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ハネムーン編

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「結婚してもうそろ2年にもなる夫婦が未遂やとは……」


再度持ってきてもらったペットボトルの水をゴクゴクと飲み干すと、だんだんと症状が治まってきた。
まだ体は火照るし、身体は少々敏感なままだが。


「ヤリまくってんなら1回くらい……て思たけど、初めてを奪うわけにはいかへんしなぁ」


未遂だろうがなんだろうが既婚者に手を出すのはダメだろ、普通。
と、声に出してツッコんでしまうのを抑えて、俺はただ苦笑いを返す。


「それで、あの……あなたは、二人とはどう言う関係なんですか」


それよりも、俺たちのことを知っていて、二人と待ち合わせまでしていたこの彼の存在が気になって仕方がなかった。


「ああ~それな、そやなぁ、俺よりあいつらに説明させよか」
「え?」


彼は素早く立ち上がると、ベットから距離を置き、ささっ、と乱れた衣服を整えた。
やがて間髪入れず、寝室の扉がバタン!と勢いよく開く。


「翔!」


そして、血相を変えて中に入ってきたのは、俺の大好きな二人だった。


「……っ蓮く、ん蘭くん……!」
「翔、無事か!」


良かった。二人が戻ってきてくれた。
俺に愛想をつかして、置いて行った訳ではなかったんだ。緊張の糸が切れ、思わず声が上ずった。
蓮は焦った様子で俺のそばに駆け寄り、まるで俺を隠すかのように、全身で抱きしめる。


「おい、てめぇ……なんで翔とベッドにいやがんだ、あ゙?」


蘭の額には青筋が浮かび、声は低く、ドスが効いていた。
一目で、その激昂ぶりがわかるほどに。


「なんでって、あんたらが時間になってもこぉへんからやん」
「ンなこと聞いてんじゃねぇよ、翔に近づいたらコロスって言ったよなぁ?」
「そんなこと言うてたっけか?」


激怒する蘭とは対照的に、美少年の彼は茶化すようにニコニコと笑う。
見ているこちらがハラハラするほど、まさに一触即発状態だった。


「ねぇ、翔の体が熱い。何したんだよ」


まだ薬の症状が完全に消えていない俺の身体は熱を帯び、呼吸も荒いままだった。
異変に気がついた蓮が、低い声で彼に尋ねる。


「ちょお、それはほんまに俺も知らんって。何にもしてへんよ。俺が来た時にはすでにそうなっとったもん」
「モナ。翔に確認すればわかるような嘘はついても無駄だから」


俺はその時、色白美少年の彼の名前を初めて聞くこととなった。
明らかに重たい雰囲気の中、モナは一人、余裕の表情を浮かべていた。


「ほんまやって。翔くんの看病してたんやで。な」


モナは俺にアイコンタクトを送ると、俺も反射的にコクリと頷いた。助けてくれたのは、一応本当だ。


「気安く名前呼んでんじゃねぇぞ」
「おーこわ。あんまり束縛激しいと嫌われるで」
「きら……っざけんな、殺すぞ」


「蘭、めっちゃ動揺しとるやん。おもろいわ~」と茶化すモナにさらにブチ切れる蘭。
相変わらず危険な空気だが、だんだんと三人の関係性が読めてきた。
元から気を使わないような仲、なのだろう。言い合いを見ていてハラハラするが、どこか身内ノリのようだ。


「翔、本当に何もされてない?」


蓮が心配そうに俺の顔を覗き込む。唇が触れてしまいそうなくらい近くで、まじまじと見つめられて、こんな状況なのにぞくりと全身が震えた。
きっと、薬のせいだ。抱きしめられてるだけで、熱いのに。もっと、もっと触って欲しいと思ってしまう。

結局未遂だし、襲われかけたなんて言ったらここで死人が出かねないと判断して、蓮の問いかけに「うん」と答えた。


「あの……モナ、さんて一体何者なんですか?」
「ああ……彼は、大学の友人だよ。こっちでも会社を経営していてね、車やイベントの手配なんかは全部彼にお願いしてたんだ」


その答えに、俺はホッとした。よかった。ナンパされてついて行こうとしていたわけじゃなかったんだ。
安心したのと同時に、一瞬でも大事な二人を信じられなかった自分が、情けなかった。


「そーそー。俺、翔くんのお披露目パーティの時も会場におったで」
「えっ」


その時、モナが自然に会話に混ざってきた。
蘭は「勝手に話しかけるな」とモナの首根っこを掴むが、御構い無しに話を進める。


「普通の家庭の育ちの子や聞いてたけど大勢の前でも堂々としとったし、初々しくてもう、かわええなぁ思ってね。その時翔くんに惚れてもうたんよ」
「ほ……ッ惚れ!?」
「同級生の奥さんに惚れないでもらえるかな」
「蓮、そこは同級生やなくてトモダチやろ~」
「翔、ごめんね。直接会わせなければ危険はないと思ってたのに……俺たちの爪が甘かったよ」
「シカトか~い。そんでなんもしてへんってばぁ」


堂々と笑いながら嘘をつくモナの精神力は見上げたものだった。
俺が知らなかっただけで、モナは俺のことを前から知っていた。
そして今回の旅行も裏でいろいろと動いてくれていた、どうりで貸切のホテルにも入れたわけだ。


「ま、翔くんもまだそんな状態やし、どっちにしてもはまた明日にでもしよか」
「おい、何勝手に仕切ってんだ」
「うっさいなぁ、ドーテイが口答えしないでもろて」
「なっ……てめ」


蘭は目を見開くと、少しだけ動揺するそぶりを見せた。
その図星の反応に、本当に自分と結婚する前に遊んだりはしてこなかったんだなと、なんだか少しだけ嬉しくなってしまった。ごめん、蘭くん。


「ほな翔くん、二人にもし飽きたら俺がいつでも相手したるから。待ってるで」
「同級生の奥さん口説くな、サイコパスが」
「蓮、顔こわ~。そんでえらい同級生推すやん」
「同級生どころか、犯罪者になってもらおうか?」
「どっちがサイコパスやねん。そんじゃ、とりあえず邪魔者は消えますんで~」


元気よく手を振って寝室から出て行くモナに、蘭は「二度とくるな」と悪態をついた。


「ごめんなさい、俺、仕事の邪魔して」


元はと言えば、勝手に愛想をつかされたと勘違いして媚薬入り茶を一気飲みしたのも、二人を俺が引き止めたせいでモナと入れ違いになったのも、原因は全て俺にある。

いつも一人で空回って、周りを振り回して。申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「いいんだ、翔。君よりも大事なものなんて他にはない」


そんな俺を蓮が強く抱きしめる。
その時布越しに聞こえた蓮の鼓動は、ドクンドクンと大きく、早かった。


「蓮くん、急いで来てくれたんですね。心臓ばくばくいってる」
「ん……これは、ちょっと違うかな」
「え?」


蓮の腕が、するりと下へ降りてきて、俺の腰や尻を物欲しそうに撫でていく。
敏感なままの俺の腰はびくんと跳ねて、勝手に声がこぼれ出た。


「……っあ…ン」
「翔が、こんなに無防備だから、今すぐにでも押し倒してしまいそうなくらい、ドキドキしてる」


蓮の息遣いは徐々に荒くなっていき、首筋にちゅ、ちゅ、とキスを落とされる度に、色気のある低い声が耳にかかって、背中に電流が走るかのようだった。


「どうせ春樹の仕業だろう。俺たちの気も知らないで……まったく」
「ち、ちが……!くは、ないけど……俺が勝手に勘違いして、やけになって、得体も知れないのにたくさん飲んじゃって……」


「勘違い?」と蓮は首を傾げる。蘭は、ベットの脇に立ったまま、こちらを見ようとしなかった。


「だって、二人ともカッコよくて、すごくモテるし……なのに俺、怖がっていつまでも二人と最後までできないから。もう、二人に愛想尽かされちゃったのかと思って、それで……っわ!?」


吐き出していた心情は、突然の衝撃によって、遮られた。
気つけば、俺の顔は蘭の胸に埋まっていた。


「……パーティでお前の存在を公にした後、外出は必ず送迎にさせたのは俺だ」
「へっ」
「結婚式に、あいつ含め未婚の若い人間をほぼ招待しなかったのも、俺の一存だ」


俺を抱く蘭の手には、痛いほどに力がこもっていた。


「モナも、お前の幼馴染みも、こないだ助けた女だってそうだ。そばにいると全員、すぐに翔の良さに気づきやがる……アイツの言うとおり、俺は束縛もするし余裕もない。でも、嫌われてもぜってぇ逃がさねぇ。絶対にだ」


蘭の声がかすかに震えている。
不安と執着、焦り、いろんな感情が、蘭の鼓動から直接俺の中に流れ込んでくるようだった。


「翔、俺たちは、今までも、そしてこれからもずっと、翔だけを愛してる。誰が俺たちの前に現れたって、翔しか見えてないんだよ」


二人は変わらず、ずっと俺だけを見てくれていたのに。それなのに、俺はやっぱりバカだ。
安堵と自責の念と、いろんな感情が複雑に絡み合う。俺はただ、二人の背に腕を回した。

すると、蘭はピクリと身体を揺らし、少しだけ慌てたように俺から距離をとる。


「蘭、くん……?」
「これ以上は、無理だ」


俺から目を逸らし、またしてもそっぽを向いてしまった。


「かわいいだろ。蘭はずっと我慢してるんだよ」
「我慢?」
「翔、2日目のあの日からずっと緊張してる感じだったでしょ?だから、いろいろ試してたんだけど」
「あ……」


蓮が言うのはきっと、俺が二人と最後まで繋がる覚悟をしたあたりだ。
あれから、いつその時が来るのかとずっと身構えていた。
表には出していないつもりだったが、二人には伝わってしまっていたようだ。


「いっぱい遊んだら、リラックスしてくれるかな、とか、お酒に酔ったらいい雰囲気になるかな、とかね。俺たちはずっと翔に触れることばっか考えてたって言ったら、引くかな」


蓮は少しだけ困ったように笑った。俺はブンブンと頭を横に振る。
二人も、俺と同じだったんだ。


「たった2日間、翔に触れないだけで理性がどっかいきそうなんだ。蘭なんて、風呂上がりの翔のこと視界にも入れられないくらい、意識してさ」


蘭は小さく「うるせー」とつ呟いた。
さっき、俺が引き止めてもそっけなかったのは、俺の身体を気遣って我慢してくれていたから……?

蓮も蘭も何にも変わってなんかない。
俺のことを大切に、大事にしてくれている。変わったのは俺の方だ。


「正直俺も、こうして翔の身体に触れてると、頭、おかしくなりそう」


どんどん二人のことが好きになっていって。この幸せな時が変化してしまうのが怖くて。でも前に進みたくて。
二人のことが、大好きだから。


「我慢、させてばかりでごめんなさい」
「いいんだよ。翔が嫌がることはしたくない。翔だけが俺たちの全て……」
「っ俺は!」


俺だって、もうとっくに。
自分の中で二人が一番、大切な存在になっているんだ。


「大好きな二人に、もう、我慢させたくない……っ」


思わず声が震えた。
蘭は急いで振り向き、じぃっと俺を見つめる。蓮は、その体がびくんと揺れたのが伝わってきた。


「……意味、分かって言ってんのか」
「はい、蘭くん」
「お前の細い身体に、俺たち二人が入るんだぞ」


蘭は、俺のお腹をトン、と指差した。その息遣いは荒く、獣のような目をしていた。
大好きな人が自分を喰らおうとするその貪欲な瞳に、無意識に体が震えた。怖いんじゃない、きっと嬉しいんだ。


「途中で、やめてあげることは出来ないよ、きっと……それでも、本当にいいの?」


二人に全てを預けて、ひとつになりたい。

俺はただ、静かに頷いた。




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