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ラグナロク編

235話 干渉分離

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ここは何処だ・・・?

凄く暖かい。

目を開けると真っ暗な空間が広がっていた。

何も無い、「真の闇」の中で浮いている感覚だ。

光が一切無い世界は、目を開けているかどうかすら疑問に感じて来る。

実際目を開いていると思っているだけで、実は閉じているんじゃないか?



『目が覚めた様だね、シノブ。』



誰?

問い掛けようとするが声が出ない。

そこで私は理解する。

自分の体が無いのだ。

私は今まで何をしていたんだっけ?

訳の分からない状況に置かれて、その中で仲間と再会し希望を見出して皆と進み苦難を乗り越えて来た。

もう少しで手が届きそうな所で、最大級の絶望を味わう。

そんな感じだった・・・



『記憶が混濁している様だね、安心して良いよ。』



誰?

さっきから謎の声が響く。

その声は、無いはずの体に感覚を与えている。

柔らかな言葉が温かさを与えているんだ。

脳を介さない分直接的に感じている様な気がする。

私はある事を思い出す。

去年中学時代の友人と、友人の好きなインディーズバンドのライブに一緒に行った時に似た様な感覚を覚えた。

狭い防音施設で響き渡る重低音が体の中を突き抜ける感じに似ている。

音の波が体の細胞一つずつを揺さぶる不思議な感覚。



『フフフ・・・良い物を見せてあげましょう。』



謎の声が嬉しそうな感じの抑揚で話す。

目の前の真っ暗な空間が一瞬にして高画質360度のスクリーンへと変わる。

そこに映し出されたのは私に向けて武器を構える「深紅の薔薇」のメンバーだった。

その瞬間に全てを思い出した。

私達は破壊神ヨグトスと戦っていた。

あれ!?

ミカさんの攻撃を皮切りに全部位を破壊したはずだ。

その後の記憶が無い。

どう言う状況なんだ?

不意に両手に剣を握った様な重みを感じる。

目の前に鬼気迫る表情のミカさんが盾で攻撃を防いでいる光景が映る。

ミカさんの盾に弾き返された時の重みが両腕に伝わる。

もしかして私がミカさんに攻撃しているのか!?

強い一撃でミカさんの盾が砕け散る。

左手に重い衝撃げ加わる。

次の瞬間ミカさんの右腕が斬り飛ばされる。

肉を斬り骨を断つ時の重さと感覚がダイレクトに全身に伝わる。

そして苦痛に歪むミカさんの表情が、無数のウィンドウの様な物が開き表示される。

更に複数のカメラ視点から映し出される様に、腕を斬り飛ばした瞬間の映像が流れて通り過ぎて行く。

そこに映し出されてのは私自身の姿だった。

苦痛に歪む友人の表情と、無慈悲に攻撃を加える自分自身の姿。

この腕に感じていた感覚と映像。

私自身がミカさんを斬りつけて攻撃していたのだと理解する。



嘘だ!

止めろ!止めてくれ!

私の体を使って友達を傷付けるのは止めてくれ!!



声にならない声で叫ぶ。

映像の中の私は嬉々として友人を斬り続ける。

サクラの体を貫いた感覚。

メタルボディのDOSどっちゃんを斬った時の独特の感覚。

咲耶の多重防壁を砕き脇腹を突き刺した感覚。

全てが私に伝わる。

その度に大きく映し出される苦痛に歪んだ皆の表情に心が抉られる。

360度モニターの別角度から狂気の表情の自分が映る。

違う、これは私じゃない!

破壊神ヨグトスだ!!

何故皆は反撃をしないんだ。

皆だって今戦っているのは破壊神ヨグトスだと分かっているはずだ。

無抵抗に近い皆を笑いながら斬り付ける自分の姿を何度も何度も何度も何度も何度も見せつけられる。

皆が血だらけで倒れ動かなくなるまで、その光景は続き私の精神はズタズタに引き裂かれる。



『シノブ、親しい友人を傷付ける感触はどんな気分?』



嬉しそうに喋るこの声は破壊神ヨグトスの声だ。

私は咄嗟に叫ぶ。



もう止めて!

これ以上は皆が死んでしまう!!

お願いだから止めてくれ!!



『駄目だよ。君はまだ私のモノになっていない。』



私のモノって何!?

もう散々私の体を支配して皆を傷付けている癖に!

私にはもう喋る事すら出来ない。

これ以上何を差し出せば満足するんだ!!



『君は深層心理でまだ希望を持っている。まだ皆が奇跡を起こすんじゃないかと期待している。私が欲しいのは、君の全てだ。』



冷たい衝撃と恐怖が全身を無数の針で突き刺す様な感覚で流れる。

もう自分ではどうしようも無い。

動く事も出来ないし話す事も出来ない。

声にならない声を叫ぶ事しか出来ない。



全てを差し出すから、皆を助けて!

犠牲になるのは私だけで良いよ!!



画面の中の私が完全回復魔法を使用し皆の傷を癒す。

もしかして私の想いが伝わったのか?傷が癒え皆が立ち上がる。

その瞬間に、先程よりも強い攻撃で私の体を使った破壊神ヨグトスが皆を再度蹂躙し始める。

もはや戦いじゃない。

一方的な殺戮だ。



うわぁぁぁあぁああぁぁあああああぁ!!!



涙を流す瞳が無い。

叫ぶ為の口も声帯も無い。

怒りと絶望と悲しみと・・・

様々な負の感情がダイレクトに突き刺さる。

体が無いのに全身が痛い。

少しずつ自分と言う存在が削り取られている様な感覚が有る。



ザ ザザッ ザーーーー



ノイズの様な雑音が聞こえる。



ザザザザ ザッ ザザザー ザッザ



私の見えていた全ての映像が揺らぎ始めて、ブロックノイズの様に消え始める。



『シノブ!!』



聞き慣れた男性の声が聞こえる。

「シノブ!」
「シノブ!」
「シノブ殿!」
「シノブ!!」

皆の声が私を呼んでいる。

暗闇の先に光の線が見える。

そこから朝日が昇る様に2つ光が大きくなって行く。

眩しいが目を逸らす事が出来ない。

何が起きているんだ?

目の前に無数の光が広がっている。






これは破壊神ヨグトスと戦っていたフロアだ。
そして目の前には傷だらけのミカさん達が居る。何が起きたんだ?

『大丈夫か!?シノブ!!』

ワールドチャットで響く暗黒神ハーデスハーちゃんの声で精神が覚醒する。
意識がハッキリすると、目の前には私の体を剣を突き刺している皆が視界に入った。

自分の体を確認すると、実態が無く透けている様な状態の私が居る。
一般的に幽霊の様な状態とでも言ったらいいのだろうか。

訳が分からないまま暫く思考が停止してしまう。
客観的に今の状況を確認すると、私は幽霊の様な状態で地面に座っている。

目の前には私の本体が有りミカさんとサクラに刀を突きさされ、頭部にDOSどっちゃんの持つ【アグネイヤ】の銃口を向けられて機能停止している。

そして咲耶が後方から回復魔法を使用し皆の傷と癒していた。

客観的に整理しても理解が出来る事は何一つ無かったのだった。
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