23 / 38
椎名君は高校生
しおりを挟む
就業時刻を過た19時頃には全てのデータ分析はできなくともあらかた結論は付いていた。椅子の背もたれにもたれかかり、作業中の黒崎さんに話しかける。
「黒崎さん、大体の傾向は掴めたんだけどそっちはどうかな?」
「はい、結論から言って……」
黒崎さんが言い淀んだ理由がわかった。
若年層は決まった商品しか買わず、それ以外の商品閲覧は極端に少なかった。商品に愛着があったということであれば、後継商品への誘導しか手立てはない。しかしそれは他商品への誘導は全てノイズになってしまうということでもあった。
「多分僕も黒崎さんと同じ結論かな……」
結論はついた。しかし思ってもみなかった結果に更なる謎が横たわった。
「念のためカスタマーセンターへの問い合わせなども調べてみたのですが……特にこれといって特徴的なものはなかったので……」
黒崎さんは自分の分を終わらせ、違う側面からも調べてくれていた。作業が終わっても言い出せなかったんだと思ったら、なんだか申し訳ない気がした。
「黒崎さん、少し時間をもらってもいいかな……商品力というのであればそれで喜ばしいんだけど、なんかもっと重要なことを見逃している気がして……」
「そうですね……今この気持ちのまま数値に向き合っていると、変なバイアスがかかってしまいそうなので……ただ、1つうかがいたいことがあって」
「え? なんでも聞いて」
「須藤さんはこの会社長いと思うのですが、該当商品一覧を見て何か思うことはありますか?」
廃盤を機にユーザーが離れてしまった商品一覧を見ても、特に何も思うことはなかった。プロモーションをした重点商品もあれば、そんなことをしない定番商品もある。わかることといえば……
「全て一定期間で買い替えなきゃいけない消耗品ってことかな……」
日用品メーカーとしては幅広い商品を取り揃えている。その中で雑貨などの消費スパンの長い商品ではなく洗剤などの消耗品が多かった。
「正直僕なら、定期便なんかにしてなくなる頃を見計らって届くように手配する。大手ECならそういったサービスがあるし……いや、やっぱり今考えるのはやめよう。黒崎さんの質問は的を得てると思う。それも含めて明日まっさらな頭で考えたい」
「はい、商品の歴史については須藤さんの右に出る者がいないので、明日リマインドしますね」
「忘れないよぉ!」
2人で笑った。結果は藪の中だけど、チーム内で同じ方向を見て仕事をする感覚が生まれて初めてだった。それはつまり自分のマネジメントが至らないのだとも痛感した。
2人で帰り支度をして会社を出た時に、駅とは反対方向に向かう僕を黒崎さんが呼び止めた。
「今日は予備校ですか?」
その屈託のない笑顔に、僕は同じ顔で返答できなかった。
「うん……じゃあお疲れ様……」
お疲れ様です、優しく笑う黒崎さんはすごく大人だった。だから黒崎さんが歩き出した時今度は僕が呼び止めた。
「黒崎さん! 今日ありがとね! 明日もよろしくね!」
黒崎さんは恥ずかしそうに笑ってそのまま歩いて行った。心がモヤモヤしたけど椎名君に会う時にまでこんな雰囲気を引きずりたくなかった。だからまだ十分に時間はあるのに足早に歩き出した。
予備校は駅の近くというには憚られる場所にあった。こんなガチャガチャした街も、一歩中に進むと住宅街なんだなと実感する。予備校の看板は煌々と辺りを照らし、でもその無機質な灯りがなんだか白々しく、寂びしい。
「おっさん」
暗がりから椎名君が話しかけるからびっくりして変な声を出した。
「え!? まだ19時半だよ!」
「おっさんまた早く来ると思って予定より30分遅く言っといたんだ」
えぇ……。5分前行動ならわかるけど、なんで30分も遅い時間を指定するの……。新し過ぎておじさん何の利点があるのかさっぱりわからないよ。
「僕が早く来なかったらどうする気だったの?」
僕の非難めいためいた声に、椎名君が僕に近寄ってきた。街灯のスポットライトに椎名君が浮かび上がる。その姿に僕は少し後退りしてしまった。
高校生。それは概念的なものでしかなかった。こうやって制服を着て、学生鞄を肩に掛けた高校生然とした椎名君に、軽いショックを受けた。
僕の感情の機微に気付いた椎名君が伸ばした手を引っ込める。
「椎名君……今日どうしても言いたいことがあって」
「嘘だよ、本当は8時までだったけど抜け出してきたんだ」
僕の言葉を遮って関係ない話題を放り込む。
「し、椎名君。聞いて……」
「なんだよ!」
若者特有の辛辣さが僕の胸を切り裂く。パニックだった。さっきまで優しかったのに、僕のために早く抜け出してきたって言ってくれたのに、なんで僕が制服姿に怯んだくらいでこんな制裁を受けなければならないのか。そんなことを高校生に求めるのは酷なのか、僕がもっと大人で接しなければならないのかと頭がぐちゃぐちゃになる。顔が一気に熱くなり、今まで蓋をしてきたいろんな感情が一気に噴き出した。
僕はそれでも椎名君と一緒にいたい。その焦りで言葉がこぼれ落ちる。
「椎名君が……好きなんだ……」
最悪なタイミングだと思った。捨てないでとすがってるみたいになった。そう思えるほど椎名君は嫌悪感を露わに、ため息をついた。
「黒崎さん、大体の傾向は掴めたんだけどそっちはどうかな?」
「はい、結論から言って……」
黒崎さんが言い淀んだ理由がわかった。
若年層は決まった商品しか買わず、それ以外の商品閲覧は極端に少なかった。商品に愛着があったということであれば、後継商品への誘導しか手立てはない。しかしそれは他商品への誘導は全てノイズになってしまうということでもあった。
「多分僕も黒崎さんと同じ結論かな……」
結論はついた。しかし思ってもみなかった結果に更なる謎が横たわった。
「念のためカスタマーセンターへの問い合わせなども調べてみたのですが……特にこれといって特徴的なものはなかったので……」
黒崎さんは自分の分を終わらせ、違う側面からも調べてくれていた。作業が終わっても言い出せなかったんだと思ったら、なんだか申し訳ない気がした。
「黒崎さん、少し時間をもらってもいいかな……商品力というのであればそれで喜ばしいんだけど、なんかもっと重要なことを見逃している気がして……」
「そうですね……今この気持ちのまま数値に向き合っていると、変なバイアスがかかってしまいそうなので……ただ、1つうかがいたいことがあって」
「え? なんでも聞いて」
「須藤さんはこの会社長いと思うのですが、該当商品一覧を見て何か思うことはありますか?」
廃盤を機にユーザーが離れてしまった商品一覧を見ても、特に何も思うことはなかった。プロモーションをした重点商品もあれば、そんなことをしない定番商品もある。わかることといえば……
「全て一定期間で買い替えなきゃいけない消耗品ってことかな……」
日用品メーカーとしては幅広い商品を取り揃えている。その中で雑貨などの消費スパンの長い商品ではなく洗剤などの消耗品が多かった。
「正直僕なら、定期便なんかにしてなくなる頃を見計らって届くように手配する。大手ECならそういったサービスがあるし……いや、やっぱり今考えるのはやめよう。黒崎さんの質問は的を得てると思う。それも含めて明日まっさらな頭で考えたい」
「はい、商品の歴史については須藤さんの右に出る者がいないので、明日リマインドしますね」
「忘れないよぉ!」
2人で笑った。結果は藪の中だけど、チーム内で同じ方向を見て仕事をする感覚が生まれて初めてだった。それはつまり自分のマネジメントが至らないのだとも痛感した。
2人で帰り支度をして会社を出た時に、駅とは反対方向に向かう僕を黒崎さんが呼び止めた。
「今日は予備校ですか?」
その屈託のない笑顔に、僕は同じ顔で返答できなかった。
「うん……じゃあお疲れ様……」
お疲れ様です、優しく笑う黒崎さんはすごく大人だった。だから黒崎さんが歩き出した時今度は僕が呼び止めた。
「黒崎さん! 今日ありがとね! 明日もよろしくね!」
黒崎さんは恥ずかしそうに笑ってそのまま歩いて行った。心がモヤモヤしたけど椎名君に会う時にまでこんな雰囲気を引きずりたくなかった。だからまだ十分に時間はあるのに足早に歩き出した。
予備校は駅の近くというには憚られる場所にあった。こんなガチャガチャした街も、一歩中に進むと住宅街なんだなと実感する。予備校の看板は煌々と辺りを照らし、でもその無機質な灯りがなんだか白々しく、寂びしい。
「おっさん」
暗がりから椎名君が話しかけるからびっくりして変な声を出した。
「え!? まだ19時半だよ!」
「おっさんまた早く来ると思って予定より30分遅く言っといたんだ」
えぇ……。5分前行動ならわかるけど、なんで30分も遅い時間を指定するの……。新し過ぎておじさん何の利点があるのかさっぱりわからないよ。
「僕が早く来なかったらどうする気だったの?」
僕の非難めいためいた声に、椎名君が僕に近寄ってきた。街灯のスポットライトに椎名君が浮かび上がる。その姿に僕は少し後退りしてしまった。
高校生。それは概念的なものでしかなかった。こうやって制服を着て、学生鞄を肩に掛けた高校生然とした椎名君に、軽いショックを受けた。
僕の感情の機微に気付いた椎名君が伸ばした手を引っ込める。
「椎名君……今日どうしても言いたいことがあって」
「嘘だよ、本当は8時までだったけど抜け出してきたんだ」
僕の言葉を遮って関係ない話題を放り込む。
「し、椎名君。聞いて……」
「なんだよ!」
若者特有の辛辣さが僕の胸を切り裂く。パニックだった。さっきまで優しかったのに、僕のために早く抜け出してきたって言ってくれたのに、なんで僕が制服姿に怯んだくらいでこんな制裁を受けなければならないのか。そんなことを高校生に求めるのは酷なのか、僕がもっと大人で接しなければならないのかと頭がぐちゃぐちゃになる。顔が一気に熱くなり、今まで蓋をしてきたいろんな感情が一気に噴き出した。
僕はそれでも椎名君と一緒にいたい。その焦りで言葉がこぼれ落ちる。
「椎名君が……好きなんだ……」
最悪なタイミングだと思った。捨てないでとすがってるみたいになった。そう思えるほど椎名君は嫌悪感を露わに、ため息をついた。
0
あなたにおすすめの小説
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。
きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。
自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。
食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。
イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした
天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです!
元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。
持ち主は、顔面国宝の一年生。
なんで俺の写真? なんでロック画?
問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。
頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ!
☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。
【完結】君を上手に振る方法
社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」
「………はいっ?」
ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。
スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。
お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが――
「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」
偽物の恋人から始まった不思議な関係。
デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。
この関係って、一体なに?
「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」
年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。
✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧
✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧
イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話
タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。
瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。
笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
完結|好きから一番遠いはずだった
七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。
しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。
なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。
…はずだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる