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12.後日談 Ⅳ
「ところで、商会長は貴方を買っているようですね」
突然の話題転換に、レオンハルトは怪訝な顔をした。
「はい。有難いことです」
「ゆくゆくは娘と結婚させて、後を継がせたいと考えていると仰っていました」
「えッ!?」
商会長が自分の実力を買ってくれていたことは知っていたが、娘婿にと考えていたなんて全く気が付いていなかったようで、彼は目を見開いて驚いていた。鉄面皮とも言える彼の表情が崩れたのを見てディアナは笑ってしまった。
「私に貴方を紹介したのも、跡継ぎ候補だからなのでしょうね」
どうして、ただの従業員を紹介するのか分からなかったが、後継者と考えているのなら王宮の人間に渡りをつけさせておこうと考えてもおかしくはない。
「それは、困ったな……」
商人として身を立てるという道は魅力的だ。しかし、彼の夢は『義母のように困窮する女性や子供を保護する一助になること』である。その為には中央の役人となって、大本から改革する必要がある。
「部外者である私が教えてしまうのもどうかと思ったのですが、このままでは後に引けなくなると困ると思いまして」
「助かりました。商会長には私が試験を受ける話をしていなかったので……」
まだ直接婿入りの話をされたわけではないが、一度口に出されれば断りづらくなる。けれど職を変えるとなると、新しい仕事を覚え、環境に馴染む努力をしなければならず、試験勉強が出来なくなることをレオンハルトは危惧しているのであった。
「……次の職場を探すしかないか」
彼の勤める商会は右肩上がりに絶好調。優秀な人間が婿に入ってくれたら商会は安泰だろう。けれども、事件後にレオンハルトの役人時代の実績を調べていたディアナには、それが国にとってどれほどの損失を与えるか知っていた。だから、商会長には悪いが、ディアナは先手を打って婿入り計画を邪魔させてもらったわけだ。
「結婚はしていらっしゃらないの?恋人は?」
「私のような金も無い、表向き身寄りも無い、うだつの上がらない男に寄って来る女性はいませんよ」
「でも事務所に商会長のお嬢さんは頻繁にいらしていたでしょう?あれ、貴方に会いたいから来ているそうですよ」
「……」
自分が女性から恋愛対象として求められるとは思っていない口ぶりであったが、商会長の娘が事務所でよく行き会う理由を話せば、レオンハルトは寝耳に水とばかりに口許を手で覆って困惑しているようだった。思い返せば、ときめいたような表情をしていたかもしれないと。
レオンハルトは、多くの令息達を骨抜きにしたキャサリンの兄だけあって、端正な顔立ちをしている。役人時代の理知的な様子も良かったが、今の姿もまた野性味が感じられて、一層頼りがいのあるようにも見えた。
表情があまり変わらないようであるから、女性は好ましいが近寄りがたいと一歩引いたところで眺めているだけなのかもしれない。これまでの彼の人生において、彼は所謂『高嶺の花』という存在だったのだろう。
「一つ、提案があるのですが……我が家の婿として、役人を目指しませんか?」
「はぁ!?」
レオンハルトの鉄面皮は、この半刻も満たない内にボロボロと剥がれ落ちているように思えた。
随分と驚かせてしまったようだが、数時間前からディアナの頭の片隅にあった提案は、確かに常識破りであるのだが、これが彼を中央に戻す為の最善の道だと思ったのだ。
「御自分が何を仰っているのか分かっていらっしゃるのですか!?」
「貴方がモーント公爵家の人間であれば、誰も貴方の邪魔はしないでしょう?」
「いや!いえ、そういう問題ではないでしょう!?」
婿入りの話をした以上にレオンハルトは動揺しているようだった。
「私は平民です。貴女様のような尊い方に釣り合う者ではありません。爵位があった頃だって底辺の男爵位。まして貴女を傷つけた女の兄なのです。そんな私が貴女様の隣に立つなどおこがましい……」
確かに女公爵の配偶者が平民では不相応である。
「確かに私と貴方は釣り合いが取れないかもしれない。でも、貴方は私が働き続けることを認めてくれると思うのです」
「認める……?」
「えぇ。女公爵として、王太女殿下の側近として、この国の為に働くことを」
まだまだ女が政の世界に首を突っ込むなんて有り得ないと考える者は少なくなくて、そんな中でエーデルガルド王太女殿下を一人で戦わせるなんてディアナには出来ない。共に立ち上がったのだから、最後まで忠義を尽くそうと覚悟を決めていた。けれども、その覚悟に理解を示さない者が伴侶になれば、ディアナが王宮で働くことを厭うかもしれない。
「後ろ盾の無い私は無害だと仰るのですね」
「話が早くて助かるわ」
父公爵が亡くなってしまったら、生家と結託してディアナを家に押し込めるかもしれない。妊娠や出産で体調を崩せば家から出られなくなるのだから、それを理由に公爵位を譲るように手配する可能性もある。
「しかし、他にも無害な者の求婚もあったでしょう?」
レオンハルトの言うように、縁談は山のようにあったと聞いている。釣書は見なかった。というか、今日の今日まで結婚なんてするつもりもなかった。独身を貫き、分家から優秀な子を養子にとっても良いとさえ思っていたのだ。
「誤解なさらないで。私は貴方にチャンスを与えようとしているのです」
「チャンス?」
「王太女エーデルガルド殿下の推し進める政策に携わるチャンスを与えようというのです」
王太女が女性や子供の保護について関心があることは、新聞などを通して王国内では広く知れ渡っている。現時点で、彼女の直下で働くことが、レオンハルトの夢を叶える一番の近道だろう。既に王太女の秘書官として働くディアナの夫であれば、容易く近づくことが出来るに違いない。
だが、レオンハルトは渋った。口許を手で覆ったまま黙っている。
「何を迷うというのです!貴方は私の手を取るだけで良いのですよ!」
「そのような軽々しい真似が出来るはずがないだろう!!」
「――ッ!?」
焦れて言い募ったディアナを、咎めるようにレオンハルトは声を荒げた。
するとディアナの瞳から、ポロリと涙が零れる。驚いたのと、また男性から拒絶されるのかと思うと悲しくて涙が出たのだった。
「あぁ!すまない!貴女を泣かせたい訳じゃないんだ」
「……では、どういう意味でしたの?」
泣いている女性に弱いのか、慌てたレオンハルトがハンカチを出して目の端に寄せて涙をすくい取る。敬語はすっぽ抜けていってしまったようだけれど、優しい手つきだった。
「私の為に犠牲になってくれようとする貴女に、きっと私は何も返せない。堅物の私では貴女の望む幸せが何か分からず、貴女を傷つけてしまうかもしれない。そう思うと私よりも相応しい人間は他にいると思ってしまうんだ」
契約結婚だと言っているのに、レオンハルトは自分がディアナを幸せに出来るか考えてくれて、現状では難しいから身を引こうとしてくれているのだ。
「では、私が嫌いというわけではないのね?」
「まさか!貴女のように美しく気高い女性を嫌う男など、この世にいないだろう」
表情は変わらないが、レオンハルトの顔は少し赤い。照れているのだろう。美しいだ何だという美辞麗句は聞いたことはあっても、これほど嬉しいことは今までなかった。
「私、犠牲になんてなってないわ。尊敬する貴方と一緒に、この国を支えていきたいの」
犠牲になんてなるつもりもない。幸せにしてもらうつもりなんて更々無い。自分を幸せにするのは自分自身だとディアナは分かっていた。もし見込み違いで不幸になるというのなら、レオンハルトごと自分が幸せにするだけだと心の中で嘯いた。
「どうか私の手を取って。この国には貴方の助けを待っている人達がたくさんいるわ」
そして自信に満ちたディアナの姿に見惚れてしまったレオンハルトは、ひょいとその手を取ってしまったのだった。
こうしてディアナの手を取ったレオンハルトは、公爵家に手厚く迎えられた。
身分違いだと反対されると思っていたレオンハルトだったが、彼の才能を惜しんでいたモーント公爵は諸手を挙げて喜んだ。むしろ娘を『よくやった』と褒めたぐらいだ。
採用試験に合格し、出仕を始めると、レオンハルトはたちまち頭角を現した。特に飢饉に備えた食料対策への造詣が深く、寒さに強く備蓄しやすい芋を輸入した。それをモーント公爵領中心に栽培を推進し、シュテルン王国全土に広げていったのだ。女性や子供への保護政策にも積極的で、ディアナの目論見通り、王太女に重用されることになっていった。
その後、彼は平民でありながらも女王の最も信頼できる忠臣として『レオン・モーント』の名を歴史書に残すことになる。自らを見初めた妻を心から愛し、三人の子供にも恵まれた。公爵夫妻は仲睦まじく、理想の夫婦の代名詞とまでされた。そして夫妻は生涯に渡り、常に己を律し、民を愛し、王家に忠誠を尽くしたと言われている。
END
突然の話題転換に、レオンハルトは怪訝な顔をした。
「はい。有難いことです」
「ゆくゆくは娘と結婚させて、後を継がせたいと考えていると仰っていました」
「えッ!?」
商会長が自分の実力を買ってくれていたことは知っていたが、娘婿にと考えていたなんて全く気が付いていなかったようで、彼は目を見開いて驚いていた。鉄面皮とも言える彼の表情が崩れたのを見てディアナは笑ってしまった。
「私に貴方を紹介したのも、跡継ぎ候補だからなのでしょうね」
どうして、ただの従業員を紹介するのか分からなかったが、後継者と考えているのなら王宮の人間に渡りをつけさせておこうと考えてもおかしくはない。
「それは、困ったな……」
商人として身を立てるという道は魅力的だ。しかし、彼の夢は『義母のように困窮する女性や子供を保護する一助になること』である。その為には中央の役人となって、大本から改革する必要がある。
「部外者である私が教えてしまうのもどうかと思ったのですが、このままでは後に引けなくなると困ると思いまして」
「助かりました。商会長には私が試験を受ける話をしていなかったので……」
まだ直接婿入りの話をされたわけではないが、一度口に出されれば断りづらくなる。けれど職を変えるとなると、新しい仕事を覚え、環境に馴染む努力をしなければならず、試験勉強が出来なくなることをレオンハルトは危惧しているのであった。
「……次の職場を探すしかないか」
彼の勤める商会は右肩上がりに絶好調。優秀な人間が婿に入ってくれたら商会は安泰だろう。けれども、事件後にレオンハルトの役人時代の実績を調べていたディアナには、それが国にとってどれほどの損失を与えるか知っていた。だから、商会長には悪いが、ディアナは先手を打って婿入り計画を邪魔させてもらったわけだ。
「結婚はしていらっしゃらないの?恋人は?」
「私のような金も無い、表向き身寄りも無い、うだつの上がらない男に寄って来る女性はいませんよ」
「でも事務所に商会長のお嬢さんは頻繁にいらしていたでしょう?あれ、貴方に会いたいから来ているそうですよ」
「……」
自分が女性から恋愛対象として求められるとは思っていない口ぶりであったが、商会長の娘が事務所でよく行き会う理由を話せば、レオンハルトは寝耳に水とばかりに口許を手で覆って困惑しているようだった。思い返せば、ときめいたような表情をしていたかもしれないと。
レオンハルトは、多くの令息達を骨抜きにしたキャサリンの兄だけあって、端正な顔立ちをしている。役人時代の理知的な様子も良かったが、今の姿もまた野性味が感じられて、一層頼りがいのあるようにも見えた。
表情があまり変わらないようであるから、女性は好ましいが近寄りがたいと一歩引いたところで眺めているだけなのかもしれない。これまでの彼の人生において、彼は所謂『高嶺の花』という存在だったのだろう。
「一つ、提案があるのですが……我が家の婿として、役人を目指しませんか?」
「はぁ!?」
レオンハルトの鉄面皮は、この半刻も満たない内にボロボロと剥がれ落ちているように思えた。
随分と驚かせてしまったようだが、数時間前からディアナの頭の片隅にあった提案は、確かに常識破りであるのだが、これが彼を中央に戻す為の最善の道だと思ったのだ。
「御自分が何を仰っているのか分かっていらっしゃるのですか!?」
「貴方がモーント公爵家の人間であれば、誰も貴方の邪魔はしないでしょう?」
「いや!いえ、そういう問題ではないでしょう!?」
婿入りの話をした以上にレオンハルトは動揺しているようだった。
「私は平民です。貴女様のような尊い方に釣り合う者ではありません。爵位があった頃だって底辺の男爵位。まして貴女を傷つけた女の兄なのです。そんな私が貴女様の隣に立つなどおこがましい……」
確かに女公爵の配偶者が平民では不相応である。
「確かに私と貴方は釣り合いが取れないかもしれない。でも、貴方は私が働き続けることを認めてくれると思うのです」
「認める……?」
「えぇ。女公爵として、王太女殿下の側近として、この国の為に働くことを」
まだまだ女が政の世界に首を突っ込むなんて有り得ないと考える者は少なくなくて、そんな中でエーデルガルド王太女殿下を一人で戦わせるなんてディアナには出来ない。共に立ち上がったのだから、最後まで忠義を尽くそうと覚悟を決めていた。けれども、その覚悟に理解を示さない者が伴侶になれば、ディアナが王宮で働くことを厭うかもしれない。
「後ろ盾の無い私は無害だと仰るのですね」
「話が早くて助かるわ」
父公爵が亡くなってしまったら、生家と結託してディアナを家に押し込めるかもしれない。妊娠や出産で体調を崩せば家から出られなくなるのだから、それを理由に公爵位を譲るように手配する可能性もある。
「しかし、他にも無害な者の求婚もあったでしょう?」
レオンハルトの言うように、縁談は山のようにあったと聞いている。釣書は見なかった。というか、今日の今日まで結婚なんてするつもりもなかった。独身を貫き、分家から優秀な子を養子にとっても良いとさえ思っていたのだ。
「誤解なさらないで。私は貴方にチャンスを与えようとしているのです」
「チャンス?」
「王太女エーデルガルド殿下の推し進める政策に携わるチャンスを与えようというのです」
王太女が女性や子供の保護について関心があることは、新聞などを通して王国内では広く知れ渡っている。現時点で、彼女の直下で働くことが、レオンハルトの夢を叶える一番の近道だろう。既に王太女の秘書官として働くディアナの夫であれば、容易く近づくことが出来るに違いない。
だが、レオンハルトは渋った。口許を手で覆ったまま黙っている。
「何を迷うというのです!貴方は私の手を取るだけで良いのですよ!」
「そのような軽々しい真似が出来るはずがないだろう!!」
「――ッ!?」
焦れて言い募ったディアナを、咎めるようにレオンハルトは声を荒げた。
するとディアナの瞳から、ポロリと涙が零れる。驚いたのと、また男性から拒絶されるのかと思うと悲しくて涙が出たのだった。
「あぁ!すまない!貴女を泣かせたい訳じゃないんだ」
「……では、どういう意味でしたの?」
泣いている女性に弱いのか、慌てたレオンハルトがハンカチを出して目の端に寄せて涙をすくい取る。敬語はすっぽ抜けていってしまったようだけれど、優しい手つきだった。
「私の為に犠牲になってくれようとする貴女に、きっと私は何も返せない。堅物の私では貴女の望む幸せが何か分からず、貴女を傷つけてしまうかもしれない。そう思うと私よりも相応しい人間は他にいると思ってしまうんだ」
契約結婚だと言っているのに、レオンハルトは自分がディアナを幸せに出来るか考えてくれて、現状では難しいから身を引こうとしてくれているのだ。
「では、私が嫌いというわけではないのね?」
「まさか!貴女のように美しく気高い女性を嫌う男など、この世にいないだろう」
表情は変わらないが、レオンハルトの顔は少し赤い。照れているのだろう。美しいだ何だという美辞麗句は聞いたことはあっても、これほど嬉しいことは今までなかった。
「私、犠牲になんてなってないわ。尊敬する貴方と一緒に、この国を支えていきたいの」
犠牲になんてなるつもりもない。幸せにしてもらうつもりなんて更々無い。自分を幸せにするのは自分自身だとディアナは分かっていた。もし見込み違いで不幸になるというのなら、レオンハルトごと自分が幸せにするだけだと心の中で嘯いた。
「どうか私の手を取って。この国には貴方の助けを待っている人達がたくさんいるわ」
そして自信に満ちたディアナの姿に見惚れてしまったレオンハルトは、ひょいとその手を取ってしまったのだった。
こうしてディアナの手を取ったレオンハルトは、公爵家に手厚く迎えられた。
身分違いだと反対されると思っていたレオンハルトだったが、彼の才能を惜しんでいたモーント公爵は諸手を挙げて喜んだ。むしろ娘を『よくやった』と褒めたぐらいだ。
採用試験に合格し、出仕を始めると、レオンハルトはたちまち頭角を現した。特に飢饉に備えた食料対策への造詣が深く、寒さに強く備蓄しやすい芋を輸入した。それをモーント公爵領中心に栽培を推進し、シュテルン王国全土に広げていったのだ。女性や子供への保護政策にも積極的で、ディアナの目論見通り、王太女に重用されることになっていった。
その後、彼は平民でありながらも女王の最も信頼できる忠臣として『レオン・モーント』の名を歴史書に残すことになる。自らを見初めた妻を心から愛し、三人の子供にも恵まれた。公爵夫妻は仲睦まじく、理想の夫婦の代名詞とまでされた。そして夫妻は生涯に渡り、常に己を律し、民を愛し、王家に忠誠を尽くしたと言われている。
END
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