高飛車フィルリーネ王女、職人を目指す。

MIRICO

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選ばれぬ者5

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 与えられた一室で、アシュタルとハブテルが待機していた。

 精霊をも弾く強力な結界があったため、エレディナは部屋の外で待機していたが、アシュタルたちは警備の監視もある部屋で落ち着きなく待っていたようだ。
 アシュタルとハブテルはフィルリーネが部屋に入った途端、安堵した顔を見せた。シエラフィアが精霊に襲われた話を聞いたのか、ハブテルがフィルリーネの後ろで浮いているエレディナをちらりと目にする。

「今、ルヴィアーレがラータニア王と話しているわ。今後のことは、王妃と話すことになっている。少し休憩よ」
 フィルリーネは言うだけ言ってぼすりとソファーに座った。少し話していただけで何故か疲労がある。何かあるとは思ってラータニアに来たが、思った以上に非常事態だった。

「二人とも座って。ヨシュア、もう現れていいわよ」
 代わりに立ち上がった二人をソファーに座るよう促し、今まで姿を隠していたヨシュアを呼ぶ。
 ヨシュアは床に降り立つと、フィルリーネの隣に当たり前のように座った。

 ハブテルがぴくりと片眉を上げるが、ヨシュアについては目を瞑っていてほしい。今回のシエラフィアの話で、ヨシュアには警戒を強めてもらうことになるだろう。
 精霊が操られると分かった今、感覚の鋭いヨシュアはいてくれた方がいい。

 それは、エレディナも気付いているはずだ。

 エレディナは結界から弾かれたためシエラフィアとの話は聞いていないが、待っている間に何か聞いたのだろう。ずっと眉を顰めたまま、眉間に皺が刻まれている。

「話は伺っております。王宮からは一部の部屋を精霊が行き来できぬよう制限しているとか」
 やはり話は聞いたと、ハブテルは静かに語る。

 シエラフィアが精霊に襲われたと聞いて、にわかには信じられなかっただろう。だが、警戒した周囲の雰囲気に間違いはないと納得したようだ。

「早めにグングナルドへ帰還し、精霊の警戒をされた方が良いように感じます。マリオンネがどのような動きをするのか分からぬ今、信頼できる者を魔導院より集め、対処をすべきかと」
 ハブテルの意見に是と言いたいところだが、精霊たちを疑うように精霊の入られない結界を作れば、グングナルドの精霊たちはどう思うだろうか。彼らに説明をして納得してくれるかは、エレディナを見る限り難しい気がする。

 エレディナは大きく眉を上げた。
「あんた、私たちがフィルリーネを襲うとでも言うの!?」
「現状、そのようなことが起きた中、絶対は有り得ないだろう」

 ハブテルは人型の精霊にも容赦なく発言する。ここで喧嘩はしてほしくないが、ハブテルは淡々としながら、エレディナはいきりたってお互い睨み合った。
 どちらの意見も否定するのは難しい。アシュタルが宥めるように二人の間に入る。

「非常事態ですよ。今起こりうる可能性を考えましょう。エレディナ、俺たちはお前を信じているが、女王の力がどれほどなのか分からないのも事実だろう」
 エレディナはぐっと唇を噛み締める。アンリカーダの力が強いと言ったのはエレディナだ。彼女にどれだけのことができるのかはっきり分かっていなくとも、それなりの力はあるのだと分かっている。

「イムレス様に信頼できる者を集めさせ、早めの対処をなされた方が良いでしょう」
「精霊を排除するのはとても繊細な問題だわ。そうしてあの子たちの機嫌を損ねれば、それこそアンリカーダ女王の思い通りになるのかもしれない」
「しかし、御身の安全を考えれば、仕方のないことかと。精霊の攻撃があっても我々には防ぎようがありません」

 ハブテルは表情を変えないまま言うが、そこにはやるせない怒りを感じた。ハブテルも魔導量はあるが、精霊の気配をぼんやり感じられても、それが攻撃を繰り出してくるのかはっきり見ることができない。
 王騎士団の団長であっても、精霊からの攻撃は想定外で対処しきれない。
 その悔しさもあるのだろう。早々の対応を行いたいのだ。

「ヨシュアの勘を信じるしかないわ。精霊が王族以外を狙うとなれば話は別だけれど、もしグングナルドでアンリカーダ女王が狙う人物となると、私だけでしょう。常にヨシュアを連れて、その対処をしてもらうしかない」
「俺、やる!」
 ヨシュアは隣で片手を大きく上げて返事をするが、ハブテルもエレディナも納得がいかないか、口を閉じる。

「グングナルドに戻り早めに対抗策を練るのは私も賛成です。イムレス様とガルネーゼ様には先にお伝えしておいた方が良いのではないでしょうか」
 すぐグングナルドに戻るつもりだったが、今後どうすべきかラータニアで話す必要がある。ならば有事を先に伝えるのは大事だろう。

 アシュタルの意見にちらりとエレディナを見ると、エレディナは腕を組んで鼻息荒く怒っていた。
 今ここでグングナルドに帰れと言ったら逆上しそうだが、少し落ち着いてもらうにも先に帰した方がいい。

「エレディナ」
「嫌よ! ヨシュアが行ったら!?」
「イムレス様とガルネーゼに伝えたらすぐ戻ってくればいいわ。それで、グングナルドの精霊たちにおかしなところはないかも確認してちょうだい。何かある前に早めに伝えておけば、精霊たちもおかしなことがあれば気付いてくれるでしょう」
「そうだけど…」

 エレディナも実際は憂えがあるのだろう。だから意固地になっているのかもしれない。アンリカーダの力は未知数だ。人型の精霊まで操れるかは分からないが、可能性がないわけではない。
 シエラフィアは王族であっても最高位の王である。一番狙っては行けない人を自国の精霊が狙えると分かった今、エレディナも強気な口調ながら不安が勝るのだ。

 エレディナは顔を歪ませつつも、嫌々ながら一度グングナルドへ戻った。ヨシュアにフィルリーネから絶対に離れるなと小うるさく言い放って姿を消す。

 今後のことをどう考えるべきか。エレディナを見送ってフィルリーネは大きく息を吐いた。まだ自国のことで終わっていない問題が積み重なっているのに、ここでアンリカーダが出てきた。しかも、選定を終えて精霊の王に会った後のことである。

 このタイミングでアンリカーダがシエラフィアを襲えば、攻撃はこちらにも届くと考える必要がある。
 そして、今後のことだが。
 ルヴィアーレはどうしたいだろうか。

 そう思った時、ノックの音がすると、予定外の訪問者が現れた。

「お話のお時間をいただいてもよろしいですか?」
 うねった金髪を背中に流した、濃い空色の瞳をした少女。大人しげな雰囲気を持ちながら、何かを決心したかのようにやってきたのは、ユーリファラだった。

「王妃との約束がありますが、それまででしたら問題ありません。どうぞ、お入りください」
 断る理由はない。ユーリファラを招き入れると、彼女は促したソファーに座らず立ったままこちらを見上げた。

 身長はフィルリーネの頭ひとつ分くらい小さい。まだ子供と言っても良い年だが、顔が整っているせいか大人びて見えた。
 ユーリファラとは直接二人で話すのは初めてだ。緊張した面持ちを向けてくるので、話の内容はそれなりに想定はついた。

「人払いを、していただいてもよろしいですか」
 その言葉にフィルリーネは軽く眉を傾げたくなる。アシュタルとハブテルもそうなっただろう。この状況で警備を外に出せとは、少々浅慮ではないだろうか。

 さすがにまだ子供か。年は十三、四のはず。ここでルヴィアーレが聞いていたらどう思うかはさておき、一人で来たところを見ると、他の王族は彼女がここにいることは知らないのだろう。

「構いませんよ。ただ、これは翼竜ですので、私の警護から外れません。それでもよろしければ」
「フィルリーネ様」
 ハブテルが静止しようとしたが、フィルリーネはそれを片手を上げることで止めた。

「あ…。では、それでお願いします」
「アシュタル、ハブテル。少し席を外してちょうだい」
「…承知しました」

 二人は渋々だが頷いて静かに廊下に出る。それを見送ったあと、ユーリファラは珍しげにヨシュアを見遣ったが、ヨシュアはその視線を気にせずソファーに座ったままだ。出された紅茶を当たり前のように飲んだ。

「翼竜を、使役にされているのですか。王女にはそのような力が?」
「好んで私に仕えてくれているだけです」
「精霊から、お話は聞いておりました。魔導量の多い聡明な方だと。翼竜も懐かれているとは、存じませんでしたが」

 ユーリファラはあからさまに肩を下ろす。何にショックを受けているかなど、聞いたら逃げ出しそうな弱々しい雰囲気である。
 守ってあげたくなるような、そんなか弱さを持ち合わせていると言うべきか。

 もじもじとして話が進まなそうだが、ここで催促したら泣いてしまわないか心配になる。
 ここで泣かせれば完全に悪役だが、アシュタルとハブテルを外に出していることを考えれば、早めに要件を聞きたかった。

「ルヴィアーレのことですか」
 先にこちらが要件を問うと、ユーリファラは両手を胸元で握りしめたまま、ハッと顔を上げた。まあ、それしか要件などないだろう。

 ルヴィアーレを慕っている血の繋がりのない王女。婚約予定ではと言う噂と、ルヴィアーレに会う度、お兄様と言って抱きつくその様子から考えるに、自分を牽制に来たのだろうが、牽制されてもこちらはシエラフィアとの対話で身のふりを決めるので、牽制されても困ると言うのが正直な感想だ。

 かわいこちゃんとお話しするのはやぶさかではないが、大人の事情があるのよ。
 それを言うのは酷か。ユーリファラは意を決したと、キッとこちらを見遣った。

「お兄様を、お返しください!」
 想定通りの言葉が出てきて唸りそうになる。ユーリファラはもう口にしてしまったと、一気にまくし立てはじめた。

「お兄様はラータニアに大切な方なのです! ラータニアの精霊たちもお兄様を愛し、王宮の皆様もお兄様を頼りにしておりました! ラータニアは王であるお父様に後継者はいらっしゃらず、他に王になれる者はいないのです。将来はラータニアの王になるのだと信じて疑わなかったのに、婿になると言われて。お父様はあのような状態となり、この国にはお兄様が必要なのです。どうか、お兄様を、返してくださいませ!!」

 勢いよく発言したがその勢いが過ぎて涙を溢れさせた。ユーリファラはルヴィアーレがいない間、激しく思い悩んでいたのだろう。
 とはいえ、王女ともあろうものが、その発言はまずかろう。そろそろ王妃も来るだろうし、泣き腫らしているユーリファラをここに置いておくのはラータニア側からしても問題になってしまう。

「まずは、涙を拭きましょうか」
「わ、わたくしは、わたくしは、お兄様をお慕いしております!」
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