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Round.16 天然騎士と、冷静薬師の祝福
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恋には、幸せな時期がある。全てが輝いて見える、甘い時間。二人だけの世界に浸ると、他のものが霞んで見える——そんな、眩しいほどの幸福。
でも、それを見せつけられる側は、たまったものじゃさない。
プロポーズから三日が過ぎた。
春の陽射しが、王宮の庭園を優しく照らしている。冬の名残はもうどこにもなく、薔薇が咲き誇り、蝶が優雅に舞っていた。新緑の香りが風に乗って、どこまでも広がっている。
庭園のベンチに、二人の姿があった。
アシュランとカミラ。
プラチナブロンドと赤い髪が、陽光に輝いている。
「見て、アシュラン様。この薔薇、とても綺麗ですわ」
カミラが嬉しそうに指を差す。グリーンアイが、花と同じくらい輝いていた。
「ああ、でも——」
アシュランが微笑んだ。サファイアブルーの瞳が、優しくカミラを見つめる。
「君の方が、ずっと綺麗だよ」
カミラの頬が、薔薇と同じ色に染まる。
「もう……」
「本当のことだ」
アシュランがカミラの手を取る。
左手の薬指で、サファイアが朝日に青く光っていた。まるで、二人の愛を祝福するように。
「この指輪、本当に素敵……」
カミラが指輪を愛しげに見つめる。
「何度見ても、飽きませんわ」
「気に入ってくれて、嬉しい」
アシュランがカミラの手にキスをした。柔らかく、優しく。その仕草が、まるで宝物に触れるように丁寧だった。
「ずっと、君のそばにいるよ」
二人は見つめ合う。
春の風が吹いて、花びらが舞った。ピンク色の花びらが、二人を祝福するようにくるくると回る。
二人を祝福するように。幸せの象徴のように。
「ねえ、アシュラン様」
「何?」
「幸せ、ですわ」
カミラが微笑む。その笑顔が、太陽よりも眩しい。
「こんなに幸せで、良いのでしょうか」
「当然だよ」
アシュランがカミラの頬に手を添える。その指先が、愛おしそうに肌を撫でた。
「君は、僕の全てなんだから」
その言葉に、カミラの胸が熱くなる。鼓動が速くなって、頬がさらに赤く染まる。
アシュランが顔を近づけてくる。
カミラは目を閉じる——。
唇が触れ合う、その寸前。
「失礼します」
突然、冷静な声が響いた。
まるで冷水を浴びせられたように、二人の甘い空気が一瞬で凍りついた。
二人がハッとして顔を離す。
振り返ると——そこに、黒髪の青年が立っていた。
ルシアン。王宮付きの薬師。
グレーの瞳が、二人を冷ややかに見つめている。その視線には、感情というものがほとんど見えない。まるで、科学実験の被験者でも観察しているかのように、淡々としていた。
「やあ、ルシアン」
特に何も気にしていないとばかりの爽やかな笑顔で、アシュランは挨拶をする。
「どうしたんだ?」
「薬の納品です」
ルシアンが淡々と答える。小さな革袋を手に持っていた。
「アシュラン様に、お渡しする薬がありまして」
「ああ、そうだったね」
アシュランが立ち上がる。白いシャツの裾を整えながら。
「ありがとう。執務室に置いておいてくれるかな」
「承知しました」
ルシアンが一礼する。
だが、その視線が——カミラの左手の指輪に、一瞬止まった。
サファイアが青く光っている。その輝きを、グレーの瞳が捉える。
「……正式にご婚約、されたのですね」
ルシアンの声が、静かに響いた。
「ああ」
アシュランが誇らしげに微笑む。まるで、世界で一番の宝物を手に入れたかのように。
「三日前にね」
「おめでとうございます」
ルシアンが言う。
だが、その声に感情はない。まるで天気予報を読み上げるように、機械的だった。
「ルシアン、もう少し嬉しそうに言ってくれてもいいんじゃないか?」
アシュランが苦笑する。
「君は僕の幼馴染だろう」
「私は感情を表に出すのが苦手なもので」
ルシアンが肩をすくめた。その仕草すら、どこか冷静で計算されているように見える。
「でも、心からお祝い申し上げます」
そう言って、また一礼した。その動作が、教科書通りに完璧だった。
その時——。
「アシュラーン! カミラー!」
明るい声が響いた。
まるで春の嵐のような、元気な声が庭園に響き渡る。
三人が振り返ると、オレンジがかった赤茶色の髪の青年が走ってきた。
王宮騎士のライネルだ。
琥珀色の瞳が、無邪気に輝いている。その表情には、曇りというものが一切ない。まるで子犬のように——純粋で、真っ直ぐだった。
「元気にしてるか!」
ライネルが手を振りながら近づいてくる。鎧を脱いでシャツ姿。汗が額に光っていた。
「訓練、終わったぞ!」
「お疲れ様、ライネル」
カミラが微笑む。
「ん? 何だ、ルシアンもいるのか」
ライネルがルシアンを見た。
「珍しいな。普段は部屋に籠もってるのに」
「薬の納品です」
ルシアンが淡々と答える。
「そっか! じゃあ、みんな揃ったな!」
ライネルがニカッと笑った。白い歯が陽光に輝く。
「久しぶりに四人で——」
そこで、ライネルの視線がカミラの左手に止まった。琥珀色の瞳が、見開かれる。
「ん? その指輪……」
「ああ」
アシュランが嬉しそうに言った。胸を張って、誇らしげに。
「婚約指輪だ」
ライネルの目が、さらに見開かれた。まるで信じられないものを見たかのように。
「え!? 本当か!?」
「本当だ」
アシュランが笑う。
「うおおおお!」
ライネルが叫んだ。その声が庭園中に響き渡る。鳥が驚いて飛び立つほどの大声だった。
「アシュラン! カミラ! 婚約したのか!?」
「三日前にね」
カミラが嬉しそうに微笑む。
「すごいな!! やったな!!」
ライネルがカミラの手を取って、指輪を見た。まるで珍しい宝石でも見つけたかのように、目を輝かせている。
「うわ、何て綺麗な指輪なんだ! サファイアだ! しかもかなり大きいな!」
「ありがとう、ライネル」
カミラが笑う。
「おめでとう! 本当におめでとう!」
ライネルがアシュランの肩を叩いた。バンバンと、遠慮のない力で。
「ついに、か!」
「ああ」
アシュランが微笑む。
「ついに、だ」
「いやぁ、良かったな!」
ライネルが満面の笑みで言った。その笑顔が、本当に嬉しそうで——まるで自分のことのように喜んでいた。
「で、いつ結婚式なんだ?」
「三週間後だ」
アシュランが答える。
「え!? 早っ!」
ライネルが驚いた。
「準備が整い次第、すぐにでも」
アシュランがカミラを見た。その瞳が、深い愛情に満ちている。
「君を、一日も早く——僕のものにしたいから」
その言葉に、カミラの頬が真っ赤になる。まるで薔薇よりも赤く。
「アシュラン様……」
ルシアンが小さくため息をついた。
「……やれやれ」
その声が、呆れているように聞こえた。
「ん? どうした、ルシアン?」
ライネルが聞いた。
「いえ」
ルシアンが首を振る。黒髪が、さらりと揺れた。
「何でもありません」
だが、その表情は——少しだけ呆れているように見えた。
*
「そういえば」
ライネルが思い出したように言った。
「二人はどうやって婚約まで行ったんだ?」
「え?」
カミラが首を傾げる。赤い髪が、肩に流れた。
「だってさ、アシュランってずっと『決められた結婚式まで待つ』とか言ってただろ?」
ライネルが不思議そうに言う。琥珀色の瞳が、純粋な疑問を映していた。
「それなのに、急に婚約って……何があったんだ?」
カミラとアシュランが、顔を見合わせた。
二人の間に、何か密やかな空気が流れる。
「それは……」
カミラが言葉に詰まる。
「色々、ありまして……」
「色々?」
ライネルが目を輝かせた。まるで、面白い話が聞けると確信したかのように。
「詳しく聞かせてくれよ!」
「ライネル、それは——」
アシュランが止めようとしたが。
「実は」
カミラが恥ずかしそうに言った。頬が、ほんのり染まっている。
「私、『恋愛指南書』を参考にしていたのです」
一瞬、沈黙が落ちた。
風が止まったかのように、庭園が静まり返る。
「恋愛指南書?」
「はい」
カミラが頷く。その仕草が、どこか誇らしげだった。
「実はとても役に立ちまして——」
「待ってください」
ルシアンが額を押さえた。その仕草が、珍しく感情的だった。
「あの本の最後の章は、確か……非常に大胆な内容だったはずですが」
「ええ!」
カミラがニッコリ笑った。無邪気に、何の悪気もなく。
「第一の秘訣『夜這い』から始まって——」
「よ、夜這い!?」
ライネルが顔を赤くして叫んだ。その声が、また庭園に響き渡る。
「カミラ嬢、まさか……夜這いを?」
「はい!」
カミラが堂々と答える。まるで、当たり前のことのように。
「でも、失敗しました」
ルシアンが、深くため息をついた。
その息が、長く——まるで、全ての疲労を吐き出すかのように。
「……それで、アシュラン様は対応に苦労されたわけですか」
「まあ、ね」
アシュランが苦笑した。
「最初は驚いたよ。本当に」
「他にも色々試しました!」
カミラが楽しそうに話し始める。その表情が、まるで冒険談を語る子供のように輝いていた。
「媚薬作戦とか、料理作戦とか——」
「媚薬!?」
ライネルの声が裏返った。琥珀色の瞳が、驚きに見開かれる。
「そ、そんなことまでしたのか!?」
「まさか、あの時の——」
ルシアンがぼそりと呟く。
「ああ」
アシュランが頷いた。
「君に作ってもらった媚薬だ」
ルシアンが、カミラを見た。
その視線が、少しだけ冷たい。まるで、氷のように。
「……私を巻き込まないでいただきたかったのですが」
「ごめんなさい」
カミラが申し訳なさそうに笑った。でも、その笑顔はどこか悪びれていない。
「でも、とても効果的でしたわ」
「そうですか」
ルシアンが淡々と答える。
だが、その目が——「二度と巻き込むな」と、はっきりと語っていた。
「ははっ、面白いな!」
ライネルが笑った。その笑い声が、明るく響く。
「カミラ嬢、やっぱりすごいな!」
「ありがとうございます」
カミラが嬉しそうに微笑む。
「でも、その指南書ってどこで手に入れたんだ?」
ライネルが首を傾げる。
「そんな本、俺は見たことないぞ」
「お祖母様からいただいたのです」
カミラが答える。
「ルシアン、貴方も読んでみたらどうですか?」
「遠慮します」
ルシアンが即答した。その速さが、どれだけ嫌がっているかを物語っていた。
「私にそういう本は必要ありません」
「そうですか?」
カミラが首を傾げる。
「とても参考になりますわよ」
「俺は読みたい!」
ライネルが手を挙げた。まるで、授業で発言する生徒のように。
「後で貸してくれないか?」
「ライネル」
アシュランが笑った。
「君には必要ないだろう」
「なんでだよ」
ライネルが不満そうに言う。
「俺だって、いつか結婚するかもしれないだろ?」
「君の場合、指南書なんか読んでも——」
アシュランが言いかけて、止めた。
「……いや、何でもない」
「なんだよ、言ってくれよ」
ライネルが食い下がる。琥珀色の瞳が、不満そうに光った。
「ライネルは」
ルシアンが淡々と言った。
「天然すぎて、指南書通りに行動できないと思われます」
「なっ……天然って何だよ!」
ライネルが抗議する。
「俺、ちゃんとできるぞ!」
「では、試しに」
ルシアンが言った。グレーの瞳が、わずかに興味を帯びる。
「第一印象で相手の心を掴む方法を、述べてみてください」
「えーと……」
ライネルが考え込む。額に手を当てて、真剣な顔。
「笑顔で話しかける?」
「それは基本中の基本です」
ルシアンがため息をつく。
「指南書には、もっと具体的な——」
「分かった!」
ライネルが閃いたように言った。琥珀色の瞳が輝く。
「相手の武器を褒める!」
沈黙。でも、その静寂は——重かった。
「……ライネル」
ルシアンが静かに言った。その声が、珍しく呆れを含んでいた。
「それは、騎士同士の交流法です」
「え、違うのか?」
ライネルがキョトンとしている。その表情が、あまりに無邪気で——。
カミラとアシュランが、吹き出した。
「ライネル、やっぱり君には必要ないな」
アシュランが笑いながら言う。
「なんでだよー!」
ライネルが不満そうに頬を膨らませた。
その姿が、また可笑しくて——三人は笑った。
春の庭園に、笑い声が響く。幸せな、温かい笑い声。
*
笑い声が落ち着いた頃。
ルシアンが、真面目な顔になった。グレーの瞳が、冷たく光る。
「アシュラン様」
「何だい、ルシアン」
「一つ、お聞きしてもよろしいですか」
その声に、何か重いものを感じて——アシュランの表情も、少し引き締まった。サファイアブルーの瞳が、真剣な色を帯びる。
「ああ」
「カミラ様を……」
ルシアンが、まっすぐアシュランを見た。その視線が、鋭い。まるで、心の奥まで見透かすかのように。
「幸せにできますか」
庭園に、静寂が落ちた。
風が止まり、鳥のさえずりも遠くなる。
風が吹いて、花びらが舞った。でも、その美しさすら——今は、重苦しく感じられた。
「もちろんだ」
アシュランが答えた。その声が、力強い。迷いがない。
「僕は、カミラを——誰よりも愛している」
「では」
ルシアンが続ける。その声が、さらに冷たくなる。
「もし、カミラ様を泣かせるようなことがあれば——」
その瞳が、冷たく光った。まるで、氷の刃のように。
「私は、許しませんよ」
アシュランの表情が、一瞬——凍りついた。
サファイアブルーの瞳が、わずかに揺れる。
でも、すぐに微笑む。いつもの、穏やかな笑顔。
「分かってる」
「俺も!」
ライネルが立ち上がった。琥珀色の瞳が、真剣な光を帯びている。
「カミラを泣かせたら、俺が殴る!」
「ライネル……」
カミラが驚いて、ライネルを見た。
「俺たちは幼馴染だからな」
ライネルが真面目な顔で言った。その表情が、いつもの明るさを失っている。
「カミラのこと、昔から知ってる」
「だから——」
ライネルがアシュランを見た。
「カミラを泣かせたら、許さない」
「そして、カミラ様。あなたもアシュラン様を幸せにできますか?」
ルシアンの声が静かに響く。
ライネルが、カミラを見た。
「私も——」
カミラが、ライネルとルシアンを見つめた。グリーンアイが、真剣な光を帯びている。
「アシュラン様を、幸せにするわ。悲しみの涙を流させないと誓うわ。」
その言葉に、三人が——沈黙した。
「私、気づいたのです」
カミラが続ける。
「アシュラン様は、ずっと——私のことを想って、我慢してくださっていたこと」
「幼い頃から、ずっと」
カミラの声が、震える。
「だから、今度は私が——」
カミラがアシュランを見た。
「アシュラン様を、守りたいのです」
アシュランの瞳が、揺れた。
サファイアブルーの瞳に、何か熱いものが滲む。
「だから、ライネル、ルシアン」
カミラが二人を見た。
「もし私が——」
「アシュラン様を泣かせるようなことがあったら」
その声が、真剣だった。
「私も、許さないで」
ライネルが、目を見開いた。
「カミラ……」
ルシアンも、わずかに驚いたような表情を見せた。
グレーの瞳が、揺れている。
そして——。
「……分かった」
ルシアンが小さく微笑んだ。その笑顔が、珍しく温かい。
「カミラ様も、アシュラン様も」
「お二人とも、泣かせたら——」
「私は、許しません」
「俺もだ!」
ライネルが力強く頷いた。
「二人とも、大切な幼馴染だからな」
「どっちも、泣かせたら許さない!」
その言葉に、アシュランは——少しだけ、表情を緩めた。
サファイアブルーの瞳に、温かい光が宿る。
「ありがとう、二人とも」
アシュランが言った。
そして、カミラの手を取る。その手が、温かい。
「僕は——」
カミラを見つめる。
「二度と、カミラを泣かせない」
その瞳に、強い決意がある。
「私も」
カミラが微笑んだ。
「アシュラン様を、泣かせませんわ」
二人は見つめ合う。
その瞳に、深い愛情が宿っていた。
ルシアンは、静かに——その二人を見つめていた。
グレーの瞳が、何かを見抜くように。
でも——。
その奥に、わずかに暗いものが宿っているのを——。
ルシアンだけは、気づいていた。
アシュランの瞳の奥に。
独占欲。
執着。
そして——。
恐怖。
でも、今は——何も言わなかった。
ただ、静かに見守る。
*
「さて」
ルシアンが立ち上がった。黒いローブが、風に揺れる。
「そろそろ失礼します」
「薬を、執務室に置いておきますね」
「ああ、頼む」
アシュランが頷く。
「では」
ルシアンが一礼して、去ろうとした時——。
「あ、ルシアン!」
カミラが呼び止めた。
「はい?」
「結婚式、来てくださいね」
カミラが微笑む。その笑顔が、太陽のように明るい。
「幼馴染として」
ルシアンは、一瞬——驚いたような表情を見せた。
グレーの瞳が、わずかに揺れる。
でも、すぐに元の無表情に戻る。
「……光栄です」
ルシアンが小さく微笑んだ。その笑顔が、珍しく温かい。
「必ず、参ります」
そう言って、ルシアンは去っていった。
黒い影が、陽光の中に消えていく。まるで、夜の闇が朝に溶けるように。
「俺も行くぞ!」
ライネルが言った。
「結婚式、楽しみだな!」
「ああ」
アシュランが微笑む。
「楽しみにしていてくれ」
「じゃあな!」
ライネルが手を振って、走って行った。
オレンジがかった髪が、風に揺れる。その姿が、まるで春の風のように——明るく、軽やかだった。
*
二人きりになった。
庭園に、静寂が戻る。
鳥のさえずりが、遠くから聞こえてくる。風が吹いて、花びらが舞った。
「良い友達ですわね」
カミラが微笑んだ。
「ルシアンも、ライネルも」
「ああ」
アシュランが頷く。
「幼い頃から、ずっと一緒だった」
「羨ましいですわ」
カミラが言う。
「私には、あまり友達がいなくて……」
「これからは、僕がいるよ」
アシュランがカミラの手を取った。その手が、温かい。
「ずっと、そばにいる」
その言葉に、カミラの胸が熱くなる。
「ありがとう、アシュラン様」
アシュランが、カミラを抱き寄せた。
そっと、優しく——けれど、その腕は少しだけ強かった。
「君を、離さない」
低く囁かれる声が、耳元をくすぐる。
「誰にも、渡したくない」
その響きに、胸の奥がざわめいた。
優しいのに、どこか熱を帯びたその言葉が——心の奥まで沁みていく。
けれど、カミラは気づかない。
その愛が、どれほど強く、どれほど危ういものなのかを。
ただ、幸せに微笑み、アシュランの胸に顔を埋めた。
陽光が二人を包む。
絵画のように美しい、幸福のひととき。
だが、その光の中で。
アシュランの瞳の奥に、ほんの小さな影が揺れた。
——それは、愛が形を変える予兆。
次に訪れるのは、理性の境界を越えた夜。
婚前交渉バトル、再び。
でも、それを見せつけられる側は、たまったものじゃさない。
プロポーズから三日が過ぎた。
春の陽射しが、王宮の庭園を優しく照らしている。冬の名残はもうどこにもなく、薔薇が咲き誇り、蝶が優雅に舞っていた。新緑の香りが風に乗って、どこまでも広がっている。
庭園のベンチに、二人の姿があった。
アシュランとカミラ。
プラチナブロンドと赤い髪が、陽光に輝いている。
「見て、アシュラン様。この薔薇、とても綺麗ですわ」
カミラが嬉しそうに指を差す。グリーンアイが、花と同じくらい輝いていた。
「ああ、でも——」
アシュランが微笑んだ。サファイアブルーの瞳が、優しくカミラを見つめる。
「君の方が、ずっと綺麗だよ」
カミラの頬が、薔薇と同じ色に染まる。
「もう……」
「本当のことだ」
アシュランがカミラの手を取る。
左手の薬指で、サファイアが朝日に青く光っていた。まるで、二人の愛を祝福するように。
「この指輪、本当に素敵……」
カミラが指輪を愛しげに見つめる。
「何度見ても、飽きませんわ」
「気に入ってくれて、嬉しい」
アシュランがカミラの手にキスをした。柔らかく、優しく。その仕草が、まるで宝物に触れるように丁寧だった。
「ずっと、君のそばにいるよ」
二人は見つめ合う。
春の風が吹いて、花びらが舞った。ピンク色の花びらが、二人を祝福するようにくるくると回る。
二人を祝福するように。幸せの象徴のように。
「ねえ、アシュラン様」
「何?」
「幸せ、ですわ」
カミラが微笑む。その笑顔が、太陽よりも眩しい。
「こんなに幸せで、良いのでしょうか」
「当然だよ」
アシュランがカミラの頬に手を添える。その指先が、愛おしそうに肌を撫でた。
「君は、僕の全てなんだから」
その言葉に、カミラの胸が熱くなる。鼓動が速くなって、頬がさらに赤く染まる。
アシュランが顔を近づけてくる。
カミラは目を閉じる——。
唇が触れ合う、その寸前。
「失礼します」
突然、冷静な声が響いた。
まるで冷水を浴びせられたように、二人の甘い空気が一瞬で凍りついた。
二人がハッとして顔を離す。
振り返ると——そこに、黒髪の青年が立っていた。
ルシアン。王宮付きの薬師。
グレーの瞳が、二人を冷ややかに見つめている。その視線には、感情というものがほとんど見えない。まるで、科学実験の被験者でも観察しているかのように、淡々としていた。
「やあ、ルシアン」
特に何も気にしていないとばかりの爽やかな笑顔で、アシュランは挨拶をする。
「どうしたんだ?」
「薬の納品です」
ルシアンが淡々と答える。小さな革袋を手に持っていた。
「アシュラン様に、お渡しする薬がありまして」
「ああ、そうだったね」
アシュランが立ち上がる。白いシャツの裾を整えながら。
「ありがとう。執務室に置いておいてくれるかな」
「承知しました」
ルシアンが一礼する。
だが、その視線が——カミラの左手の指輪に、一瞬止まった。
サファイアが青く光っている。その輝きを、グレーの瞳が捉える。
「……正式にご婚約、されたのですね」
ルシアンの声が、静かに響いた。
「ああ」
アシュランが誇らしげに微笑む。まるで、世界で一番の宝物を手に入れたかのように。
「三日前にね」
「おめでとうございます」
ルシアンが言う。
だが、その声に感情はない。まるで天気予報を読み上げるように、機械的だった。
「ルシアン、もう少し嬉しそうに言ってくれてもいいんじゃないか?」
アシュランが苦笑する。
「君は僕の幼馴染だろう」
「私は感情を表に出すのが苦手なもので」
ルシアンが肩をすくめた。その仕草すら、どこか冷静で計算されているように見える。
「でも、心からお祝い申し上げます」
そう言って、また一礼した。その動作が、教科書通りに完璧だった。
その時——。
「アシュラーン! カミラー!」
明るい声が響いた。
まるで春の嵐のような、元気な声が庭園に響き渡る。
三人が振り返ると、オレンジがかった赤茶色の髪の青年が走ってきた。
王宮騎士のライネルだ。
琥珀色の瞳が、無邪気に輝いている。その表情には、曇りというものが一切ない。まるで子犬のように——純粋で、真っ直ぐだった。
「元気にしてるか!」
ライネルが手を振りながら近づいてくる。鎧を脱いでシャツ姿。汗が額に光っていた。
「訓練、終わったぞ!」
「お疲れ様、ライネル」
カミラが微笑む。
「ん? 何だ、ルシアンもいるのか」
ライネルがルシアンを見た。
「珍しいな。普段は部屋に籠もってるのに」
「薬の納品です」
ルシアンが淡々と答える。
「そっか! じゃあ、みんな揃ったな!」
ライネルがニカッと笑った。白い歯が陽光に輝く。
「久しぶりに四人で——」
そこで、ライネルの視線がカミラの左手に止まった。琥珀色の瞳が、見開かれる。
「ん? その指輪……」
「ああ」
アシュランが嬉しそうに言った。胸を張って、誇らしげに。
「婚約指輪だ」
ライネルの目が、さらに見開かれた。まるで信じられないものを見たかのように。
「え!? 本当か!?」
「本当だ」
アシュランが笑う。
「うおおおお!」
ライネルが叫んだ。その声が庭園中に響き渡る。鳥が驚いて飛び立つほどの大声だった。
「アシュラン! カミラ! 婚約したのか!?」
「三日前にね」
カミラが嬉しそうに微笑む。
「すごいな!! やったな!!」
ライネルがカミラの手を取って、指輪を見た。まるで珍しい宝石でも見つけたかのように、目を輝かせている。
「うわ、何て綺麗な指輪なんだ! サファイアだ! しかもかなり大きいな!」
「ありがとう、ライネル」
カミラが笑う。
「おめでとう! 本当におめでとう!」
ライネルがアシュランの肩を叩いた。バンバンと、遠慮のない力で。
「ついに、か!」
「ああ」
アシュランが微笑む。
「ついに、だ」
「いやぁ、良かったな!」
ライネルが満面の笑みで言った。その笑顔が、本当に嬉しそうで——まるで自分のことのように喜んでいた。
「で、いつ結婚式なんだ?」
「三週間後だ」
アシュランが答える。
「え!? 早っ!」
ライネルが驚いた。
「準備が整い次第、すぐにでも」
アシュランがカミラを見た。その瞳が、深い愛情に満ちている。
「君を、一日も早く——僕のものにしたいから」
その言葉に、カミラの頬が真っ赤になる。まるで薔薇よりも赤く。
「アシュラン様……」
ルシアンが小さくため息をついた。
「……やれやれ」
その声が、呆れているように聞こえた。
「ん? どうした、ルシアン?」
ライネルが聞いた。
「いえ」
ルシアンが首を振る。黒髪が、さらりと揺れた。
「何でもありません」
だが、その表情は——少しだけ呆れているように見えた。
*
「そういえば」
ライネルが思い出したように言った。
「二人はどうやって婚約まで行ったんだ?」
「え?」
カミラが首を傾げる。赤い髪が、肩に流れた。
「だってさ、アシュランってずっと『決められた結婚式まで待つ』とか言ってただろ?」
ライネルが不思議そうに言う。琥珀色の瞳が、純粋な疑問を映していた。
「それなのに、急に婚約って……何があったんだ?」
カミラとアシュランが、顔を見合わせた。
二人の間に、何か密やかな空気が流れる。
「それは……」
カミラが言葉に詰まる。
「色々、ありまして……」
「色々?」
ライネルが目を輝かせた。まるで、面白い話が聞けると確信したかのように。
「詳しく聞かせてくれよ!」
「ライネル、それは——」
アシュランが止めようとしたが。
「実は」
カミラが恥ずかしそうに言った。頬が、ほんのり染まっている。
「私、『恋愛指南書』を参考にしていたのです」
一瞬、沈黙が落ちた。
風が止まったかのように、庭園が静まり返る。
「恋愛指南書?」
「はい」
カミラが頷く。その仕草が、どこか誇らしげだった。
「実はとても役に立ちまして——」
「待ってください」
ルシアンが額を押さえた。その仕草が、珍しく感情的だった。
「あの本の最後の章は、確か……非常に大胆な内容だったはずですが」
「ええ!」
カミラがニッコリ笑った。無邪気に、何の悪気もなく。
「第一の秘訣『夜這い』から始まって——」
「よ、夜這い!?」
ライネルが顔を赤くして叫んだ。その声が、また庭園に響き渡る。
「カミラ嬢、まさか……夜這いを?」
「はい!」
カミラが堂々と答える。まるで、当たり前のことのように。
「でも、失敗しました」
ルシアンが、深くため息をついた。
その息が、長く——まるで、全ての疲労を吐き出すかのように。
「……それで、アシュラン様は対応に苦労されたわけですか」
「まあ、ね」
アシュランが苦笑した。
「最初は驚いたよ。本当に」
「他にも色々試しました!」
カミラが楽しそうに話し始める。その表情が、まるで冒険談を語る子供のように輝いていた。
「媚薬作戦とか、料理作戦とか——」
「媚薬!?」
ライネルの声が裏返った。琥珀色の瞳が、驚きに見開かれる。
「そ、そんなことまでしたのか!?」
「まさか、あの時の——」
ルシアンがぼそりと呟く。
「ああ」
アシュランが頷いた。
「君に作ってもらった媚薬だ」
ルシアンが、カミラを見た。
その視線が、少しだけ冷たい。まるで、氷のように。
「……私を巻き込まないでいただきたかったのですが」
「ごめんなさい」
カミラが申し訳なさそうに笑った。でも、その笑顔はどこか悪びれていない。
「でも、とても効果的でしたわ」
「そうですか」
ルシアンが淡々と答える。
だが、その目が——「二度と巻き込むな」と、はっきりと語っていた。
「ははっ、面白いな!」
ライネルが笑った。その笑い声が、明るく響く。
「カミラ嬢、やっぱりすごいな!」
「ありがとうございます」
カミラが嬉しそうに微笑む。
「でも、その指南書ってどこで手に入れたんだ?」
ライネルが首を傾げる。
「そんな本、俺は見たことないぞ」
「お祖母様からいただいたのです」
カミラが答える。
「ルシアン、貴方も読んでみたらどうですか?」
「遠慮します」
ルシアンが即答した。その速さが、どれだけ嫌がっているかを物語っていた。
「私にそういう本は必要ありません」
「そうですか?」
カミラが首を傾げる。
「とても参考になりますわよ」
「俺は読みたい!」
ライネルが手を挙げた。まるで、授業で発言する生徒のように。
「後で貸してくれないか?」
「ライネル」
アシュランが笑った。
「君には必要ないだろう」
「なんでだよ」
ライネルが不満そうに言う。
「俺だって、いつか結婚するかもしれないだろ?」
「君の場合、指南書なんか読んでも——」
アシュランが言いかけて、止めた。
「……いや、何でもない」
「なんだよ、言ってくれよ」
ライネルが食い下がる。琥珀色の瞳が、不満そうに光った。
「ライネルは」
ルシアンが淡々と言った。
「天然すぎて、指南書通りに行動できないと思われます」
「なっ……天然って何だよ!」
ライネルが抗議する。
「俺、ちゃんとできるぞ!」
「では、試しに」
ルシアンが言った。グレーの瞳が、わずかに興味を帯びる。
「第一印象で相手の心を掴む方法を、述べてみてください」
「えーと……」
ライネルが考え込む。額に手を当てて、真剣な顔。
「笑顔で話しかける?」
「それは基本中の基本です」
ルシアンがため息をつく。
「指南書には、もっと具体的な——」
「分かった!」
ライネルが閃いたように言った。琥珀色の瞳が輝く。
「相手の武器を褒める!」
沈黙。でも、その静寂は——重かった。
「……ライネル」
ルシアンが静かに言った。その声が、珍しく呆れを含んでいた。
「それは、騎士同士の交流法です」
「え、違うのか?」
ライネルがキョトンとしている。その表情が、あまりに無邪気で——。
カミラとアシュランが、吹き出した。
「ライネル、やっぱり君には必要ないな」
アシュランが笑いながら言う。
「なんでだよー!」
ライネルが不満そうに頬を膨らませた。
その姿が、また可笑しくて——三人は笑った。
春の庭園に、笑い声が響く。幸せな、温かい笑い声。
*
笑い声が落ち着いた頃。
ルシアンが、真面目な顔になった。グレーの瞳が、冷たく光る。
「アシュラン様」
「何だい、ルシアン」
「一つ、お聞きしてもよろしいですか」
その声に、何か重いものを感じて——アシュランの表情も、少し引き締まった。サファイアブルーの瞳が、真剣な色を帯びる。
「ああ」
「カミラ様を……」
ルシアンが、まっすぐアシュランを見た。その視線が、鋭い。まるで、心の奥まで見透かすかのように。
「幸せにできますか」
庭園に、静寂が落ちた。
風が止まり、鳥のさえずりも遠くなる。
風が吹いて、花びらが舞った。でも、その美しさすら——今は、重苦しく感じられた。
「もちろんだ」
アシュランが答えた。その声が、力強い。迷いがない。
「僕は、カミラを——誰よりも愛している」
「では」
ルシアンが続ける。その声が、さらに冷たくなる。
「もし、カミラ様を泣かせるようなことがあれば——」
その瞳が、冷たく光った。まるで、氷の刃のように。
「私は、許しませんよ」
アシュランの表情が、一瞬——凍りついた。
サファイアブルーの瞳が、わずかに揺れる。
でも、すぐに微笑む。いつもの、穏やかな笑顔。
「分かってる」
「俺も!」
ライネルが立ち上がった。琥珀色の瞳が、真剣な光を帯びている。
「カミラを泣かせたら、俺が殴る!」
「ライネル……」
カミラが驚いて、ライネルを見た。
「俺たちは幼馴染だからな」
ライネルが真面目な顔で言った。その表情が、いつもの明るさを失っている。
「カミラのこと、昔から知ってる」
「だから——」
ライネルがアシュランを見た。
「カミラを泣かせたら、許さない」
「そして、カミラ様。あなたもアシュラン様を幸せにできますか?」
ルシアンの声が静かに響く。
ライネルが、カミラを見た。
「私も——」
カミラが、ライネルとルシアンを見つめた。グリーンアイが、真剣な光を帯びている。
「アシュラン様を、幸せにするわ。悲しみの涙を流させないと誓うわ。」
その言葉に、三人が——沈黙した。
「私、気づいたのです」
カミラが続ける。
「アシュラン様は、ずっと——私のことを想って、我慢してくださっていたこと」
「幼い頃から、ずっと」
カミラの声が、震える。
「だから、今度は私が——」
カミラがアシュランを見た。
「アシュラン様を、守りたいのです」
アシュランの瞳が、揺れた。
サファイアブルーの瞳に、何か熱いものが滲む。
「だから、ライネル、ルシアン」
カミラが二人を見た。
「もし私が——」
「アシュラン様を泣かせるようなことがあったら」
その声が、真剣だった。
「私も、許さないで」
ライネルが、目を見開いた。
「カミラ……」
ルシアンも、わずかに驚いたような表情を見せた。
グレーの瞳が、揺れている。
そして——。
「……分かった」
ルシアンが小さく微笑んだ。その笑顔が、珍しく温かい。
「カミラ様も、アシュラン様も」
「お二人とも、泣かせたら——」
「私は、許しません」
「俺もだ!」
ライネルが力強く頷いた。
「二人とも、大切な幼馴染だからな」
「どっちも、泣かせたら許さない!」
その言葉に、アシュランは——少しだけ、表情を緩めた。
サファイアブルーの瞳に、温かい光が宿る。
「ありがとう、二人とも」
アシュランが言った。
そして、カミラの手を取る。その手が、温かい。
「僕は——」
カミラを見つめる。
「二度と、カミラを泣かせない」
その瞳に、強い決意がある。
「私も」
カミラが微笑んだ。
「アシュラン様を、泣かせませんわ」
二人は見つめ合う。
その瞳に、深い愛情が宿っていた。
ルシアンは、静かに——その二人を見つめていた。
グレーの瞳が、何かを見抜くように。
でも——。
その奥に、わずかに暗いものが宿っているのを——。
ルシアンだけは、気づいていた。
アシュランの瞳の奥に。
独占欲。
執着。
そして——。
恐怖。
でも、今は——何も言わなかった。
ただ、静かに見守る。
*
「さて」
ルシアンが立ち上がった。黒いローブが、風に揺れる。
「そろそろ失礼します」
「薬を、執務室に置いておきますね」
「ああ、頼む」
アシュランが頷く。
「では」
ルシアンが一礼して、去ろうとした時——。
「あ、ルシアン!」
カミラが呼び止めた。
「はい?」
「結婚式、来てくださいね」
カミラが微笑む。その笑顔が、太陽のように明るい。
「幼馴染として」
ルシアンは、一瞬——驚いたような表情を見せた。
グレーの瞳が、わずかに揺れる。
でも、すぐに元の無表情に戻る。
「……光栄です」
ルシアンが小さく微笑んだ。その笑顔が、珍しく温かい。
「必ず、参ります」
そう言って、ルシアンは去っていった。
黒い影が、陽光の中に消えていく。まるで、夜の闇が朝に溶けるように。
「俺も行くぞ!」
ライネルが言った。
「結婚式、楽しみだな!」
「ああ」
アシュランが微笑む。
「楽しみにしていてくれ」
「じゃあな!」
ライネルが手を振って、走って行った。
オレンジがかった髪が、風に揺れる。その姿が、まるで春の風のように——明るく、軽やかだった。
*
二人きりになった。
庭園に、静寂が戻る。
鳥のさえずりが、遠くから聞こえてくる。風が吹いて、花びらが舞った。
「良い友達ですわね」
カミラが微笑んだ。
「ルシアンも、ライネルも」
「ああ」
アシュランが頷く。
「幼い頃から、ずっと一緒だった」
「羨ましいですわ」
カミラが言う。
「私には、あまり友達がいなくて……」
「これからは、僕がいるよ」
アシュランがカミラの手を取った。その手が、温かい。
「ずっと、そばにいる」
その言葉に、カミラの胸が熱くなる。
「ありがとう、アシュラン様」
アシュランが、カミラを抱き寄せた。
そっと、優しく——けれど、その腕は少しだけ強かった。
「君を、離さない」
低く囁かれる声が、耳元をくすぐる。
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その響きに、胸の奥がざわめいた。
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絵画のように美しい、幸福のひととき。
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