悪役女王アウラの休日 ~処刑した女王が名君だったかもなんて、もう遅い~

オレンジ方解石

文字の大きさ
2 / 11

2

しおりを挟む
(最悪だ…………)

 白い寝間着にガウンをはおっただけの格好で、膝下まで伸びた銀の髪をメイド二人がかりでブラッシングしてもらいながら。アウラ女王陛下こと雨井桜子は、心の中で(まさしく『どうしてこうなった?』だ)と絶望に沈む。
 化粧台の鏡に映るのは、あの闇の中で出会った美姫。

(これ…………本当に私? 本当にアウラになったの? もう桜子に戻れないの?)

 頭をかきむしって叫びだしたい衝動をこらえて、(いったん状況を整理しよう)と己に言いきかせる。

(戻れるか否かは、いったんおいて。仮に私が、本当にアウラになったとして。まずは転生物の定番の展開…………この漫画せかいの設定と展開の確認でしょ。ええと…………)

『聖なる乙女の祈りの伝説』。
 たしかこれは高校時代に漫画好きの友達に勧められて読んだ、全五巻か六巻の少女漫画だ。絵がきれいで驚いた記憶がある。が。

(よりによって、花宮かみや愛歌あいか漫画…………)

 桜子はごっそり気力を削られる。
 なぜなら花宮愛歌は桜子の苦手な漫画家だった。
 花宮愛歌は『ティアラ』という少女漫画誌の看板作家で、少女漫画界でも屈指の画力の持ち主(この点は桜子も異論ない)だが、ストーリー作りに大きな欠点を抱えている。
 設定に矛盾があるとか、展開が不自然だとか、伏線が放置されているとか、そういう欠点は少ない。が、とにかくヒロインが創造神(作者)に愛されすぎている。
 徹底的なまでのヒロイン至上主義で有名な作者で、それは桜子が転生したらしいこの作品でも貫かれている。
 そもそもこの漫画は、

『ブリガンテ王国の平凡な田舎娘だったヒロイン、フェリシアはある時、『聖なる祈りの力』に目覚めて、聖女として認定される。
 さらに彼女は反乱によって国を追われたロヴィーサ王国の前々国王、イルシオンとその王妃の遺児、つまりロヴィーサの正統な王女であることも判明する。
 ロヴィーサの現在の王は「我が儘で贅沢好き」と評判の十九歳の女王、アウラ・ローザ・トゥ・オルディネ。
 反乱を起こしてイルシオン王夫妻を追放し、その座を奪った前ロヴィーサ王、レベリオの一人娘である。
 高潔で心優しいフェリシアは、アウラ女王の圧政に苦しむロヴィーサの民のため、聖女として、正統な王女として「簒奪者の娘にして偽りの女王、アウラを倒して、ロヴィーサに真の平和と幸福をもたらす」と、彼女を守る仲間達と共に蜂起、聖戦へと身を投じる――――』

 というものだ。
『聖戦』とはいうが、実際は戦争シーンはほとんど描かれていなかったと思う。『ティアラ』は低年齢層向けで、メインは圧倒的にヒロインとヒーロー達のからみだった。戦いは「戦闘に巻き込まれて危険な目に遭うヒロインをヒーローが格好よく助ける」ための前座だったと思う。

(だから花宮漫画って白けるのよね。ヒロインがどんな危険な目に遭っても苦労しても「はいはい、どうせ男が来てくれるんでしょ」としか思えないというか。しかも男は一人じゃないし)

 それも花宮作品の大きな特徴だ。
 花宮作品のヒロインは常に複数のイケメンに愛される。妹や仲間として慕われる、というレベルではない。明らかに恋愛感情を向けられ、溺愛され、特別扱いされるのである。

(ブリガンテの第二王子なんて、たしかアウラの婚約者だったのに、ヒロインと出会った途端、「フェリシアの神秘的で清らかな魅力に惹かれてアウラとの婚約を破棄、フェリシアの絶対的な味方となって、国をとり戻そうとする彼女に力を貸す」んじゃなかったっけ?)

 そして、それだけヒロインを愛している第二王子は実は恋人ではない。
 ヒロインの恋人役は別にいて、第二王子は物語終盤まで彼とはりあう『恋敵』役なのだ。

(たしかヒロインは恋人と第二王子、二人の間にずーっとはさまれてて、どちらもヒロインのために命がけで戦って溺愛して、ヒロインが恋人と喧嘩したら第二王子が優しく慰めて、それを知った恋人が慌ててヒロインの所に行って、ヒロインも第二王子にゆれつつ恋人と仲直りして…………の、くりかえしじゃなかった? で、合間に『幼い頃の初恋の少年』だの、別のイケメン達との出会いがあって、全員「聖女にふさわしい心清らかな少女」だの「誰にも汚されない神秘的で高潔な乙女」だの「ロヴィーサ王族の血を証明する薄紅の髪と高貴な笑顔」だの褒めちぎって、味方になってくれるのよね? アウラはたしか婚約者の第二王子だけでなく、唯一信じた恋人も実はヒロインの兄で、妹のため父の敵討ちのため、アウラに近づいただけだった~みたいな展開じゃなかった? そりゃ、ここまで「すべてを他の女に奪われて死ぬ未来」しか待っていないなら、異世界に逃げたくもなるけど…………二年後に死ぬと判明しているキャラと入れ替わった、こっちの身にもなってよ!!)

「女王陛下? なにかご不満な点でも?」

 アウラの隣でブラッシングを見守っていた、白髪交じりの貴婦人が重々しく訊ねてくる。アウラの身の回りをとり仕切る女官長だ。髪を梳かしていた二人のメイドも、息を詰めて女王陛下の返事を待っている。
 桜子は気づいた。鏡の中の美しい顔がいつの間にか眉間にしわを寄せている。
 いそいでごまかした。

「いえ、問題ないわ。今日の議題について考えていただけ」

 メイド二人がほっとしたように表情をゆるめ、とめていた手を動かしはじめる。
 ブラッシングがようやく終わり、アウラは立ちあがった。

「それでは着替えの間へ。みなさまおそろいです」

 女官長の言葉に、桜子はアウラの肉体から読みとった記憶をもとに(どうせ無理だろうな)と思いつつ、駄目もとで訊いてみる。

「もう、ここで着替えたほうが早くない? わたし――――妾も風邪をひかずにすむわ」

「毎日の務め。これも女王陛下としての大切なお役目でございます。我が儘はおやめくださいませ。どうぞ、着替えの間へ」

 桜子はため息をつき、うながされるまま隣の部屋に足を踏み入れた。
 家具をほとんど置いていない広々とした空間。そこに三十人ちかい貴婦人が整列している。彼女らはみな、手にドレスだの靴だのアクセサリーだのを持っている。すべて女王陛下の着替えだ。
 アウラは彼女らの前に立ち、貴婦人達に見守られながら、彼女達一人一人から差し出される衣装を受けとってメイドに着せてもらうのである。

(時間の無駄!)

 現代日本から来た庶民の桜子はそうとしか思えないが、これがロヴィーサ王宮の『代々受け継がれてきた伝統ある王族の着替えの作法』なのだ。
 そしてアウラはこの作法で先日とうとう風邪をひき、意識がもうろうとする中、予見の力を発現させて己の未来とこの世界の真実を見抜き、別の世界に移ることを決意したのである。

(伝統だかなんだか知らないけど、作法のおかげで女王陛下を逃がしていたら、本末転倒じゃないの?)

 桜子は呆れつつ、着替えのための台の上に乗る。
 真冬である。
 暖炉には火が焚かれていたものの、広い部屋全体をあたためるには至らず、ガウンを脱いだ桜子は盛大にくしゃみの音を響かせた。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

姉の陰謀で国を追放された第二王女は、隣国を発展させる聖女となる【完結】

小平ニコ
ファンタジー
幼少期から魔法の才能に溢れ、百年に一度の天才と呼ばれたリーリエル。だが、その才能を妬んだ姉により、無実の罪を着せられ、隣国へと追放されてしまう。 しかしリーリエルはくじけなかった。持ち前の根性と、常識を遥かに超えた魔法能力で、まともな建物すら存在しなかった隣国を、たちまちのうちに強国へと成長させる。 そして、リーリエルは戻って来た。 政治の実権を握り、やりたい放題の振る舞いで国を乱す姉を打ち倒すために……

宮廷から追放された聖女の回復魔法は最強でした。後から戻って来いと言われても今更遅いです

ダイナイ
ファンタジー
「お前が聖女だな、お前はいらないからクビだ」 宮廷に派遣されていた聖女メアリーは、お金の無駄だお前の代わりはいくらでもいるから、と宮廷を追放されてしまった。 聖国から王国に派遣されていた聖女は、この先どうしようか迷ってしまう。とりあえず、冒険者が集まる都市に行って仕事をしようと考えた。 しかし聖女は自分の回復魔法が異常であることを知らなかった。 冒険者都市に行った聖女は、自分の回復魔法が周囲に知られて大変なことになってしまう。

妹が真の聖女だったので、偽りの聖女である私は追放されました。でも、聖女の役目はものすごく退屈だったので、最高に嬉しいです【完結】

小平ニコ
ファンタジー
「お姉様、よくも私から夢を奪ってくれたわね。絶対に許さない」  私の妹――シャノーラはそう言うと、計略を巡らし、私から聖女の座を奪った。……でも、私は最高に良い気分だった。だって私、もともと聖女なんかになりたくなかったから。  退職金を貰い、大喜びで国を出た私は、『真の聖女』として国を守る立場になったシャノーラのことを思った。……あの子、聖女になって、一日の休みもなく国を守るのがどれだけ大変なことか、ちゃんと分かってるのかしら?  案の定、シャノーラはよく理解していなかった。  聖女として役目を果たしていくのが、とてつもなく困難な道であることを……

聖女らしくないと言われ続けたので、国を出ようと思います

菜花
ファンタジー
 ある日、スラムに近い孤児院で育ったメリッサは自分が聖女だと知らされる。喜んで王宮に行ったものの、平民出身の聖女は珍しく、また聖女の力が顕現するのも異常に遅れ、メリッサは偽者だという疑惑が蔓延する。しばらくして聖女の力が顕現して周囲も認めてくれたが……。メリッサの心にはわだかまりが残ることになった。カクヨムにも投稿中。

召喚失敗!?いや、私聖女みたいなんですけど・・・まぁいっか。

SaToo
ファンタジー
聖女を召喚しておいてお前は聖女じゃないって、それはなくない? その魔道具、私の力量りきれてないよ?まぁ聖女じゃないっていうならそれでもいいけど。 ってなんで地下牢に閉じ込められてるんだろ…。 せっかく異世界に来たんだから、世界中を旅したいよ。 こんなところさっさと抜け出して、旅に出ますか。

【完結】追放された元聖女は、冒険者として自由に生活します!

夏灯みかん
ファンタジー
生まれながらに強い魔力を持つ少女レイラは、聖女として大神殿の小部屋で、祈るだけの生活を送ってきた。 けれど王太子に「身元不明の孤児だから」と婚約を破棄され、国外追放されてしまう。 「……え、もうお肉食べていいの? 白じゃない服着てもいいの?」 追放の道中で出会った冒険者のステファンと狼男ライガに拾われ、レイラは初めて外の世界で暮らし始める。 冒険者としての仕事、初めてのカフェでのお茶会。 隣国での生活の中で、レイラは少しずつ自分の居場所を作っていく。 一方、レイラが去った王国では魔物が発生し、大神殿の大司教は彼女を取り戻そうと動き出していた。 ――私はなんなの? どこから来たの? これは、救う存在として利用されてきた少女が、「自分のこれから」を選び直していく物語。 ※表紙イラストはレイラを月塚彩様に描いてもらいました。 【2025.09.02 全体的にリライトしたものを、再度公開いたします。】

追放された魔女は、実は聖女でした。聖なる加護がなくなった国は、もうおしまいのようです【第一部完】

小平ニコ
ファンタジー
人里離れた森の奥で、ずっと魔法の研究をしていたラディアは、ある日突然、軍隊を率いてやって来た王太子デルロックに『邪悪な魔女』呼ばわりされ、国を追放される。 魔法の天才であるラディアは、その気になれば軍隊を蹴散らすこともできたが、争いを好まず、物や場所にまったく執着しない性格なので、素直に国を出て、『せっかくだから』と、旅をすることにした。 『邪悪な魔女』を追い払い、国民たちから喝采を浴びるデルロックだったが、彼は知らなかった。魔女だと思っていたラディアが、本人も気づかぬうちに、災いから国を守っていた聖女であることを……

王太子妃(仮)でしたが、聞いたこともない予言のせいで追放されました。ですから、今さら呼び戻されても困ります。

實藤圭
ファンタジー
王太子妃候補として、真摯に王子リオネルを愛し、支えてきたクラリス。 だが、王太子妃となるための儀式、婚礼の儀の当日、リオネルと聖女ミラによって、突如断罪され、婚約を破棄されてしまう。 原因は、教会に古くから伝わる「神託」に書かれた“災いの象徴”とは、まさにクラリスのことを指している予言であるとして告発されたためであった。 地位も名誉も奪われ、クラリスは、一人辺境へと身を寄せ、心静かに暮らしていくのだが…… これは、すべてを失った王太子妃(仮)が、己の誇りと歩みを取り戻し、歪められた“真実”と向き合うため、立ち上がる物語。

処理中です...