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政務2
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「参ったなあ。あの男、面倒臭いわあ。早く帰ってくれないかしらねえ」
「帰りそうになかったわよ。あんたと婚姻したいんじゃないの?」
「いや、絶対ないから」
後ろから聞こえた声に、フィルリーネは首を向けて見上げた。
ふんわりとした水色の髪に、ヒラヒラのスカートの長いワンピースを着た目鼻立ちのいい美少女が、身体を透き通らせて宙に浮いている。その姿を当たり前のように見て、フィルリーネは顔をしかめた。
「明らかに嫌って顔でここに来ているのに、なぜそんな感想が出てくるのか。エレディナもあのルヴィアーレ様がどうやったら帰る気になるか考えてよ。帰る気にはいつもなってるんだろうけれど、どうして帰れないのか知りたいのよね。一体、王に何を掴まれてここに来たのかしら。もう、謎だわあ」
お付きの騎士たちを見ていれば良く分かる。ルヴィアーレは好んでこの国に婿に来たわけではない。相手があんな王女だと? という気持ちはとりあえず横に置いておいて、ラータニアの王が本当に頼りのない男だとすれば、ルヴィアーレは他国へ婿に行く余裕などないはずなのだ。婿に行けば国を支える王族が減る。それはラータニアにとって相当な痛手となるだろう。
「マリオンネの呪いは、厳しいものね」
「与えられた力を呪いとか言う……」
「そうでしょ? 国を支配させるという名の、束縛なのよ。その土地から離れられないようにするための」
王族には、マリオンネの女王より与えられる力がある。
国には、その土地土地の精霊がいる。王族であると認められた者には、その土地にいる精霊の相性に合う力を与えられた。
「けど、全てが万能ではないじゃない。その土地にいる精霊に合う力を得られるけれど、操るというほど操れるわけではないのだし、精々姿が見えて、話し合いができる程度でしょう? 普通は」
「それも、その人間の魔導の量によるものね。王は力が強くないから、なおさら皆が逃げるのよ」
言ってはならないことを。
しかし、フィルリーネもその意見が正しいと知っていた。王族であり精霊を従える力を得ているはずだが、元々の魔導量が低いため、精霊と対話ができない。
それなのに、無理に精霊の移動を強行した。王族にはある程度従順である精霊たちの一部が、そのせいで逃げはじめたのだ。
「自分の土地を捨てて逃げるなんて、私はやろうとは思わないけれど、それほど許せない何かが起きているんだと思うわ」
「氷の精霊代表エレディナが分からないなら、やっぱりその土地に行って確認してみないと駄目ね」
「既に逃げた奴らを追うのは無理よ。だから理由が分からないんじゃない。逃げるほどの何をしているのか。嫌なら移動しなければいいだけなのに、逃げてまで嫌がるってどういうことなのか」
それを調べたいのだが、王がどの土地を選んで精霊を移動させているのかが分からない。調べてはいても秘密裏に動かれて、明確な答えを得ることができない。ただ集められた精霊は、魔導院研究所へ運ばれているという噂があるだけだ。
そもそも、魔導の少ない人々の目に、精霊の姿は映らない。収穫が悪くなったり森が枯れはじめたり、魔獣が増えたりしたところで、精霊がその土地から減ったのではないかと、やっと分かる話なのだ。精霊が少なくなったのではないかと疑い始めた時は、そこから精霊がいなくなっている時である。
これではなぜ精霊が逃げたのか、調べるにも調べられないのだ。だから王の近辺を調べているわけだが、それも難しい。
「精霊が逃げているのが分かって、王がルヴィアーレを手に入れたっていうのは微妙だけど、王は望んであの男を引き込んだのよね。だから、精霊に関連して、ルヴィアーレを呼んだのだと思うのだけれど。でも、魔鉱石が欲しいからって、あの男を手に入れても、意味があると思えないのよねえ。元々魔鉱石は輸入することがあるし」
うーんと唸っても良く分からない。色々な場所で情報を集めているが、ルヴィアーレに関しての情報は殆ど集まらなかった。
皆が言う、成績優秀。剣や魔導に長けて、芸術関係も嗜みがあって、兄の王は頼りなく、血の繋がらない妹のような姪といい仲だったっぽい。だけである。スペックはいいが、それでもフィルリーネの相手として選ばれた、決定的な理由が分からない。なぜ王は、ルヴィアーレに白羽の矢を立てたのか。例え他国の王族でも、精霊の相性によっては逆に精霊を追いやる可能性もあるのに。
「あんたが、精霊の声なんて聞こえませーん。とか嘘言うから、王族が欲しかったんじゃないの?」
それは然もありなん。
幼い頃から自分の能力は半分くらいにして出しておけと助言されてから、偽りの自分を続けている。最近ではどちらが自分なのか分からなくなるくらい板に付いているが、魔導に関しては全く持っていないような話をしていた。精霊なんて遠い話だ。むしろいるの? などという発言をあえて行なっている。
王は娘の能力の無さに匙を投げた。
昔から関わろうとしない人だったが、教師は腐る程いた。それでも表立って学んでこなかったので、今では放置である。仕事などは与えるが補助に人は置くので、自分が問題を起こしても問題ない体制が成されていた。後処理が面倒なので、カバーできる人間は配置されているのである。ご苦労なことだ。
まさか、ルヴィアーレをいきなり政務に関わらせるとは思わなかったが。
あれで、王が間違いなくルヴィアーレを婿にする気なのだと理解した。ルヴィアーレに価値があるのか、それともラータニアの国に価値があり繋がりが欲しいのか。今はどちらとも言えないが。
「王族を増やしたいならば、別にその辺の貴族でも問題ないのよ。だから、ルヴィアーレか国かどちらかが必要なのは間違いないのよね」
婿を取り、マリオンネの女王に婚姻の認可を得られれば、その相手は王族の血筋ではなくとも王族に認定される。その時点で力が与えられるのだから、他国の王族に固執する必要などないのだ。強い魔導を持っている者が王族になれば、充分戦力になる。
精霊が逃げることがあり得るのに、ルヴィアーレを欲しがる必要性。それが全く分からない。
「本当にこの国の精霊がルヴィアーレと相性悪かったらどうする気なのかしら。それこそみんな怒って逃げちゃうかしら?」
「機嫌を損ねるのは緩慢な態度をするからよ。精霊に相性はあるけれど、だからといって、簡単に機嫌を損ねたりしないわ」
エレディナはそう言うが、精霊は人間と性質が違うので、一体何に機嫌を損ねるのか分からない。良かれと思ってやったことに機嫌を悪くし、仕返しされる可能性だってある。
「マリオンネの古い女王が決めたのよ。王族に与える力はその国に合うものだけ。その土地にいる精霊を大切にするように。他の国に移動されては、精霊が機嫌を損ねるからって。そんなことないのに」
そんなことを言うエレディナも、王のことは嫌っている。あの男の言う通りにするくらいなら、氷漬けにして殺したいくらいだそうだ。それができないのは、エレディナがこの土地の精霊であり、この土地を支配する王族に従わなければならない、とマリオンネの女王が制約させているからだ。
それを考えれば、昔の女王の決定は英断だった気がする。その国にいれば、ひとまず殺されることはない。
他国に渡り自国との関わりがなくなったら、後から追い掛けてきて殺されそうだ。他国へ嫁ぐ例があまりないのはそのせいではないだろうか。
フィルリーネは教科書を広げた。考えても無駄なことは後回しだ。卒院試験のため範囲は全般。可もなく不可もなくの成績を残すのは難しくない。だが、トータルの点数を考えながら試験や実技も行うので、逆に力が入る。
魔導の試験で手を抜くのが、これまた難しいのだ。真剣にやらねばフィルリーネの水準を極端に超えてしまう事案が起きるので、そうならないよう細心の注意を払わねばならない。その分真剣味があって、手を抜いているなどと思われないだろう。
卒院のため、授業はもうない。試験を終えればそれで終わり。あとは卒院式に出席して、婚約の儀式に赴くはずだった。
マリオンネの女王は高齢で、度々病気で床に伏していた。世界を司るマリオンネ全てを手中に収めている女王の職務は、想像を絶する重職だろう。精霊を従える、神に近き存在。その女王の体調不良。おそらく寿命もあと僅か。
亡くなりでもすれば、精霊は悲しみにくれる。そうなれば、なおさら精霊の働きは悪くなる。土地を豊かにする精霊が逃げはじめている中、女王の崩御があれば環境はさらに悪化するだろう。それが一年とも続けば、地方は困窮する。
王は救済などしない。地方の民が死ぬことなど気にも留めない。そんなことに、心痛める王ではない。
王はこの国に相応しくない。それが証明される日が近付いている。
「帰りそうになかったわよ。あんたと婚姻したいんじゃないの?」
「いや、絶対ないから」
後ろから聞こえた声に、フィルリーネは首を向けて見上げた。
ふんわりとした水色の髪に、ヒラヒラのスカートの長いワンピースを着た目鼻立ちのいい美少女が、身体を透き通らせて宙に浮いている。その姿を当たり前のように見て、フィルリーネは顔をしかめた。
「明らかに嫌って顔でここに来ているのに、なぜそんな感想が出てくるのか。エレディナもあのルヴィアーレ様がどうやったら帰る気になるか考えてよ。帰る気にはいつもなってるんだろうけれど、どうして帰れないのか知りたいのよね。一体、王に何を掴まれてここに来たのかしら。もう、謎だわあ」
お付きの騎士たちを見ていれば良く分かる。ルヴィアーレは好んでこの国に婿に来たわけではない。相手があんな王女だと? という気持ちはとりあえず横に置いておいて、ラータニアの王が本当に頼りのない男だとすれば、ルヴィアーレは他国へ婿に行く余裕などないはずなのだ。婿に行けば国を支える王族が減る。それはラータニアにとって相当な痛手となるだろう。
「マリオンネの呪いは、厳しいものね」
「与えられた力を呪いとか言う……」
「そうでしょ? 国を支配させるという名の、束縛なのよ。その土地から離れられないようにするための」
王族には、マリオンネの女王より与えられる力がある。
国には、その土地土地の精霊がいる。王族であると認められた者には、その土地にいる精霊の相性に合う力を与えられた。
「けど、全てが万能ではないじゃない。その土地にいる精霊に合う力を得られるけれど、操るというほど操れるわけではないのだし、精々姿が見えて、話し合いができる程度でしょう? 普通は」
「それも、その人間の魔導の量によるものね。王は力が強くないから、なおさら皆が逃げるのよ」
言ってはならないことを。
しかし、フィルリーネもその意見が正しいと知っていた。王族であり精霊を従える力を得ているはずだが、元々の魔導量が低いため、精霊と対話ができない。
それなのに、無理に精霊の移動を強行した。王族にはある程度従順である精霊たちの一部が、そのせいで逃げはじめたのだ。
「自分の土地を捨てて逃げるなんて、私はやろうとは思わないけれど、それほど許せない何かが起きているんだと思うわ」
「氷の精霊代表エレディナが分からないなら、やっぱりその土地に行って確認してみないと駄目ね」
「既に逃げた奴らを追うのは無理よ。だから理由が分からないんじゃない。逃げるほどの何をしているのか。嫌なら移動しなければいいだけなのに、逃げてまで嫌がるってどういうことなのか」
それを調べたいのだが、王がどの土地を選んで精霊を移動させているのかが分からない。調べてはいても秘密裏に動かれて、明確な答えを得ることができない。ただ集められた精霊は、魔導院研究所へ運ばれているという噂があるだけだ。
そもそも、魔導の少ない人々の目に、精霊の姿は映らない。収穫が悪くなったり森が枯れはじめたり、魔獣が増えたりしたところで、精霊がその土地から減ったのではないかと、やっと分かる話なのだ。精霊が少なくなったのではないかと疑い始めた時は、そこから精霊がいなくなっている時である。
これではなぜ精霊が逃げたのか、調べるにも調べられないのだ。だから王の近辺を調べているわけだが、それも難しい。
「精霊が逃げているのが分かって、王がルヴィアーレを手に入れたっていうのは微妙だけど、王は望んであの男を引き込んだのよね。だから、精霊に関連して、ルヴィアーレを呼んだのだと思うのだけれど。でも、魔鉱石が欲しいからって、あの男を手に入れても、意味があると思えないのよねえ。元々魔鉱石は輸入することがあるし」
うーんと唸っても良く分からない。色々な場所で情報を集めているが、ルヴィアーレに関しての情報は殆ど集まらなかった。
皆が言う、成績優秀。剣や魔導に長けて、芸術関係も嗜みがあって、兄の王は頼りなく、血の繋がらない妹のような姪といい仲だったっぽい。だけである。スペックはいいが、それでもフィルリーネの相手として選ばれた、決定的な理由が分からない。なぜ王は、ルヴィアーレに白羽の矢を立てたのか。例え他国の王族でも、精霊の相性によっては逆に精霊を追いやる可能性もあるのに。
「あんたが、精霊の声なんて聞こえませーん。とか嘘言うから、王族が欲しかったんじゃないの?」
それは然もありなん。
幼い頃から自分の能力は半分くらいにして出しておけと助言されてから、偽りの自分を続けている。最近ではどちらが自分なのか分からなくなるくらい板に付いているが、魔導に関しては全く持っていないような話をしていた。精霊なんて遠い話だ。むしろいるの? などという発言をあえて行なっている。
王は娘の能力の無さに匙を投げた。
昔から関わろうとしない人だったが、教師は腐る程いた。それでも表立って学んでこなかったので、今では放置である。仕事などは与えるが補助に人は置くので、自分が問題を起こしても問題ない体制が成されていた。後処理が面倒なので、カバーできる人間は配置されているのである。ご苦労なことだ。
まさか、ルヴィアーレをいきなり政務に関わらせるとは思わなかったが。
あれで、王が間違いなくルヴィアーレを婿にする気なのだと理解した。ルヴィアーレに価値があるのか、それともラータニアの国に価値があり繋がりが欲しいのか。今はどちらとも言えないが。
「王族を増やしたいならば、別にその辺の貴族でも問題ないのよ。だから、ルヴィアーレか国かどちらかが必要なのは間違いないのよね」
婿を取り、マリオンネの女王に婚姻の認可を得られれば、その相手は王族の血筋ではなくとも王族に認定される。その時点で力が与えられるのだから、他国の王族に固執する必要などないのだ。強い魔導を持っている者が王族になれば、充分戦力になる。
精霊が逃げることがあり得るのに、ルヴィアーレを欲しがる必要性。それが全く分からない。
「本当にこの国の精霊がルヴィアーレと相性悪かったらどうする気なのかしら。それこそみんな怒って逃げちゃうかしら?」
「機嫌を損ねるのは緩慢な態度をするからよ。精霊に相性はあるけれど、だからといって、簡単に機嫌を損ねたりしないわ」
エレディナはそう言うが、精霊は人間と性質が違うので、一体何に機嫌を損ねるのか分からない。良かれと思ってやったことに機嫌を悪くし、仕返しされる可能性だってある。
「マリオンネの古い女王が決めたのよ。王族に与える力はその国に合うものだけ。その土地にいる精霊を大切にするように。他の国に移動されては、精霊が機嫌を損ねるからって。そんなことないのに」
そんなことを言うエレディナも、王のことは嫌っている。あの男の言う通りにするくらいなら、氷漬けにして殺したいくらいだそうだ。それができないのは、エレディナがこの土地の精霊であり、この土地を支配する王族に従わなければならない、とマリオンネの女王が制約させているからだ。
それを考えれば、昔の女王の決定は英断だった気がする。その国にいれば、ひとまず殺されることはない。
他国に渡り自国との関わりがなくなったら、後から追い掛けてきて殺されそうだ。他国へ嫁ぐ例があまりないのはそのせいではないだろうか。
フィルリーネは教科書を広げた。考えても無駄なことは後回しだ。卒院試験のため範囲は全般。可もなく不可もなくの成績を残すのは難しくない。だが、トータルの点数を考えながら試験や実技も行うので、逆に力が入る。
魔導の試験で手を抜くのが、これまた難しいのだ。真剣にやらねばフィルリーネの水準を極端に超えてしまう事案が起きるので、そうならないよう細心の注意を払わねばならない。その分真剣味があって、手を抜いているなどと思われないだろう。
卒院のため、授業はもうない。試験を終えればそれで終わり。あとは卒院式に出席して、婚約の儀式に赴くはずだった。
マリオンネの女王は高齢で、度々病気で床に伏していた。世界を司るマリオンネ全てを手中に収めている女王の職務は、想像を絶する重職だろう。精霊を従える、神に近き存在。その女王の体調不良。おそらく寿命もあと僅か。
亡くなりでもすれば、精霊は悲しみにくれる。そうなれば、なおさら精霊の働きは悪くなる。土地を豊かにする精霊が逃げはじめている中、女王の崩御があれば環境はさらに悪化するだろう。それが一年とも続けば、地方は困窮する。
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