト”なんて言葉で、また数字にして見せられたらどうなるかって話だ」
ゲルトは、拳をぎゅっと握った。
「嬢ちゃんの言ってることは、間違っちゃいねえ。
だがな、人間は数字どおりには動かねえんだよ」
その一言は、石よりも重く感じられた。
「俺たちは、『死者二人分』なんてきれいな数字じゃ覚えねえ。
あいつの頭ん中にあるのは、“肩を撃たれたあの顔一つ分”だ。
そこに“これから死ぬかもしれねえ二人分”まで積み上げたら、潰れるに決まってんだろうが」
シュアラは、言葉を失った。
ゲルトは少しだけ息を吐き、声の調子を落とした。
「嬢ちゃんがやりてえのは、『誰も死なせねえための計算』だろ。
それ自体は否定しねえ。むしろありがたい」
黒ずんだマントの襟を掴み、ぐいと引き上げる。
「だが、その計算の中で、兵一人一人の恐怖やら傷やらを“コスト”っつって片付けるなら……それは違う」
「私は、片付けているつもりは――」
「結果は同じだ」
ゲルトは、シュアラの手帳を一瞥する。
あの表。距離、対象、命中率、震え具合。
「“恐怖”って欄に数字を書いた瞬間、あいつの震えは、『調整すべき数値』になる。
嬢ちゃんの頭の中じゃ、それで正しいんだろう」
彼は、首を横に振った。
「けど現場じゃ、それは“傷口”だ。
まずは布で押さえて、血を止めてやらなきゃいけねえ場所だ」
シュアラの胸の奥で、何かがきしんだ。
数字では説明できない音だ。
「……どうすればいいと、お考えですか」
彼女は、ようやくそれだけを聞いた。
「知らねえよ」
即答だった。
「俺は嬢ちゃんみたいに頭ん中で砦を動かせねえ。
ただ、さっきのリオの顔を見りゃ、『その説明の仕方は間違ってる』くらいは分かる」
ゲルトは、肩をすくめた。
「人は数字じゃ動かねえ。それだけは、忘れんな」
そう言い捨てて、彼は踵を返した。
霜を踏む足音が、射場の外へ遠ざかっていく。
残されたのは、切れた縄と、冷たい風と、手の中の手帳だけだった。
昼間、射場で張り詰めていた弦の音と、藁人形の乾いた手触りが、指先にこびりついている気がする。
床にはいつものように紙と石とパンくずが散らばり、その真ん中に蝋燭が一本。
短くなった蝋が皿の縁を溢れかけて、固まりかけていた。
シュアラは、膝の上の手帳を開く。
一枚、二枚とめくった先に、昼間書いたばかりの文字がある。
『ゲーム3:狙撃手リオ 初期条件:矢を撃てない』
その下に、細い線で組まれた表。
『距離/対象(物)/命中率/手の震え具合(主観)』
欄の多くは、まだ空白のままだ。
シュアラは、ペン先をインクに浸し、迷いなく一行を書き足した。
『二十歩/丸的/十本中九本/震え1』
さらに、もう一行。
『二十歩/藁人形の胸/零本/震え5(指が止まる)』
(数字にすると、あまりにもはっきりしていますね)
丸い的に向けた矢は、ほとんど誤差のない花になった。
人の形になった途端、矢は一本も放たれない。
違うのは、的の形だけ。
シュアラは、表の余白に小さく書き込む。
『恐怖=命中率を0まで落とす要因/致死部位を狙う時にのみ発生』
(恐怖のコスト。今のままでは、“誤差”どころか“ゼロ割り”です)
ゼロで割っては、計算が崩壊する。
父の声が、遠い記憶の底から浮かび上がる。
──数字にできないものは、まず「どこからどこまでがそれなのか」を区切れ。
(境界線は、“人そのもの”)
シュアラは、先ほどの二行の下に、さらに枠を増やした。
『二十歩/馬脚の代替(縄)/?/震え?』
『十五歩/武器の柄の代替(棒)/?/震え?』
(人ではなく、“人の周りにある物”。そこなら、まだ恐怖は薄い)
恐怖を完全に消すことはできない。
けれど、「発生しない場所」を見つければ、ゲームの駒として扱える。
(まずは、恐怖が“ほとんど作用しない距離と対象”を探す)
そのうえで、少しずつ境界線をずらしていく。
丸だった的を、棒に。棒を縄に。縄を、より動きのある物へ。
(理屈の上では、恐怖も“訓練による減価償却”が可能なはずです)
ペン先が、また走る。
『目的:恐怖による戦力損失を最小化すること』
『手段:①非人型標的での命中率測定 ②恐怖の境界線の再定義』
書きながら、胸の奥で小さな違和感がうごめいた。
「恐怖による損失」という言い方が、自分でも少し冷たく聞こえる。
けれど、今は数字でしか考えられない。
(“死なせたくない”という感情は、数字の外側に置いておきましょう)
蝋燭の火が、わずかに揺れる。
シュアラは手帳を閉じ、机に立てかけた弓に一度だけ触れた。
「……明日は、縄と棒の在庫を確認しないと」
ひとりごとのように呟く。
その声もまた、静かに冬の空気に溶けていった。
翌朝の射場は、薄い雲に覆われた空の下にあった。
霜の残る地面から、踏まれるたびに白い粉がはじける。
的の板が並ぶ列の手前に、見慣れない仕掛けがいくつか立っていた。
低い杭に渡された横木。
横木から垂れた何本もの縄。
縄の先には、割れた皿や古い鍋の蓋がぶらさがっている。
「……なんだ、こりゃあ」
早めに来ていた弓兵が、眉をひそめる。
「馬の足か?」
「脚……に見えなくもないな」
ざわめきが広がり始めたところで、ゲルトが射場の中央に立った。
肩をぐるりと回し、シュアラのほうを横目で見る。
「軍師殿。本日の“変な遊び”のご説明をどうぞ」
「遊びではありません。実験です」
シュアラは、そう言って一歩前へ出た。
手にはいつもの手帳。
その表紙を軽く叩きながら、弓兵たちを見渡す。
「今日は、通常の的当ての前に、『縄切り』と『棒撃ち』の試験を行います」
兵たちの視線が、吊るされた鍋の蓋に集まった。
「まず、『縄切り』から。距離は二十歩。
条件は、ぶらさがっている鍋の蓋を落とすように、縄を狙うこと」
「的の真ん中じゃなくて、縄?」
「はい。馬の脚や、敵の槍を持つ腕の代わりだと思ってください」
兵たちの中に、少し緊張の笑いが漏れた。
「成功条件は簡単です。矢を三本以内に放ち、そのうち一本でも縄を切れば合格。
報奨として、夜番一回免除と、温かいスープの追加一杯を」
ざわざわ、と空気が変わる。
「マジか……」
「夜番一回、でけえぞ」
「でも、あんな細いもん当てられるかよ」
「ご安心を。外しても減点はありません。
ただし、狙うのはあくまで『縄』。鍋の蓋を直接狙った場合は失格です」
シュアラは、さらりと言い添えた。
(鍋を狙えば、“当てたつもり”にはなりますが、意味がありませんから)
「それじゃあ……よし、腕に自信のあるやつから前に出ろ」
ゲルトが声を張ると、すぐに数人が前に並んだ。
最初に出てきたのは、第三班の中堅弓兵。
いつも的の中心近くに矢を集める腕の持ち主だ。
「二十歩、風なし……よし」
彼は息を整え、弓を引く。
弦が鳴り、矢が飛ぶ。
鍋のすぐ横を掠め、背後の板に突き刺さった。
「おしい!」
「あと少し右だ!」
仲間たちの声が飛ぶ。
二本目。
三本目。
いずれも、縄の左右をかすめるだけで、鍋はぶらぶら揺れるばかりだ。
「はい、交代」
ゲルトが肩を叩き、次の兵を呼ぶ。
二人目、三人目。
誰もが、胸の的なら確実に当てられる腕を持っている。
それでも、細い縄はなかなか切れない。
縄の中央を狙っているはずの矢が、ほんのわずかに上下して板に刺さる。
鍋の蓋にかすった矢が、甲高い音を鳴らすことはあっても、肝心の縄には届かない。
(命中率は、だいたい三十本中零。震えは……一か二。技術的な難しさですね)
シュアラは、手帳の端に小さく印をつけていく。
やがて、ゲルトが声を上げた。
「リオ!」
呼ばれた少年が、びくりと肩を揺らした。
周囲の視線が一斉に集まる。
「おい、大丈夫かよ」
「丸い的なら百発百中だしな」
「でも、紐なんて当てられるのか?」
冷やかしとも期待ともつかない声が混じる。
リオは何も返さず、弓を抱えたまま前に出た。
いつもより一歩小さい歩幅だ。
射位に立ち、ゆっくりと弓を構える。
細い指が弦にかかり、視線が縄の一点を結ぶ。
「……距離二十。風、ほとんどなし」
彼の口から、かすれた声がこぼれた。
弦の音が、空気を震わせる。
矢は、迷いのない軌道で飛んだ。
ぱちん。
短い音とともに、縄が途中から弾け飛ぶ。
鍋の蓋ががしゃりと地面に落ち、霜を散らした。
一瞬、静寂。
次の瞬間、兵たちの間からどよめきが上がった。
「おおっ……!」
「一発で切りやがった」
「見えたか? あの軌道」
リオ本人は、呆然と縛っていた指先を見つめていた。
「おめでとうございます」
シュアラは、わざと少し柔らかい声を出した。
「規定内、一矢命中。夜番一回免除と、スープ一杯追加確定です」
「……え?」
リオが顔を上げる。
彼の瞳に、冬の光が差し込んでいた。
「さすがだな、お前」
ゲルトが、口の端を上げて彼の背中をどんと叩く。
「最初の“綱切り役”は決まりだ」
周囲の視線が、さっきまでの冷やかしとは違う色を帯び始める。
「役に立つ腕」としての目だ。
(……やはり、“人ではない物”なら指は動く)
そのあとも訓練は続いたが、縄を切れた者は、結局リオ一人だけだった。
全員分の試験が終わり、兵たちが持ち場へ散っていく。
射場には、切れた縄の切れ端と、踏み荒らされた霜だけが残った。
シュアラは、落ちていた縄を一本拾い上げながら声をかける。
「リオ。少し時間をもらえますか」
「……はい」
返事は小さいが、はっきりしている。
シュアラは、風除けの塀の影まで歩き、そこに立っていた藁人形を一体引き寄せた。
胸の部分を布で隠し、代わりに腕と足元に赤い布を巻く。
「これは……」
「人形の胸は、当面封印します」
彼女は淡々と言った。
「その代わり、あなたにお願いしたいのは、『人の周りにある物』を確実に撃つことです」
「……さっきの縄、みたいなやつですか」
「そうです」
シュアラは、手帳を開き、さきほどの数値を指先でなぞった。
「丸い的なら、二十歩で十本中九本命中。
縄は一発で切れる。
でも、人形の胸は、矢を放てない」
リオの肩が、わずかに強張る。
「その状態で戦場に出れば、どうなるか」
シュアラは、声の調子を変えずに言葉を続けた。
「例えば、敵とこちらの兵が二十人ずつぶつかる場面を仮定します。
あなたが『物』を狙って撃つか、『何も撃たないか』で、こちらの死者がどれくらい変わるか」
「……死者、ですか」
リオの喉が、ごくりと動いた。
「はい」
シュアラは、手帳の別のページを開いた。
そこには、簡単な計算が記されている。
『前衛接敵時の致死率:おおよそ三十%』
『敵の突撃速度を縄切りで落とした場合、致死率:二十%まで低下』
『兵二十人の場合、死者六人→四人(期待値)』
「ざっくりとした仮定ですが」
シュアラは、数字を指で叩く。
「あなたが縄を切って敵の突撃を遅らせれば、この場面で“死なずに済む可能性が上がる兵”は、二人分」
「……二人」
リオの声が、かすかに震えた。
「逆に、あなたが怖くて矢を放てなければ、死ぬ可能性が高い兵が二人増える」
彼女の言葉は冷静そのものだった。
「これは、あなたを責めているわけではありません。
ただ、“撃たないこと”にも、ちゃんとコストがあるという話です」
リオは、うつむいた。
握り締めた手の甲に、白い血管が浮かぶ。
「……俺が撃たないと、二人死ぬってことですか」
「確率の話です」
すぐに返す。
「もちろん、私の数字は粗い前提の上に成り立っています。
でも、“あなたの矢が一本飛ぶことで、誰かが死なずに済む確率が上がる”のは事実です」
それは、数字として見れば間違っていない。
けれど、リオの耳には、別の形に聞こえていた。
「……じゃあ、あの時は」
彼は、握った指先を見つめたまま言った。
「あの時、俺が外したせいで……肩を撃ったあいつの代わりに、誰かが死んだかもしれないって、そういう……」
「違います」
思わず、シュアラの声が少しだけ強くなる。
「その場面の計算はもう終わっています。今話しているのは、“これから起こりうる場面”の話です」
「でも、同じでしょう」
リオが顔を上げた。
瞳の奥に、乾いた光が揺れる。
「俺が撃っても、撃たなくても、誰かが死ぬかもしれない。
俺が矢を放したせいで、誰かが死ぬかもしれないってことなんですよね」
「……そうですね」
否定しきれない。
「だからこそ、私たちは“死者の数”を減らす選択を取らなければならない。
個人の恐怖より、全体の生存確率を優先する必要が――」
「軍師殿」
低い声が、話を断ち切った。
いつの間にか、塀の影にゲルトが立っていた。
腕を組み、じっとこちらを見ている。
「……今の話、最初から聞いてました」
リオがはっとして振り向く。
ゲルトは、少年の肩をぽん、と軽く叩いた。
「ちょっと休んでこい。スープでも飲んでろ。ここは大人の話だ」
「……はい」
リオは、何か言いかけて、それを飲み込み、頭を下げて小走りに去っていく。
霜を踏む足音が遠ざかるのを確かめてから、ゲルトはゆっくりとシュアラのほうを向いた。
「なあ、軍師殿」
いつもの軽口混じりの呼び方のはずなのに、その声には棘があった。
「今の、あいつに全部聞かせる必要、あったか?」
「……必要があります」
シュアラは、手帳を閉じ、胸の前で両手を組んだ。
「彼自身が“自分の矢の重さ”を理解しない限り、この砦全体の――」
「“砦全体の”な」
ゲルトが遮る。
「それはよーく分かってる。嬢ちゃんがここに来てから、飯も増えたし、壁も持ち直した。その数字を信じてるから俺たちは動いてんだ」
「ならば――」
「だがな」
彼は、霜を靴先で踏み砕いた。
じゃり、と嫌な音がした。
「あいつ一人の頭の中に、『お前が撃たなきゃ二人死ぬ』って数字だけ放り込んで、“はい、理解しましたね”で終わらせるのは、違うだろ」
シュアラの喉が、きゅっと縮まる。
「私は……事実を告げただけです。
私たちが“撃たない”という選択を取った時にも、死ぬ可能性が増える。その責任は――」
「責任責任って、あいつはもう十分背負ってる」
ゲルトの声が少し荒くなった。
「あいつ、自分の矢が味方の肩を貫いたこと、忘れちゃいねえよ。
毎晩寝る前に、何百回も頭の中で繰り返してる」
「それは――」
「だからこそ、“恐怖のコスト”なんて言葉で、また数字にして見せられたらどうなるかって話だ」
ゲルトは、拳をぎゅっと握った。
「嬢ちゃんの言ってることは、間違っちゃいねえ。
だがな、人間は数字どおりには動かねえんだよ」
その一言は、石よりも重く感じられた。
「俺たちは、『死者二人分』なんてきれいな数字じゃ覚えねえ。
あいつの頭ん中にあるのは、“肩を撃たれたあの顔一つ分”だ。
そこに“これから死ぬかもしれねえ二人分”まで積み上げたら、潰れるに決まってんだろうが」
シュアラは、言葉を失った。
ゲルトは少しだけ息を吐き、声の調子を落とした。
「嬢ちゃんがやりてえのは、『誰も死なせねえための計算』だろ。
それ自体は否定しねえ。むしろありがたい」
黒ずんだマントの襟を掴み、ぐいと引き上げる。
「だが、その計算の中で、兵一人一人の恐怖やら傷やらを“コスト”っつって片付けるなら……それは違う」
「私は、片付けているつもりは――」
「結果は同じだ」
ゲルトは、シュアラの手帳を一瞥する。
あの表。距離、対象、命中率、震え具合。
「“恐怖”って欄に数字を書いた瞬間、あいつの震えは、『調整すべき数値』になる。
嬢ちゃんの頭の中じゃ、それで正しいんだろう」
彼は、首を横に振った。
「けど現場じゃ、それは“傷口”だ。
まずは布で押さえて、血を止めてやらなきゃいけねえ場所だ」
シュアラの胸の奥で、何かがきしんだ。
数字では説明できない音だ。
「……どうすればいいと、お考えですか」
彼女は、ようやくそれだけを聞いた。
「知らねえよ」
即答だった。
「俺は嬢ちゃんみたいに頭ん中で砦を動かせねえ。
ただ、さっきのリオの顔を見りゃ、『その説明の仕方は間違ってる』くらいは分かる」
ゲルトは、肩をすくめた。
「人は数字じゃ動かねえ。それだけは、忘れんな」
そう言い捨てて、彼は踵を返した。
霜を踏む足音が、射場の外へ遠ざかっていく。
残されたのは、切れた縄と、冷たい風と、手の中の手帳だけだった。
11
あなたにおすすめの小説
感情の無い聖女様は、公爵への生贄にされてしまいました
九条 雛
恋愛
「――私など、ただの〝祈り人形〟でございます。人形に感情はありませぬ……」
悪逆非道の公爵の元へと生贄として捧げられてしまった聖女は、格子の付いた窓を見上げてそう呟く。
公爵は嗜虐に満ちた笑みを浮かべ言い放つ。
「これからは、三食きちんと食べてもらおう。こうして俺のモノとなったからには、今までのような生活を送れるとは思わぬことだな」
――これは、不幸な境遇で心を閉ざしてしまった少女と、その笑顔を取り戻そうとする男の物語。
一途に愛した1周目は殺されて終わったので、2周目は王子様を嫌いたいのに、なぜか婚約者がヤンデレ化して離してくれません!
夢咲 アメ
恋愛
「君の愛が煩わしいんだ」
婚約者である王太子の冷たい言葉に、私の心は砕け散った。
それから間もなく、私は謎の襲撃者に命を奪われ死んだ――はずだった。
死の間際に見えたのは、絶望に顔を歪ませ、私の名を叫びながら駆け寄る彼の姿。
……けれど、次に目を覚ました時、私は18歳の自分に戻っていた。
「今世こそ、彼を愛するのを辞めよう」
そう決意して距離を置く私。しかし、1周目であれほど冷酷だった彼は、なぜか焦ったように私を追いかけ、甘い言葉で縛り付けようとしてきて……?
「どこへ行くつもり? 君が愛してくれるまで、僕は君を離さないよ」
不器用すぎて愛を間違えたヤンデレ王子×今世こそ静かに暮らしたい令嬢。
死から始まる、執着愛の二周目が幕を開ける!
『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています
六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。
しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。
「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!
酔っぱらい令嬢の英雄譚 ~チョコレートを食べていたら、いつの間にか第三王子を救っていたようです!~
ゆずこしょう
恋愛
婚約者と共に参加するはずだった、
夜会当日──
婚約者は「馬車の予約ができなかった」という理由で、
迎えに来ることはなかった。
そして王宮で彼女が目にしたのは、
婚約者と、見知らぬ女性が寄り添う姿。
領地存続のために婿が必要だったエヴァンジェリンは、
感情に流されることもなく、
淡々と婚約破棄の算段を立て始める。
目の前にあった美味しいチョコレートをつまみながら、
頭の中で、今後の算段を考えていると
別の修羅場が始まって──!?
その夜、ほんの少しお酒を口にしたことで、
エヴァンジェリンの評価と人生は、
思いもよらぬ方向へ転がり始める──
2月11日 第一章完結
2月15日 第二章スタート予定
拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました
星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎
王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝――
路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。
熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。
「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」
甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。
よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、
気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて――
しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!?
「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」
年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。
ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。
悪役令嬢を断罪したくせに、今さら溺愛とか都合が良すぎますわ!
nacat
恋愛
侯爵令嬢リディアは、無実の罪で婚約者の王太子に断罪された。
冷笑を浮かべ、すべてを捨てて国外へ去った彼女が、数年後、驚くべき姿で帰ってくる。
誰もが羨む天才魔導師として──。
今さら後悔する王太子、ざまぁを噛みしめる貴族令嬢たち。
そして、リディアをひそかに守ってきた公爵の青年が、ようやく想いを告げる時が来た。
これは、不当な断罪を受けた少女が、自分の誇りと愛を取り戻す溺愛系ロマンス。
すべての「裏切られた少女」たちに捧ぐ、痛快で甘く切ない逆転劇。
お前のような地味な女は不要だと婚約破棄されたので、持て余していた聖女の力で隣国のクールな皇子様を救ったら、ベタ惚れされました
夏見ナイ
恋愛
伯爵令嬢リリアーナは、強大すぎる聖女の力を隠し「地味で無能」と虐げられてきた。婚約者の第二王子からも疎まれ、ついに夜会で「お前のような地味な女は不要だ!」と衆人の前で婚約破棄を突きつけられる。
全てを失い、あてもなく国を出た彼女が森で出会ったのは、邪悪な呪いに蝕まれ死にかけていた一人の美しい男性。彼こそが隣国エルミート帝国が誇る「氷の皇子」アシュレイだった。
持て余していた聖女の力で彼を救ったリリアーナは、「お前の力がいる」と帝国へ迎えられる。クールで無愛想なはずの皇子様が、なぜか私にだけは不器用な優しさを見せてきて、次第にその愛は甘く重い執着へと変わっていき……?
これは、不要とされた令嬢が、最高の愛を見つけて世界で一番幸せになる物語。
【短編】婚約破棄?「喜んで!」食い気味に答えたら陛下に泣きつかれたけど、知らんがな
みねバイヤーン
恋愛
「タリーシャ・オーデリンド、そなたとの婚約を破棄す」「喜んで!」
タリーシャが食い気味で答えると、あと一歩で間に合わなかった陛下が、会場の入口で「ああー」と言いながら膝から崩れ落ちた。田舎領地で育ったタリーシャ子爵令嬢が、ヴィシャール第一王子殿下の婚約者に決まったとき、王国は揺れた。王子は荒ぶった。あんな少年のように色気のない体の女はいやだと。タリーシャは密かに陛下と約束を交わした。卒業式までに王子が婚約破棄を望めば、婚約は白紙に戻すと。田舎でのびのび暮らしたいタリーシャと、タリーシャをどうしても王妃にしたい陛下との熾烈を極めた攻防が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる