生きるのがツラくてなにが悪い!

大田ネクロマンサー

文字の大きさ
22 / 38

大人の対応

しおりを挟む
 冷房が強すぎるのか会議室は冷やかで、怯える僕を冷笑しているかのようだ。

 昨日から職場には気まずさしか漂っていない。大人の対応で平静を装っているが、無意識下で黒崎さんとの会話を極力避けていた。昨日は一日会話らしい会話をせずに過ごしたが、今日は朝から企画の相談と称して黒崎さんが会議室と僕のスケジュールを押さえている。

 フラれたことはあっても告白されたことすらないから対応が全くもってわからなかった。唯一幼馴染にフラれた時、次の日からまるで僕が居ないかのように振る舞われるのがツラかった。だからそれだけはしない、というなんとも消極的な方法しか思いつかない。しかしこれでは幼馴染とたいして変わらない対応なのではないかと自問自答していた。

「すみません、遅くなりました。って寒っ!須藤さん寒くないですか?」

 色気のある33歳が戯けて気を遣う。大丈夫です、と呟くが、その気遣いが僕の居場所を奪っていくと気がついて欲しかった。

「須藤さんがこの間話してくれたモヤモヤについて、俺も調べてみたんです。消費行動についてなにかネガティブな感情を持っているのか、それともポジティブだけど消費できないのか、コアターゲットからは外れてしまうんですが若い人を中心に調べてみて……」

 あんなことがあったのに、黒崎さんは今日もピシッとしていて、あの日のように優しい。黒崎さんが僕と目があった時、流暢な説明文に空白ができた。

「黒崎さん、これのために昨日一日中作業してくれたの?」

 おまけにすごい残業をしていたことを今日の朝、出社してから知った。苦々しく顔を背ける黒崎さんは消え入りそうな声で呟く。

「気持ち悪いですか……?」

「そういうことじゃないよ……」

「俺も気になってたんです。だから調べた。それじゃあ理由になりませんか?」

「それが本心だったら嬉しいよ、ごめんこんなこと言って……」

 気まずい空気が会議室を支配する。黒崎さんは構わず大型モニターに集計結果を映し出した。

「価格やプレゼントキャンペーンでは一部若年層にしか響いていないということは先日お話しした通りです。そもそも若年層に人気商品でもこれが起こっていることが疑問で、買い合わせ商品や購買履歴などである程度サンプリングしてみたんです」

「え!? あの膨大なデータ量をその軸で解析したの?」

「いえ、初回購入時の年齢を絞って、更に購入行動に条件をつけました。初回購入から10回以上の購入経験があって、なおかつ直近1年購入がないユーザーです」

「ご、ごめん。それだと休眠ユーザーの掘り起こしになっちゃわない?」

「はい、なので休眠ユーザーになりがちな、限定品購入、キャンペーンでの購買したユーザーを排除しました」

「なるほど、それだと購入をしなくなった理由がわかるんだ……」

「はい。この解析を見てもらいたいのですが、先ほどの条件でも行動履歴をカテゴライズするのは難しかったので傾向だけ抽出しました。ご覧の通りなのですが」

 僕は映し出された円グラフのタイトルと割合を見ていく。

「若年層の傾向として要約すると、同じ商品を定期的に買い続ける傾向があり……」

 僕は与えられた結果に興奮が隠しきれずに黒崎さんの説明を遮った。

「その商品が廃盤になると購買しなくなる……ちょ、ちょっと待って、これはサンプリングだよね? 大まかでもいいから商品名が知りたいんだけど!」

「傾向はこれで掴めたので、商品は先ほどの条件に合う全ユーザーから廃盤になった商品一覧を出しました」

 違うシートに僕の疑問への回答は既に用意されていた。一覧を見て驚愕する。どの商品も我が社の看板商品だが……。

「後継商品への誘導ができていないの……?」

 どれもこれもマイナーチェンジした理由で廃盤になった商品ばかりだった。

「新製品が気に食わないのかどうかというのは……こればかりはユーザーの意見を聞かなければ真意はわからないのですが、ユーザーが知らない可能性は大いにあります」

 僕は立ち上がっていた。

「このユーザーIDを共有して。ECの行動履歴を探ってみたい」

「もう送っておきました。私と須藤さんの分で半分に分けてあるので手分けして作業したいんですが、特徴点がバラける可能性があるので、ある程度仮説を共有してもいいですか?」

「もちろんだよ!」

「一つは、購入した商品の後継商品を見ていないかどうか。もう一つは発送トラブル、遅延や商品のバックオーダーが入っていないかどうか」

「発送までの時間? 今の軸に関係があると思えないんだけど……」

「ここに来ればこの商品があり、どこよりも確実に早く届く、そういう認識でECを使っているのか、それとも別の理由があるのかがわかると思います。一覧の商品は小売に卸していない商品はありません」

 その気になれば店頭で買える商品をわざわざECで買うとなると、運ぶのがめんどくさい、早く届くなどの利便を優先している可能性が高いということか。それであれば商品の愛着ではない分、ECの改善に全力を傾けられるという算段だった。僕は感嘆のため息を吐く。

「黒崎さんは本当に……優秀なマーケターなんだね……」

「いいえ、須藤さんのインサイトへの疑問がなければこんな数値を割り出せなかったです」

「そんな……」

「須藤さんに惚れているからこんなことを言っているわけではないんです。俺も俺なりにこの仕事が好きで、須藤さんの着眼点に感服しています。今日この軸で2人で決着をつけましょう」

 また黒崎さんが僕の心をくすぐることを言う。でもそこに嫌悪感はなかった。それは同じ方向を向いて仕事ができる喜びに心を震わせていたからだった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。

きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。 自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。 食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。

イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした

天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです! 元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。 持ち主は、顔面国宝の一年生。 なんで俺の写真? なんでロック画? 問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。 頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ! ☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。

【完結】君を上手に振る方法

社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」 「………はいっ?」 ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。 スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。 お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが―― 「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」 偽物の恋人から始まった不思議な関係。 デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。 この関係って、一体なに? 「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」 年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。 ✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧ ✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧

イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話

タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。 瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。 笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

処理中です...