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07.灰燼に帰す
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「いい加減、現実を御覧くださいませ!!」
ディアナは淑女らしからぬ大声で抗議の声を上げた。
「この期に及んで、キャサリン様方を殺したところで何が変わるというのです!男爵家に連絡がいったのですから、王宮に事の顛末は伝わっていることでしょう!国王陛下は全て御存じのはずです!!」
王太子は自分を傷つけられないとディアナは前に出たのだ。けれども切っ先は下がらない。まさか己の保身に走ったくせに、ディアナを害することの意味に気づいていないのか。そんなにも愚かだったとは、と周囲もまた同様に血の気が引いていた。
「モーント公爵令嬢!御下がりください!!」
焦ったレオンハルトが、ディアナを庇おうと前に出ようとするが、自ら進んで前に出た手前、引き下がるなんて彼女のプライドが許さなかった。しかも相手が騎士でも何でもなく下位の文官であるから猶更だ。
「私は大丈夫です!貴方の方こそ、御下がりになって!!」
「いいえ。貴女様が傷つけられることなどあってはならないのです!!」
互いに決して引くことはない。義理難いというか何て頑固な人だろうかと互いに思っているとは思うまい。
しかし、男性であるレオンハルトの方が力が上である為、どうしたってディアナの方が庇われてしまうのだ。命の危険があろうとも自らが盾になろうとする彼の頼もしさに、ディアナは胸が高鳴るのを感じた。
男性としての甲斐性の欠片も無い婚約者によって、満足なエスコートも受けられなかったディアナは初心だったのだ。破廉恥な話ではあるが、次期王太子妃として男性と接する機会の少なかったディアナは場違いにも、力強く男気のあるレオンハルトにときめいてしまったわけだ。
そんなディアナの心の内など誰も気づくことはないまま、膠着状態は続いたのだった。
「――これは一体どういう騒ぎだ!」
そこにある人物の登場によって、流れが変わった。
「お父様!!」
「モーント公爵閣下」
ディアナの父親であり、国王の最側近と言われているモーント公爵が現れたのだった。公爵は部下の文官や騎士などを連れて物々しい様子で現れた。
「こ、公爵……」
「王太子殿下。この騒ぎは一体どういうことかお聞かせ願えますか?」
身分を盾に偉そうなことをのたまっていた王太子だったが、モーント公爵は彼の権威が通じない数少ない人間の一人であった。仮に国王が道を踏み外すような決断を下したならば、公爵は自らの身を顧みず、苦言を呈すだろう。そういう人間なのだ。
「私はこの女狐に騙されたのだ!!騙されて、ディアナに……」
「王太子殿下より、こちらの御令嬢と結婚するので婚約を破棄すると言われました」
『婚約破棄』という決定打を言わせたくなかっただろうが、それを許すほどディアナはお人好しではなかった。苛立たし気に眉間に皺が寄った公爵は、
「以前から我が娘を気に入らない御様子だと伺っております。えぇ、破棄の手続きを取りましょう。その代わり、我が公爵家の正統な跡継ぎはディアナとなりますので、残念ながら王妃殿下の甥でいらっしゃるマルス侯爵令息との養子縁組は無かったことになりますな……」
と、婚約という契約を反故にした結果を突きつけた。
モーント公爵家の一人娘であるディアナが王太子妃となれば、公爵位を継ぐ者が必要となる。公爵の姪と王妃の血縁者とを結婚させて継がせる予定だったのだが、婚約が解消されればディアナが後継者となるだけだ。男爵家の母親から生まれた王太子は王妃の養子になっていたわけだが、今回のことを知ればさぞ義母から恨まれることになるだろう。
王妃に恨まれ、モーント公爵家が離れれば、王太子の未来は明るいものではないことは、この場の誰もが気づいていた。王太子もまたキャサリンと同様に、床に崩れ落ちたのだった。
その様子を見ながら公爵は鼻を鳴らした後、ディアナとレオンハルトに向き直った。
「しかし、レオンハルトよ。あの退職届は何だ」
「突然のことで申し訳ございません」
どうやら公爵は騒ぎを聞きつけてやって来たのではなく、レオンハルトを探してやって来たようであった。婚約破棄をされたばかりの傷心の娘のことはどうでも良いのかと聞きたいところだが、爵位返上とまで話していた人間の方が優先度は高いのは仕方があるまい。
「本当に辞めてしまうのか?皆、お前の仕事ぶりを買っている。勿論私もだ」
「勿体ない御言葉ですが……」
その問いに、レオンハルトは力無く首を横に振った。多分きっと、退職届を出した時点では引き留めて在籍することは出来たはずだ。けれど、こんなにも多くの人間を巻き込んだ挙句、王太子に婚約破棄までさせてしまったことで、メテオーア男爵家を容認することは出来なくなってしまった。
きっとレオンハルトはこれほどの騒ぎになるとは思っていなかったのだ。実の妹はもう少し聞き分けの良い娘であると信じ、王太子もまたもう少し理性的だと信じていたのだろう。第三者の中には見誤ったと彼の愚かさを笑う者がいるかもしれないが、普通は最も身分が高い王太子が人目のつかないところで話し合うように誘導すべきだったのだ。
「メテオーア男爵家は、モーント公爵家を始め、様々な方に御迷惑をお掛けいたしました。このまま何の咎も無く私が居座れば、遺恨を残すことになるでしょう」
「だが……!」
メテオーア男爵家は本格的に刑罰に問われる前に、潔く爵位を捨てるつもりなのだ。あらかじめモーント公爵に話を通していたら、根回しして上手く取り計らってくれただろうが、融通の利かない男のことだから、そんな話に乗るともディアナには思えなかった。
ディアナは淑女らしからぬ大声で抗議の声を上げた。
「この期に及んで、キャサリン様方を殺したところで何が変わるというのです!男爵家に連絡がいったのですから、王宮に事の顛末は伝わっていることでしょう!国王陛下は全て御存じのはずです!!」
王太子は自分を傷つけられないとディアナは前に出たのだ。けれども切っ先は下がらない。まさか己の保身に走ったくせに、ディアナを害することの意味に気づいていないのか。そんなにも愚かだったとは、と周囲もまた同様に血の気が引いていた。
「モーント公爵令嬢!御下がりください!!」
焦ったレオンハルトが、ディアナを庇おうと前に出ようとするが、自ら進んで前に出た手前、引き下がるなんて彼女のプライドが許さなかった。しかも相手が騎士でも何でもなく下位の文官であるから猶更だ。
「私は大丈夫です!貴方の方こそ、御下がりになって!!」
「いいえ。貴女様が傷つけられることなどあってはならないのです!!」
互いに決して引くことはない。義理難いというか何て頑固な人だろうかと互いに思っているとは思うまい。
しかし、男性であるレオンハルトの方が力が上である為、どうしたってディアナの方が庇われてしまうのだ。命の危険があろうとも自らが盾になろうとする彼の頼もしさに、ディアナは胸が高鳴るのを感じた。
男性としての甲斐性の欠片も無い婚約者によって、満足なエスコートも受けられなかったディアナは初心だったのだ。破廉恥な話ではあるが、次期王太子妃として男性と接する機会の少なかったディアナは場違いにも、力強く男気のあるレオンハルトにときめいてしまったわけだ。
そんなディアナの心の内など誰も気づくことはないまま、膠着状態は続いたのだった。
「――これは一体どういう騒ぎだ!」
そこにある人物の登場によって、流れが変わった。
「お父様!!」
「モーント公爵閣下」
ディアナの父親であり、国王の最側近と言われているモーント公爵が現れたのだった。公爵は部下の文官や騎士などを連れて物々しい様子で現れた。
「こ、公爵……」
「王太子殿下。この騒ぎは一体どういうことかお聞かせ願えますか?」
身分を盾に偉そうなことをのたまっていた王太子だったが、モーント公爵は彼の権威が通じない数少ない人間の一人であった。仮に国王が道を踏み外すような決断を下したならば、公爵は自らの身を顧みず、苦言を呈すだろう。そういう人間なのだ。
「私はこの女狐に騙されたのだ!!騙されて、ディアナに……」
「王太子殿下より、こちらの御令嬢と結婚するので婚約を破棄すると言われました」
『婚約破棄』という決定打を言わせたくなかっただろうが、それを許すほどディアナはお人好しではなかった。苛立たし気に眉間に皺が寄った公爵は、
「以前から我が娘を気に入らない御様子だと伺っております。えぇ、破棄の手続きを取りましょう。その代わり、我が公爵家の正統な跡継ぎはディアナとなりますので、残念ながら王妃殿下の甥でいらっしゃるマルス侯爵令息との養子縁組は無かったことになりますな……」
と、婚約という契約を反故にした結果を突きつけた。
モーント公爵家の一人娘であるディアナが王太子妃となれば、公爵位を継ぐ者が必要となる。公爵の姪と王妃の血縁者とを結婚させて継がせる予定だったのだが、婚約が解消されればディアナが後継者となるだけだ。男爵家の母親から生まれた王太子は王妃の養子になっていたわけだが、今回のことを知ればさぞ義母から恨まれることになるだろう。
王妃に恨まれ、モーント公爵家が離れれば、王太子の未来は明るいものではないことは、この場の誰もが気づいていた。王太子もまたキャサリンと同様に、床に崩れ落ちたのだった。
その様子を見ながら公爵は鼻を鳴らした後、ディアナとレオンハルトに向き直った。
「しかし、レオンハルトよ。あの退職届は何だ」
「突然のことで申し訳ございません」
どうやら公爵は騒ぎを聞きつけてやって来たのではなく、レオンハルトを探してやって来たようであった。婚約破棄をされたばかりの傷心の娘のことはどうでも良いのかと聞きたいところだが、爵位返上とまで話していた人間の方が優先度は高いのは仕方があるまい。
「本当に辞めてしまうのか?皆、お前の仕事ぶりを買っている。勿論私もだ」
「勿体ない御言葉ですが……」
その問いに、レオンハルトは力無く首を横に振った。多分きっと、退職届を出した時点では引き留めて在籍することは出来たはずだ。けれど、こんなにも多くの人間を巻き込んだ挙句、王太子に婚約破棄までさせてしまったことで、メテオーア男爵家を容認することは出来なくなってしまった。
きっとレオンハルトはこれほどの騒ぎになるとは思っていなかったのだ。実の妹はもう少し聞き分けの良い娘であると信じ、王太子もまたもう少し理性的だと信じていたのだろう。第三者の中には見誤ったと彼の愚かさを笑う者がいるかもしれないが、普通は最も身分が高い王太子が人目のつかないところで話し合うように誘導すべきだったのだ。
「メテオーア男爵家は、モーント公爵家を始め、様々な方に御迷惑をお掛けいたしました。このまま何の咎も無く私が居座れば、遺恨を残すことになるでしょう」
「だが……!」
メテオーア男爵家は本格的に刑罰に問われる前に、潔く爵位を捨てるつもりなのだ。あらかじめモーント公爵に話を通していたら、根回しして上手く取り計らってくれただろうが、融通の利かない男のことだから、そんな話に乗るともディアナには思えなかった。
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