婚前交渉バトル、開幕! 〜結婚まで待てない令嬢 vs 待ちたい王子〜

胃袋まんげつ

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Round.15 朝日の誓いと、サファイアの指輪

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 夜が明けると、世界は新しい顔を見せる。昨日までの暗闇が嘘のように、朝日が全てを照らし始める。
 翌朝、カミラは目を覚ました。
 カーテンの隙間から、金色の光が差し込んでいる。柔らかい朝の光が、部屋を満たしていた。
 窓を開けると、冷たい空気が頬を撫でる。昨夜の雨で洗われた庭園が、キラキラと輝いていた。

 空気が、澄んでいる。
 深呼吸をすると、草の匂いと花の香りが鼻腔をくすぐった。
 カミラは窓辺に立って、外を見つめた。

 昨夜、アシュランが全てを話してくれた。
 幼い頃の記憶。閉じ込めた罪。ずっと抱えてきた恐怖。
 彼の震える声が、まだ耳に残っている。
 あの時、彼の瞳には——深い悲しみがあった。

 でも、カミラは思った。
 彼を救いたい。
 あの人の心を、光で満たしてあげたい。

 鏡の前に立つ。
 今日は、どのドレスを着よう。
 クローゼットを開けると、色とりどりのドレスが並んでいる。赤、青、緑、白——。
 カミラは、クリーム色のドレスを選んだ。柔らかい色。朝日のような、優しい色。

 ドレスを身につけて、髪を整える。赤い髪を緩やかに編み上げる。鏡に映る自分が、少しだけ大人びて見えた。
「さあ」
 カミラは呟いた。
「会いに行きましょう」





 廊下を歩く。
 朝の王宮は静かだった。まだ多くの人が眠っている時間。けれど、窓から差し込む光が、廊下を明るく照らしていた。
 足音が、規則正しく響く。
 胸が、ドキドキと鳴っている。

 アシュラン様は、今頃どうしているだろう。
 まだ、昨夜のことを考えているのだろうか。
 それとも——。

 執務室の方へ向かおうとした時。
「カミラ」
 声がした。
 振り返ると——そこに、アシュランが立っていた。

 朝日を背にして、逆光の中に。プラチナブロンドの髪が、陽光に透けて輝いている。
 白いシャツにジャケットを羽織り、いつもより少しだけ柔らかい表情。

「アシュラン様……」
「おはよう」
 彼が微笑んだ。
 その笑顔が——昨夜とは違う。どこか軽やかで、まるで重荷を下ろしたような。

「探していたんだ」
 アシュランが近づいてくる。
「昨夜の君の言葉が……心から離れなかった」
「私の……?」
「ああ」

 アシュランは立ち止まった。カミラの目の前で。
「君は言ったね。『壊れるほど愛されるのなら、それは幸せだ』と」
 カミラは頷いた。
「本当にそう思っていますわ」
「そして……『あなたの全部を愛している』と」

 その言葉に、カミラの頬が染まる。
「それも、本当です」

 アシュランは、カミラの手を取った。
 温かい手。もう、震えていない。
「カミラ」
「はい」
「ついてきてほしい」




 アシュランがカミラを連れて行ったのは、王宮の屋上庭園だった。
 石段を上って扉を開けると——そこには、小さな庭園が広がっていた。

 朝日が全てを照らしている。薔薇が咲き誇り、噴水が静かに水を湛えている。風が吹いて、花びらが舞った。
「綺麗……」
 カミラは息を呑んだ。

「ここは、僕の秘密の場所なんだ」
 アシュランが言った。
「幼い頃、よくここに来ていた」

 噴水のそばに、ベンチがある。二人は並んで座った。
 朝の空気が心地よい。鳥のさえずりが遠くから聞こえてくる。

「カミラ」
 アシュランが、ゆっくりと口を開いた。
「僕は……長い間、自分を許せなかった」
 カミラは黙って、彼を見つめた。

「君を閉じ込めたこと。君を泣かせたこと。それが、ずっと心に重くのしかかっていた」
 アシュランの声が、朝の空気に溶けていく。
「だから、君に触れることが怖かった。近づきすぎることが怖かった」

 彼は空を見上げた。青い空に、白い雲が浮かんでいる。
「でも……昨夜、君は言ってくれた」
 アシュランがカミラを見た。
「『私は壊れない』と。『あなたを愛している』と。その君の言葉が、僕を救ってくれた」
「アシュラン様……」

「だから、僕は決めたんだ」
 アシュランは立ち上がった。
 そして——カミラの前に、跪いた。

「え……」
 カミラの目が、見開かれる。
 アシュランが、ポケットから小さな箱を取り出した。

 ベルベットの箱。それを開けると——そこには指輪があった。
 プラチナの台座に、サファイアが朝日を受けて青く光っていた。
 その周りを、小さなダイヤモンドが囲んでいる。

「カミラ」
 アシュランが、まっすぐカミラを見つめた。
「僕は、もう逃げない」
 その声が、朝の空気に響く。
「君を愛している。誰よりも。何よりも」

 カミラの胸が、高鳴る。
「僕の過去も、僕の弱さも、全部——君は受け入れてくれた」
 アシュランの手が、わずかに震えている。
「だから、今度は僕が誓う」

 彼の瞳が、揺るぎない決意に満ちている。
「君を幸せにする。必ず」

 風が吹いて、花びらが舞った。まるで、祝福のように。
「僕の妻になってください」

 その言葉が、カミラの心に沈んでいく。
 温かくて、優しくて——涙が溢れそうになる。

「カミラ」
 アシュランが、もう一度名前を呼んだ。
「僕と、一緒に——」
「はい」
 カミラは、迷わず答えた。
「はい、喜んで」

 涙が、頬を伝う。でも、それは——悲しみの涙ではない。
「あなたのすべてを受け入れますわ」
 カミラは微笑んだ。
「過去も、今も、これからも」

 アシュランの顔が、パッと明るくなった。まるで太陽が昇ったように。
 彼は立ち上がって、カミラの左手を取った。そっと、指輪を嵌める。
 サファイアが、朝日に輝いた。

「綺麗……」
 カミラが呟く。
「君に似合うように選んだんだ」
 アシュランが微笑む。
「サファイアは、誠実と真実の石だ。そして——」
 彼はカミラの手を握った。
「僕の瞳の色でもある」

 その言葉に、カミラの胸が熱くなる。
「いつでも、僕が君のそばにいると思ってほしい」
「アシュラン様……」

 カミラは、もう我慢できなかった。彼の胸に飛び込む。
 アシュランは、そっとカミラを抱きしめた。二人の体温が、混ざり合う。
 心臓の音が、重なる。

「ありがとう」
 アシュランが囁いた。
「君が、いてくれて」
「こちらこそ」
 カミラが答える。
「あなたに出会えて、幸せですわ」





 しばらくして、二人は離れた。
 アシュランが、カミラの頬に手を添える。その指先が、優しく肌を撫でた。

「カミラ」
「はい」
「君に、触れてもいいかな」
 その言葉に、カミラは微笑んだ。
「もう、許可なんていりませんわ」
「でも——」
「あなたは、私の正式な婚約者ですもの」

 カミラの頬が、ほんのり染まる。
「だから……好きにして」

 その言葉に、アシュランの瞳が揺れた。
 彼は、ゆっくりと顔を近づけた。
 カミラは目を閉じる。

 唇が、触れ合った。
 柔らかい感触。温かい吐息。
 舞踏会の夜のような激しさではない。
 優しく、静かに。誓いのキス。

 朝日が、二人を照らしている。
 過去の闇を、全て照らすように。

 アシュランの手が、カミラの背中に回る。
 カミラも、彼の首に手を回した。
 キスが、深くなる。
 けれど、まだ——穏やかだった。

 愛おしさが込められている。
 二人の心が、静かにひとつになっていくようだった。

 唇が離れ、二人は見つめ合う。
 アシュランの瞳が、優しく微笑んでいた。

「愛してる」
「私も」
 カミラが答える。
「ずっと、愛していますわ」

 その言葉に、アシュランがもう一度キスをした。
 短く、甘く。
 そして——もう一度。
 何度も、何度も。





 気づけば、太陽が高く昇っていた。
 庭園は、暖かい光に満ちている。

 二人は、ベンチに並んで座っていた。
 カミラは、左手の指輪を見つめている。
 サファイアが、キラキラと輝いていた。

「本当に、綺麗……」
「気に入ってくれた?」
「もちろんですわ」
 カミラが微笑む。
「一生、大切にします」
「それは困るな」
 アシュランが笑った。
「え?」
「だって、いずれもっと大きな指輪をあげたいから」
 その言葉に、カミラは頬を染めた。
「もう……」

 二人は笑い合った。朝の庭園に、笑い声が響く。
 風が吹いて、花びらが舞った。

「ねえ、カミラ」
 アシュランが、ふと真面目な顔になった。
「はい」
「結婚式までは……やっぱり、待ってほしい」
 カミラは頷いた。
「分かっていますわ」
「本当に?」
「ええ」
 カミラが微笑む。
「あなたが決めたことですもの」

 でも——。
 その瞳に、少しだけいたずらっぽい光がある。
「でも、キスは……いいのでしょう?」
 その言葉に、アシュランは笑った。
「ああ、それは……」
 彼はカミラの額にキスをした。
「いくらでも」

 二人は、また抱き合った。
 朝日が、優しく二人を包んでいる。

 婚前交渉バトル——ここに、一時休戦。
 だが、それは終わりではない。
 新しい戦いの、始まり。

 結婚式まで、あと数週間。
 アシュランの独占欲は、これから——さらに強くなっていく。
 そして、カミラも——もっと大胆に、彼を誘惑していく。

 二人の恋は、まだまだ続く。
 もっと甘く。
 もっと熱く。
 もっと——。

 屋上庭園から、城下町が見えた。
 人々が、朝の仕事を始めている。
 平和な景色。

 その中で、二人は——誓い合った。
 永遠の愛を。

 カミラは、アシュランの胸に頭を預けた。
 彼の心臓の音が、聞こえる。
 規則正しく、力強く。

「ねえ、アシュラン様」
「何?」
「幸せ、ですわ」
 その言葉に、アシュランは微笑んだ。
「僕も」
 彼はカミラを抱きしめた。
「君がいてくれて、本当に——幸せだ」

 空に、鳥が飛んでいく。
 白い翼を広げて、自由に。
 二人も、これから——一緒に飛んでいくのだろう。
 新しい未来へ。

 プロポーズの朝は、こうして幕を開けた。
 そして、次に待っているのは——。

 王子の独占欲が、エスカレートしていく日々。
 カミラを、一瞬も離したくない。
 そんな想いが、溢れ出していく。
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