生きるのがツラくてなにが悪い!

大田ネクロマンサー

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今を生きる勇気

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「一昨日、なんかあったの?」

 椎名君は信じられない洞察力と鋭利な声色で僕の喉元に鋭い刃のような言葉を突きつける。

「なんで……」

 本当になんでそんなことを言うのか理解ができなかった。その洞察力もさることながら、僕の好意など無視したその傍若無人さに少し信じられない気持ちになる。

「今までそんなこと、言わなかっただろ」

「椎名君が……」

「俺は関係ない。おっさんが自分を信じられない、だからそんなこと言うんだろ」

 持ち前の曖昧さでこの状況を回避したいのに、呻き声もあげられずその場に立ち尽くした。なぜならば椎名君の言うことは紛れもない真実だったからだ。

「また、その顔だ……」

「ちが……」

「違わねーよ! どんな男と飲みに行ったんだよ!」

 見たこともない鋭い目で僕を睨み威嚇する。大人の男性の目だった。

 怖かった。こんな剥き出しの感情に対峙したことが、ボコボコにされたあの日以来なかった。自分でもおかしいだろと思うくらい竦み上がって、何に怯えているのかすらわからなかった。

「会社の……人と……飲み……に……」

「それは聞いただろ! そいつと何があったかって聞いてんだよ!」

「なにも……なにも……ない……椎名君の方が……3倍かっこいい……」

「おいおいおい、倍率変わってんじゃねーか! 幼馴染は10倍だったよなぁ!」

 無意識で出た僕の言葉尻を捕らえて椎名君が激怒する。本当に怖い時には人間動けないのだと知った。重い言葉を浴びせた椎名君は、恐らく怯えきった僕の顔を見て顔を歪ませる。

 椎名君は顔を背け、拳をギュッと握りしめていた。

「そんな顔……」

 その弱々しい声で、僕は胸がすり潰された。

 そして理解した。みんなが言う僕の「そんな顔」の意味を。

 僕はいつも先のことを憂いてばかりで、今、この時の風景を、感情を、見つめていなかった。椎名君はあんなに情熱的に僕のことを好きだと言ってくれていたのに、僕はその先に待ち構えている結末ことばかりを考え、臆病に、そして卑屈にその感情を無視し続けた。だからなにかに怯えるような顔をしていたのだろう。
 
「し、椎名君……ごめん……」

 今この瞬間の感情だけを頼りに生きることは恐ろしく難しい。誰でも何者かになりたがり、結果を求めて今楽しいと感じる心を失くしてしまう。そうやって流されやすい安易な方法に逃げ、自分を守ることに徹する。僕はこんなに椎名君に愛されているのに、未来の確約を求め、この感情に予防線を張り巡らせてばかりだった。

 でも椎名君は違う。自分を突き動かす感情とともに今を生きて、その恐怖に1人で立ち向かっている。それがキラキラと眩しくて、自分もあんな風に生きたいと憧れていたのに。

「椎名君と……旅に出たい……」

 椎名君が思い詰めた顔で僕を見る。その顔で椎名君がどれだけのものを背負い込んでいたかを知る。未来も不確定な高校生にとって、僕がどんな風に映るかなんて考えたこともなかった。経済力のある会社の人間をライバル視して、危機感を覚えていたかもしれない。太刀打ちできないと自信をなくしていたかもしれない。自分には顔しか取り柄がないと苛み、あんな揚げ足取りをしたのかもしれない。今彼の持てる財産は、体と情熱と友達しかないのだから。

「椎名君と見たこともない景色を見たい」

 自分が吐露した言葉なのに、その真実に胸がギューっとなる。そうだ、真実に立ち向かうのはこんなに痛くて苦しい。それが例え自分自身の希望でも、こんなに苦しいのだ。

 胸に当てた手を握りしめていたら、椎名君がゆっくり僕に近づく。そして顔を寄せた。でも僕は喋り続けた。

「椎名君……僕に話しかけてくれて……ありがとう……僕もそんな勇気が欲しいんだ……」

 僕が喋り続けてるからか、自身の鼻を頬になすりつける。

「そうやって……いつも僕に好きって言ってくれてありがとう……」

 椎名君が鼻をつける時、好きだと目が言ってくれていた。何度も何度もそう言ってくれていたのに、僕は見て見ぬふりを続けた。

「わかってんなら……いいんだよ……」

 その震える声に一気に涙腺が緩み、息も絶え絶えに告白する。

「椎名君が……好きなんだ……」

 椎名君が短く唸ったから、顔を上げた。眉間にシワを寄せながら、でも目はキラキラ眩しくて、僕はその輝きに目を細める。椎名君の唇が頬を伝って僕の唇に引っかかる。そうしたらその端を掴んで優しく勇気をくれた。

「おい、おっさんこんなとこで泣くなよ」

「泣いて……ないっ……」

 椎名君は僕をきつく抱きしめる。

「おっさんは俺のもんだ……」

 椎名君は震えていた。椎名君も怖かったんだ。

「うくっ……嬉しいよぉ! ひーん」

 椎名君はこの暗がりの中僕を抱きしめてくれる唯一の希望だった。今この瞬間を生きる。この体温が嬉しいのだと、僕は椎名君にしがみつく。

「おっさん、時間ある?」

「あるぅ……見せたいものあるぅ……」

「はいはい、鏡な。それより前に聞きたいことがあるんだけど」

「なんでもきいてぇ……!」

 椎名君は僕を引き剥がし、真剣な顔で僕を見つめる。めちゃくちゃカッコよかった。

「なにがあったんだよ」

 忘れ去っていた地獄に、僕はしゃくり上げて震える。僕の視界の端に通行人が見えて、慌てて僕はハンカチで顔を拭った。それを待たずに僕の腕を掴んで椎名君はズンズン歩きだした。

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