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エステル
2 復讐されて終わるはずだったのに
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私が記憶を取り戻す直前、“エステル”は確かにステラを守りたいと思っていた。
この子のせいじゃないのだから、“妹”を守ってあげなくちゃって。
本当は、私が、“エステル”の事も“ステラ”の事も守ってあげなくちゃいけなかったのに。
ステラを守ってあげられなくて。
これをもっと早くに思い出していれば、苦しんでいたお母様の事も救ってあげることができたかもしれないに。
それを喜ぶかどうかはわからないけど、私は、間違いなくお父様の子供だと。
お母様は、御自分の兄からもプレッシャーを受けていた。
早く子供を作れと。
ロット男爵家の資金をあてにしていた伯父は、愛人の存在を知って妹が離縁されるのを恐れていたのだ。
だから、お母様は追い詰められて、魔が差して、好きでもない男性と一夜の関係を……
あんな男でも、お母様は夫の事を愛していた。
私からしてみれば、あの男は、何から何まで役立たずで、無責任で、クズだった。
ステラの葬儀と並行して、ミナージュ家の手によって真相の究明が行われた。
幼いステラが、何故あんな場所に一人でいたのか。
本来ならそれを行わなければならない父は、現実から逃げるように、家には寄り付いていない。
あの人はああいう男なのだ。
最初から最後まで、自分の都合の悪いことから逃げ回って。
妻に言い出せなかったからって、可愛がっていたであろうステラを、認知すらしていなかった。
旅行者としてこの国に連れてきて、この後どうするつもりだったのか。
おそらく、あの男の無責任な態度のせいで、タリスライトから許可もおりなかったのだ。
それなのに無理矢理連れて来て。
せめて、ステラの遺骨をタリスライトで眠るお母様の隣に帰してあげればよかったのに、親しい人が誰もいない男爵領の冷たい土の下に一人埋葬されて。
なんであんな男が、私とステラの父親なのか。
悔しさしかない。
それに、大切なディランに大怪我まで負わせて、あの時、私の治療の為に訪れてくれていた光属性の魔法使いがいなかったら、ディランの生命は確実に危なかった。
ステラを虐待していた使用人達は、みんないなくなった。
私とお母様を支えてくれた人達だったけど、幼い子供を虐待するような分別の無い人達は、近くにいてもらいたくない。
信じられないことに、ステラを鞭打った者もいた。
それを行った元護衛の男は、犯罪者として強制労働の場へと追いやられた。
それは、ミナージュ家が命じたものだ。
おじ様達こそ無関係なのに、ステラのために怒ってくれて。
屋敷を離れる使用人達には一応別の仕事先を見つけるつもりではいた。
でも、最後の最後で私の出自について脅してくる者がいて、あの男は不在だっだけど、鑑定で私は男爵家の正当な子供だと証明されて、私を脅迫した侍女は罰を受けている。
別に、私の父親が誰なのかはどうでもいい事で、身分を剥奪されてもそれはそれで構わなかった。
ただ、弱みにつけ込んで子供を脅す人間が許せないってだけで。
むしろ、あの男の血を引いている方が、私には気持ちの悪いものだった。
その騒動のことは、ディランには知らせていない。
騎士になるべく頑張り始めたばかりの頃だったから、余計な雑音を防ぐ為にもおじ様には口止めをお願いした。
言わなくてもいい事だと思っていたから。
葬儀が終わった直後はしばらく何もする気が起きなくて、ディランから一緒に王都に行かないかと誘われたけど、せめて一年はステラのそばにいてあげたかった。
そんな私を案じて、たびたびディランは屋敷を訪れてくれた。
いくらゲートを使い放題だと言っても、自分の家よりも先にこっちに来てくれるから、心配ばかりかけられないって、少しずつでも前向きにはなっていけた。
私を元気にしてくれたのは、ディランだけじゃなかった。
ステラが亡くなったちょうど一年後。
「あなたが私を罰しに来てくれたの?」
男爵家を訪れた訪問者に、そう尋ねた。
数人の護衛を連れて目の前に立ったのは、ディランと同じ歳くらいの少年だった。
褐色の肌に黒い髪。深い青の瞳の少年。
それから、どれだけ隠そうとしても隠しきれない上品な佇まい。
左側の目尻にある泣きぼくろ、ほんの少しだけ垂れ目がちな目は優しげな印象を人に与えるのかもしれないけど、その優しさは本来、ステラだけに向けられるものだった。
彼は、タリスライト王国の王族の一人で、ステラの従兄にあたる。
国王の異母妹にあたるステラの母親が臣籍になったから、ステラもタリスライトの未婚の貴族の子供として生まれてきたけど、本来なら王籍にいてもおかしくはなかった。
今の時点でステラを救ってくれる唯一の人が彼になるはずだった。
彼の元に、ステラを帰してあげることができなかった。
“赦されると思うな!!”
物言わぬステラの亡骸を抱きしめ、ディランを責め立てる彼の姿が頭に浮かんだ。
小説の中で、どのルートでも同じ結末を辿るのが、ディランによって殺されるステラの運命。
そして、ディランルート以外は、シリルに復讐されて、ディランが命を落とすのだけど……
そんな事は、今さら関係のないことだった。
シリルがステラをどれだけ大切に想っていたのか、小説を読まなくたってわかる。
目の前に立つ人は、自分の半身を失ったかのように、本当に哀しげな顔をしていた。
「ごめんなさい……」
謝っても、ステラが帰ってくるわけじゃない。
でも、私にできる事は、それしかなかった。
「俺は……君に八つ当たりをしにきたんだ」
ステラを虐待した者達の処罰はすでに終わっている。
一番に罰を受けなければならない父は、数ヶ月前に商談に行った先で行方不明となり、今は生死もわからない。
二度と顔を見なくて済むと、清々しい思いだったけど、彼はその手で、あの男に復讐したかったはずだ。
だから最後は、残された私が彼に復讐をされて終わるのだ。
終わるはずだった。
「それなのに、君も、ステラがいなくなった事を悲しんでくれるんだ」
何を考えていたのか、シリルはステラの墓碑を訪れて、私の屋敷に数日滞在して、御丁寧にステラの思い出話をたくさんして帰っていった。
それはこの先何度も、何年も繰り返される事になり、シリルとの縁は、ここから始まったのだった。
この子のせいじゃないのだから、“妹”を守ってあげなくちゃって。
本当は、私が、“エステル”の事も“ステラ”の事も守ってあげなくちゃいけなかったのに。
ステラを守ってあげられなくて。
これをもっと早くに思い出していれば、苦しんでいたお母様の事も救ってあげることができたかもしれないに。
それを喜ぶかどうかはわからないけど、私は、間違いなくお父様の子供だと。
お母様は、御自分の兄からもプレッシャーを受けていた。
早く子供を作れと。
ロット男爵家の資金をあてにしていた伯父は、愛人の存在を知って妹が離縁されるのを恐れていたのだ。
だから、お母様は追い詰められて、魔が差して、好きでもない男性と一夜の関係を……
あんな男でも、お母様は夫の事を愛していた。
私からしてみれば、あの男は、何から何まで役立たずで、無責任で、クズだった。
ステラの葬儀と並行して、ミナージュ家の手によって真相の究明が行われた。
幼いステラが、何故あんな場所に一人でいたのか。
本来ならそれを行わなければならない父は、現実から逃げるように、家には寄り付いていない。
あの人はああいう男なのだ。
最初から最後まで、自分の都合の悪いことから逃げ回って。
妻に言い出せなかったからって、可愛がっていたであろうステラを、認知すらしていなかった。
旅行者としてこの国に連れてきて、この後どうするつもりだったのか。
おそらく、あの男の無責任な態度のせいで、タリスライトから許可もおりなかったのだ。
それなのに無理矢理連れて来て。
せめて、ステラの遺骨をタリスライトで眠るお母様の隣に帰してあげればよかったのに、親しい人が誰もいない男爵領の冷たい土の下に一人埋葬されて。
なんであんな男が、私とステラの父親なのか。
悔しさしかない。
それに、大切なディランに大怪我まで負わせて、あの時、私の治療の為に訪れてくれていた光属性の魔法使いがいなかったら、ディランの生命は確実に危なかった。
ステラを虐待していた使用人達は、みんないなくなった。
私とお母様を支えてくれた人達だったけど、幼い子供を虐待するような分別の無い人達は、近くにいてもらいたくない。
信じられないことに、ステラを鞭打った者もいた。
それを行った元護衛の男は、犯罪者として強制労働の場へと追いやられた。
それは、ミナージュ家が命じたものだ。
おじ様達こそ無関係なのに、ステラのために怒ってくれて。
屋敷を離れる使用人達には一応別の仕事先を見つけるつもりではいた。
でも、最後の最後で私の出自について脅してくる者がいて、あの男は不在だっだけど、鑑定で私は男爵家の正当な子供だと証明されて、私を脅迫した侍女は罰を受けている。
別に、私の父親が誰なのかはどうでもいい事で、身分を剥奪されてもそれはそれで構わなかった。
ただ、弱みにつけ込んで子供を脅す人間が許せないってだけで。
むしろ、あの男の血を引いている方が、私には気持ちの悪いものだった。
その騒動のことは、ディランには知らせていない。
騎士になるべく頑張り始めたばかりの頃だったから、余計な雑音を防ぐ為にもおじ様には口止めをお願いした。
言わなくてもいい事だと思っていたから。
葬儀が終わった直後はしばらく何もする気が起きなくて、ディランから一緒に王都に行かないかと誘われたけど、せめて一年はステラのそばにいてあげたかった。
そんな私を案じて、たびたびディランは屋敷を訪れてくれた。
いくらゲートを使い放題だと言っても、自分の家よりも先にこっちに来てくれるから、心配ばかりかけられないって、少しずつでも前向きにはなっていけた。
私を元気にしてくれたのは、ディランだけじゃなかった。
ステラが亡くなったちょうど一年後。
「あなたが私を罰しに来てくれたの?」
男爵家を訪れた訪問者に、そう尋ねた。
数人の護衛を連れて目の前に立ったのは、ディランと同じ歳くらいの少年だった。
褐色の肌に黒い髪。深い青の瞳の少年。
それから、どれだけ隠そうとしても隠しきれない上品な佇まい。
左側の目尻にある泣きぼくろ、ほんの少しだけ垂れ目がちな目は優しげな印象を人に与えるのかもしれないけど、その優しさは本来、ステラだけに向けられるものだった。
彼は、タリスライト王国の王族の一人で、ステラの従兄にあたる。
国王の異母妹にあたるステラの母親が臣籍になったから、ステラもタリスライトの未婚の貴族の子供として生まれてきたけど、本来なら王籍にいてもおかしくはなかった。
今の時点でステラを救ってくれる唯一の人が彼になるはずだった。
彼の元に、ステラを帰してあげることができなかった。
“赦されると思うな!!”
物言わぬステラの亡骸を抱きしめ、ディランを責め立てる彼の姿が頭に浮かんだ。
小説の中で、どのルートでも同じ結末を辿るのが、ディランによって殺されるステラの運命。
そして、ディランルート以外は、シリルに復讐されて、ディランが命を落とすのだけど……
そんな事は、今さら関係のないことだった。
シリルがステラをどれだけ大切に想っていたのか、小説を読まなくたってわかる。
目の前に立つ人は、自分の半身を失ったかのように、本当に哀しげな顔をしていた。
「ごめんなさい……」
謝っても、ステラが帰ってくるわけじゃない。
でも、私にできる事は、それしかなかった。
「俺は……君に八つ当たりをしにきたんだ」
ステラを虐待した者達の処罰はすでに終わっている。
一番に罰を受けなければならない父は、数ヶ月前に商談に行った先で行方不明となり、今は生死もわからない。
二度と顔を見なくて済むと、清々しい思いだったけど、彼はその手で、あの男に復讐したかったはずだ。
だから最後は、残された私が彼に復讐をされて終わるのだ。
終わるはずだった。
「それなのに、君も、ステラがいなくなった事を悲しんでくれるんだ」
何を考えていたのか、シリルはステラの墓碑を訪れて、私の屋敷に数日滞在して、御丁寧にステラの思い出話をたくさんして帰っていった。
それはこの先何度も、何年も繰り返される事になり、シリルとの縁は、ここから始まったのだった。
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