幽閉塔の早贄

大田ネクロマンサー

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3部 王のピアノと風見鶏

第4話 疼く体 ※

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 マリーは俺より年上だった。強制就労で男も女も、大人も子どもも関係なく働かされ、成果の上がらないものは肉が弾けるまで鞭で打たれた。夕方になると領主一味が村から引き揚げる。だから村にとって夜だけが人として安寧を感じる瞬間だった。マリーは夜になるとピアノを弾く。それは1度だけ昼間に弾いて領主に鞭で打たれそうになったことがあったからだ。昼間にピアノを弾いたことがバレた時、俺が弾いたと嘘をつき制裁を受けた。マリーの綺麗な背中を守りたかったのだ。しかしマリーの背中を見たのは、この後ただの1度だけ。
 俺が身代わりに打たれたことを心のどこかで後悔している気がするのだ。俺も、そしてマリーも。


 思い出したくもないことを夢に見て、汗だくになって起きる。そして息苦しさで猿ぐつわがされていることを思い出した。

「起きたか? お前はよく気を失うな。アシュレイと同じで血の気が多すぎるのではないか?」

 起き上がろうとするが、全く動けない。一体魔人はどうなっているのだ。俺が知る限り魔人と庸人の違いは炎を出すことと、体格の違いくらいだ。

「テオの友情に感謝するんだな。具体的なお前の動機ははぐらかされたよ。領主が村ごと隷属化し、危険な薬の栽培をしていることなんかでは、お前が領主を殺す動機にはならんだろう」

 安堵と焦燥が入り混じり、混乱する。なんでもないことのように言うが、この国にもその薬を卸しているはずだ。先日の騒動もそのルートで傭兵の契約が交わされたに違いない。持ちつ持たれつで表向き傭兵の貸与で成り立っているように見せかけて、秘密裏に薬を売りつけているのだ。

「テオはなんとか村を救ってやりたいと言っていたぞ。しかし今がその時でないのはお前もわかっているはずだ、とも言っていた。そして今回の動機は自分の口からは言えないが、個人的な恨みであって政治的な理由はないと。その真偽にテオの命をかけると」

 その言葉でさっきテオを疑ったことを酷く後悔する。国王は俺の横に座って一息ついた。

「いい友を持ったな」

 国王の声色は、嬉しそうであり、どこか悲しい響きもあった。

「お前にとってはこの国などどうでもいいことかも知れんが、テオに免じて……この国で領主への恨みを晴らすことはやめてもらえんか……」

 国王らしからぬだらしのない口調で、最も国王らしいことを言う。俺はこの時、自分もあの豚野郎と同じだと思った。回廊の天井に張り付いている時、自身の商いで政治問題になっているにもかかわらず、金を無心する豚野郎の薄汚さに辟易した。自分はといえば、政治問題に発展しかねないタイミングで個人的な恨みを晴らそうとしていたのだ。

「リアム……綺麗な名だな。すまんが明日までこの部屋に閉じ込めさせてもらうぞ。テオの家に身を寄せてもらおうかとも思ったが……お前を庇うあの態度からじゃ、預けるにも心許なくてな」

 テオは俺を庇って命をかけてくれた。その事実で俺はマリーの白い背中を思い出す。国王は1番触れて欲しくないタイミングで俺の猿ぐつわを外した。

「はっ、はっ、はぁっ……」

「本当に血が気が多いな。なんだ、どこか痛むのか」

「さ……さわる……な……」

 急激に体が熱くなり、記憶の断片で目の前が埋め尽くされる。あの香の匂い、途切れたピアノ、服を破かれる音、そしてマリーの綺麗な背中。自分の呼吸音ひとつひとつが、あの日の音を繰り返し鳴らす。ピアノの続きが聞きたい。夜なのになぜ、なぜ、なぜ!

「おい、少し触るぞ」

「やめろ豚野郎!」

 国王は俺が動けないことをいいことに好き勝手触り、俺の服を脱がした。鞭で打たれた背中の傷を見てどうせかわいそうだと蔑むのだろう。どうでもいいから指一本触れるな、そう叫びたいのに。背中に触れられた時、息を飲んだ。

「草を喰む奴は、みんな不器用だな。こんなにして、なんの苦行なんだ」

 触り方がおかしかった。国王は俺を後ろから抱き寄せ、自分でもあまり触れない足の付け根に手を這わす。

「はぁっ……やめろ……! やめろって言ってんだろ、豚野郎!」

「ヤギに豚と罵られるとはな。誰を思い出したんだ。名を言ってみろ」

「ああっ、ああっ、やめろ! 俺は! 俺は!」

「お前はなんだ。じゃあ自分でやるか?」

「放っておけば……おさまるんだ……手を離せっ……お前らのような……」

「お前ら?」

「俺は違う! 違う! 違う! 違う!」

「ああ、ああ。わかったわかった。ヤギはメーメーうるさいぞ」

 王は俺を仰向けにして覆いかぶさった。その巨体で自分自身がすっぽり影に隠れてしまう。しばらく俺はその影の中で自分自身の呼吸音だけを聞いた。

「そうやっていつもやり過ごしているのか?」

 答える必要はないと思った。しばらくすればこの熱はどこかへ消える。それを待てばいいと思っているのに、さっき触れられた感触がいつまでも離れない。マリーの背中が頭から離れないのだ。
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