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第3話 夜に見る夢

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 自分の部屋に戻りそのままベッドの端に座った。壁にもたれかかって息を一つ吐いたら兄の紅潮した顔を思い出し、まだ熱い自分の性器に自然と手が伸びる。手が触れるとさっきの兄の感触を思い出す。いつも想像していた兄とは何もかも違った。

 想像の中の夜は子どもの頃と同じように優しく、俺を好きだと言ってくれる。俺が嫌だと言ってもせがんでくれる。それは今日俺が夜にしたことそのものだった。
 想像上の夜が耳元で俺を好きだと言う。早く欲しいと俺の腹を撫でて白く美しい夜の手が性器に伸びる。その想像に合わせて自分の性器を扱いた時、夜の胸の匂いと、恐怖に引きつった顔が昔の面影をさらった。

 顔に血液が集まりその熱が目元に集中する。絶対に泣かない、そう決めたから顔を上げ、熱を逃すように短く息をする。上の歯の裏を通り抜ける息はシュッと変な音を出すが、その定期的な異音を遠くの自分が聞いていた。泣かないことに集中し、息を吐き続けるうちに、自分の熱は全部逃げて下半身のもどかしさもどこかへ行ってしまった。今日からずっとこの孤独な虚無感と戦わなければならない。夜が絆されて俺に好きだと言うまでずっと戦い続けなければならないのだ。どうせ叶わないのであればたった一度でもいいから夜との関係が欲しかった。


 いつのまに寝てしまったのか、寝汗で冷えた体と、下半身の違和感で目が覚める。昨日あのまま寝てしまったので夢精をしてしまった。時計を見ると朝5時。下を着替えてそっと階下の風呂に向かう。洗面台で汚れた下着を洗いそのまま洗濯機に放り込みそれをじっと見つめた。
 このままだと気持ちが悪いので風呂に入り、出た時に使ったバスタオルも洗濯機に放り込み罪悪を隠した。

「あら、灯はやいのね?」

「うん、おはよー」

「あらあら、なんかいいことあったの?」

 リビングの戸を開けるなり母が嬉しそうに話しかける。その奥のダイニングテーブルで夜が朝ごはんを食べていた。

「兄さんおはよー、今日はなんかはやいね? もしかしてお風呂入りたかった?」

 別に、兄はそう小さく言ってあからさまに俺の視線を避ける。

「灯が朝から元気なんて久しぶりね、夜は相変わらず無愛想だけど」

 事情のわからない母は夜の神経を逆撫でしていく。昨日の一件がなくてもなんら変わりのない朝だった。昔と違い夜は必要以上に俺と話さない。昨日までと違う点といえば、兄を取り巻く空気に侮蔑の色が混じっていることくらいだった。

「昨日眠れないって言ったら兄さんが一緒に寝てくれたんだよ? ありがとね」

 その言葉に夜がビクッと体を硬らせる。いつもと同じ朝を望む一方で、そうやっていつもの朝にされることも許せなかった。

「灯はやっぱり変わらないわねぇ。お父さん出張してるのがそんなに寂しいの?」

「うん、でもこれからも眠れなかったら兄さん一緒に寝てくれるって……」

 その言葉を待たずして大きな音を出しながら夜が立ち上がった。拳を握りしめ腕を震わせている。

「兄さん、もう学校行く? 俺も一緒に行ってもいい?」

 夜は俺の言葉を無視して玄関に向かう。それを追いかけようとしたら母に呼び止められた。

「灯は朝ごはんを食べなさい? 夜は反抗期がないと思ってたけど、少し遅かっただけみたいね……」

 母は申し訳なさそうに俺の顔色を窺いながら言う。

「夜は?」

「灯はこの前までそうだったでしょ? いつもムスーっとして……夜も多分本心じゃないからあんまり気にしないでね」

「うん、わかってるよ。だって昨日一緒に寝てくれたんだよ? それ言われたの恥ずかしかったのかもしれない」

「そうね、そうね……」

 母がこんなに気を使うほど夜の様子はおかしく、辛辣だった。こうなったすべての原因を知っているくせに、母の誤解を解こうともしない自分の不遜さに苛立ちに似た悲しみが込み上げる。上を向いて何度か息を吐き出して、俺は朝ごはんをかき込む。大学生の兄とは違い俺は制服のブレザーに袖を通す。

 高校もあともうあと一年で卒業だ。兄も来年社会人になる。だから兄と離れる前にできることをちゃんとやりたい。

「お母さん、いってきます!」
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