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大人の対応
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冷房が強すぎるのか会議室は冷やかで、怯える僕を冷笑しているかのようだ。
昨日から職場には気まずさしか漂っていない。大人の対応で平静を装っているが、無意識下で黒崎さんとの会話を極力避けていた。昨日は一日会話らしい会話をせずに過ごしたが、今日は朝から企画の相談と称して黒崎さんが会議室と僕のスケジュールを押さえている。
フラれたことはあっても告白されたことすらないから対応が全くもってわからなかった。唯一幼馴染にフラれた時、次の日からまるで僕が居ないかのように振る舞われるのがツラかった。だからそれだけはしない、というなんとも消極的な方法しか思いつかない。しかしこれでは幼馴染とたいして変わらない対応なのではないかと自問自答していた。
「すみません、遅くなりました。って寒っ!須藤さん寒くないですか?」
色気のある33歳が戯けて気を遣う。大丈夫です、と呟くが、その気遣いが僕の居場所を奪っていくと気がついて欲しかった。
「須藤さんがこの間話してくれたモヤモヤについて、俺も調べてみたんです。消費行動についてなにかネガティブな感情を持っているのか、それともポジティブだけど消費できないのか、コアターゲットからは外れてしまうんですが若い人を中心に調べてみて……」
あんなことがあったのに、黒崎さんは今日もピシッとしていて、あの日のように優しい。黒崎さんが僕と目があった時、流暢な説明文に空白ができた。
「黒崎さん、これのために昨日一日中作業してくれたの?」
おまけにすごい残業をしていたことを今日の朝、出社してから知った。苦々しく顔を背ける黒崎さんは消え入りそうな声で呟く。
「気持ち悪いですか……?」
「そういうことじゃないよ……」
「俺も気になってたんです。だから調べた。それじゃあ理由になりませんか?」
「それが本心だったら嬉しいよ、ごめんこんなこと言って……」
気まずい空気が会議室を支配する。黒崎さんは構わず大型モニターに集計結果を映し出した。
「価格やプレゼントキャンペーンでは一部若年層にしか響いていないということは先日お話しした通りです。そもそも若年層に人気商品でもこれが起こっていることが疑問で、買い合わせ商品や購買履歴などである程度サンプリングしてみたんです」
「え!? あの膨大なデータ量をその軸で解析したの?」
「いえ、初回購入時の年齢を絞って、更に購入行動に条件をつけました。初回購入から10回以上の購入経験があって、なおかつ直近1年購入がないユーザーです」
「ご、ごめん。それだと休眠ユーザーの掘り起こしになっちゃわない?」
「はい、なので休眠ユーザーになりがちな、限定品購入、キャンペーンでの購買したユーザーを排除しました」
「なるほど、それだと購入をしなくなった理由がわかるんだ……」
「はい。この解析を見てもらいたいのですが、先ほどの条件でも行動履歴をカテゴライズするのは難しかったので傾向だけ抽出しました。ご覧の通りなのですが」
僕は映し出された円グラフのタイトルと割合を見ていく。
「若年層の傾向として要約すると、同じ商品を定期的に買い続ける傾向があり……」
僕は与えられた結果に興奮が隠しきれずに黒崎さんの説明を遮った。
「その商品が廃盤になると購買しなくなる……ちょ、ちょっと待って、これはサンプリングだよね? 大まかでもいいから商品名が知りたいんだけど!」
「傾向はこれで掴めたので、商品は先ほどの条件に合う全ユーザーから廃盤になった商品一覧を出しました」
違うシートに僕の疑問への回答は既に用意されていた。一覧を見て驚愕する。どの商品も我が社の看板商品だが……。
「後継商品への誘導ができていないの……?」
どれもこれもマイナーチェンジした理由で廃盤になった商品ばかりだった。
「新製品が気に食わないのかどうかというのは……こればかりはユーザーの意見を聞かなければ真意はわからないのですが、ユーザーが知らない可能性は大いにあります」
僕は立ち上がっていた。
「このユーザーIDを共有して。ECの行動履歴を探ってみたい」
「もう送っておきました。私と須藤さんの分で半分に分けてあるので手分けして作業したいんですが、特徴点がバラける可能性があるので、ある程度仮説を共有してもいいですか?」
「もちろんだよ!」
「一つは、購入した商品の後継商品を見ていないかどうか。もう一つは発送トラブル、遅延や商品のバックオーダーが入っていないかどうか」
「発送までの時間? 今の軸に関係があると思えないんだけど……」
「ここに来ればこの商品があり、どこよりも確実に早く届く、そういう認識でECを使っているのか、それとも別の理由があるのかがわかると思います。一覧の商品は小売に卸していない商品はありません」
その気になれば店頭で買える商品をわざわざECで買うとなると、運ぶのがめんどくさい、早く届くなどの利便を優先している可能性が高いということか。それであれば商品の愛着ではない分、ECの改善に全力を傾けられるという算段だった。僕は感嘆のため息を吐く。
「黒崎さんは本当に……優秀なマーケターなんだね……」
「いいえ、須藤さんのインサイトへの疑問がなければこんな数値を割り出せなかったです」
「そんな……」
「須藤さんに惚れているからこんなことを言っているわけではないんです。俺も俺なりにこの仕事が好きで、須藤さんの着眼点に感服しています。今日この軸で2人で決着をつけましょう」
また黒崎さんが僕の心をくすぐることを言う。でもそこに嫌悪感はなかった。それは同じ方向を向いて仕事ができる喜びに心を震わせていたからだった。
昨日から職場には気まずさしか漂っていない。大人の対応で平静を装っているが、無意識下で黒崎さんとの会話を極力避けていた。昨日は一日会話らしい会話をせずに過ごしたが、今日は朝から企画の相談と称して黒崎さんが会議室と僕のスケジュールを押さえている。
フラれたことはあっても告白されたことすらないから対応が全くもってわからなかった。唯一幼馴染にフラれた時、次の日からまるで僕が居ないかのように振る舞われるのがツラかった。だからそれだけはしない、というなんとも消極的な方法しか思いつかない。しかしこれでは幼馴染とたいして変わらない対応なのではないかと自問自答していた。
「すみません、遅くなりました。って寒っ!須藤さん寒くないですか?」
色気のある33歳が戯けて気を遣う。大丈夫です、と呟くが、その気遣いが僕の居場所を奪っていくと気がついて欲しかった。
「須藤さんがこの間話してくれたモヤモヤについて、俺も調べてみたんです。消費行動についてなにかネガティブな感情を持っているのか、それともポジティブだけど消費できないのか、コアターゲットからは外れてしまうんですが若い人を中心に調べてみて……」
あんなことがあったのに、黒崎さんは今日もピシッとしていて、あの日のように優しい。黒崎さんが僕と目があった時、流暢な説明文に空白ができた。
「黒崎さん、これのために昨日一日中作業してくれたの?」
おまけにすごい残業をしていたことを今日の朝、出社してから知った。苦々しく顔を背ける黒崎さんは消え入りそうな声で呟く。
「気持ち悪いですか……?」
「そういうことじゃないよ……」
「俺も気になってたんです。だから調べた。それじゃあ理由になりませんか?」
「それが本心だったら嬉しいよ、ごめんこんなこと言って……」
気まずい空気が会議室を支配する。黒崎さんは構わず大型モニターに集計結果を映し出した。
「価格やプレゼントキャンペーンでは一部若年層にしか響いていないということは先日お話しした通りです。そもそも若年層に人気商品でもこれが起こっていることが疑問で、買い合わせ商品や購買履歴などである程度サンプリングしてみたんです」
「え!? あの膨大なデータ量をその軸で解析したの?」
「いえ、初回購入時の年齢を絞って、更に購入行動に条件をつけました。初回購入から10回以上の購入経験があって、なおかつ直近1年購入がないユーザーです」
「ご、ごめん。それだと休眠ユーザーの掘り起こしになっちゃわない?」
「はい、なので休眠ユーザーになりがちな、限定品購入、キャンペーンでの購買したユーザーを排除しました」
「なるほど、それだと購入をしなくなった理由がわかるんだ……」
「はい。この解析を見てもらいたいのですが、先ほどの条件でも行動履歴をカテゴライズするのは難しかったので傾向だけ抽出しました。ご覧の通りなのですが」
僕は映し出された円グラフのタイトルと割合を見ていく。
「若年層の傾向として要約すると、同じ商品を定期的に買い続ける傾向があり……」
僕は与えられた結果に興奮が隠しきれずに黒崎さんの説明を遮った。
「その商品が廃盤になると購買しなくなる……ちょ、ちょっと待って、これはサンプリングだよね? 大まかでもいいから商品名が知りたいんだけど!」
「傾向はこれで掴めたので、商品は先ほどの条件に合う全ユーザーから廃盤になった商品一覧を出しました」
違うシートに僕の疑問への回答は既に用意されていた。一覧を見て驚愕する。どの商品も我が社の看板商品だが……。
「後継商品への誘導ができていないの……?」
どれもこれもマイナーチェンジした理由で廃盤になった商品ばかりだった。
「新製品が気に食わないのかどうかというのは……こればかりはユーザーの意見を聞かなければ真意はわからないのですが、ユーザーが知らない可能性は大いにあります」
僕は立ち上がっていた。
「このユーザーIDを共有して。ECの行動履歴を探ってみたい」
「もう送っておきました。私と須藤さんの分で半分に分けてあるので手分けして作業したいんですが、特徴点がバラける可能性があるので、ある程度仮説を共有してもいいですか?」
「もちろんだよ!」
「一つは、購入した商品の後継商品を見ていないかどうか。もう一つは発送トラブル、遅延や商品のバックオーダーが入っていないかどうか」
「発送までの時間? 今の軸に関係があると思えないんだけど……」
「ここに来ればこの商品があり、どこよりも確実に早く届く、そういう認識でECを使っているのか、それとも別の理由があるのかがわかると思います。一覧の商品は小売に卸していない商品はありません」
その気になれば店頭で買える商品をわざわざECで買うとなると、運ぶのがめんどくさい、早く届くなどの利便を優先している可能性が高いということか。それであれば商品の愛着ではない分、ECの改善に全力を傾けられるという算段だった。僕は感嘆のため息を吐く。
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「いいえ、須藤さんのインサイトへの疑問がなければこんな数値を割り出せなかったです」
「そんな……」
「須藤さんに惚れているからこんなことを言っているわけではないんです。俺も俺なりにこの仕事が好きで、須藤さんの着眼点に感服しています。今日この軸で2人で決着をつけましょう」
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