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6 一年が過ぎて

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 シシルカの教えに従って慎ましやかに生き、結婚して一年が過ぎた。

 今日は私にとってとても重要な一日となる。

 その部屋に入る前に、一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。

「本日は、陛下にお願いがあって参りました」

 執務室に入ると、アルテュールはいつもの蔑む視線で私を見た。

 この人と正面から向き合うのも、これで最後となる。

「貴様がこの俺に頼み事をするつもりか?立場を弁えろ」

「陛下にとっても悪い話ではないはずです」

「言ってみろ」

「私と離婚してください」

「離婚だと?」

 アルテュールは驚いたように見た。

 その言葉は意外だったようだ。

 私がいつまでも王妃の座にしがみつき、不毛な立場に居続けると本気で信じていたかのように。

「白い結婚のまま一年が過ぎると、離婚ができます。それは王家の結婚にも適応されます。どうぞ、陛下は自由の身となって、愛すべき人と一緒にお過ごしください」

「ほぅ?貴様が俺のために身を引くのか?殊勝な事だな」

「私と、公爵家は変わらず王家の力となりましょう。陛下が了承していただけるのなら、離婚の手続きは大聖堂で行いますがよろしいですか?」

「いいだろう」

「最後に一つだけ申し上げたい事がございます」

「なんだ」

 一度深呼吸をした。

 マヤがどのように思われているのか、この人はちゃんと考えたことがあるのだろうか。

「見たくないこと、知りたくないことから逃げないでください」

「貴様は何を言っているんだ。廃妃となった瞬間に処分されたくないのなら、さっさと立ち去れ」

 直接的に物事を言ったところで、また相手が激昂するだけ。

 学んだことを何一つ活かせないのでは意味がない。

「もっと視野を広く、それがマヤさんのためにもなります。マヤさんを守れるのは陛下だけなのですから…………貴方の幸せを願っています」

「うるさい。さっさと出て行け」

 アルテュールは迷惑そうな表情のままだった。

「では、次にお会いする時は、大聖堂でですね。陛下、今までありがとうございました」

 私の礼を尽くした言葉にも、最後まで疎ましげな態度を崩さずに、何も言葉を返してはくれなかった。

 これからわずか二日後に、私達の離婚は成立した。

 立ち会ってくださったのは、上級神官のギャバン様。

 私達の婚姻関係の解消は正当なものだと宣言して、一年と数日のアルテュールとの夫婦関係は終了した。

 一国の王と王妃の離婚にしては、類を見ないあっさりとしたものだった。

 何があっても離婚ができない国もあるから、私は幸せな方ではあった。

 お父様は、何も言わずに私のこの選択を見守ってくださっていた。

 感慨深いものはある。

 たった一年の結婚生活だったけど、それまでの11年は随分と長かったのかもしれない。

 11年間の時間があれば、自分は何をしていたのか。

 きっと、今とさほど変わらないように思える。

 私は私であって、シシルカの教えを忠実に守って生きていたはずだ。

 博愛は理解していても、恋という恋を知らずに、きっとお父様の勧めるがままに別の人と結婚していたはずだ。

 灰色のドレスを着てベールを被った私が大聖堂から出てきた姿は、国民にはどのように映っていたのか。

 国王夫妻の離婚は、今後、予想通りに国民の関心を多く集める事となった。

 私がアルテュールと離婚した翌日。

 国王夫妻の離婚は大々的に新聞で報じられることとなった。

 離婚によって、私とマヤとの縁は完全に断ち切れたのだと思っていた。

 もう、直接関わることはないのだと。

 当然のことだけど、ジャンナと一緒に公爵家に戻ってくることができた。

 私は私の新たな生活を始める。

 馬車から降りると、ドレッド公爵家の屋敷の前では、使用人だけでなく、両親とお兄様が出迎えのために待っていてくれた。

「ごめんなさい。お父様、お母様、お兄様」

 自分の役目を何一つ果たさずに、公爵家の評判だけを落として家に帰ってくることになった。

 この時はまだ、申し訳ないと思う気持ちが強かったのだけど、

「私達は、お前を生贄に捧げたつもりはない。よく帰ってきてくれた」

 出戻りの私を、両親は温かく迎えてくれた。

 それどころかお父様は、申し訳なかったと何度も私に謝ってきた。

 何度も何度も謝ってきた。

 矯正のために私との婚約を了承したが、私のためには何一つならなかったと。

 私は喧騒から逃れ、王都を後にした。

 公爵家の領地に戻って、それからしばらく目立たないように厳かに奉仕活動に従事していた。

 その一方で、マヤが姿を現すたびに、新聞にはマヤのドレスや装飾品がいくらなのかも、赤裸々に金額が掲載されるようになった。

 アルテュールは記事の差し止めを迫ったが、その新聞社の所属がリカル公国だった為、直接手出しができずに、苦情の申し立てにとどめざるを得なかった。

 新聞社としては、マヤがより親しみを持たれるように、多くの国民がファッションを参考にできるよう伝えているだけだとの見解を示していた。

 真意がどこにあるのかはわからないが、不作の影響で生活が苦境に立たされている国民の鬱憤は溜まっていくことになる。

 ホルト王国の多くの国民が貧困に不安を抱く一方で、マヤの散財は対照的だったから。

 アルテュールは、平民が何を言った所でどうせ何もできないだろうと鼻で笑っていたそうだ。

 だから、自分の隣にいる飾り立てられたマヤがどのように見られていても、気にしていなかったらしい。

 私の言葉が全く届いていなかったのには無力感しかない。

 みな、競うように新聞を購読し、時には回し読みをして、特にマヤへの恨みを募らせていった。

 マヤがたった一度しか着ないドレスが平民にとってどれだけ贅沢なものか、もっと配慮するべき事だったのに。

 たとえそれが、国家予算の中での大した割合でなくとも。

 私がそうしなかっただけで、秘密が知られてしまえばマヤはすぐに引き摺り落とされてしまう。

 今まで私や公爵家がどれだけ助けていたのか。

 今はもう、アルテュールしか彼女を助けようとする者はいないのに。










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