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心の形
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「椎名君かっこいいよぉ……」
人生で初めての感覚と椎名君におじさんはもうメロメロだった。
「ほら、拭いてやるからちゃんとピシッとしろよ」
「はい……」
急に厳しい。シュンと俯いて椎名君がかけた体液を拭ってくれる。おじさんはこのままでもいいんだけどな、とは流石に言えなかった。
「ほら」
そう言って椎名君はまた僕を引き寄せて肩を抱いてくれる。椎名君のいい体に包まれ、自分が下半身丸出しなのも気にならないくらいには幸せだった。
「こういう時間必要だろ?」
「はい……もっと……こうしてたい……」
「わかってんならいいんだよ」
ぶっきらぼうな言葉とは裏腹に、椎名君が僕の素肌に触れる手はとても熱く、優しい。
「おっさはさ……」
椎名君はそこから少し黙った。僕は何を言われるかビクビクして、そっと椎名君を見上げる。
「またそんな顔して、なんなんだよ」
「ど、どんな顔?」
椎名君はまた短い唸り声を上げて僕にキスをする。柔らかい唇、熱い舌、椎名君の匂い。そして椎名君がそうして浮き彫りになる椎名君の心の形。なにもかもが信じられないくらいキラキラしている。
そっと唇を離した椎名君が満足そうに笑う。
「こっちの顔の方がいい」
「椎名君は……いつもかっこいい……」
椎名君が鼻を掻いて、独特の顔で笑う。そして立ち上がろうと僕の腰あたりを掴んだ時に、もう少しこうしていたくて、少し抵抗した。椎名君は、お? と漏らしてまたさっきの姿勢に戻ってくれる。
椎名君は、椎名君は、椎名君は!
僕のおねだりが好きなのかな……。
「椎名君……来週は……お風呂入ってから……その……」
椎名君は僕を抱き寄せて、うん、と呟く。
「そういえば……予備校って何曜日?」
「月水金」
「じゃ、じゃあオプションは水曜日とかどうですか?」
週の半ばに会えるなら途中チャージで来週まで生き延びられる。
「うん」
「じゃあ月火で鏡入荷して、どっちがいいか水曜に一緒に選ぼう? それで土日のどっちかで2人でDIYして、部屋を大改造しよう!」
椎名君の目がキラキラになって嬉しい。でもすぐに目を細めて僕にキスをする。
「ご飯食べよっか」
「はい!」
食事は昨日とは違ってあれやこれやと計画で忙しかった。椎名君が目を輝かせてワクワクしているのがすごく嬉しくて、僕はついつい喋り過ぎてしまった気がする。今週は部屋に鏡がないこと、予備校に戻るから勉学に励むことから、渡した僕の家の鍵でこの部屋を使うのは来週からになった。そんなことを細々話していたら、あっという間に椎名君が帰る時間になってしまって、口には出さなかったけどすごく寂しかった。テーブルを見ながら呟く。
「水曜日楽しみだな……」
「おっさんは会社帰りに来てくれるの?」
「うん、椎名君の制服姿すごく楽しみ」
「俺もおっさんのスーツ姿好きだよ」
好き、その言葉に過剰反応してガッバァ顔をあげた。
「え? え? なに?」
「椎名君は……」
なんで僕を好きになってくれたの? そう聞こうとしたけど飲み込んだ。椎名君の心の形をそんな軽々しい言葉で形容したら、このキラキラが失われてしまうように感じたのだ。
「いつもかっこいい……」
「今、ぜってー違うこと言おうとしただろ?」
本当は怖い。椎名君の気持ちが一過性のものに過ぎないということを認めるのが。
「すぐ、その顔になる。こっちこいよ」
はやく、そう言われて立ち上がる。椎名君も立ち上がり両手を広げて待っている。おずおずと椎名君の腕の中におさまる。おじさんは椎名君のいいなりだ。でもそれがすごく嬉しい。
僕の顔を覗き込んで椎名君が、お?と声を漏らす。顔を上げて椎名君にキスをせがんだら、すごく嬉しそうな顔で近づいて僕のほっぺたに鼻をつけた。僕の唇にキスをしたら椎名君が呟く。
「こっちの顔の方がいい」
指摘されてる顔も、こっちの方がいいと言われる顔もわからなかった。
「じゃあそろそろ帰るわ。明日から予備校だしな」
面倒臭そうに言うけど、その瞳がキラキラしていて嬉しくも寂しくも感じる。椎名君は心のどこかで友達に会いたいと願っていたのだ。椎名君が僕の顔を見て口を開きかけたその時、僕は意を決して言った。
「椎名君が帰るのが寂しいからだよ。こんな顔になっちゃうの。だから、水曜日まで頑張って仕事してはやく会いたい」
椎名君は鼻を掻いて俯いた。
「俺も」
年の功で繰り出される嘘は、簡単には見破られない。僕は自分の中にそういった傲慢があることに気がつかなかった。椎名君の心を繋ぎ止めるにはどうしたらいいだろう。そう考えた瞬間から、自分の中の憧れが変色していったことにこの時理解も及ばなかった。
月曜日の朝というのは特別な成果がない限りいつも憂鬱なものである。しかも朝からビリングチームのマネージャーから呼び出しをくらった。
「須藤さんのところの黒崎さんからやたらめったら数値取得の依頼が来るんですけど。本来私どもの仕事としてはポイント付与などの業務が中心で、数値取得のためのリソースではないんですよ」
黒崎さんとは最近入社した黒船マーケターのことである。
「ああ、すみません。彼も今転職したてで右も左もわからないみたいで、それで直接依頼が行ってしまったんだと思います」
「そういう教育もうちのチームの仕事ではないので、ちゃんと須藤さんを通して依頼をするように言ってもらってもいいですか?」
うちのチーム。その響きに多少心がかき乱されたが、表情を崩さず謝ってその場をうやむやにした。
席に戻るなり黒船マーケター黒崎さんが僕の席に駆け寄ってきた。
「須藤さん、今週何曜日なら空いてますか?」
心の中でズコーというマンガ的な効果音が鳴る。てっきりビリングチームに怒られたことを気にして駆け寄ってくれたと思った。でもあれを直接言ってもなんの解決にもならないからちょうどいいかと感じる。
「月木かな、あ! 月曜って今日だねごめん」
「いえ、今日でも大丈夫ですか? お店いつでもいいように席だけ確保してあるんで」
「え……そんなことできるの? っていうか今日かもしれないって1週間分の予約をしてくれたの?」
「いえいえ、友達の店で。軽く話しておいたんですよ。会社からも近いので今日の帰りどうですか?」
そんな都合よく会社の近くに友達の店なんかあるものだろうか? なんだか色々と不自然で一瞬黙ったら、黒崎さんが伏し目になって、気を落としたことがわかった。
「ありがとう、じゃあ今日帰り一緒に上がろう。そういえばさ、なんま数値解析してたじゃない。あれってなに調べてるの?」
黒崎さんは眩しい笑顔で、彼の仕事っぷりを説明してくれた。
人生で初めての感覚と椎名君におじさんはもうメロメロだった。
「ほら、拭いてやるからちゃんとピシッとしろよ」
「はい……」
急に厳しい。シュンと俯いて椎名君がかけた体液を拭ってくれる。おじさんはこのままでもいいんだけどな、とは流石に言えなかった。
「ほら」
そう言って椎名君はまた僕を引き寄せて肩を抱いてくれる。椎名君のいい体に包まれ、自分が下半身丸出しなのも気にならないくらいには幸せだった。
「こういう時間必要だろ?」
「はい……もっと……こうしてたい……」
「わかってんならいいんだよ」
ぶっきらぼうな言葉とは裏腹に、椎名君が僕の素肌に触れる手はとても熱く、優しい。
「おっさはさ……」
椎名君はそこから少し黙った。僕は何を言われるかビクビクして、そっと椎名君を見上げる。
「またそんな顔して、なんなんだよ」
「ど、どんな顔?」
椎名君はまた短い唸り声を上げて僕にキスをする。柔らかい唇、熱い舌、椎名君の匂い。そして椎名君がそうして浮き彫りになる椎名君の心の形。なにもかもが信じられないくらいキラキラしている。
そっと唇を離した椎名君が満足そうに笑う。
「こっちの顔の方がいい」
「椎名君は……いつもかっこいい……」
椎名君が鼻を掻いて、独特の顔で笑う。そして立ち上がろうと僕の腰あたりを掴んだ時に、もう少しこうしていたくて、少し抵抗した。椎名君は、お? と漏らしてまたさっきの姿勢に戻ってくれる。
椎名君は、椎名君は、椎名君は!
僕のおねだりが好きなのかな……。
「椎名君……来週は……お風呂入ってから……その……」
椎名君は僕を抱き寄せて、うん、と呟く。
「そういえば……予備校って何曜日?」
「月水金」
「じゃ、じゃあオプションは水曜日とかどうですか?」
週の半ばに会えるなら途中チャージで来週まで生き延びられる。
「うん」
「じゃあ月火で鏡入荷して、どっちがいいか水曜に一緒に選ぼう? それで土日のどっちかで2人でDIYして、部屋を大改造しよう!」
椎名君の目がキラキラになって嬉しい。でもすぐに目を細めて僕にキスをする。
「ご飯食べよっか」
「はい!」
食事は昨日とは違ってあれやこれやと計画で忙しかった。椎名君が目を輝かせてワクワクしているのがすごく嬉しくて、僕はついつい喋り過ぎてしまった気がする。今週は部屋に鏡がないこと、予備校に戻るから勉学に励むことから、渡した僕の家の鍵でこの部屋を使うのは来週からになった。そんなことを細々話していたら、あっという間に椎名君が帰る時間になってしまって、口には出さなかったけどすごく寂しかった。テーブルを見ながら呟く。
「水曜日楽しみだな……」
「おっさんは会社帰りに来てくれるの?」
「うん、椎名君の制服姿すごく楽しみ」
「俺もおっさんのスーツ姿好きだよ」
好き、その言葉に過剰反応してガッバァ顔をあげた。
「え? え? なに?」
「椎名君は……」
なんで僕を好きになってくれたの? そう聞こうとしたけど飲み込んだ。椎名君の心の形をそんな軽々しい言葉で形容したら、このキラキラが失われてしまうように感じたのだ。
「いつもかっこいい……」
「今、ぜってー違うこと言おうとしただろ?」
本当は怖い。椎名君の気持ちが一過性のものに過ぎないということを認めるのが。
「すぐ、その顔になる。こっちこいよ」
はやく、そう言われて立ち上がる。椎名君も立ち上がり両手を広げて待っている。おずおずと椎名君の腕の中におさまる。おじさんは椎名君のいいなりだ。でもそれがすごく嬉しい。
僕の顔を覗き込んで椎名君が、お?と声を漏らす。顔を上げて椎名君にキスをせがんだら、すごく嬉しそうな顔で近づいて僕のほっぺたに鼻をつけた。僕の唇にキスをしたら椎名君が呟く。
「こっちの顔の方がいい」
指摘されてる顔も、こっちの方がいいと言われる顔もわからなかった。
「じゃあそろそろ帰るわ。明日から予備校だしな」
面倒臭そうに言うけど、その瞳がキラキラしていて嬉しくも寂しくも感じる。椎名君は心のどこかで友達に会いたいと願っていたのだ。椎名君が僕の顔を見て口を開きかけたその時、僕は意を決して言った。
「椎名君が帰るのが寂しいからだよ。こんな顔になっちゃうの。だから、水曜日まで頑張って仕事してはやく会いたい」
椎名君は鼻を掻いて俯いた。
「俺も」
年の功で繰り出される嘘は、簡単には見破られない。僕は自分の中にそういった傲慢があることに気がつかなかった。椎名君の心を繋ぎ止めるにはどうしたらいいだろう。そう考えた瞬間から、自分の中の憧れが変色していったことにこの時理解も及ばなかった。
月曜日の朝というのは特別な成果がない限りいつも憂鬱なものである。しかも朝からビリングチームのマネージャーから呼び出しをくらった。
「須藤さんのところの黒崎さんからやたらめったら数値取得の依頼が来るんですけど。本来私どもの仕事としてはポイント付与などの業務が中心で、数値取得のためのリソースではないんですよ」
黒崎さんとは最近入社した黒船マーケターのことである。
「ああ、すみません。彼も今転職したてで右も左もわからないみたいで、それで直接依頼が行ってしまったんだと思います」
「そういう教育もうちのチームの仕事ではないので、ちゃんと須藤さんを通して依頼をするように言ってもらってもいいですか?」
うちのチーム。その響きに多少心がかき乱されたが、表情を崩さず謝ってその場をうやむやにした。
席に戻るなり黒船マーケター黒崎さんが僕の席に駆け寄ってきた。
「須藤さん、今週何曜日なら空いてますか?」
心の中でズコーというマンガ的な効果音が鳴る。てっきりビリングチームに怒られたことを気にして駆け寄ってくれたと思った。でもあれを直接言ってもなんの解決にもならないからちょうどいいかと感じる。
「月木かな、あ! 月曜って今日だねごめん」
「いえ、今日でも大丈夫ですか? お店いつでもいいように席だけ確保してあるんで」
「え……そんなことできるの? っていうか今日かもしれないって1週間分の予約をしてくれたの?」
「いえいえ、友達の店で。軽く話しておいたんですよ。会社からも近いので今日の帰りどうですか?」
そんな都合よく会社の近くに友達の店なんかあるものだろうか? なんだか色々と不自然で一瞬黙ったら、黒崎さんが伏し目になって、気を落としたことがわかった。
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