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トパーズ王家 『舞台裏』

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王宮の一室に三人の人間が集まっていた。
一人は部屋の主であるジャスティン・トパーズ第三王子。そして妃であるサラ・トパーズ妃。最後に、昨夜の夜会で影の主役となったエドワード・グランディディエライト。

「本当に昨夜の君は素晴らしかったよ」
「左様ですか」

にこやかなジャスティンに対し、エドワードの顔に笑顔はなく、素っ気ない。晴れて恋人となったメイベルやオニキス伯爵家の人々、実家の人間には見せない顔がそこにはあった。

「あぁ。学院では顔は良いくせに金が絡まなきゃ笑顔一つ見せない守銭奴だって有名だったじゃないか」
「子爵家の三男なんて出世が望めない男など遊びです。彼女達は在学中はまるで恋人のように振る舞い、卒業すれば私を捨て、何食わぬ顔で婚約者と結婚するつもりだったんですよ」

エドワードは若者特有の厭世家気取りなわけではない。学生時代に『恋愛ごっこ』に興じる子女は少なくない。ユージーン殿下とてレイチェル妃との始まりは飯事に過ぎなかったはずだ。純粋に恋心が芽生えたなら可愛いものだが、身分違い、親の許しが無いなど障害をエッセンスに、スリルを楽しもうとする性根をエドワードは好きになれなかった。

「昨晩声を掛けてきた者も、私が伯爵家に婿入りするので、愛人に収まって贅沢でもしようと企んでいたのでしょう」

愚かな遊びに付き合うつもりはなかったが、エドワードはある意味人気があったのだ。顔も良く、実家は金持ちなので金払いも良い。そして継ぐ家が無い三男なので、婿入りできなければ平民になるしかない。『顔、金、悲劇的要素』を全て揃えた、彼女達が手軽に遊ぶのに最適な人間だったのだ。

プライドの高いエドワードは自分が利用されることを許さなかった。馬鹿なことを考える頭の軽い令嬢達の機嫌など一切取らず、あくまでも同じ生徒同士の領分を越えることなく、むしろ一歩引いて過ごしていたのだ。

「私が袖にしたことに腹を立て、メイベルに暴言を吐くなど……」

しかし、全く女性の気配を匂わせなかったエドワードが卒業した途端に、年上のメイベルと婚約したというのだから、口惜しくなったのだろう。あのような公の場でメイベルを貶めて溜飲を下げようとしたに違いない。それがまさかあんな形で惚気話を聞かされるとは思わなかったはずだ。

「メイベル嬢は君の好みだろうと踏んでいたが、まさかここまでとは……」
「良いではありませんか。朴念仁のエドワード様が素晴らしい女性と巡り合ったのですから」

そもそもメイベル・オニキス伯爵令嬢は、一人娘なので婿入りすれば自動的に伯爵位が手に入る。その上、彼女自身は年上ではあるが、見た目は可愛らしく、中身は真面目で親孝行。領地のことから最新ファッションまで話題が豊富。長く冷めた婚約生活を耐えきった我慢強さも魅力の一つだ。最初は家同士の政略だとしても、後々は愛し合う夫婦になる可能性が高いという、非常に得難い結婚相手なのである。

「しかし、あのスチュワート・テクタイトの顔を見たか?」

そんな女性を振り回した男の顔を思い浮かべて、ジャスティンは笑う。

「あのように言えばメイベル様が外聞を気にして復縁を願うと思うなんて、女を馬鹿にしていますわね」
「大方、レイチェルに唆されたんだろう」
「想像つきますわ。『女の私ですから、女の気持ちはよく分かりますわ!』と謎の自信で言い切る姿が。数多の女性の心を踏みにじって来た女が笑わせますわ」

小馬鹿にした様子で、サラはレイチェルを真似て言った。くねくねと媚びるような仕草が似ていたようで、男達も可笑しくて吹き出す始末。

「あの男はメイベル嬢を本心では好きだったのに、馬鹿な女に惑わされて愚かな真似をしたものだ」

スチュワートはメイベルがまだ自分を好きだと信じていた。エドワードという年下の、所謂『対象外』な相手を選んで自分の気を引こうとしていたのだと。そしてレイチェルに踊らされ、強気な物言いでメイベルの関心を引こうとして失敗したのだった。夜会では無理やり道化に仕立て上げたが、ジャスティンはスチュワートが本当にメイベルを愛していたことを知っていたのだ。

最初はきっと可愛らしいメイベルに何と声を掛けて良いのか分からなかったのだろう。会話が途切れれば、気立ての良いメイベルは間を持たせる為に一生懸命スチュワートに話しかけたに違いない。好きな女が自分の為に動き回ることに優越感を抱いてしまったことが間違いだった。素っ気なくすればメイベルは自分のことを考えると勘違いしたのだ。

愚かな間違いを正してくれる者はいなかった。むしろ、それを後押しする者しかいなかった。


「全部僕達の計画通りなんだけどね」


爽やかな口調とは裏腹に、ニヤリと意地悪く嗤うジャスティンにつられ、サラとエドワードも嗤った。

「テクタイト侯爵家とオニキス伯爵家を兄上に取られたら、たまったもんじゃない」

両家の共同事業とは、新しい鉱山の開発とその運搬に必要な街道の整備という大規模な公共事業である。王家も一枚噛みたい計画であったが、採掘量が安定しないことと鉱山が王都から遠いこともあって断念したのだ。そんな金の卵を産む可能性がある場所は、何も問題がなければ第一王子の腹心であるスチュワート・テクタイトが手に入れていただろう。だからジャスティンは花婿の首を挿げ替えたのだ。金の卵が自らの腹心の手に渡るように。

「本当にレイチェルは良い仕事をしてくれた」

まるで飼い猫か何かのような物言いだが、真実レイチェルはジャスティンの『飼い猫』であった。

「ギベオン公爵家に泥を塗り、コランダム公爵家に砂を掛けるなんて、正気の人間じゃあ到底出来ないでしょうに。殿下はどちらからあの方を連れていらしたの?」
「特別な場所でもないよ。街で見目が良くて賢い、親のいない娘を探して見つけただけだ」

レイチェルは兄ユージーンや側近達の間を引っ掻き回す為に、スラムにある孤児院から、ジャスティンの命令で連れて来られたのだ。もちろん名前は伏せてあるが。見栄えを整えてやれば、それなりに見え、教師をつけると中々に勘の良い娘だったようで下級貴族の子女くらいには知識も身についた。

彼女の養父母として後見人となったモルガナイト男爵夫妻もまたジャスティンの支配下にある。あの家は当主が壊滅的に領主として向いておらず、爵位を返上したいと常々愚痴を零していたのを聞きつけたジャスティンが拾い上げたのである。まもなく当主は心労が祟って爵位を返上し、領地の一角で静かに余生を過ごす予定だ。ただでさえ後見の弱いレイチェルにはユージーンしかいなくなる。

「まさか『お前のように美しい娘なら、高位の婿を迎えてくれるだろう』なんて言葉だけで、高位貴族を片っ端から味見するとはね」
「下品ですよ、殿下」

エドワードに咎められると、ジャスティンは肩を竦めて笑った。
しかし、本当に予想以上の行動をレイチェルはしてくれた。ギベオン公爵家が王家に対して疑念を抱くくらいを計画していたのだが、まさかユージーンとアデレードが婚約解消して、一門で野に下るとは全く思っていなかった。そして、どんな手管を使ったのかは知らないが、男達の劣情を煽り、ユージーンの嫉妬を誘った末にコランダム公爵家の台頭を許さなかった。これらを全て無意識でやったというのだから、とんでもない悪女である。

「何か御褒美でも考えなくちゃいけないかな?」
「あれほど贅沢に暮らしているのです。それだけで十分だと思いますが?」

そんなレイチェルの行動理由といえば、『面白おかしく贅沢に楽しく暮らす』というのだから末恐ろしい。けれども今後も続くかどうかは保証できそうにない。

「ラズライト伯爵家、グランディディエライト子爵家、テクタイト侯爵家とオニキス伯爵家、フローライト伯爵家――これで我がオーア王国の経済を押さえたと言っても過言ではありません」

エドワードが挙げた家々が、今まさにオーア王国の経済を握っている。そしてそれらは全て第三王子派と言えるだろう。他にも多くの貴族達が第三王子派に傾いている。第一王子派は虫の息で、挽回する要素はどこにもなかった。

「ギベオン公爵家一門が下野したことで、財政も正常に戻りつつあります。下級役人達にも相応の給与の支払いも可能になりましたし、福祉の方にも予算が行き渡るようになりました」

ここ百年の間に、王宮の上級役人達の俸給が異常に上がっていた。自分達に都合の良い法を作ることが可能であるが故だろう。無用な役職も多く、ジャスティンは問題視していたのだ。それがギベオン公爵家の下野によって、上層部のポストが一気に空いて、改革がしやすくなった。ユージーンとレイチェルの二人に恐れをなしたコランダム公爵の横槍が入ることがなかったことも幸いした。

この度の人員削減によって、国を運営する実働部隊である下級役人や地方に正当な報酬を与えることに成功し、弱者に分配する富を得ることがかなった。上級貴族だけが楽をして甘い蜜を吸う時代は終わるのだ。不満を抱えた国民によって、国を奪われぬようにジャスティンは動いただけだった。



「まもなく世界的にも貴族というものの在り方が変わっていくだろう」
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