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ギベオン公爵家02 『真実』
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「それは!!しかし、アデレードはレイチェルに嫌がらせをしていたのは事実です!!」
尚も頑なに妹よりも他人の、それも他の男に嫁ごうという女を庇おうとする息子の姿に、ついに夫人は怒りを通り越して呆れが勝ってしまったのだ。まさか己の息子がここまで愚かだとは思わなかったのだ。
「身分を笠に着て下位の者を虐げる、確かに人道にもとる行為だ。しかしアデレードが男爵家の娘を苛めたという証拠はあるのか?」
言葉を失った妻の代わりに、努めて穏やかに公爵が尋ねる。
現状、昨晩の夜会でユージーン殿下が罵って婚約破棄を言い渡しただけで、何の裁判も行われておらず、第三者による証拠の検証も行われていない。
「アデレードの取り巻きが命令されたと証言したではないですか」
「取り巻き?確かに寄子の家の娘だが、別に彼女達はアデレードとは付き合いがないよ」
「え?」
「その娘達がアデレードを陥れる為に嘘を吐いたとは思わないのか?」
自分達はアデレードに命令されて苛めたのだと証言したが、彼女達とアデレードが学院内で行動を共にしたという事実は、一切なかった。
「アデレードには複数の監視をつけていた。王子妃となる娘に瑕疵がつかぬよう、愚かな真似をする前に止めるように、何かあればすぐに報告するようにと」
父の言葉にパトリックは、きょろきょろと落ち着きなく辺りを見回すが、助けてくれる者はいない。
「報告には、アデレードは非常に勤勉な学生であり、将来が楽しみな淑女であるとあったよ」
「そ、それこそアデレードが嘘を報告するように命じたのです!!」
「報告者は専属の侍女だけじゃない。料理人や庭師、護衛騎士、御者。王宮に上がった際には、そこの使用人や官僚、王家から紹介された家庭教師や医者までいるのだ」
何十枚にも及ぶ報告書を突き付けられ、ついにパトリックは言葉を失った。この報告書の写しを既に王宮に公爵は提出している。王族による侮辱を訴えるなど前代未聞ではあったが、こんな形で王家への忠義を否定されるとは思わなかったと、ギベオン公爵家の怒りを明確に示す形となった。
「彼ら全てがアデレードの為に嘘を吐いたというのか?王家を謀って?」
そしてギベオン公爵家に泥を塗りつけた者の一人が、その家を継ぐ嫡男で、己が泥を塗ったなどと微塵も気づいていないことに憤りを隠せない。
「確かな証拠もないのに無実の娘を寄って集って追い詰めて、正義の味方気取りとは……どちらが身分を笠に着ているのかしらね。笑わせるわ」
公爵達は昨夜の夜会には参加していなかった。主催は当主が三十代の侯爵家で、どちらかといえば若い年代の貴族達が集まる予定であった。第一王子と高位貴族の令息達による断罪劇を主催側が止められるはずもなく、アデレードが一方的な悪意に晒されたであろうことは容易に想像がつく。
帰って来たアデレードは両親の前では涙を見せはしなかったが、それでも今にも倒れそうなほどに憔悴しきっていた。そんな娘の姿を見て、自分達がもっと早く動かなかったからだと夫妻は後悔した。
「パトリックとアメトリン侯爵家のグレース嬢との婚約は解消し、グレース嬢は新たにサミュエルと婚約をすることが決まった」
「え?」
「グレース嬢はお前よりも同い年のサミュエルとの方が交流もあったので、侯爵も喜んでいたよ」
幼い頃に決まった婚約者と義務的な付き合いしかしてこなかったにも関わらず、婚約を解消されるとは思わなかったパトリックは目を白黒させて慌てふためいた。最近ではレイチェルに現を抜かし、グレースの元に訪れることもなかった。この結果は必然とも言えるというのに、驚く方がおかしい。
「パトリック。お前は何が不満だったのだ?」
公爵の声に、もう怒りは見えなかった。心底分からないと疑問を問いかけるそれだった。
「私達はお前達三人の両親として、必ずしも立派ではなかったかもしれないが、愛情を持って育ててきたと思っていた。兄弟の仲も、他の高位の家の子ども達よりも良いと思っていたよ」
実際、レイチェルが現れるまでのギベオン家の兄弟達は仲が良かった。
「だが、私には何も見えていなかったのだろう。たった一人の妹を信じず、陥れたいほど憎く思うほどの何かがあったのだろう」
父の嗚咽にも似た叫びに、パトリックは動揺を隠せなかった。パトリックはアデレードがレイチェルを虐げることはいけないと思ったから、敬愛するユージーン殿下の妃にアデレードは相応しくないと思ったから、その事実を突きつけただけだった。こんなにも両親が動揺し、叱責されるとは予想もしなかった。
「長男だからとお前ばかり厳しくしてしまっただろうか。苦しめてしまっただろうか?」
父の弱り切った様子を信じられないものでも見るように、パトリックは呆然と見つめるだけだった。
「私が不甲斐ないばかりに……。すまなかった、パトリック」
「貴方……」
夫人が労わるように公爵の背に手を置く。返事をしなければいけないのに、パトリックは何を言えば良いのか分からない。そうこうしている内にサミュエルが、
「父上、母上、明日は朝から忙しくなります。少しお休みになってください」
そう言って使用人を呼んで、両親を部屋で休ませるように指示を出したのだった。
尚も頑なに妹よりも他人の、それも他の男に嫁ごうという女を庇おうとする息子の姿に、ついに夫人は怒りを通り越して呆れが勝ってしまったのだ。まさか己の息子がここまで愚かだとは思わなかったのだ。
「身分を笠に着て下位の者を虐げる、確かに人道にもとる行為だ。しかしアデレードが男爵家の娘を苛めたという証拠はあるのか?」
言葉を失った妻の代わりに、努めて穏やかに公爵が尋ねる。
現状、昨晩の夜会でユージーン殿下が罵って婚約破棄を言い渡しただけで、何の裁判も行われておらず、第三者による証拠の検証も行われていない。
「アデレードの取り巻きが命令されたと証言したではないですか」
「取り巻き?確かに寄子の家の娘だが、別に彼女達はアデレードとは付き合いがないよ」
「え?」
「その娘達がアデレードを陥れる為に嘘を吐いたとは思わないのか?」
自分達はアデレードに命令されて苛めたのだと証言したが、彼女達とアデレードが学院内で行動を共にしたという事実は、一切なかった。
「アデレードには複数の監視をつけていた。王子妃となる娘に瑕疵がつかぬよう、愚かな真似をする前に止めるように、何かあればすぐに報告するようにと」
父の言葉にパトリックは、きょろきょろと落ち着きなく辺りを見回すが、助けてくれる者はいない。
「報告には、アデレードは非常に勤勉な学生であり、将来が楽しみな淑女であるとあったよ」
「そ、それこそアデレードが嘘を報告するように命じたのです!!」
「報告者は専属の侍女だけじゃない。料理人や庭師、護衛騎士、御者。王宮に上がった際には、そこの使用人や官僚、王家から紹介された家庭教師や医者までいるのだ」
何十枚にも及ぶ報告書を突き付けられ、ついにパトリックは言葉を失った。この報告書の写しを既に王宮に公爵は提出している。王族による侮辱を訴えるなど前代未聞ではあったが、こんな形で王家への忠義を否定されるとは思わなかったと、ギベオン公爵家の怒りを明確に示す形となった。
「彼ら全てがアデレードの為に嘘を吐いたというのか?王家を謀って?」
そしてギベオン公爵家に泥を塗りつけた者の一人が、その家を継ぐ嫡男で、己が泥を塗ったなどと微塵も気づいていないことに憤りを隠せない。
「確かな証拠もないのに無実の娘を寄って集って追い詰めて、正義の味方気取りとは……どちらが身分を笠に着ているのかしらね。笑わせるわ」
公爵達は昨夜の夜会には参加していなかった。主催は当主が三十代の侯爵家で、どちらかといえば若い年代の貴族達が集まる予定であった。第一王子と高位貴族の令息達による断罪劇を主催側が止められるはずもなく、アデレードが一方的な悪意に晒されたであろうことは容易に想像がつく。
帰って来たアデレードは両親の前では涙を見せはしなかったが、それでも今にも倒れそうなほどに憔悴しきっていた。そんな娘の姿を見て、自分達がもっと早く動かなかったからだと夫妻は後悔した。
「パトリックとアメトリン侯爵家のグレース嬢との婚約は解消し、グレース嬢は新たにサミュエルと婚約をすることが決まった」
「え?」
「グレース嬢はお前よりも同い年のサミュエルとの方が交流もあったので、侯爵も喜んでいたよ」
幼い頃に決まった婚約者と義務的な付き合いしかしてこなかったにも関わらず、婚約を解消されるとは思わなかったパトリックは目を白黒させて慌てふためいた。最近ではレイチェルに現を抜かし、グレースの元に訪れることもなかった。この結果は必然とも言えるというのに、驚く方がおかしい。
「パトリック。お前は何が不満だったのだ?」
公爵の声に、もう怒りは見えなかった。心底分からないと疑問を問いかけるそれだった。
「私達はお前達三人の両親として、必ずしも立派ではなかったかもしれないが、愛情を持って育ててきたと思っていた。兄弟の仲も、他の高位の家の子ども達よりも良いと思っていたよ」
実際、レイチェルが現れるまでのギベオン家の兄弟達は仲が良かった。
「だが、私には何も見えていなかったのだろう。たった一人の妹を信じず、陥れたいほど憎く思うほどの何かがあったのだろう」
父の嗚咽にも似た叫びに、パトリックは動揺を隠せなかった。パトリックはアデレードがレイチェルを虐げることはいけないと思ったから、敬愛するユージーン殿下の妃にアデレードは相応しくないと思ったから、その事実を突きつけただけだった。こんなにも両親が動揺し、叱責されるとは予想もしなかった。
「長男だからとお前ばかり厳しくしてしまっただろうか。苦しめてしまっただろうか?」
父の弱り切った様子を信じられないものでも見るように、パトリックは呆然と見つめるだけだった。
「私が不甲斐ないばかりに……。すまなかった、パトリック」
「貴方……」
夫人が労わるように公爵の背に手を置く。返事をしなければいけないのに、パトリックは何を言えば良いのか分からない。そうこうしている内にサミュエルが、
「父上、母上、明日は朝から忙しくなります。少しお休みになってください」
そう言って使用人を呼んで、両親を部屋で休ませるように指示を出したのだった。
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