灯のないところで

石嶺経

文字の大きさ
11 / 25

一章(7)

しおりを挟む
「まぐろ」

 後ろに立った僕に気付いたのか、秋野が急に呟いた。
 鮪?
 腹でも減ったか?

「この子の名前。まぐろ」

「ああ……変な名前だな。秋野がつけたのか?」

「いや。近所の子供が呼んでるのを聞いたの」

 秋野がすくっと立ち上がる。黒猫はその場に寝転んで毛繕いを始めた。

「ふうん。真っ黒だからかな」

「もしくは、ツナが好きなのかもね」

 今度あげてみようかな、と秋野。
 何でも良いけど。

「なあ、手帳取るなら早くしないか」

 さっきの相田のことも有って、なんか人目が気になる。

「私と居る所、見られたら嫌?」

「嫌って……」

 何だろうこいつ。どこでフラグが立ったのだろうか。昨日からでここまでになるか?
 人の機微が分からない僕ではあるけど、それしたって異常だ。

「うそうそ。冗談。じゃあ取りに行こうか」

「そうしてくれ、っていうか直ぐそこだけどな」

 少し先のアパートを指差す。外壁は藍のような、紫のような奇妙な色をしているのだが、この時間だとさらに判別は困難だ。

「良い家だね?」

 何で疑問系なんだ。

「確かに一人で住むには広いな」

「……一人?」

「ああ、一人暮らし」

 喋りながら歩いているが、距離が短いため、既に敷地内に入っていた。
 僕は入り口から直ぐのところにあるエレベーターを呼び出す。ボタンが鈍く光り、くぐもった音が聞こえる。

「何か悪いこと聞いた?」

「いや、別に」

 トラウマに成る様なエピソードが有る訳でも無いし、その反応は過剰すぎる。こっちが申し訳なくなってくるくらいだ。
 レンジの様な音がして、エレベーターの扉が開く。まず僕、ついで秋野が遠慮がちに入って扉が閉まる。僕がボタンを押すと、今度は七という表示が光る。

「最上階なんだ?」

「そんな良いもんじゃないけどね」

 秋野が眼を輝かせているが、偶々そこしか開いて無かっただけだ。自殺のためですらない。
 ぐいぐいと体が持ち上げられるような感触がして、一気に七階まで辿り着く。下に行きたい誰かが他の階で待ってることも無かった。あれは結構びびる。
 扉が再び開くまで、二人して黙っていた。こいつも疲れたのかもしれない。まあ、敢えて話題を振るような場面でもないか。沈黙を破ることなく歩き、自分の部屋の前まで来たところで、荷物を持ったままポケットの鍵を探る。この時だけでも持ってくれたらいいのに、秋野は何も言わない。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

私は貴方を許さない

白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。 前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

迎えに行ったら、すでに君は行方知れずになっていた

月山 歩
恋愛
孤児院で育った二人は彼が貴族の息子であることから、引き取られ離れ離れになる。好きだから、一緒に住むために準備を整え、迎えに行くと、少女はもういなくなっていた。事故に合い、行方知れずに。そして、時をかけて二人は再び巡り会う。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

処理中です...