目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです

MIRICO

文字の大きさ
92 / 103

42② ー呼び出しー

『思い切ったことをしたね。フィオナ』

 光に吸い込まれたかと思うと、真っ暗な闇の中にいた。
 それでも、フィオナを見下ろすヴァルラムの、哀愁を帯びた表情は良く見えた。

「セレスティーヌは!? エルネストはどこ!!」
『男なら、そこにいるよ』

 エルネストは先に目覚めて、四つん這いになりながら呆然と周囲を見回していた。ヴァルラムとフィオナに気付くと、途端立ち上がって飛び下がりながら構える。

「ど、どこだ。ここは。おまえっ、別人だったのか!?」
「気付くのが遅いのよ」

 この場所にいる時は、フィオナはセレスティーヌではない。本当のフィオナの姿を見て、セレスティーヌではなかったことに今さら気付いたようだ。

「ここはどこだ!? どうなっている!!」
「想像力が足りないんじゃないの? 意識を失って魔法陣が発動していたらどうなるのか、想定はしていたんでしょう? 魔獣がいなかったら、魔法使いしかいないのよ」
『想定してないんじゃないかな。自分が生きていると思っているようだから』

 エルネストは魔法でフィオナを攻撃しようとしていた。手を振ったり、ぶつぶつ呪文を唱えている。しかし、なにも起こらないことに気付き、わなわなと震え出した。

「死んだ? 死んだのか? 俺が!?」
「体から抜けたのは確かね」

 いつもの余裕のある話し方はどうしたか。絶望した表情が滑稽だった。エルネストは信じられないと、転がるように背を向けて走り出す。
 真っ暗闇のどこに逃げる気なのだろうか。ヴァルラムも肩を竦めた。

『どこまで行っても、同じなんだけれどね……』

 走っているようで、進めていないようにも見える。一度転んで、急いで起き上がり走り出すが、やはり距離は変わっていないように見えた。
 エルネストは放っておけばいい。気にする人は他にいる。

「セレスティーヌはどこにいるの? 彼女の体を返せるわ!」
『……フィオナ、あの体から離れたら、君も死んでしまうんだよ』
「それは聞いたわ。よく分かっている……」
『フィオナ……』

 セレスティーヌに体を返したからと、自分の体に戻れるとは思っていない。
 あれからどれだけの日数が経っているというのだ。フィオナの体には誰の魂も入っておらず、ただの空の入れ物となり、入るべき魂はどこにもない。

「でも、今の体は、セレスティーヌのものでしょう? 私の体ではないのよ?」

 フィオナがセレスティーヌの体を預かっていただけだ。彼女の体は彼女のもので、他の誰のものでもない。

『彼女ならば、そこにいるよ……』

 ヴァルラムに促された先、セレスティーヌが佇んでいた。
 その姿に、フィオナは唖然として立ちつくした。口を開けたまま、言葉が出ない。
 カラカラになった口の中で、ない唾を飲み込もうとする。

『フィオナ、言っただろう。長くここにいると、疲れてしまうと』
「セレスティーヌ。 ……なんで、そんなに姿が薄いの?」

 セレスティーヌの体はほとんど見えないほど、薄く透けている。前に庭でヴァルラムを呼んだ時の彼の姿よりもずっと透けていた。
 セレスティーヌは口を閉じたまま、無言でこちらを見つめていた。時折風になびくかのように闇に溶けて見えなくなる。

『魂が体から離れて、擦り切れた状態だ。戻ることはできない。これは魂とは言えない。ただの残滓だよ』
「どうして。だって、ヴァルラムは何百年もここにいたんでしょう!?」
『僕は普通の人間ではなくなってしまっているのだから、普通の魂とは違うんだ。体から離れていたら、その体は死んでしまう。当然だろう……?』
「だって、私と話したじゃない。この間まで、私と……」

 いや、最後に夢の中で話した時、セレスティーヌの声は聞かなかった。ヴァルラムを介して、彼女の話を聞いていただけだ。
 カクリと、足の力が抜けた。座り込んだフィオナに、セレスティーヌは虚ろな瞳で静かに瞼を下ろすと、涙を流した。

「そんな、セレスティーヌ。……私が、私のせいで!!」

 ここにいるのだから、漠然と戻れるのだと考えていた。会話ができるのだし、魂が残っていると思っていた。

『フィオナ。君のせいじゃない。彼女は体から長く離れていた。戻す方法はなかった。君が彼女の体に入られたのは、まだ君の魂は体から離れて時間が経っていなかったからだ』
「でも、すぐに戻っていれば、生き返ってた。そうでしょ!?」

 エルネストからもらった薬を飲んで、意識を失っただけだ。魂が体から抜けても、戻れる体はそこにあったのだから。
 しかし、ヴァルラムは目を眇めて、フィオナに憐れむような視線を向ける。

『違うよ。フィオナ。僕が君に言わなかっただけだ。命を失った他人の体を手に入れて、君が喜ぶと思っていなかったから』

 生きていると、魂を戻せると考えれば、そのためにフィオナが諦めずに生きると思っていたから。
 ヴァルラムは悪役のように接して、フィオナがその体で生きることをほのめかした。

『君は巻き込まれて、魂が離れてしまった。呼ばれた先に、まだ入ることのできる体があった。ただそれだけなんだ』
「結局、私がセレスティーヌの体を奪ったんじゃない!!」
『そうじゃない。もうすでに、彼女の魂は離れ、戻ることはできなかったんだ。ここに魂の残滓があるだけだ。きっと、僕の影響なんだろう。本当ならばすぐに消えるはずだったのに、僕がいるために長く残ってしまった』

 セレスティーヌは佇んだまま、ただ涙を流し、こちらを見つめた。
 戻りたいから泣いているのではないのか。体を乗っ取ったフィオナを恨んでいるだろう。

『巻き込んだのは彼女だ。君が憂える必要はない』

 そうは言っても、それでも、セレスティーヌが望んで行ったわけではない。フィオナを巻き込もうとしたわけではなかった。

『それも、そろそろ消える』

 陽炎のような姿が、ちらちらと揺らめきを見せる。形の良い口が、少しだけ動いた。
 フィオナは涙でその姿が見えなくなりそうだった。小さな口が、ゆっくりと動き、声もなくフィオナに言葉を告げる。

 ご、んな、さい。

『もう戻りなさい、フィオナ。君の時間もなくなってしまう』
「エルネスト、エルネストは!?」
『あの男は罪を償うべきだよ。戻って罰を受けさせるんだね。……どうせ、すぐにこちら側に戻ってくる』

 ヴァルラムの冷めた声を聞いた時、トン、と背中を押されるようにヴァルラムの姿が遠のいた。

「ヴァルラム!セレスティーヌ!!」
『その体は、君のものだ……、だから……』

 ヴァルラムがなにかを言っている。
 その姿が闇に消え、眩しい光に包まれた。
感想 78

あなたにおすすめの小説

嫌われ皇后は子供が可愛すぎて皇帝陛下に構っている時間なんてありません。

しあ
恋愛
目が覚めるとお腹が痛い! 声が出せないくらいの激痛。 この痛み、覚えがある…! 「ルビア様、赤ちゃんに酸素を送るためにゆっくり呼吸をしてください!もうすぐですよ!」 やっぱり! 忘れてたけど、お産の痛みだ! だけどどうして…? 私はもう子供が産めないからだだったのに…。 そんなことより、赤ちゃんを無事に産まないと! 指示に従ってやっと生まれた赤ちゃんはすごく可愛い。だけど、どう見ても日本人じゃない。 どうやら私は、わがままで嫌われ者の皇后に憑依転生したようです。だけど、赤ちゃんをお世話するのに忙しいので、構ってもらわなくて結構です。 なのに、どうして私を嫌ってる皇帝が部屋に訪れてくるんですか!?しかも毎回イラッとするとこを言ってくるし…。 本当になんなの!?あなたに構っている時間なんてないんですけど! ※視点がちょくちょく変わります。 ガバガバ設定、なんちゃって知識で書いてます。 エールを送って下さりありがとうございました!

突然決められた婚約者は人気者だそうです。押し付けられたに違いないので断ってもらおうと思います。

橘ハルシ
恋愛
 ごくごく普通の伯爵令嬢リーディアに、突然、降って湧いた婚約話。相手は、騎士団長の叔父の部下。侍女に聞くと、どうやら社交界で超人気の男性らしい。こんな釣り合わない相手、絶対に叔父が権力を使って、無理強いしたに違いない!  リーディアは相手に遠慮なく断ってくれるよう頼みに騎士団へ乗り込むが、両親も叔父も相手のことを教えてくれなかったため、全く知らない相手を一人で探す羽目になる。  怪しい変装をして、騎士団内をうろついていたリーディアは一人の青年と出会い、そのまま一緒に婚約者候補を探すことに。  しかしその青年といるうちに、リーディアは彼に好意を抱いてしまう。 全21話(本編20話+番外編1話)です。

婚約白紙?上等です!ローゼリアはみんなが思うほど弱くない!

志波 連
恋愛
伯爵令嬢として生まれたローゼリア・ワンドは婚約者であり同じ家で暮らしてきたひとつ年上のアランと隣国から留学してきた王女が恋をしていることを知る。信じ切っていたアランとの未来に決別したローゼリアは、友人たちの支えによって、自分の道をみつけて自立していくのだった。 親たちが子供のためを思い敷いた人生のレールは、子供の自由を奪い苦しめてしまうこともあります。自分を見つめ直し、悩み傷つきながらも自らの手で人生を切り開いていく少女の成長物語です。 本作は小説家になろう及びツギクルにも投稿しています。

【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?

氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。 しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。 夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。 小説家なろうにも投稿中

貴方達から離れたら思った以上に幸せです!

なか
恋愛
「君の妹を正妻にしたい。ナターリアは側室になり、僕を支えてくれ」  信じられない要求を口にした夫のヴィクターは、私の妹を抱きしめる。  私の両親も同様に、妹のために受け入れろと口を揃えた。 「お願いお姉様、私だってヴィクター様を愛したいの」 「ナターリア。姉として受け入れてあげなさい」 「そうよ、貴方はお姉ちゃんなのよ」  妹と両親が、好き勝手に私を責める。  昔からこうだった……妹を庇護する両親により、私の人生は全て妹のために捧げていた。  まるで、妹の召使のような半生だった。  ようやくヴィクターと結婚して、解放されたと思っていたのに。  彼を愛して、支え続けてきたのに…… 「ナターリア。これからは妹と一緒に幸せになろう」  夫である貴方が私を裏切っておきながら、そんな言葉を吐くのなら。  もう、いいです。 「それなら、私が出て行きます」  …… 「「「……え?」」」  予想をしていなかったのか、皆が固まっている。  でも、もう私の考えは変わらない。  撤回はしない、決意は固めた。  私はここから逃げ出して、自由を得てみせる。  だから皆さん、もう関わらないでくださいね。    ◇◇◇◇◇◇  設定はゆるめです。  読んでくださると嬉しいです。

虐げられていた次期公爵の四歳児の契約母になります!~幼子を幸せにしたいのに、未来の旦那様である王太子が私を溺愛してきます~

八重
恋愛
伯爵令嬢フローラは、公爵令息ディーターの婚約者。 しかし、そんな日々の裏で心を痛めていることが一つあった。 それはディーターの異母弟、四歳のルイトが兄に虐げられていること。 幼い彼を救いたいと思った彼女は、「ある計画」の準備を進めることにする。 それは、ルイトを救い出すための唯一の方法──。 そんな時、フローラはディーターから突然婚約破棄される。 婚約破棄宣言を受けた彼女は「今しかない」と計画を実行した。 彼女の計画、それは自らが代理母となること。 だが、この代理母には国との間で結ばれた「ある契約」が存在して……。 こうして始まったフローラの代理母としての生活。 しかし、ルイトの無邪気な笑顔と可愛さが、フローラの苦労を温かい喜びに変えていく。 さらに、見目麗しいながら策士として有名な第一王子ヴィルが、フローラに興味を持ち始めて……。 ほのぼの心温まる、子育て溺愛ストーリーです。 ※ヒロインが序盤くじけがちな部分ありますが、それをバネに強くなります ※「小説家になろう」が先行公開です(第二章開始しました)

絶望?いえいえ、余裕です! 10年にも及ぶ婚約を解消されても化物令嬢はモフモフに夢中ですので

ハートリオ
恋愛
伯爵令嬢ステラは6才の時に隣国の公爵令息ディングに見初められて婚約し、10才から婚約者ディングの公爵邸の別邸で暮らしていた。 しかし、ステラを呼び寄せてすぐにディングは婚約を後悔し、ステラを放置する事となる。 異様な姿で異臭を放つ『化物令嬢』となったステラを嫌った為だ。 異国の公爵邸の別邸で一人放置される事となった10才の少女ステラだが。 公爵邸別邸は森の中にあり、その森には白いモフモフがいたので。 『ツン』だけど優しい白クマさんがいたので耐えられた。 更にある事件をきっかけに自分を取り戻した後は、ディングの執事カロンと共に公爵家の仕事をこなすなどして暮らして来た。 だがステラが16才、王立高等学校卒業一ヶ月前にとうとう婚約解消され、ステラは公爵邸を出て行く。 ステラを厄介払い出来たはずの公爵令息ディングはなぜかモヤモヤする。 モヤモヤの理由が分からないまま、ステラが出て行った後の公爵邸では次々と不具合が起こり始めて―― 奇跡的に出会い、優しい時を過ごして愛を育んだ一人と一頭(?)の愛の物語です。 異世界、魔法のある世界です。 色々ゆるゆるです。

家族から邪魔者扱いされた私が契約婚した宰相閣下、実は完璧すぎるスパダリでした。仕事も家事も甘やかしも全部こなしてきます

さら
恋愛
家族から「邪魔者」扱いされ、行き場を失った伯爵令嬢レイナ。 望まぬ結婚から逃げ出したはずの彼女が出会ったのは――冷徹無比と恐れられる宰相閣下アルベルト。 「契約でいい。君を妻として迎える」 そう告げられ始まった仮初めの結婚生活。 けれど、彼は噂とはまるで違っていた。 政務を完璧にこなし、家事も器用に手伝い、そして――妻をとことん甘やかす完璧なスパダリだったのだ。 「君はもう“邪魔者”ではない。私の誇りだ」 契約から始まった関係は、やがて真実の絆へ。 陰謀や噂に立ち向かいながら、互いを支え合う二人は、次第に心から惹かれ合っていく。 これは、冷徹宰相×追放令嬢の“契約婚”からはじまる、甘々すぎる愛の物語。 指輪に誓う未来は――永遠の「夫婦」。