父に連れられて遥々海を渡った私は、異母姉に不幸をもたらした元凶だったようです

奏千歌

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ステラⅣ

1 取り引き

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 反省も謝罪もする間も無く、ギデオン様に連れて行かれていました。

 たくさん傷付けてしまったお姉様やディランさんが心配でしたが、

「そんなものよりも、まず責任を果たせ」

 そわそわと後ろを気にして注意散漫になっていると、ギデオン様に叱られてしまいました。

 さっきディランさんと訪れたばかりの廃屋は、透明の水の膜にすっぽりと覆われて、封鎖されています。

 改めて見ると二階建ての建物は、外観こそ形を保っていますが、どこも傷んでいてまともな人がいるような場所ではありませんでした。

 今更ながら、こんな場所にディランさんを連れてきて、迷惑をかけてしまって。

「ステラ、ボーッとするな。お前の仕事はまだ残ってる」

 落ち込んで、立ち止まって、足元を見つめていると、横を通り過ぎたギデオン様から、トンッと背中を押されました。

 封鎖されている建物に視線を向けると、入り口に続く階段に座って、空を眺めながらひたすらお菓子を食べている人物の姿がありました。

 今現在、ここを封鎖して監視されている方で、水属性のサイラスさんです。

 18歳と、私に一番年が近い、上位魔法使いの方です。

「ここ、真っ黒だ。床下に地下へと続く階段があって、その先に大きな扉がある。後から増築されたようだ。封印されているから今のところは入れない。ステラなら解けると思う。すでにジェレミー様には報告してるから、もうすぐ騎士団の第二部隊の人も来るって」

「ああ、助かる。ほら、扉を開けに行くぞ、ステラ」

 ギデオン様に促されて床下に隠されていた階段を降りて行くと、サイラスさんの報告通りに大きな扉がありました。

 確かに封印の魔法がかかっています。

 扉の取っ手を撫で撫でして魔力を吸収すると、すぐに扉は開きました。

 ギデオン様やエレンさんの後について中に入ると、まず目についたのは、たくさんの武器。

 他に使用禁止の魔道具なんかもあります。

 ここには、武器や、禁制品が多く保管されていました。

 こんなに重要な場所なのに、見張りなどはいないのですね。

 魔女の力を信頼しすぎたのでしょうか?

 こんな場所に私を呼び出して、魔女の真意は理解できません。

 ただ、私を操って終わりではないようで。

「これで、証拠は揃ったな」

「あ、今エドちゃんから連絡があったのだけど、伯爵家の地下に、巨大な賭博場があって、そこで麻薬の取引も行われていたようですって。これから捕縛に向かうから、引き続きここの封鎖をよろしくって」

「えー。俺、しばらくここで待機?」

 上からサイラスさんの不満そうな声がしました。

「ロクサス置いて行くから、第二部隊の連中が来るまでここを頼む」

「ロクサスさん置いて行ったって、寝てるだけでしょ」

 サイラスさんの抗議を、ギデオン様は聞き流していました。

「じゃあ、私とギデオンはジェレミー様に報告に行くから、ステラちゃんも途中まで一緒に行きましょう」

 ここからどうやって戻るのかと、私が考える必要もありませんでした。

 エレンさんが鼻歌を歌いながら、紋様が刻まれた魔法石を足下に放り投げると、次の瞬間にはミナージュ家のお屋敷近くに移動していました。

「ステラちゃん。私達、そこのゲートを使って先に戻るからね」

 言った直後にはもう、エレンさんの姿は見えなくなりました。

「闇魔法をちゃんとコントロールできていて、その点だけは偉かった」

 ギデオン様もすぐにエレンさんに続くのかと思ったのですが、その前にその言葉伝えてくれました。

 あの時、自分の体は思うようにできなかったけど、闇魔法の元栓だけは、しっかり閉めて離しませんでした。

 人を支配したり、呪いで苦しめたり、そんな事をしなくて済んだ事は、唯一の救いです。

「ギデオン様。すぐに来てくださって、ありがとうございました」

 ミナージュ家の敷地内にあるゲートは、有事の際に上位魔法使いも使用できるそうで、ギデオン様達は、私と同じルートで後を追って来てくれたようです。

 ただし、馬の移動ではなく、ジェレミー様の用意した魔道具で移動してきたようですが。

「ああ。先にジェレミーに報告しておくから、あまり遅くならないうちに帰ってこいよ。ここは騒がしくなる。それに、夜に男の家にいるのが気に食わない」

 ギデオン様の心配の通りに、外はすっかり暗くなっていました。

 そんな心配を残して戻って行かれたギデオン様を見送ると、ミナージュ家のお屋敷にすぐに引き返しました。

 ディランさんの事がずっと気になっていました。

 意識を失って、顔色悪くぐったりとしていた姿が、脳裏にこびりついていて。

 あの、傷付けた時の感覚も。

 お屋敷にすんなりと入れてもらえるとは思わなかったのですが、私が門の前に行くと、使用人の方が出てきて、すぐに部屋の前まで案内されました。

 もうすぐ診察が終わるはずだと教えてもらい、そこで待つように伝えられました。

 部屋の前でウロウロしていると、診察を終えて部屋から出てきたお医者さんと目が合いました。

「ああ、もう終わったから入っていいよ」

 お医者さんは、私の顔を見て少しだけ微笑んでいました。

 その様子を見る限りはディランさんは大丈夫そうなのですが……

 誰が何を言って、私が何をしたのか、ちゃんと見ていました。

 緊張しながらノックをすると、返事があったので扉を開けて隙間からソッと中を見ました。

 ちょうどディランさんがシャツを着ている途中で、引き締まった上半身が見えて、

「ご、ごめんなさい!」

 慌てて扉を閉めようとすると、

「ステラ、ちょっとこっちに来い」

 ベッドに腰掛けていたディランさんが、着替えを終えて、手招きをしました。

 言われた通りにします。

 ディランさんが近くにあった椅子を引き寄せると、向かい合うようにそれに座らされて、そして、ディランさんの足の間に挟まれていました。

 ぎゅっと、両手を握られます。

「ディランさん」

「俺は何ともない」

「ディランさん……」

 まずは謝罪をと思っても、なかなかその言葉が出てこなくて、謝っても許される事じゃないからと、無意識の思いが言葉を発しにくくしていました。

「10年前も、今も、エレンさんがいなかったら、ディランさん……私のせいで……」

「お前は、本当に、俺に遠慮がないな。魔法ぶっ放したり、剣ぶっ刺したり」

「ごめんなさい……」

「よほど軍法会議にかけられたいらしい」

 その声は、私を気遣うように、とても優しいものでした。

「ごめんなさい……」

 でも、私は、同じ謝罪を繰り返すことしかできませんでした。

「取り引きだ」

「取り引き?」

 どこかで聞いたような言葉に、そこでやっと、顔を上げてディランさんを見ました。

「俺の言う事は何でも聞け。飯を食いに行くと言えば一緒に行き、買い物に行くと言えば一緒に行くんだ」

「野原にも……」

「ああ、野原にも。あと、毎日……はまだ会えないだろうが、三日に一回は自分が我儘だと思う事を俺に言え」

「私が我儘を言うんですか?」

「ああ。これは罰だ。まず一つ。今すぐ言え」

「…………お魚サンドが食べたいです」 

「ああ。作ってやる」

「つ、ディランさんの手作り!?」

「言ってなかったか?」

「聞いてないです。お料理までできるなんて、ズルイです!」

 ディランさんの万能さには驚きしかないです。

 でも、いくら万能といっても痛いものは痛いはずです。

「本当に、もうどこも痛くないですか?具合は悪くないですか?」

「大丈夫だ」

「痛かったですよね……」

「平気だ。もう、傷も残っていない。見るか?」

 部屋の扉を開けた時に見たものが脳裏に甦ってきて、顔に熱が集まるのを感じながら首をブンブンと振っていました。

 そんな私を、いつものからかうような笑いを浮かべて、ディランさんが見ています。

 でも、不意に、それが寂しげなものに変わりました。

 どうしたのかと思っていると、

「お前、俺とこんな取り引きをしていいのか?」

「どうしてですか?」

「“シリルにぃ様”と一緒にタリスライトに帰った方がいいんじゃないか?子供だったから知らないのだろうが、おそらくお前は、タリスライトに戻ればそれなりの立場で守られるはずだ」

「私は、確かに知らない事があるとは思いますが、シリルにぃ様に迷惑をかけたくありませんし、ここにはお姉様がいます。それに……取り引き……約束したので……ここにいます」

「そうか」

 どうしてかはわかりませんが、ディランさんが、そこで今度は安堵したような顔を見せました。

「ディランさんこそ……」

「俺がなんだ?」

「だって、ディランさん、お姉様に結婚を申し込まれていて、それを断るはずがないって……」

「お前、やっぱり、あの時あの場にいたんだな」

「ごめんなさい……聞くつもりはなくて……」

「エステルが困った事になって、協力を求められていたんだ」

「困った事?」

「お前が心配していた事だ。だからそれは、親父がすでに対応してくれている。だから、お前は何も気にするな。俺は別にエステルと結婚するつもりはない」

 安心、してもいいものなのでしょうか?

「ディランさん。私、タリスライトに帰りたいって泣いたって、いつ……?」

「野原で昼寝している時に、寝言でシリルにぃ様って言いながら泣いてたぞ。それから、うちに泊まった時も」

「野原ではわかりますが、どうしてディランさんの家に泊まった時の事まで知っているのですか!?それに、どうしてタリスライトの言葉を知っているのに、知らないフリしたんですか!」

「さぁな」

 ディランさんは、意地悪く笑っています。

 はぐらかしてばかりでズルイと思いましたが、あまり問いただすのも、自分が羞恥の沼にハマりそうで怖いものがありました。

「だから、泣くほど恋しいのに、いいのか?」

 改めて真面目な顔で聞かれたら、怒るに怒れませんし、そもそも私の方が謝ろうとしていたはずだったのですが……

「我儘を言って良いのなら、ディランさんのそばにいたいです」

「わかった」

 ディランさんはその言葉を最後に、しばらく無言で私の手を握ったままでした。

 私がどれだけ、暗にそろそろやめて欲しいと訴えてみても、離してはくれませんでした。

 握ったままの私の手を見つめて、それから、手首のブレスレットを指先で触ってみたりもして。

 とても硬い手の平はディランさんの努力の証で、触れられている手は大きくて、心地良くて、安心できるもので、嫌ではないのですが、ディランさんがずっと無言なのは何を考えているのかわからなくて、私はどうしたらいいのかとても困ってしまっていたのです。






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