生きるのがツラくてなにが悪い!

大田ネクロマンサー

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本当の話題

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「あの、須藤さん……!」

 黒崎さんの言葉を遮って、料理が運ばれてきた。そして僕のスマホがブルブルしてたからジェスチャーで確認していいか聞いた後画面を開いた。

椎名:おっさん今なにやってるの?

 予備校が終わったのかな? 時間を見たら21時だった。

須藤:会社の人と飲んでるよ。予備校はどうだった?

「彼女さんですか? 今日本当に大丈夫でしたか?」

「ああ、うん。あっちも用事があったから」

 椎名君が返信を返してくれなくてソワソワする。もしかして会社の人と飲んでるというのがよくなかったか、それとも予備校で一波乱あったのか気になって仕方がなかった。

「彼女さん今なにしてるんですか?」

「予備校終わったと思うんだけど、なんかまずいこと書いちゃったかな……」

 曖昧に笑ってスマホを伏せてテーブルに置いた。

「予備校……?」

 黒崎さんの不信感丸出しの顔で、体中から変な汗が吹き出る。全然伏せられてない!!! あれ? 今僕予備校って言ったっけ? 

「未成年と付き合ってるんですか?」

 もうダメだ! 言い逃れができない!

「いや、付き合ってるとかそういうのではなくて……その……親戚の子なんだ!」

「親戚……」

 カオス……!

「その……親戚の女子高生が好きなんですか?」

 高校生以外全然違うオプションがついてて逆に笑えるんだが、笑ってる場合じゃない!

「いや……ごめん……自分でもおかしいとは思ってるんだけど……放っておけないというか……」

「いえ、こっちこそ変な詮索してすみません……」

 お洒落な空間にそぐわない重い沈黙が横たわる。そこに助け舟を出してくれたのは黒崎さんだった。

「それは……こどもを見守る親の心境なんですかね……?」

 僕はガッツリその船の端を掴んだ。

「そうかもしれないね。独り身を拗らせちゃって……なんか形容し難い関係で。も、もちろんやましい関係ではないよ!」

「よかった。今日須藤さんをここに誘ったの下心があったから……」

 助け舟が沈んだっ!
 切なげな顔で黒崎さんが見つめる。なんで!? 今までそんな雰囲気ひとつも出してなかったじゃない! なんで!? よく見るとびっくりするくらい色気あるな、黒崎さん!

「すみません……俺……」

 黒崎さんの声を遮りけたたましく通話許可のアラートが鳴る。びっくりしてスマホを持つが、慌てすぎて宙で3回転くらい舞った。掴んだ時に通話許可とスピーカーをオンにしてしまい、大音量で椎名君の不機嫌な声が響き渡る。

『おっさんどこで飲んでるんだよ。まさか男と2人っきりじゃねーよな?』


 もう完全に終わった。全方向で終わった。


「椎名君、ごめん後でかけ直すから。ごめんね」

 椎名君の回答を聞かず僕は通話を終了した。怖くて黒崎さんの顔を見られない。肩幅が縮まり、震えていた。

「男子高校生だったんですね。もしかして親戚でもないんですか?」

 黒崎さんはすごいな。そんな優しい声出して。

「うん……ついでに、本気だよ……。ごめん、こんなこどもっぽい嘘ついて」

 最初にこれを隠さず言っておけば、黒崎さんが下心があるなんて言わなくても済んだのに。

「そんな……謝らないでください。どの道、下心があるまま毎回誘えないと思って今日ちゃんと言うつもりだったんです」

 なんて大人な対応なんだ……。それに引き換え、男子高校生にお熱な中年男性はどんだけ間抜けで非常識なんだ。

「でも、男性も対象って知れてよかったです。今日仕事の話でやっぱり、須藤さんのこと好きだなって思えたんで」

 なんでこのタイミングでモテ期来るの? おじさんはモテたことないから断り方もわからないのですが。

「あの……」

「困らせてすみません……その、男子高校生とはいつからお付き合いというか……」

 お付き合いもなにも……去年の暮れくらいから一方的にダンスを見るようになって。先週から話すように……。こう考えるとなんか気持ちが悪いな僕は……ストーカーじゃん。

「先週から……話すようになって……」

「その前から知り合いだったんですか?」

「いえ……僕が一方的に好きなだけというか……話しかけてもらうまで高校生だったって知らなかったから……」

 歯切れが悪いのにも程がある。でも、あの時椎名君が話しかけてくれなかったら、僕はずっと若い子という認識のまま漠然とあのキラキラに憧れを抱いていただけだろう。

「タッチの差だったんですね……先週勇気を出して誘っておけばよかった。そうしたら俺も候補に入れましたか?」

「候補なんて! そんな! 冷静に考えてよ、こんなおじさんなにがいいの!?」

 どう考えても、ここのオーナーの方がかっこいいだろう。僕なら100%幼馴染にアタックするよ。実績ありで玉砕済みだよ!

「そうやって、自分を押し殺して。でも陰では会社のことを考えて。誰に頼まれるわけでも労われるわけでもないのに、数値解析をして忍耐強く全員が幸せになることを考えてる」

 黒崎さんは伏し目がちに淡々と僕の心をくすぐることを言う。

「会社に入ってすぐの頃、須藤さんの共有ストレージ見たんです。色んな角度から数値解析されてて、この前の企画の時にてっきりその数値を出すのかと思ったら、出さずに案件を進めた」

「僕は臆病なだけで……」

「でも商品開発部の人にも喜んでもらえたし、KPIも達成できていた。須藤さんは他の人の仕事を尊敬していて、それを本当に求めてる消費者に届くことを本気で願ってるんだと、そう感じました」

 黒崎さんにそういう人間であって欲しいと願っていたことを全文言われて、押し黙ってしまった。

「前職では、こういってはなんですが目新しいことと新しい概念で実績を作ることが最優先で……正直クライアントはおろか、ユーザーにも敬意を払ってなかったと思います」

 ここで急に目頭が熱くなってきて慌てて上を向く。

「今日言ったことは、多分須藤さんを困らせることしかできないかと思うので一旦忘れていただいて。またこうやってお仕事のお話させてもらえませんか? 企画は発明的側面もあるので、もし切り口とかの考察でお役に立てれば……」

 僕は黙って頷いた時に涙を溢した。ずっと孤独に戦ってきた。転職してくる人たちは、誰も本気で取り合ってくれなかった。自分の実績を残すことに一生懸命で、日夜頑張ってる商品開発部の人や、我が社の製品を買ってくれる善良なユーザーの幸福など、見向きもしなかった。

「会社に……格別な思い入れがあるわけではないんだけど……ぐすっ……みんなが一生懸命働いてるのに……うっ……会社が沈んじゃうのは……ふっ……嫌なんです……」

 涙脆いとはいえ、自分でもドン引きした。なんでこんな号泣してるの……。

「黒崎さんにも……助けて欲しい……ひーん」

 本心だった。度重なる転職者の心ない企画に翻弄され、部署はおろか会社が疲弊していた。頑張っているなんてそんな精神論ではどうにもできないところまできてしまった。毎日感じる虚無感。それは全社がそれにかけると満場一致で賛同できるような企画を作れない自分の実力不足に薄々勘付いていたからだ。それを見つめる勇気さえなかった。
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