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第30話 アデルの秘密
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ミオがその幼い眼差しで、俺の腕を取り返しに行こうと言う。その真っ直ぐな瞳を見つめ返すことができなかった。きっと俺の名誉を取り返しに行こうと言っているのだろう。しかしアデルに向けられた憎悪の眼差しを、その事実を見つめる勇気がなかった。
「腕は俺とユキが回復魔法をかけておいた。血は抜けても腐敗は進まない。だから取り戻したら元に戻すことができる」
ミオは熱心に説得するが、俺は素直に頷くことができなかった。アデルは俺がこの大陸で惨めに生きることを望んでいる。このまま会わないことこそが彼への贖罪になるのではないか。
「片手でも……稼げるように考える……」
「そんなことを言ってるんじゃない! アデルはなにを望んでここにきたと思う? 連絡船が無くなるって聞いて飛んできた。レジーに会えるのが最後かもしれない、そう思って船に飛び乗ってきたんだ!」
俺を辱めなければ気が済まなかった、それくらいしか思えなかった。
「レジーを信じてたんだよ! 心のどこかで皇紀の言葉を信じられずに……連絡船に乗ったんだよ……」
ミオが俺の手になにかを置いた。それを顔の前に近づけてみる。昨日アデルに投げつけられた家の紋章だった。アデルの小さな手に託した、甲冑の留め具。
「レジーは白か黒かで物事を分けて、少しでも濁りがあれば黒だと、アデルが信じたかった事実を言わなかった」
ミオの言葉で、アデルの視線に入り混じっていた別の感情が徐々に鮮明になる。
「ねぇ、レジー。あの日港に集まった人達を見たならば、レジーがどれだけ国に尽くしていたのかなんて、誰にでもわかるよ。でもアデルはそれを見ることもなく、頼れる人もいなくて、ずっとずっと、ひとりぼっちだったんだ」
それは俺やミオが抱えていた秘密と同じだった。俺は皇帝に、ミオは俺に、抱いていた本当の欲望を隠し、しかしそれを隠すことによって大胆にもなれた。俺は双腕となることで皇帝の側で、ミオは少年の体で俺の側で、大胆にも自分の願望を叶えることができたのだ。
「レジーに……助けて欲しかったんだよ……」
アデルは秘密を帝国に隠したまま大胆にも海を渡り、真実を確かめにきた。たった1人で。
俺は留め具を握りしめ、ミオを見た。ミオはそれでわかってくれた。横たわっていた俺を起き上がらせ、胸に顔を抱く。
「レジー、俺のレジー。レジーの兄弟は俺の兄弟、そうだろ?」
「ああ、ミオ。ミオも一緒に海を渡ってくれ。そして、俺とアデルを……」
「うん、うん……」
2人で新しい服に袖を通した時、玄関から物音がした。ミオが駆け出しドアから顔だけを出す。
「メア、ユキ!」
「ミオ! レジーを慰めてやれたか?」
メアの声にミオは後ろ姿からでもわかるくらい動揺していた。
「ははっ、その顔は成功した顔だな」
「姉様、レジーもいるんですよ!」
ユキの戸惑いの声が聞こえたところで、ミオを押しのけメアが部屋に入ってきた。着替えたとはいえ、荒れたベッドが情事の後だと証明していて、恥ずかしさから俯いてしまう。
「竜神に会いたいなんて夢見る乙女のような奴は、押しに弱い。納屋でミオに結婚報告したときに、そうアドバイスしてやったんだ」
「ね、姉様!」
「そんな乙女が体を使って、権力を手に入れたがるわけがない。そうだろ?」
俺が顔をあげると、メアは困ったように笑った。その表情で、俺とミオの行く末をどれだけ案じていたのかを知る。きっと野営地のテントの前で雨に打たれた日からずっと、メアもユキも心配してくれていたのだ。それにアデルからの話を俺以上に冷静に受け止めてくれていた。
「女オークの勘は鋭い……」
「こう見えて私も乙女だからな。乙女が押しに弱いのは先日の報告通りだ。私だけでは癪だったからな」
メアは優しく笑う。だから俺も顔が綻んだ。そして、見舞いに来たというには物々しいメアとユキの装備に疑問を抱く。
「メアもユキも、これからクエストにでも行くのか?」
「ハネムーンで帝国へ。レジーが反対しても、私とユキは腕を取り返しに行くぞ」
俺は開いた口がふさがらず、ミオを見てしまう。
「すごい! この大陸のトップランカーが帝国で大暴れだ!」
ミオは目を輝かせて無邪気に笑う。
「レジーも行くか?」
メアの有無を言わさぬ力強い視線が俺を射抜く。
「嬉しくて泣き出しそうだ」
「ははっ、じゃあミオ。また慰めてやれ。しかしその前に帝国の船を確認しに行くぞ。レジーの弟の話では定期便が不安定になっているらしいからな」
俺はミオとメアに支えられながら、立ち上がる。そこでようやくユキの正面に立った。その優しい眼差しに、昨日の報告を思い出した。
「ミオと共に生きていく。ユキ、未熟な俺たちを助けてくれ」
「レジー、そういうのは腕を取り返してから報告して。なんか、僕。今泣き出しそうだよ」
昨日ユキにもらった感動を、まさかこんなにはやく返すことができるとは思わなかった。
「じゃあメアに慰めてもらわなければな」
「私に慰めてもらおうなんて百年早いんだよ!」
いつものメアの怒鳴り声に、全員が笑い、ひとまず街へ出て船の手配に向かった。
「腕は俺とユキが回復魔法をかけておいた。血は抜けても腐敗は進まない。だから取り戻したら元に戻すことができる」
ミオは熱心に説得するが、俺は素直に頷くことができなかった。アデルは俺がこの大陸で惨めに生きることを望んでいる。このまま会わないことこそが彼への贖罪になるのではないか。
「片手でも……稼げるように考える……」
「そんなことを言ってるんじゃない! アデルはなにを望んでここにきたと思う? 連絡船が無くなるって聞いて飛んできた。レジーに会えるのが最後かもしれない、そう思って船に飛び乗ってきたんだ!」
俺を辱めなければ気が済まなかった、それくらいしか思えなかった。
「レジーを信じてたんだよ! 心のどこかで皇紀の言葉を信じられずに……連絡船に乗ったんだよ……」
ミオが俺の手になにかを置いた。それを顔の前に近づけてみる。昨日アデルに投げつけられた家の紋章だった。アデルの小さな手に託した、甲冑の留め具。
「レジーは白か黒かで物事を分けて、少しでも濁りがあれば黒だと、アデルが信じたかった事実を言わなかった」
ミオの言葉で、アデルの視線に入り混じっていた別の感情が徐々に鮮明になる。
「ねぇ、レジー。あの日港に集まった人達を見たならば、レジーがどれだけ国に尽くしていたのかなんて、誰にでもわかるよ。でもアデルはそれを見ることもなく、頼れる人もいなくて、ずっとずっと、ひとりぼっちだったんだ」
それは俺やミオが抱えていた秘密と同じだった。俺は皇帝に、ミオは俺に、抱いていた本当の欲望を隠し、しかしそれを隠すことによって大胆にもなれた。俺は双腕となることで皇帝の側で、ミオは少年の体で俺の側で、大胆にも自分の願望を叶えることができたのだ。
「レジーに……助けて欲しかったんだよ……」
アデルは秘密を帝国に隠したまま大胆にも海を渡り、真実を確かめにきた。たった1人で。
俺は留め具を握りしめ、ミオを見た。ミオはそれでわかってくれた。横たわっていた俺を起き上がらせ、胸に顔を抱く。
「レジー、俺のレジー。レジーの兄弟は俺の兄弟、そうだろ?」
「ああ、ミオ。ミオも一緒に海を渡ってくれ。そして、俺とアデルを……」
「うん、うん……」
2人で新しい服に袖を通した時、玄関から物音がした。ミオが駆け出しドアから顔だけを出す。
「メア、ユキ!」
「ミオ! レジーを慰めてやれたか?」
メアの声にミオは後ろ姿からでもわかるくらい動揺していた。
「ははっ、その顔は成功した顔だな」
「姉様、レジーもいるんですよ!」
ユキの戸惑いの声が聞こえたところで、ミオを押しのけメアが部屋に入ってきた。着替えたとはいえ、荒れたベッドが情事の後だと証明していて、恥ずかしさから俯いてしまう。
「竜神に会いたいなんて夢見る乙女のような奴は、押しに弱い。納屋でミオに結婚報告したときに、そうアドバイスしてやったんだ」
「ね、姉様!」
「そんな乙女が体を使って、権力を手に入れたがるわけがない。そうだろ?」
俺が顔をあげると、メアは困ったように笑った。その表情で、俺とミオの行く末をどれだけ案じていたのかを知る。きっと野営地のテントの前で雨に打たれた日からずっと、メアもユキも心配してくれていたのだ。それにアデルからの話を俺以上に冷静に受け止めてくれていた。
「女オークの勘は鋭い……」
「こう見えて私も乙女だからな。乙女が押しに弱いのは先日の報告通りだ。私だけでは癪だったからな」
メアは優しく笑う。だから俺も顔が綻んだ。そして、見舞いに来たというには物々しいメアとユキの装備に疑問を抱く。
「メアもユキも、これからクエストにでも行くのか?」
「ハネムーンで帝国へ。レジーが反対しても、私とユキは腕を取り返しに行くぞ」
俺は開いた口がふさがらず、ミオを見てしまう。
「すごい! この大陸のトップランカーが帝国で大暴れだ!」
ミオは目を輝かせて無邪気に笑う。
「レジーも行くか?」
メアの有無を言わさぬ力強い視線が俺を射抜く。
「嬉しくて泣き出しそうだ」
「ははっ、じゃあミオ。また慰めてやれ。しかしその前に帝国の船を確認しに行くぞ。レジーの弟の話では定期便が不安定になっているらしいからな」
俺はミオとメアに支えられながら、立ち上がる。そこでようやくユキの正面に立った。その優しい眼差しに、昨日の報告を思い出した。
「ミオと共に生きていく。ユキ、未熟な俺たちを助けてくれ」
「レジー、そういうのは腕を取り返してから報告して。なんか、僕。今泣き出しそうだよ」
昨日ユキにもらった感動を、まさかこんなにはやく返すことができるとは思わなかった。
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