生きるのがツラくてなにが悪い!

大田ネクロマンサー

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黒船強襲

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 ハンカチで涙を拭った。本当になんで泣いてるんだ。自分の涙脆さに半ば呆れていたら、体全体が温かいもので包まれた。ハンカチから顔を離すと黒崎さんの肩が目の前にある。

「え!? ちょ!?」

「忘れてくださいというのは、なしでお願いします」

「ええ!?」

 なんか勘違いさせること言った!? っていうか泣いたら抱きしめてもらえるっていうシステムがあるなら、今まで誰も抱きしめてくれなかったのおかしくない?!

「迷惑なのはわかってます。好きでいることは許してください」

「さ、さっきも言ったけど……僕は……」

「わかってます……」

 黒崎さんが体を離しながら名残り惜しそうに見る。その大人の色気たるや! 黒崎さん僕より年下だよね!? 面接で33歳って言ってたよね!?

「この歳になって人を好きになるなんて奇跡なんです。だから、もしその高校生とうまくいかなかくなったら、俺のことも考えてください」

「ちょ、ちょっと……」

「待つのは慣れているんで」

 その言葉にすごく違和感を覚えたけど、黒崎さんの悲しそうな顔にこれ以上に否定を投げつけられなかった。

 このままダラダラと飲んでいられる雰囲気でもなくなって、今日はお開きとなった。テーブル会計ということで、席で待っていたがなかなか店員が来ない。永遠とも思える気まずさの中にさっきのオーナーが飛び込んできた。

「ナツ、今日はおごるよ」

「いや……そんなわけには」

 僕の言葉など無視してオーナーは帰り様にとんでもないことを吐き捨てる。

「ナツはどうせフラれたんでしょ?」

 僕は絶句して、黒崎さんの殺気を横から浴びる。いや、非常識にも程があるでしょ。

「あの、カードでお願いします」

 オーナーは僕の目を見る。なにか言いかけたオーナーの言葉を遮って言った。

「失礼にも……程があるでしょう……」

 オーナーは顔を背けた。その時の目の端で、彼が黒崎さんをどう思っているのかを悟った。

「今、店のものをよこします。大変失礼いたしました」

 その悲しい声に自分自身を重ねてしまう。オーナーが席を離れた頃合いを見て、黒崎さんに質問をした。

「彼の気持ちは気づいてないの?」

 黒崎さんは苦々しい顔をした後俯いた。

「それも相当失礼だと思うけど」

 さっきカードで払うと言ったけど、現金をテーブルに置いて席を立った。なんだかひどく虚しくなった。

 スタスタと駅に向かう。この時僕の心は空っぽだった。

 黒崎さんは僕を使ってあの幼馴染を妬かせたかったのだろうか。それとも幼馴染の執念を断ち切るために僕を利用したのだろうか。

 仕事の話をしている時、椎名君には吐露できないような話題に僕は心をときめかせていた。僕の気持ちを代弁してくれるような言葉で号泣もした。

 それが騙されたと思うからこんなに虚しいのだろうか。それとも一瞬でも心が動いたことを椎名君に顔向けできないと思ったのだろうか。

 突然後ろから腕を掴まれた。びっくりして振り返ると黒崎さんだった。普段きっちりスタイリングされた髪が乱れ、顔中汗だらけで息を切らしている。

「黒崎さん……走ってきたの……?」

「須藤さん……歩くのはやいですね……」

 黒崎さんは肩で息をしてしばらく地面を見つめていた。その顔は真剣そのものだった。

「俺は本気ですよ」

「黒さ……」

「誤解も自分の人格の一部だと思います。どう思われても構わない。ただ、須藤さんが好きです」

 こんな路上で大の大人がいい争いをしている。でも黒崎さんの気迫に圧倒され辺りを見渡すことすらできなかった。

「若返ることはできませんけど、須藤さんのことを絶対に幸せにする自信はあります」

 引き留めてすみません、そう深々謝る黒崎さんをこのまま置いて帰るわけにもいかず、しばしその光景を見続けた。

 なんで僕の人生というのは空気が読めず、うまくいかないのだろう。タイミングが違えば、黒崎さんも幼馴染のオーナーもきっと傷つかずに済んだのに。でも償うこともできずに、明日も一緒に仕事をするのだろうか、と漠然と明日からのことを考えていた。

 顔を上げた黒崎さんが椎名君と同じことを言う。

「そんな顔……しないでください……」
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