婚前交渉バトル、開幕! 〜結婚まで待てない令嬢 vs 待ちたい王子〜

胃袋まんげつ

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Round.16 天然騎士と、冷静薬師の祝福

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 恋には、幸せな時期がある。全てが輝いて見える、甘い時間。二人だけの世界に浸ると、他のものが霞んで見える——そんな、眩しいほどの幸福。
 でも、それを見せつけられる側は、たまったものじゃさない。  

 プロポーズから三日が過ぎた。
 春の陽射しが、王宮の庭園を優しく照らしている。冬の名残はもうどこにもなく、薔薇が咲き誇り、蝶が優雅に舞っていた。新緑の香りが風に乗って、どこまでも広がっている。
 庭園のベンチに、二人の姿があった。
 アシュランとカミラ。
 プラチナブロンドと赤い髪が、陽光に輝いている。

「見て、アシュラン様。この薔薇、とても綺麗ですわ」
 カミラが嬉しそうに指を差す。グリーンアイが、花と同じくらい輝いていた。
「ああ、でも——」
 アシュランが微笑んだ。サファイアブルーの瞳が、優しくカミラを見つめる。
「君の方が、ずっと綺麗だよ」
 カミラの頬が、薔薇と同じ色に染まる。
「もう……」
「本当のことだ」
 アシュランがカミラの手を取る。

 左手の薬指で、サファイアが朝日に青く光っていた。まるで、二人の愛を祝福するように。

「この指輪、本当に素敵……」
 カミラが指輪を愛しげに見つめる。
「何度見ても、飽きませんわ」
「気に入ってくれて、嬉しい」
 アシュランがカミラの手にキスをした。柔らかく、優しく。その仕草が、まるで宝物に触れるように丁寧だった。
「ずっと、君のそばにいるよ」

 二人は見つめ合う。
 春の風が吹いて、花びらが舞った。ピンク色の花びらが、二人を祝福するようにくるくると回る。
 二人を祝福するように。幸せの象徴のように。 

「ねえ、アシュラン様」
「何?」
「幸せ、ですわ」
 カミラが微笑む。その笑顔が、太陽よりも眩しい。
「こんなに幸せで、良いのでしょうか」
「当然だよ」  

 アシュランがカミラの頬に手を添える。その指先が、愛おしそうに肌を撫でた。
「君は、僕の全てなんだから」
 その言葉に、カミラの胸が熱くなる。鼓動が速くなって、頬がさらに赤く染まる。
 アシュランが顔を近づけてくる。
 カミラは目を閉じる——。
 唇が触れ合う、その寸前。

「失礼します」
 突然、冷静な声が響いた。
 まるで冷水を浴びせられたように、二人の甘い空気が一瞬で凍りついた。

 二人がハッとして顔を離す。
 振り返ると——そこに、黒髪の青年が立っていた。
 ルシアン。王宮付きの薬師。 

 グレーの瞳が、二人を冷ややかに見つめている。その視線には、感情というものがほとんど見えない。まるで、科学実験の被験者でも観察しているかのように、淡々としていた。

「やあ、ルシアン」
 特に何も気にしていないとばかりの爽やかな笑顔で、アシュランは挨拶をする。
「どうしたんだ?」
「薬の納品です」
 ルシアンが淡々と答える。小さな革袋を手に持っていた。
「アシュラン様に、お渡しする薬がありまして」
「ああ、そうだったね」

 アシュランが立ち上がる。白いシャツの裾を整えながら。
「ありがとう。執務室に置いておいてくれるかな」
「承知しました」
 ルシアンが一礼する。
 だが、その視線が——カミラの左手の指輪に、一瞬止まった。

 サファイアが青く光っている。その輝きを、グレーの瞳が捉える。
「……正式にご婚約、されたのですね」
 ルシアンの声が、静かに響いた。
「ああ」
 アシュランが誇らしげに微笑む。まるで、世界で一番の宝物を手に入れたかのように。
「三日前にね」
「おめでとうございます」
 ルシアンが言う。
 だが、その声に感情はない。まるで天気予報を読み上げるように、機械的だった。

「ルシアン、もう少し嬉しそうに言ってくれてもいいんじゃないか?」
 アシュランが苦笑する。
「君は僕の幼馴染だろう」
「私は感情を表に出すのが苦手なもので」
 ルシアンが肩をすくめた。その仕草すら、どこか冷静で計算されているように見える。
「でも、心からお祝い申し上げます」
 そう言って、また一礼した。その動作が、教科書通りに完璧だった。

 その時——。
「アシュラーン! カミラー!」
 明るい声が響いた。
 まるで春の嵐のような、元気な声が庭園に響き渡る。

 三人が振り返ると、オレンジがかった赤茶色の髪の青年が走ってきた。
 王宮騎士のライネルだ。
 琥珀色の瞳が、無邪気に輝いている。その表情には、曇りというものが一切ない。まるで子犬のように——純粋で、真っ直ぐだった。
「元気にしてるか!」
 ライネルが手を振りながら近づいてくる。鎧を脱いでシャツ姿。汗が額に光っていた。
「訓練、終わったぞ!」
「お疲れ様、ライネル」
 カミラが微笑む。
「ん? 何だ、ルシアンもいるのか」
 ライネルがルシアンを見た。
「珍しいな。普段は部屋に籠もってるのに」
「薬の納品です」
 ルシアンが淡々と答える。
「そっか! じゃあ、みんな揃ったな!」
 ライネルがニカッと笑った。白い歯が陽光に輝く。
「久しぶりに四人で——」
 そこで、ライネルの視線がカミラの左手に止まった。琥珀色の瞳が、見開かれる。

「ん? その指輪……」
「ああ」
 アシュランが嬉しそうに言った。胸を張って、誇らしげに。
「婚約指輪だ」
 ライネルの目が、さらに見開かれた。まるで信じられないものを見たかのように。
「え!? 本当か!?」
「本当だ」
 アシュランが笑う。
「うおおおお!」
 ライネルが叫んだ。その声が庭園中に響き渡る。鳥が驚いて飛び立つほどの大声だった。

「アシュラン! カミラ! 婚約したのか!?」
「三日前にね」
 カミラが嬉しそうに微笑む。
「すごいな!! やったな!!」
 ライネルがカミラの手を取って、指輪を見た。まるで珍しい宝石でも見つけたかのように、目を輝かせている。
「うわ、何て綺麗な指輪なんだ! サファイアだ! しかもかなり大きいな!」
「ありがとう、ライネル」
 カミラが笑う。
「おめでとう! 本当におめでとう!」
 ライネルがアシュランの肩を叩いた。バンバンと、遠慮のない力で。

「ついに、か!」
「ああ」
 アシュランが微笑む。
「ついに、だ」
「いやぁ、良かったな!」
 ライネルが満面の笑みで言った。その笑顔が、本当に嬉しそうで——まるで自分のことのように喜んでいた。

「で、いつ結婚式なんだ?」
「三週間後だ」
 アシュランが答える。
「え!? 早っ!」
 ライネルが驚いた。
「準備が整い次第、すぐにでも」
 アシュランがカミラを見た。その瞳が、深い愛情に満ちている。
「君を、一日も早く——僕のものにしたいから」
 その言葉に、カミラの頬が真っ赤になる。まるで薔薇よりも赤く。
「アシュラン様……」

 ルシアンが小さくため息をついた。
「……やれやれ」
 その声が、呆れているように聞こえた。
「ん? どうした、ルシアン?」
 ライネルが聞いた。
「いえ」
 ルシアンが首を振る。黒髪が、さらりと揺れた。
「何でもありません」
 だが、その表情は——少しだけ呆れているように見えた。





「そういえば」
 ライネルが思い出したように言った。
「二人はどうやって婚約まで行ったんだ?」
「え?」
 カミラが首を傾げる。赤い髪が、肩に流れた。
「だってさ、アシュランってずっと『決められた結婚式まで待つ』とか言ってただろ?」
 ライネルが不思議そうに言う。琥珀色の瞳が、純粋な疑問を映していた。
「それなのに、急に婚約って……何があったんだ?」
 カミラとアシュランが、顔を見合わせた。
 二人の間に、何か密やかな空気が流れる。
「それは……」
 カミラが言葉に詰まる。
「色々、ありまして……」
「色々?」
 ライネルが目を輝かせた。まるで、面白い話が聞けると確信したかのように。
「詳しく聞かせてくれよ!」
「ライネル、それは——」
 アシュランが止めようとしたが。
「実は」
 カミラが恥ずかしそうに言った。頬が、ほんのり染まっている。

「私、『恋愛指南書』を参考にしていたのです」
 一瞬、沈黙が落ちた。
 風が止まったかのように、庭園が静まり返る。
「恋愛指南書?」
「はい」
 カミラが頷く。その仕草が、どこか誇らしげだった。
「実はとても役に立ちまして——」

「待ってください」
 ルシアンが額を押さえた。その仕草が、珍しく感情的だった。
「あの本の最後の章は、確か……非常に大胆な内容だったはずですが」
「ええ!」
 カミラがニッコリ笑った。無邪気に、何の悪気もなく。

「第一の秘訣『夜這い』から始まって——」
「よ、夜這い!?」
 ライネルが顔を赤くして叫んだ。その声が、また庭園に響き渡る。
「カミラ嬢、まさか……夜這いを?」
「はい!」
 カミラが堂々と答える。まるで、当たり前のことのように。
「でも、失敗しました」

 ルシアンが、深くため息をついた。
 その息が、長く——まるで、全ての疲労を吐き出すかのように。
「……それで、アシュラン様は対応に苦労されたわけですか」
「まあ、ね」
 アシュランが苦笑した。
「最初は驚いたよ。本当に」
「他にも色々試しました!」
 カミラが楽しそうに話し始める。その表情が、まるで冒険談を語る子供のように輝いていた。

「媚薬作戦とか、料理作戦とか——」
「媚薬!?」
 ライネルの声が裏返った。琥珀色の瞳が、驚きに見開かれる。
「そ、そんなことまでしたのか!?」
「まさか、あの時の——」
 ルシアンがぼそりと呟く。
「ああ」
 アシュランが頷いた。
「君に作ってもらった媚薬だ」
 ルシアンが、カミラを見た。
 その視線が、少しだけ冷たい。まるで、氷のように。

「……私を巻き込まないでいただきたかったのですが」
「ごめんなさい」
 カミラが申し訳なさそうに笑った。でも、その笑顔はどこか悪びれていない。
「でも、とても効果的でしたわ」
「そうですか」
 ルシアンが淡々と答える。

 だが、その目が——「二度と巻き込むな」と、はっきりと語っていた。
「ははっ、面白いな!」
 ライネルが笑った。その笑い声が、明るく響く。

「カミラ嬢、やっぱりすごいな!」
「ありがとうございます」
 カミラが嬉しそうに微笑む。
「でも、その指南書ってどこで手に入れたんだ?」
 ライネルが首を傾げる。
「そんな本、俺は見たことないぞ」
「お祖母様からいただいたのです」

 カミラが答える。
「ルシアン、貴方も読んでみたらどうですか?」
「遠慮します」
 ルシアンが即答した。その速さが、どれだけ嫌がっているかを物語っていた。
「私にそういう本は必要ありません」
「そうですか?」
 カミラが首を傾げる。
「とても参考になりますわよ」
「俺は読みたい!」
 ライネルが手を挙げた。まるで、授業で発言する生徒のように。
「後で貸してくれないか?」

「ライネル」
 アシュランが笑った。
「君には必要ないだろう」
「なんでだよ」
 ライネルが不満そうに言う。
「俺だって、いつか結婚するかもしれないだろ?」
「君の場合、指南書なんか読んでも——」
 アシュランが言いかけて、止めた。
「……いや、何でもない」
「なんだよ、言ってくれよ」
 ライネルが食い下がる。琥珀色の瞳が、不満そうに光った。

「ライネルは」
 ルシアンが淡々と言った。
「天然すぎて、指南書通りに行動できないと思われます」
「なっ……天然って何だよ!」
 ライネルが抗議する。
「俺、ちゃんとできるぞ!」
「では、試しに」
 ルシアンが言った。グレーの瞳が、わずかに興味を帯びる。

「第一印象で相手の心を掴む方法を、述べてみてください」
「えーと……」
 ライネルが考え込む。額に手を当てて、真剣な顔。
「笑顔で話しかける?」
「それは基本中の基本です」
 ルシアンがため息をつく。
「指南書には、もっと具体的な——」
「分かった!」
 ライネルが閃いたように言った。琥珀色の瞳が輝く。
「相手の武器を褒める!」

 沈黙。でも、その静寂は——重かった。
「……ライネル」
 ルシアンが静かに言った。その声が、珍しく呆れを含んでいた。
「それは、騎士同士の交流法です」
「え、違うのか?」
 ライネルがキョトンとしている。その表情が、あまりに無邪気で——。

 カミラとアシュランが、吹き出した。
「ライネル、やっぱり君には必要ないな」
 アシュランが笑いながら言う。
「なんでだよー!」
 ライネルが不満そうに頬を膨らませた。
 その姿が、また可笑しくて——三人は笑った。
 春の庭園に、笑い声が響く。幸せな、温かい笑い声。




 笑い声が落ち着いた頃。
 ルシアンが、真面目な顔になった。グレーの瞳が、冷たく光る。
「アシュラン様」
「何だい、ルシアン」
「一つ、お聞きしてもよろしいですか」

 その声に、何か重いものを感じて——アシュランの表情も、少し引き締まった。サファイアブルーの瞳が、真剣な色を帯びる。
「ああ」
「カミラ様を……」
 ルシアンが、まっすぐアシュランを見た。その視線が、鋭い。まるで、心の奥まで見透かすかのように。
「幸せにできますか」
 庭園に、静寂が落ちた。
 風が止まり、鳥のさえずりも遠くなる。
 風が吹いて、花びらが舞った。でも、その美しさすら——今は、重苦しく感じられた。

「もちろんだ」
 アシュランが答えた。その声が、力強い。迷いがない。
「僕は、カミラを——誰よりも愛している」

「では」
 ルシアンが続ける。その声が、さらに冷たくなる。
「もし、カミラ様を泣かせるようなことがあれば——」
 その瞳が、冷たく光った。まるで、氷の刃のように。
「私は、許しませんよ」
 アシュランの表情が、一瞬——凍りついた。
 サファイアブルーの瞳が、わずかに揺れる。
 でも、すぐに微笑む。いつもの、穏やかな笑顔。

「分かってる」
「俺も!」
 ライネルが立ち上がった。琥珀色の瞳が、真剣な光を帯びている。
「カミラを泣かせたら、俺が殴る!」
「ライネル……」
 カミラが驚いて、ライネルを見た。
「俺たちは幼馴染だからな」
 ライネルが真面目な顔で言った。その表情が、いつもの明るさを失っている。
「カミラのこと、昔から知ってる」
「だから——」
 ライネルがアシュランを見た。
「カミラを泣かせたら、許さない」
 
「そして、カミラ様。あなたもアシュラン様を幸せにできますか?」
 ルシアンの声が静かに響く。
 ライネルが、カミラを見た。
「私も——」
 カミラが、ライネルとルシアンを見つめた。グリーンアイが、真剣な光を帯びている。
「アシュラン様を、幸せにするわ。悲しみの涙を流させないと誓うわ。」
 その言葉に、三人が——沈黙した。

「私、気づいたのです」
 カミラが続ける。
「アシュラン様は、ずっと——私のことを想って、我慢してくださっていたこと」
「幼い頃から、ずっと」
 カミラの声が、震える。
「だから、今度は私が——」
 カミラがアシュランを見た。
「アシュラン様を、守りたいのです」
 アシュランの瞳が、揺れた。
 サファイアブルーの瞳に、何か熱いものが滲む。

「だから、ライネル、ルシアン」
 カミラが二人を見た。
「もし私が——」
「アシュラン様を泣かせるようなことがあったら」
 その声が、真剣だった。
「私も、許さないで」
 ライネルが、目を見開いた。
「カミラ……」
 ルシアンも、わずかに驚いたような表情を見せた。
 グレーの瞳が、揺れている。
 そして——。

「……分かった」
 ルシアンが小さく微笑んだ。その笑顔が、珍しく温かい。
「カミラ様も、アシュラン様も」
「お二人とも、泣かせたら——」
「私は、許しません」
「俺もだ!」
 ライネルが力強く頷いた。

「二人とも、大切な幼馴染だからな」
「どっちも、泣かせたら許さない!」
 その言葉に、アシュランは——少しだけ、表情を緩めた。
 サファイアブルーの瞳に、温かい光が宿る。
「ありがとう、二人とも」
 アシュランが言った。
 そして、カミラの手を取る。その手が、温かい。
「僕は——」
 カミラを見つめる。
「二度と、カミラを泣かせない」
 その瞳に、強い決意がある。
「私も」
 カミラが微笑んだ。
「アシュラン様を、泣かせませんわ」
 二人は見つめ合う。
 その瞳に、深い愛情が宿っていた。
 ルシアンは、静かに——その二人を見つめていた。
 グレーの瞳が、何かを見抜くように。
 でも——。
 その奥に、わずかに暗いものが宿っているのを——。
 ルシアンだけは、気づいていた。
 アシュランの瞳の奥に。
 独占欲。
 執着。
 そして——。
 恐怖。
 でも、今は——何も言わなかった。
 ただ、静かに見守る。




「さて」
 ルシアンが立ち上がった。黒いローブが、風に揺れる。
「そろそろ失礼します」
「薬を、執務室に置いておきますね」
「ああ、頼む」
 アシュランが頷く。
「では」
 ルシアンが一礼して、去ろうとした時——。
「あ、ルシアン!」
 カミラが呼び止めた。
「はい?」
「結婚式、来てくださいね」
 カミラが微笑む。その笑顔が、太陽のように明るい。
「幼馴染として」
 ルシアンは、一瞬——驚いたような表情を見せた。
 グレーの瞳が、わずかに揺れる。
 でも、すぐに元の無表情に戻る。

「……光栄です」
 ルシアンが小さく微笑んだ。その笑顔が、珍しく温かい。
「必ず、参ります」
 そう言って、ルシアンは去っていった。
 黒い影が、陽光の中に消えていく。まるで、夜の闇が朝に溶けるように。
「俺も行くぞ!」
 ライネルが言った。
「結婚式、楽しみだな!」
「ああ」
 アシュランが微笑む。
「楽しみにしていてくれ」
「じゃあな!」
 ライネルが手を振って、走って行った。
 オレンジがかった髪が、風に揺れる。その姿が、まるで春の風のように——明るく、軽やかだった。




 二人きりになった。
 庭園に、静寂が戻る。
 鳥のさえずりが、遠くから聞こえてくる。風が吹いて、花びらが舞った。

「良い友達ですわね」
 カミラが微笑んだ。
「ルシアンも、ライネルも」
「ああ」
 アシュランが頷く。
「幼い頃から、ずっと一緒だった」
「羨ましいですわ」
 カミラが言う。
「私には、あまり友達がいなくて……」
「これからは、僕がいるよ」
 アシュランがカミラの手を取った。その手が、温かい。
「ずっと、そばにいる」

 その言葉に、カミラの胸が熱くなる。
「ありがとう、アシュラン様」
 アシュランが、カミラを抱き寄せた。
 そっと、優しく——けれど、その腕は少しだけ強かった。

「君を、離さない」
 低く囁かれる声が、耳元をくすぐる。
「誰にも、渡したくない」

 その響きに、胸の奥がざわめいた。
 優しいのに、どこか熱を帯びたその言葉が——心の奥まで沁みていく。
 けれど、カミラは気づかない。
 その愛が、どれほど強く、どれほど危ういものなのかを。

 ただ、幸せに微笑み、アシュランの胸に顔を埋めた。
 陽光が二人を包む。
 絵画のように美しい、幸福のひととき。

 だが、その光の中で。
 アシュランの瞳の奥に、ほんの小さな影が揺れた。

 ——それは、愛が形を変える予兆。
 次に訪れるのは、理性の境界を越えた夜。
 婚前交渉バトル、再び。
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