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7章:クシュナート王国行軍記

11話:リハビリが必要です(ボリス)

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 事件から二日目の夜、ボリスはアルヌールから酒に誘われた。
 まぁ、それはついでだろう。用件は他にある。
 けれど王様直々のご指名となれば応じないわけにもいかず、ボリスは溜息をついて彼の私室へと赴いた。
 むしろ、この機会にフェオドールを説得してもらおうと思ったのだ。アルヌールはボリスの所業をしっかり見ているのだから。

 部屋に入るとアルヌールがきっちりと着込んで座っている。酷く疲れた顔を最初からしていて、なんだか既に気の毒になってしまった。

「お呼びとの事ですが」
「まぁ、座れよ。大体察してるんだろ?」

 対面に座ったボリスにグラスを出し、琥珀色の酒を注ぐ。高級なブランデーは喉を焼くような強いものだった。

「なぁ、ボリス」
「はい」
「うちの弟、貰ってくれんか?」
「……はぁ?」

 まさかこの人からそれを聞くとは思わず、酒の芳醇な味わいも一瞬で消えた。
 それでも目をパチクリとしていると、魂まで抜けそうな溜息をアルヌールは吐き出した。

「えっと……知ってますよね? 俺がニコラにした事」
「嫌ってほど知ってる」
「それでよく、フェオドール様を頼むなんて言う気になりますね」
「俺だって反論したいわ! 男でももうちょっと、可愛いのとか誠実そうなのとかいるだろうよ。どうしてお前なんだよ。とんでもねーサディストだぞ」
「俺もそう思うよ」

 実に正しく的確な評価だ、怒る気もない。

「これがランバートだってなら、送り出すんだがな……」
「軍神に串刺し」
「やりかねん」

 案外嫉妬深いファウストが知ったら、もの凄く怒るだろう。

「だがな……」
「?」
「あいつが、お前じゃないと嫌なんだとよ」

 そう言われると、少し胸が痛む。
 ボリスだって嫌いじゃない。わりと楽しいし、不憫だとも思うし、情も湧く。
 だからこそ、離れる方がいい。自分は相手を陥落させるのが好きだ。傷つける事はしないが、優しくはない。そんな相手が他人からの暴力で傷ついたフェオドールの側にいれば、更に傷が悪化する。

「俺は最悪だよ。今は特に相性悪い。なにより国が違う。俺、遠距離なんて」
「フェオドールは帝国への長期留学を希望した」
「…………は?」

 言われた事の意味を上手く飲み込めなくて、しばし無言のまま言葉を反芻した。

 帝国への、留学? この時期に?

 ゾクリと震えが走って、次には立ち上がる。そして、睨み付けるようにアルヌールを見た。

「まさか、許可してないよね?」
「した」
「なに考えて!」
「死んでもいいんだとさ」
「……え?」

 なに、それ。それも考えて、それでもってこと?

「死んでもいい。死体が分かんなくなっても構わない。捕まって拷問されて惨たらしくされたって、慣れてるってさ」
「それ、受け入れたの?」
「正式に許可しなかったら、あいつ飛び出しそうだしな」
「バカな事!!」
「恋は盲目。冷静になればバカでも、当人必死なのよ」

 恋多き王様アルヌールが言うと説得力がある。

 心臓が、嫌な感じで鳴っている。帝国に……うぬぼれでないなら、自分を追ってくる?

「なぁ、ボリス。あいつの事、頼むよ」
「適当な事言わないでくださいよ」
「男前上げて、色気は数段上げてお前の事話すんだよ。お兄ちゃん、なんか泣けてくるよ」
「もっといい子を見繕ってやれよ。アンタの知り合いにわんさかいそうじゃん」
「代替品じゃ意味ないの。ご指名なんだから受けてやってくれ」
「断る! 俺が断れば帝国にくる理由もなくなるしな」
「残念、お前にフラれても帝国には行くってよ」
「……」

 ダメだ、何だこの強引さ。あれだけ流されてきたのに、こんな所で強さ発揮しなくてもいいでしょうに。泣き虫王子。

「まぁ、本格的にはお前から言ってやれ。俺じゃダメだ。それと、俺は全面的にフェオドールの恋愛を推奨するので咎はない。大事にしてくれるなら性別も問わない。安心しろ」
「その保証、いらない……」

 せっかくの酒の味も分からないまま、ボリスはアルヌールに言われてフェオドールを訪ねる事になってしまった。


 部屋は比較的簡素だった。これまで居た部屋よりはいいが、物はあまりない。
 そこに、フェオドールはとても不安そうな顔で立っていた。前開きの夜着を纏って、頼りなくボリスを見ている。

「まったく、強情なんだね」
「このまま離れたら、もう二度と捕まえられないと思ったから」
「……帝国に、来るつもりなんだって?」
「うん」
「ダメ」
「行く」
「フェオドール様」
「行く! 私は決めたんだ、絶対に行くんだ!!」

 強情な瞳が睨み付けている。けれどそこに凄みはない。目からもう、堪えきれない涙が溢れそうになっている。

 溜息が出た。ダダを捏ねている子供みたいだ。

「あのね、戦争だって言ってるでしょ」
「分かってる」
「分かってない」
「その時は覚悟してる!」
「……俺が無事に戻ってくる保証もないんだよ」
「!」

 酷だと思う。けれど、こう言えば思いとどまる。そう、願っている。
 でも、ボリスの思惑は見事に外れた。突進するみたいに飛び込んできたフェオドールは嫌々と首を横に振りながらも、強く服を握り締めてくる。

「それでも、待つ。自分に区切りがつけられるまで、泣いて暮らす。今諦めたら、私は泣くこともできずに後悔し続ける。過去と同じように、動かなかった事で苦しくなる。私はもう、後悔で苦しむのは嫌なんだ」

 胸に迫るというのは、こういう思いかもしれない。真っ直ぐに放たれるから破壊力が凄い。
 今までずっと、この子はそんな思いで生きていたんだ。周囲に流されて、自分を主張できないまま暴力も受け入れて、誰にも言えないまま苦しんだ。

 これも、一つの勇気なのだろう。自分を表に出せなかった子が、初めて自分で何かを決めて必死になっているのかもしれない。それを感じたから、アルヌールも止められなかったんだ。

「ボリス、触れて欲しい。私はお前の手で、沢山を教えて欲しい。お願いだから、手を離さないでくれ。お前の事が好きなんだ」
「どこでそんなに惚れたのさ。俺、意地悪しかしてないよ?」
「……それでも、私を見ていた。私の事を、ちゃんと。お前が気付いてくれたんだ、私の色んな事を。怒って、怒鳴って、それでも最後は温かく思った。それに……」

 見上げ、スッと伸び上がった唇が触れる。分かっていて避けられなかったのは、初めてだ。

「お前の、その……キスが、気持ち良かった。初めて、誰かに触れられて気持ちいい、もっとして欲しいと思ったんだ」
「……もう、どういう誘い方なのそれ。どこで覚えたのさ、悪い子」

 苦笑して、抱き込んで、笑っていた。求められる照れくささと心地よさがある。なんだかくすぐったくて、たまらないのだ。

「ボリス、私じゃダメか? こんな汚い体には、触れたくはないか? 私は……」
「汚くないでしょ」
「だが!」
「あのね、もう……本当にバカだな」

 必死な顔が本当に不安そうだ。最初はあれだけ生意気にしていたのに、今でも怒鳴るし、態度尊大な時が多いのに……今はこんなに壊れそうな顔をしている。どんな二面性だ。

「セックスってのは、お互い何らかの合意があって気持ち良くなれるものなの。君が受けたのはレイプ、暴力だよ。こんなの、どこにもカウントされない。君は汚れていない」

 これはボリスなりの信条だ。気持ち良くなってこそのセックス。どんなプレイだって互いの合意の上にある。どれほど異質で異常な事でも、お互いの中で同意がされて快楽を得ているのなら、それは愛の一つの形だと思っている。
 これに反するものはノーカンだ。

 フェオドールは驚いて、次にふにゃりと笑った。目に溜めていた涙がポロポロこぼれて、なんだか切なくなってくる。

「フェオドール様」
「なんだ?」
「俺は、守れない約束はしない主義です。戻れるかも分からないのに、愛しているとか恋人になろうとか、そんな無責任な事は言わない」

 でも、気持ちは充分に傾いている。こんな時でなければ、これが正常な中での出会いだったら、当人と家族の同意も得ているのだから。
 傷を探って、膿を出し切るように吐き出させて、気持ちいいことで埋めてやりたい。けれどそんな時間は、きっとない。だから、最初に言っておく。

「だから、今夜一度だけです。カウンセリングとでも思ってください。君が誰かと気持ち良くなれるように、教えていきます。君に絡みついているもの全部、綺麗に切っていく。だから後は俺なんて待たないで、気持ちが揺れたら躊躇わずにその手を取ってください」
「嫌だ……」
「フェオドール様」
「私は、ボリスを待つ」
「だから」
「戻ってくるくらい言ってくれ! どうして、希望すら持たせてくれないんだ。お前は私が嫌いなのか? 私がいたら迷惑なのか!」
「そんなことは。でも……」

 踏み込むべきなのか、判断は難しい。そりゃ、無駄死になんてするつもりはない。でも、絶対がない事は西の戦いでも思い知っただろ。皆、ボロボロになっていた。今回はあんなものじゃない。

 だが、フェオドールの方が強かった。強引な目で見上げて、王子様らしい声で言った。

「嘘になってもいい、戻ってきてくれ。私は帝国で待っている。お前が帰ってくるのを、待っている」
「フェオドール様」
「今日一度なんて許さない。お前にしか、もう肌は許さない。守り抜いてみせるから、お前も自らを守ってくれ」
「……困ったな。君ってやっぱりマゾなの? 逃がしてあげられなくなるんだよ? 俺、自分のものって決めたら絶対他人に渡したくないんだから」
「それでいい。私は、そうしてもらいたい。お前だけに触れて欲しい」
「……後で、後悔しないでよね」

 もう、面倒臭い。色々悩んで、身を引こうと頑張っていたのが馬鹿らしい。もう、いいじゃないか。こんなに望まれて、愛してると言われて、王様の許可も取ったんだから。

「いいよ、俺を教えてあげる。まずはカウンセリングから。余計なもの取っ払って、俺だけにしてあげるよ」

 正直になれば疼く。たまらなく、衝動的に沸き起こる。誰かを自分に染めるほの暗く、そして最高に甘美なものに酔いしれて、ボリスは柔らかく笑った。


 抱き上げてベッドに乗せる。軽い体だった。
 不安そうに見上げている、その目は常に揺れている。まずは、怖いという思いを切らないと。気持ち良くなるのに一番邪魔なのは恐怖心だから。

「口、開けてごらん」
「んっ」

 おずおずと薄く開いた唇から、赤い舌が見える。これが、今のこの子の勇気。痛みを快楽だと教え込まれ、気持ちいいよりも恐怖を感じたこの子の精一杯。
 それでも望んでいる。それなら、心地よく教えていくのみだ。

 髪を、頭を優しく撫でながら唇に触れた。ゆっくり、分かるように。
 触れた途端、ピクリと震えて固まったのが伝わる。それでも唇は閉じなかった。優しく舌を絡めて、ゆっくりと触れさせて、焦らすようにしてみると甘い声がする。鼻にかかる、欲する声。

「気持ちいい?」
「んぅ、わかん、ない。でも、欲しい」
「じゃあ、唇開けてごらん。もっと、俺を受け入れて」
「んっ、ふぅ……んぅ……」

 さっきよりも信頼しきったように開いた唇に、今度はもう少ししっかりとキスを。欲しがるように絡めようとしている舌に絡めて、軽く吸い上げて。
 体の反応は悪くない。無駄な緊張が少し解れて気持ち良さそうな声がしている。時折、ピクリと震える。舌の根元が弱いらしい。肌が淡く染まっていって、蕩けた様な視線を感じる。

「気持ちいいんだね」
「これ、気持ちいい、の?」
「もっと欲しい? 今、嬉しい?」
「うれ、しい。もっと欲しい。体、熱くなって……背中も、ヒクヒク止まらない」
「感じてるね。じゃあ、次は俺にもお返しのキスをして」
「んっ」

 少し伸び上がって、従順に触れてくる。された事を思い出すみたいに舌が入りこんで、絡まったら夢中で吸っている。
 とても染まりやすくて受け身だ。まっさらだったら、たった一回でも教え込めるほどに。元々素直で努力家で、真面目なんだ。他人の言葉をバカみたいに受け入れてしまう。

 あいつはそれを利用した。なにも知らない体を理不尽に穢して踏みにじって、柔らかく真っ白だった心を踏みつけて歪ませた。絶対に許さない。

「ボリス……?」
「ん?」
「怒って、る? ボク、下手くそだった?」

 ボク? 確か、私と言っていたはず。

 もしかしたら、ボクというこの子の本当かもしれない。私は、矯正されたもの? 普段も少し無理をしているように思っていた。

 不安そうな瞳に、ボリスは笑って首を横に振った。表情をよく読んでいる。それはそうか、怯えて過ごしたんだ。表情、言葉、行動を見て降服してきたんだ。

「可愛かったよ。よくできました」

 頭を撫でて額にキスをしたら、驚く程に幼い顔で笑う。幼子が向けるような嬉しそうな笑顔が逆に胸に刺さった。

「キスは、好き?」
「すき」
「されたことはないの?」
「ボリスだけ。あいつは、キスなんてしない」

 悲しそうな顔。それを誤魔化すみたいに啄んだ。
 抱いてもキスはしない。愛情じゃない、性欲のはけ口だった。理不尽に傷つけてもいい相手だと思っていたんだ。

 腹が立つ。でも、ならば余計にこの子を染める。まずはあいつを追い出して、全部を抜いていく。これを何度もしていけば体も心も覚えていく。指先一つに感じて、言葉一つに欲情をして、求めるようになる。
 まずは下地を作らないと。

 手で頬を包み、そのまま首筋に触れていく。細くて白い肌の感触は心地よく手に吸い付いてくる。フェオドールはヒクリと震えるけれど、怖がってはいない。とろんと蕩けた目をしている。

 手は怖がっていない。唇で、舌ですると気持ち良さそうな抑えた声がする。吐息に混じる甘さにも恐れはない。そしてどうやら、唇でされるのが好きらしい。

「唇でするほうが感じるんだね」
「う、ん。それ、気持ちいい」
「じゃあ、沢山してあげるよ」

 ボリスはまだきっちりと着込んだままの夜着に手を触れた。けれどそこで、フェオドールは恐れたように体を庇い、涙目のままボタンの合わせ目を握って震えていた。

「フェオドール?」
「あ、怒ら、ない?」
「え?」
「ごめ……ごめんなさい! 怒らないで、怖いのイヤ……嫌いにならないで」

 様子が変わった。さっきまで素直に感じていたのに、今はまるで鎧を着ているように固まってしまっている。
 なにが……。冷えるような予感に心臓が痛む。何かを隠している。なにを?

 思ったら、止められなかった。乱暴にフェオドールの手を払い除けて、乱暴に夜着の前を暴いた。そして目の前に現れた体を見て……体の芯が冷えていった。

 フェオドールの体は北の部族らしく白魚の様に白く綺麗な肌をしていた。そこに小さな、淡いピンクの乳首がある。
 けれどその乳首には、不似合いな銀のリングが深々とはめ込まれて強制的にツンと突き出されていた。根元を横に貫いたニップルピアスが、酷く淫靡に光っている。

「これ……」
「あ……ごめ、ごめんな、さい。ごめんなさい、嫌いにならないで、怒らないでぇ……」

 グズグズに泣き始めるフェオドールは手で顔を覆って怯えている。引きつけでも起こしてしまいそうな浅い呼吸を繰り返す唇に、ボリスはキスをした。

「んぅ……ボリス……」
「嫌いになんてならないよ。怒らないし、怖い事もしない。大丈夫だから、俺を見てなよ」
「……う、ん」

 泣き濡れた目尻にもキスをして、涙を吸って。泣いて赤くなる頬にも、優しくキスをした。

 改めて体を見て、本当に忌々しくなる。こんなものまでつけさせたのか。

「これ、いつから?」
「……十五の、誕生日。嫌なのに、薬嗅がされたら力が入らなくなって……痛くて、苦しい」
「十五って……もう五年も経ってたんじゃ安定して、塞がんないじゃん」

 ボディーピアスの類いを好むペットはいる。主人は所有の印として、ペットは所有される喜びとしてつける事がある。互いがそれならいいのだ。
 でも、これは違う。しかも年数が経てばこういうのは塞がらない。外したとしても、穴は残ってしまう。

「もう、あいつはいないんだよ。つけてなくてもいいんだ」

 言ったけれど、何となく分かっている。植え付けられた恐怖心からできなかったんだ。

 フェオドールは震えながら新しい涙を浮かべていた。それを、手で拭っていく。心の中は冷えていくけれど、優しい顔は崩さなかった。

「毎、日、着替えの時に外されて、風呂の時につけられて、自分で外したらお仕置き、されて……」
「うん」
「ロープ、つけて引っ張るんだ。重し、つけられるんだ。痛くて、乳首とれそうで怖くて、止めてって叫んでも一晩中責められて! 怖いの、いや……」
「そんな事しないよ」
「日中は嫌だって言ったのに、これで公務をさせられることも、あって……」
「もう、泣かないの。分かったから」
「うぅ……っ、うぇぇ……」
「よしよし、頑張ったよ。もう、大丈夫だから」

 枷をつけたんだ。裏切らない為の残酷な印。『お前は奴隷だ』と、言っているようなものだ。

「外して、みたんだ……」
「ん?」
「もう、あいつはいないって……でも、夢の中に出て来て酷い事をするんだ。怖くなって、つけて……外せない」

 努力をしたのだと分かった。断ち切りたいと願ったんだ。それでも五年、虐げられた心は簡単には戻らなかった。痛々しい細い体を震わせている。ボリスはそっと抱き寄せて、頭を撫でた。

「俺が、外してあげる」
「ボリス……」
「あいつはもういない。例え出てきたとしても、俺が今度こそ切り伏せてあげる。だから、これはもういらない。あいつがつけたものを、これから俺が全部取り除いていく」

 涙目で見上げ、フェオドールは頷いた。
 小さな乳首を摘まんだら、「んぅ」という声がする。「痛い?」と聞けば首を横に振った。嬲られた事で無理矢理に快楽を教え込まれたのかもしれない。痛みの中にも快楽はある。享受する体になっていたなら、感じているかもしれない。
 乳首を横に貫く真っ直ぐの針を丁寧に外した。両方とも抜けきって、それを放り投げて可愛いそこを指で捏ねる。指の腹にコリコリとしこりを感じる。穴を開けた部分が、こういう感触になるんだ。

「はぁん……ふぅ……ボリス……」
「気持ちいい?」
「わか……でも、ゾクゾクして止まらない。声が、抑えられないの」
「いいよ、気持ちいいなら伝えて」

 痛がっていないし、穴は綺麗に開いている。固まって、安定している。確認して、ゆっくりと塗り込めるように触れて、硬くなり始めた部分をほんの少し摘まんだ。
 抑えきれない切ない声と、ピンと背がしなる感じ。やっぱり、少し強い刺激がいいみたいだ。

「フェオドール、どうして欲しい?」

 はふはふと息を吐くフェオドールを見上げながら問いかける。生理的な涙を浮かべた可愛い瞳が見つめている。プルプルしている唇が、欲望を口にするのを待っている。

「あ、の……ボクの、乳首にちゅーして、欲しい……です」

 控えめなお願いは丁寧言葉。これもきっと強要。卑猥な言葉を言わせる事であの男は征服した気になっていたんだろう。

「お願いなんてしなくていいよ。もっと甘えていいから」
「ん、ぅ……乳首、なめてほ、しぃ……あぅ! ひあぁ!」

 敏感になっている部分を含み、形を確かめるように舌でなぞり、押し潰している。ヒクヒクッと体を震わせているのは、気持ちがいいから。ぷっくりとしてきた乳輪も丁寧に刺激すれば、腰が動いて擦りつけてくる。
 ずっと、下半身が揺れている。擦り寄るようにズボンを履いたままの股間を押し当ててブルブル震える。

「気持ちいい?」
「気持ち、いい……はぁん! あぁ、お願いボリスぅ」

 夢中になって懇願する姿は可愛い。けれどまだ、快楽の中に卑屈さがある。高まれば高まるほどそれは、見える気がしている。

「ボリス、お願、い……ボクの粗末なおちんぽ、さわ、って……あっ、シコシコして、おちんぽ汁絞り出してください!」
「それも、言わされてたんだね」
「あ……おこ、らないで……ごめ……」
「謝らなくていいよ。それに、許可なんて取らなくていい。気持ちいいなら、素直に出して。それが一番嬉しいから」
「うれ、しいの? 粗相しても、怒らない?」
「怒るわけないでしょ? 俺が君を気持ち良くして、それで達するんだから。満足しても、怒るなんてあり得ない。もっと、したいと思うよ」

 キョトンとして、次にはふやけた笑みを見せる。そう、こういう顔の方が似合っている。怯えなんていらない。存分に気持ち良くなればいいんだ。そして、溺れてくれればいい。

 キスをして、一緒に胸を揉んで、乳首を捏ねて摘まんで。もうそこに、怯えはなかった。酸欠みたいにパクパクしていてもキスを止めたくはないらしい。離そうかと思ったけれど必死に縋り付くのが可愛くて、そのまま攻め立てた。

「だ、め! あっ、イッちゃう!!」
「うん、気持ち良く出しちゃいなよ」
「ボリスぅ! んっ、あっ、あぁぁんぅぅぅ!!」

 抱きついた体に力が入って、ビクンビクンと震わせならが、フェオドールは果てていく。随分たっぷりと吐き出して、あっという間にズボンは濡れてしまった。
 恍惚とした呆け顔。差し出された舌をしゃぶれば気持ち良さそうにしている。胸が上下して、まだ深い余韻の中にあるのが分かった。

「気持ち良かった?」
「あ……気持ち、いい……こんな、初めて。まだ、お尻の奥がキュってする。おちんちん、ビクビクしてる……」
「その幼い話し方は素なんだね?」
「う、ん。年相応にしなさいって、怒られた、から。でも、ベッドではこのままって……」

 そこだけは同意しよう。こっちの方が可愛い。見た目と中身がちぐはぐで、守ってあげたい可愛さがある。変な部分で共通点を見るのは腹が立つが、同族嫌悪なんてこの世界じゃ珍しくない。

「ボク、上手くできた?」

 上目遣いの言葉にあざとさはない。わざとではなく、素なんだ。頭を撫でて、額にキスを。上手にできたら褒めてあげるのが、調教の基本だ。

「上手だったよ。とても可愛かった」
「え、へへへ」

 嬉しそうに笑うのは、完全に誘われる。本当にちぐはぐだ。こんな風に笑うのに、すぐに色香を撒く顔に変わる。

 暫く落ち着くまで、ボリスはフェオドールを抱いていた。息も整ってきたところで、フェオドールは股を小さく擦り合わせている。どうやら、濡れて不快なようだった。

「濡れたね。下も脱いでしまおうか」
「あ、あの、その前にボリスも、その……脱いで欲しい」
「あぁ、そうだね」

 思えば完全に衣服を着たままだった。ベッドを降りて服を脱ぎ、側の椅子の背もたれにかけていく。フェオドールは上半身を起こして、でもまだ濡れたズボンは履いたままだ。

「どうしたの? 脱がないの?」
「あの……ボリス、怒らない?」

 ん? このパターンは……

 さっきのデジャビュかと思う様子に、静かな怒りが沸き起こる。これが本当にそのままなら、あの男の竿を今から切り落としに行きたい。
 でもこの怒りは見せない。フェオドールが怯える。自分に向けられていると勘違いする。だから笑っている。当然怒ってはいないのだから。

「怒らないから、自分で脱いでごらん。勿論嫌いにもならないし、汚いなんて思わない。酷い事もしないから」
「本当?」
「本当だよ」

 ようやく、おずおずと自らズボンと下着を下ろし始めたフェオドールの体を見て、やはりかという思いに腹の底が冷えていく。

 細い体から想像できる程度の大きさの昂ぶりは、吐き出した白濁で少し汚れていた。
 けれどその亀頭を下から上に突き抜ける直線のピアスが、酷く不似合いだった。

「これは、いつ?」
「十七の、成人の儀の夜……」
「三年か。塞がらないかもしれないし、ここは塞がっても傷が残るのに」

 玉状のピアスが尿道口の下に我が物顔で鎮座している。その下にも同じく玉状の留め金。このタイプは相当に痛いし、下手くそがやれば化膿して酷い事になる。しかも一部は尿道を貫通するから、普段の生活にも支障があるはずだ。

「怖くて、自分じゃ取れない……」
「そうだよね」
「トイレも、お風呂も、着替えも、人に見せられない……」
「分かってる。ほら、泣かないの」
「ボク、もう誰にも体、見せられないって……」

 グズグズと泣く頭を抱きしめて、ボリスは忌々しく相手を呪う。玉潰したくらいじゃ全然足りなかった。今からでもあの男の竿切り落として、乳首にピアスつけて、あそこガバガバにしてやりたい。

「ボリス、いや? こんなの、触りたくない?」

 不安そうな目を見下ろして、ボリスは笑う。そしてフェオドールをもう一度ベッドに寝かせると足を開かせ、丁寧にピアスを外した。

「明日、医者に診せるよ。塞がるならそうしたいし、ダメでも綺麗にしておかないと不安だから」
「知られるの……」
「俺も側にいるから、大丈夫。誰にも言わないようにお願いもしておくから。いいね?」
「……うん」
「よし、いい子だ」

 頭を撫でて、そっと立ち上がったフェオドールの昂ぶりを咥え込む。ビクッと震えて、切なく鳴いた彼は身を捩っている。深い快楽に飲まれているみたいに、ヒクヒクと後孔も口を開けている。
 そこに指を二本添えて、ゆっくりと挿れた。優しくすれば簡単に飲み込んでいく。やわやわっと飲み込んで、美味しそうにキュウキュウ締め付けている。

「ボリスぅ、お尻の奥してぇ」
「まだダメ。あまりイキすぎると辛くなるから解すだけ」
「ボクのおちんちん、舐めて……」
「イキそうだから離したの」
「お願い……もう、入れてよぉ」
「あのね。俺のは平均だけど、それでもこれで入れたら血が出る。沢山気持ち良くなりたいなら、少し我慢するの」

 涙目のフェオドールは何か言おうとしたけれど、グッと唇を噛んだ。卑猥な言葉で誘う事をボリスが好まない事を知ったからだろう。ブルブルしながら自由な手で自分の根元を握って戒めている。イかないように、これがフェオドールなりの我慢だ。

 意地らしくて可愛いのだが、あまり我慢させるのは辛くなる。今でも荒い息を吐きながら真っ赤になっている。
 手早く解して、握り締めていた手をどけさせた。そして抱きしめたままゆっくりと、正常位で挿入していった。

「あっ! はぁぁ……」
「痛む?」
「いた、く、ない……痺れ……っ!」
「ゆっくり味わうんだよ。ちゃんと感じて、俺を覚えておいて」

 優しく言えば素直に頷く。そしてしがみついたままのフェオドールの中を、ゆっくり解すように穿った。

 入口は柔らかく解れるのに、中は吸い付くようにまとわりつく。随分と心地のよい体につい夢中になりそうだ。
 でもそれではあいつと変わらない。これは甘い調教。この体に、教え込む為のプレイ。

 優しく、緩慢に抜き差しをしていく。欲しい場所を薄く刺激して、探っていく。完全に硬くなっている前立腺が亀頭に当たると流石に息が漏れる。抱きしめる様に収縮して絡みつかれると更に射精感は高まってしまうが、まだ終わらせない。

「ボリス……おちんちん、止まらないよぉ……」

 グスグス泣きながら喘いで、拙くそんな事を言うフェオドールの昂ぶりからはトロトロと白濁の混じる液が溢れてくる。まだ激しく中を弄っていないのにこれだ。かなりイキやすい体になっている。これで激しくしたら、確実に突く度に吐き出すだろう。

「辛くない? 痛くない?」
「痛く、ない……でも、苦しいの……気持ち良くて、分かんなくなるの。ボク、どうなるの?」
「どうもならないよ。気持ちいいまま、眠るんだ」

 体力もきっとそれほどはない。長時間楽しむと、疲れ果ててしまう。本当はもう少し楽しみたいけれど。

「少し、強くする」
「おわ、ちゃうの? もっと、ボリスで埋めてほしい……」
「一緒に寝るの。それに、体力続かなくなる。もっと欲しかったらちゃんと食べて、少し鍛えておいてね」
「ん、分かった。あのね、中に欲しい」
「いいよ」

 媚びは消えた。瞳は蕩けていても、ちゃんと見ている。それで、満足だ。

 膝を抱え上げ、深く入れる。パンッと音がしそうな挿入に、フェオドールは高い嬌声を上げて仰け反り、ビクビク震えながらイッている。ビュクッと飛んだ少量の白濁が腹の上を汚していく。

「あっ、くる! 大きいの、くる!! 中で、イッちゃう!」
「分かってる。凄い締めつけ……俺も、中でね」
「ボリス、すき……」
「……俺も、好きだよ」

 途端、安心が引き金になったのか快楽の波に攫われたフェオドールが一際高い声で鳴いてイッた。背をしならせ、体全体を痙攣させながら。

「っ!」

 その締めつけは搾り取るようで、ボリスもたまらず深い部分に吐き出していた。しかも、かなりたっぷりだ。中々終わらなくて、ちょっと自分でも焦る。でも、根元から先端に向かって搾乳でもしているのかと思うような締めつけをみせるそれにどうしたら逆らえる。

 体の下で、フェオドールは完全にふやけきって呆然としていた。一瞬、息してるかと心配になったけれど、ふにゃふにゃと笑うものだから気が抜けた。

 最後の一滴までと言わんばかりに締め上げていたものが緩んでいく。抜け出すと、吐き出したものが少しして垂れてくる。

「あ……もったい、ない」
「あのね……」
「ボリスの、子種汁……こぼれ、ちゃう……」
「それ、やめようね」

 どれだけ卑猥な言葉を教え込まれたのか、自然と出てくるそれらの単語に頭痛がする。
 でも、まぁ、前よりはいい。言わされた言葉じゃないのは顔を見れば分かる。幸せそうにふやけきった顔で笑いながら、フェオドールはこんな事を言うのだ。

 これは、妙な方向に開花させられているけれど明らかにマゾだ。そしてきっと、夜の営みに関してはもうアウトだ。

「もぉ、変態になって。完全アウトだよ、フェオドール」
「いい、よ。ボリスが、好きなら」
「……嫌いじゃないよ」

 まったく、妙な拾いものをしてしまった。
 でも、今はかなり幸せだ。
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