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17 自分よりも大切な

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 俺や、デリラの生まれは似たようなものだった。

 狩猟民族と言えば聞こえはいいのかもしれないが、実態はただの不法入国を繰り返しては違法に狩を行う民族で……

 ストールを届け終えた数日後。

 城への納品を終えた帰り道、フードを深く被ったデリラを見かけた。

 数名の男と一緒で、不穏な空気にいったい何をするつもりなのか不安になった。

 後をつけ、物陰から耳を澄ます。

「あいつ、私に黙っていたけど、地元で廃妃と会っていたようなのよ。しかも仲が良さげで。だから、あいつからの手紙が届けばあの良い子ちゃんのフリが上手い女ならどうする?助けてって泣きつかれたら当然無視はできないでしょ。あたしにバレないとでも思ったのかしら。孤児院に送った物が、誰への贈り物かって。それならこっちで利用させてもらうわ」

 何をするかわからない奴だとは思っていたが、デリラはお嬢様に何をするつもりだ。

 俺を利用してって……

 俺がお嬢様に直接伝える手段がない。

 セオに手紙を託した。

 お嬢様の近くに行って、不穏な手紙を監視できないかと。

 俺からお嬢様に手紙を書くことなど絶対に無いと。

 お嬢様が俺なんかからの手紙に応じるはずがないが、万が一ってことはある。

 こんな女を野放しにできなかった。

 この数日後、城で騒動があったと聞き、真っ先にデリラを探した。

 あの女が何かしたんじゃないかと疑って。

 人から隠れるように移動していたデリラを見つけた時、最後までこの女に付き合わなければならないと覚悟した。

「デリラ。準備が整ったから行こう」

 逃がさないようにまず馬車に乗せ、とにかくデリラの企みを詳細に把握することが必要だ。

 馬車の中で向き合って話を聞こうとした。

「何があったんだ、デリラ」

「護衛が私を軟禁するつもりだったから、階段から突き落として逃げてやったわ。それから、侍女に残った宝石全てあげるからって言ったら、あいつ、すぐに動いてくれたわ。自分が何をさせられたのか知らずにね。それで、戻ってきたところをスコップでガツン!よ」

「殺したのか!?」

「いけない?王都を燃やす計画が早まったから、どうせたくさん死ぬわよ。あんたも一緒に復讐するのよ。あの女に。ヴァレンティーナは絶対に殺す」

 その言葉を聞いて、群衆の中に置き去りにするべきだったと感情的に思った。

 お嬢様にだけは、絶対に手出しさせない。

 けど、何をするつもりなのか、聞き出す前に死なせられない。

 あの不審者と何を話していたのか聞き出すまで。

 人殺しにまで成り下がったこの女と、同じ空気を吸うのが嫌だった。

 さらにお嬢様への逆恨みを拗らせて、それだけは許せれるものではなかった。

 だから、早くお嬢様から遠ざけたかったのに。

「お前は何がやりたいんだ」

「水をかけると燃える金属を置いてきたのよ。ヴァレンティーナをそこにおびき寄せて、男に襲わせて。最後に建物ごと燃やすつもりよ。周りにたくさんの火薬を置いてきたの。木っ端微塵ね。火薬庫の隣にも置いてきたから、雨が降ればどうなることかしらね」

 デリラの高笑いに、表情が強張るのを隠すことができなかった。

「はんっ。あんた、やっぱり裏切るつもりね。でも、もう遅いわ。すべての準備は終わってるから。今さら無駄よ。あの女も今ごろ男達に嬲られてる頃よ。私をどこに連れていくつもりだったの」

 デリラがいきなり馬車から飛び降りたから、後を追った。

 すぐに追いつき、腕を掴む。

「俺は、復讐するつもりなんか少しもない。この国の人達は、俺が異教の言葉を口にしても、誰も嫌な顔をしなかった!改宗させることなく、大切に育ててくれてて、手に職までつかせてくれた。お前は本当に哀れだ。俺がお前のように歪んだ復讐心に取り憑かれていたかもしれない。けど、絶対にお嬢様には手出しさせない」

「あの女にどれだけ骨抜きにされているのよ」

 俺の腕を振り払ったデリラは、俺を睨みつける。

「お前だって、引き取ってくれた家族が大切に育ててくれたろ」

「マヤの身代わりとしてね。あたしは名前を奪われて、マヤとして生きなければならなかった」

「それでも、お前は生きられた。他の国なら親が処刑された時点で、子供の運命は決まっている!!」

「ここだって対して変わらないわよ!!あたしは王妃になれなかったんだから!!」

「当たり前だ!!」

「こんな国、もういらない!!」

 デリラがそれを叫んだ瞬間、ひゅっと風を切る音がした。

 咄嗟に左腕で頭部を庇うと、そこに矢が突き刺さり、激痛を生み、目の前では首に矢を受けたデリラが目を見開き、呆然と俺を見つめ、

「こんな……ぁぁ…………」

 ゴボゴボと鮮血を口から溢れさせ、そしてあっけなく絶命していた。

 地面にデリラが倒れると、さらにヒュンヒュンと矢が襲いかかってきた。


 ヤバい、ここで死んだらデリラの計画を伝える術が無くなる。


 何よりも、お嬢様の無事を確認できないと死ねない。

 背後の岩陰に隠れるつもりで走り出せば、すぐに右足を射抜かれて、地面に無様に転がっていた。

 ヒュッ。トスっ。トスっと、周りの地面に矢が突き刺さる。

 死を覚悟すれば、出会ってわずかな時間で俺の中をいっぱいにしたお嬢様の姿が次々に浮かんできて、だから、次の瞬間に俺に覆い被さるように飛び込んできた人がいて、それが最期に見る幻かと思った。

 その人は、俺よりもはるかにか細くて、俺を覆うことなんか不可能なのに、全身を盾にして俺を守ろうとして。

 信じられない光景だ。

 幻であっても彼女に毛先ほどの傷でもつくことなんか耐えられなくて、彼女の体を抱き込んで矢が飛んでくる方向に自身の背を向けたのは、頭で考えるよりも先のことだった。

 直後、弓矢の飛来は止んでいたが。

「お嬢様……どうして……」

 自分の腕の中にいる、本物のお嬢様に問いかけていた。

 でも、その答えを聞く前に大勢の足音が近付いてきた。

 ガチャガチャと金属音が聞こえ、俺なんかを庇ったお嬢様が責められるのではと恐怖した。

 上空を、ピーッと鳴きながら鷹が旋回している。

 一頭の馬が、すぐ近くを興奮した様子で動き回っていた。

「ローハン閣下、ランドンはマヤと共謀なんかしていません!!彼女が何をしようとしていたか監視していたのです!!」

 お嬢様は震えながらも声を張り上げ、位置的に俺の背中を挟んで彼女の正面に立った人物に言った。

 ローハン閣下と呼ばれた人物が剣を抜くと、背後から俺の首筋に刃をあてた。

 ほんの少しでも動けば、首を斬られる。

 お嬢様が怯えた顔で、俺を見上げていた。

「この者が異教徒である限り、その言葉を信じることはできません。ランドン。君は今すぐ選ばなければならない。改宗か、死か」

 俺の胸にしがみついているお嬢様の指に力が込められた。

 それは、自分も一緒に斬られても構わないと言っているように思えて、ただの俺の妄想なのに、そんなはずはなくて、でも、万が一にもそんな目にお嬢様を遭わせられない。

 情報を持つ俺を助けようとしてくれただけだと、俺の証言などなんの意味もなさないかもしれないけど、

「改宗を……信仰をすてます……」

 なんの抵抗もなく、それを口にしていた。

 俺の胸に額をつけたお嬢様の口から、嗚咽が漏れ出る。

「知っているのなら、マヤの計画を話せ」

「最初に聞いたことは、お嬢様に手紙をだして誘き寄せるということ。これはおそらく阻止できて……」

「セオが、貴方から受け取った手紙を読んで、私を、引き止めてくれて」

 お嬢様がデリラに傷付けられずに済んだことにまず安堵する。

「雨が降れば、王都は火の海になると言っていた。火薬保管庫の近くに不審な物がないか調べて欲しい。水に濡れてはダメなものだそうだ」

「すぐに調査に向かわせる」

 ローハン閣下は俺の言葉を信じてくれたようだ。

「マヤが会っていた人物の顔は覚えている。協力できることはなんでもする」

 俺の首にあてられていた剣が鞘に収められても、お嬢様の両目からは涙があふれてて、それを至近距離で見続けるのは、足や腕に受けた痛みよりも辛いものがあった。

 俺は、お嬢様の婚約者であるローハン閣下の目の前で、お嬢様を抱きしめたままで、俺が罰せられるのは仕方がないとしても、お嬢様が非難されるのはどうにかしたかった。

 でも、俺がこの場でできることは大人しくしていること。ただ、それだけだった。

「ヴァレンティーナさん。一度彼から離れてもらってもいいでしょうか。安心してください。治療のために連れていくだけです。彼は情報提供者であり、マヤの罪を証言する者です。丁重に保護します」

 ローハン閣下は労わるような声で話しかけ、丁寧な動作でお嬢様の肩を支えて、立ち上がらせた。

 お嬢様のか細い肩は震えていて、顔色も真っ青だ。

 ローハン閣下の上着が彼女にかけられて、早くお嬢様を温かい場所に連れて行って欲しいと願ったくらいに、お嬢様は今にも倒れそうな様子だ。

 そんな様子なのに、お嬢様は俺のことを心配そうに見ていた。

 俺は、応急処置をされると担架に乗せられ、馬車によって王都に運ばれて、そして治療を受けることとなった。

 この後、さらに隔離されて取り調べを受けることになった俺には、お嬢様がどう過ごされているか知る手段はなく、結局、彼女に会えないままホルト王国からリカル公国への移送が決まった。




 あんな、不貞を疑われても仕方がない状況で、俺が処罰されることなく国から出されて、そして今、厚待遇で働かせてもらえる方が不思議で仕方がなかった。

 俺が罰らしい罰を受けなかったのだから、お嬢様は大丈夫だと思いたいが……

 遠く離れたここから、お嬢様が無事であること、幸せであることを願っていた。















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