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ステラⅣ

8 魔女の弟子となった結末

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「助かった。他の部隊にも、野営地に戻るように知らせている。ラシャドが来てるから、詳しい話はこっちで。お前達も来いよ」

 ラシャド様が来ているのですね。

 事態の収束が近そうで、ほっと胸を撫で下ろしていました。

 サイラスさんと合流して、騎士団の野営地に向かいました。

 ラシャド様の姿を確認すると、その周囲には多くの騎士が集まっていました。

 状況の説明があり、ディランさんから聞いた通りに、今は隣国は大きな混乱にあるようです。

 シリルにぃ様の顔が浮かびました。

 この件に関わっているのでしょうか……?

 にぃ様と無事に再会できることを願いながらも、大きな被害が出ることなく、魔法士団の役目も一旦は終わりそうでほんの少しだけ気が緩んでいました。

『ステラちゃん』

「ダニエル様?」

 ちょうどそんなタイミングで、ダニエル様の声が聞こえました。

 私は欠席になってしまいましたが、今は間も無く授業が始まる時間のはずです。

『見えてるかな』

 ダニエル様の腕の中にいる使い魔から、映像が届きました。

「これは、学園の講堂ですか?」

『うん。ダメヤン……じゃない、ダミアン王子がまた何かやらかしそうなんだ。ラシャド殿下は近くにいないかな?』

 ダニエル様の声からはとても切実な様子が伝わってきました。

「えっ、どうしてラシャド様がそこに」

 私が思わずあげた声に、今度はディランさんの視線が向けられます。

 私の視線の少し先には騎士に向けて話をするラシャド様がいるのに、使い魔を通して見る視界の先にもラシャド様がいるのです。

「これがダミアン王子なのですか?ダニエル様、学園で何が起きているのですか?」

「ラシャド!」

 ディランさんが異変を察してくれて、ラシャド様を呼んでくれました。

 緊急事態に、不敬ではと突っ込む暇もありません。

「王太子殿下!ダミアン様が学園で何か騒ぎを起こしているそうなのですが、その姿はラシャド様で」

 説明するよりも見てもらった方が早いと、断りを入れてラシャド様に触れ、使い魔の見ている景色を共有します。

「これは……ダミアンなのか?あのバカは、今度は何をやらかす気だ」

 その呟きは怒りを孕み、ラシャド様が纏う空気が冷えて怖いです……

 講堂にはアリソン様の姿があり、ラシャド様の姿をしたダミアン王子が何か言っています。

『お前のような非情な女とは婚約破棄だ!』

 えっ、婚約破棄って……

 ラシャド様は、怒りでプルプルと震えています。

 何で!?

 今度はダミアン様が、剣を抜きました。

 向けた先はアリソン様にで、それを振り上げたのを確認したところで、そこから先は、何もかも考えるよりも先に体が動いていました。

 使い魔の口から吐き出させた黒い影でダミアン王子を拘束すると、自分の前には真っ暗な空間を呼び出し、その中に飛び込み、次にはダニエル様が持つ使い魔の口から飛び出ていました。

 誰もが混乱し、騒然とするその場を走り抜け、剣を振り上げた状態で拘束されているダミアン王子の所へ行くと、顔面を鷲掴みにし、引き剥がすようにして纏っていた魔法を消し去りました。

 偽ラシャド王子の仮面は消え、下からダミアン王子の顔が露わになります。

「何をしてくれてるの!邪魔しないで!魔女のくせに、大人しくお師匠様に従っていればよかったのに!」

 ソニアさんが私に向かって叫んだので、

 “うるさい。黙れ”

 言葉に魔力をこめて、それを命じました。

 途端に縫い付けられた様に、その人の口が閉ざされます。

 ソニアさんも影で縛り、床に座り込んで震えているアリソン様を、抱き締めました。

 無事を確かめるように、ぎゅうぎゅうに抱きしめました。

 剣が振り上げられた時の、恐怖に襲われたアリソン様の顔が思い出されて、不敬になるなんてことはこれっぽっちも考えずに、抱きしめていました。

 無事でよかった。

 助ける事ができた。

 間に合った。

「アリっ、ぶじで」

 振り上げられた剣が、アリソン様を傷付けなくてすんで、今になって、アリソン様よりも自分の方が震えていて、怖くて、安堵して、涙が溢れて、言葉にならなくて、

「大丈夫。大丈夫よ。ありがとう」

 逆に、アリソン様に、背中をトントンと撫でられていました。

「魔法使いが王族に魔法を使ったのか!?」

 周りの方々は、まだこの状況に理解が追いつかないようで、警備兵や護衛騎士の槍や剣が私に向けられていました。

 何の命令も受けないままにダミアン様を拘束して、罪を問われるのだとしても、アリソン様を守られた事の方が重要でした。

「待て!!全員、その場から動くな」

 その声をあげたのは、第一部隊長のアーサー・ギルマン様。

 この場にいる事が不思議でしたが、

「一体、何が起きたんだ?」

 近付いてきたアーサー様が、私に尋ねてきました。

「ソニアさんが、ダミアン様をラシャド様に変装させていました。操られていたかどうかはわかりませんが、アリソン様が傷付けられる前に、それを止めただけです」

「私の命令でね」

 その言葉と共に、いつの間にかラシャド様がアリソン様のそばにしゃがんで寄り添われていました。

 ギデオン様達の転移魔法でこの場に訪れたようです。

「逃げ回っていた伯爵家の娘だ。捕らえよ。ダミアンも拘束して、牢に連れて行け」

 ラシャド様がさらに命じます。

 どうやらこれで事態は収拾されるようで、学園は臨時休校となって全ての生徒が自宅へと戻されると、講堂は静かになりました。

 アリソン様に聞きましたが、お姉様はお薬の手配のために今日はお休みしていたそうで、この騒ぎに巻き込まれなくて良かったと思いました。

 一番の被害者であるアリソン様は、ラシャド様に気遣われながらお城に連れ帰られていました。

 後の捜査は、騎士団の第二部隊へと引き継がれます。

 私へのお咎めなどは無く、これでもう心配することは無いのだと、やっと肩の力が抜けたものです。




 私が再びお姉様とアリソン様に会えたのは、この騒動の翌日のことでした。

 騎士団の本部がある門の前で待ち合わせをしていました。

 制服姿のお姉様とアリソン様は、私を見るなり怪我は無いかと確認してきます。

 学園での騒動とあわせて、ミナージュ領に行っていた事も聞いたそうで、心配をかけてしまったようでした。

 大丈夫だとお二人には告げましたが、直後に沈黙が訪れました。

 この場所で待ち合わせていた理由にあるのだと思います。

 私達は今から、牢獄にいるソニアさんに会いに行きます。

「えっと……ご案内します」

 取り調べが終わり、牢で過ごしているソニアさんの元へとお姉様達を案内しますが、その途中でジェレミー様とも合流しました。

 今現在、地下牢にいるソニアさんは、ジェレミー様の手によって魔力を封じられています。

 階段を降りて行った先の一番奥の薄暗い場所に、ソニアさんはいました。

「ソニア」

 まず、お姉様が声をかけました。

「貴女の顔なんか見たくはなかったのだけど」

 ソニアさんは、大人しく椅子に座っていました。

 私達、特に、私を見るなり不敵な笑みを向けてきます。

「ねぇ。疑問が残ると思わない?10年前に貴女の骨とされたものよ」

 あの日、ミナージュ領のサバベスの森で見つかった、私の死亡判定に使われた、子供の骨。

 その事を言っているようです。

「あれ、私の骨なのよ。6歳の時、魔物に襲われてね。ママと一緒に一度は殺されたの。でも、その直後にジェネヴィーブ様の弟子に選ばれて、血を分け与えられて、死から解放されて永遠を生きられるはずだったのに……ジェネヴィーブ様の興味が貴女に移ったせいで、私は飽きられて、置いていかれた。私と貴女の違いは何だと思う?」

 ソニアさんは、私を見据えて静かに語っていました。

「あんたは、どれだけ恵まれていると思っているの。ジェネヴィーブ様の弟子になれば、もっと強力な魔法が使えたのに。ほとんど魔力の無かった私でさえ、これだけの事ができたのよ?バカね、貴女は」

 何度選択を迫られても、私は絶対に魔女ジェネヴィーブの弟子にはなりません。

 絶対に、不幸な結末にしかならないからです。

「君はどうしたい?」

 穏やかなジェレミー様の声が、ソニアさんに尋ねました。

「魔女の弟子は簡単には死ねない。特別な条件があるようだね」

 お姉様が、私の手をギュッと握りました。

「……こんな所で囚われたまま永遠を生きたくない」

「魔女と出会う直前まで、君の誓約を巻き戻す事ができるよ。君は魔女の束縛から解き放たれる。でも、その瞬間、君は」

「できるのなら、そうして」

 お姉様も、アリソン様も、複雑な思いでソニアさんを見つめていました。

 私も。

 私こそ、ソニアさんと同じ立場になっていてもおかしくなかったのですから。

「あんた達はもう、向こうに行って。この後どんな姿になるのか。あんた達には見られたくない。ダミアン様に、申し訳なかったとお伝えして……」

 それが、ソニアさんの最後の言葉でした。

 私達三人は、静かに牢獄を後にしました。

「お姉様……」

 門の近くで立ち止まると、お姉様は沈鬱な表情でした。

 私は、ソニアさんとは学園で少し関わっただけですが、お姉様は違います。

 血の繋がりがあるのですから。

「私にはステラがいてくれるから、大丈夫」

「あら。わたくしもいますわ」

「私はずっと、お姉様といますから!アリソン様も一緒に!」

「ありがとう」

 お姉様に手を握られると、何故か反対側の手をアリソン様が握りました。

 お二人に挟まれて、陽の光の下、お城へと戻って行きました。


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