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オニキス伯爵家07 『年下の婚約者』

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「結局、我が家が迎えることができたのは五つも下の若造か」
「適齢期を過ぎた殿方が、大人しく婚家に頭を下げて学んでくださるとは思えませんわ」

あれから様々な釣書を見て吟味した結果、エドワード・グランディディエライト子爵令息を婿入りさせることに決めたのだった。彼ならば次期テクタイト侯爵夫人となるヘンリエッタの実弟であり、今後も付き合いを続けていくのに丁度良い人物であったのである。

初めて出会った時、素敵な少年だと思った。きっと素敵な青年に成長しているだろう。こんな人が夫になる女性が羨ましいと思った人と自分が結婚するなんて、全く考えもしなかった。

「妻として支えることはできなくとも、領地を治めるパートナーとして上手くやっていきたいと思います」

けれど、きっと彼も同年代か下の少女の方が好みだろう。自分よりも五つも年上の年増の女の婿になるなんて嫌に違いないとメイベルは少し憂鬱な気分になった。

エドワードは学院の卒業と共に、オニキス伯爵領にやって来た。婚姻の儀の支度は進んでいるが、スチュワートの耳に入っては事だと、婚約と同時にメイベルは領地に戻っていた。書面を交わす時も代理人を使い、内密に進めたのである。最後の最後で露見するわけにはいかない。

親しくしていたヘンリエッタからの手紙には、スチュワートはメイベルの気持ちは自分に向いていると思っているらしく、復縁しようと思えばすぐにできると考えているらしいと書かれていた。それを読んだメイベルもオニキス伯爵も唖然として口もきけなかったものである。

「お出迎えありがとうございます。エドワード・グランディディエライトです」

若造だと舐めてかかっていたオニキス伯爵も、礼儀正しく品の良い所作で挨拶するエドワードの様子に、悪い気はしなかった。メイベルはといえば、すっかり立派な紳士となったエドワードに胸が高鳴って仕方がなかった。想像よりもずっと素敵で格好良かったのだ。

「お久しぶりでございます。メイベル嬢」
「えぇ。御無沙汰しておりましたが、お元気そうで何よりです」

エドワードは随分と背が伸びたようだった。以前は目線の位置もほとんど変わらないようだったが、今は頭が一つ分ほど上の位置にある。肩幅もしっかりしていて、握手を交わす手もメイベルの柔らかな手をすっかり覆ってしまうくらい大きい。彼の男性らしい特徴や人懐こい表情で微笑まれてしまうと、居心地が悪い。年甲斐もなく浮かれてしまうのが恥ずかしい。

「学院を卒業したばかりで、右も左も分からず御面倒をお掛けするでしょうが、一日も早く仕事を覚えて、オニキス伯爵領のお役に立てるように頑張りたいと思います」
「私もエドワードさんと一緒に頑張っていきたいです」

殆ど初対面だというのに、これから良き伴侶としてやっていけそうな二人の気配を感じて、オニキス伯爵は視界が滲むのを感じた。こんな風に娘が幸せになるのを父親として願っていたのだ。遠回りしてしまったが、良い縁に恵まれたと、この幸せが長く続くことを願ってやまなかった。



父伯爵は王宮での仕事があるのでタウンハウスに戻ったが、エドワードは領主代行をしていたメイベルの叔父について勉強している。メイベルも一緒に話を聞いたり、改めて領地の小麦や農産物の生産量の確認や備蓄の確認など色々とやることは多かった。そして結婚式の為のドレスを作ったり、既婚女性に相応しい衣服も用意しなければいけない。忙しい日々ではあったが、とても充実していた。

そんなある日、メイベルの執務机に見慣れない花が飾られていた。メイベルは机を広く使いたいので筆記用具と書類しか置かないようにしている。けれども、そこには薄いピンク色の可愛らしい花達が飾られていた。

「これは……」
「エドワード様がお嬢様の為に持っていらしたんですよ。気晴らしになればと」

侍女は嬉しそうに教えてくれるのだが、メイベルは戸惑いを隠せない。スチュワートから誕生日に装飾品のプレゼントは貰ったことはあったが、花束やお菓子と言った、ある意味で消耗品と言うか小さな贈り物を貰った経験が無かった。

「ど、どうしたら良いのかしら?」
「どう、とは?」
「お返しよ。可愛らしくて好きだけど、何をお返ししたら良いのか分からないの」

少女のように初心な主人の姿に、侍女は目を細めて笑った。母親が早くに亡くなって、大人びた様子で父伯爵の手伝いをしているメイベルを姿を見てきたが、恋する乙女のような幸せな表情を見ることが出来て侍女は嬉しかった。本当に良い伴侶を得たと神に感謝したいくらいだ。

「ただお礼を言えば良いんですよ」
「お礼?」
「えぇ。『貴方の気遣いが嬉しかった、貴方のような素晴らしい人と一緒にいられて嬉しい』と伝えれば良いのです」
「そんなことで良いの?」
「はい。きっとエドワード様もお喜びになりますよ」

お礼を言うだけなんて簡単なもので良いのだろうかとメイベルは納得できないような顔をする。だが、良い案は浮かばず、昼食の時間になってしまった。

「あ、あのエドワードさん。お花ありがとうございます」
「些細なものでしたが、喜んでいただけたでしょうか?」
「もちろん!」

あの花はエドワードが自分で選んでくれたのだろうかとか、どんな気持ちで選んでくれたのだろうかとか、そんなことばかり考えてしまって、午前中は仕事にならなかったのだ。

「良かった。私は貴女の好きなものを一つも知りません。これから少しずつ教えてください」
「……はい、喜んで」

それからもエドワードは花やお菓子などを贈ってくれて、仕事の合間にはお茶をして微笑み合って、幸せな毎日を過ごしていた。

「最初から、あの方が婚約者だったら良かったのに」

年が離れていなければ素直に甘えることができたのに。彼の愛を諦めなくて良かったのに。
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