24 / 38
今を生きる勇気
しおりを挟む
「一昨日、なんかあったの?」
椎名君は信じられない洞察力と鋭利な声色で僕の喉元に鋭い刃のような言葉を突きつける。
「なんで……」
本当になんでそんなことを言うのか理解ができなかった。その洞察力もさることながら、僕の好意など無視したその傍若無人さに少し信じられない気持ちになる。
「今までそんなこと、言わなかっただろ」
「椎名君が……」
「俺は関係ない。おっさんが自分を信じられない、だからそんなこと言うんだろ」
持ち前の曖昧さでこの状況を回避したいのに、呻き声もあげられずその場に立ち尽くした。なぜならば椎名君の言うことは紛れもない真実だったからだ。
「また、その顔だ……」
「ちが……」
「違わねーよ! どんな男と飲みに行ったんだよ!」
見たこともない鋭い目で僕を睨み威嚇する。大人の男性の目だった。
怖かった。こんな剥き出しの感情に対峙したことが、ボコボコにされたあの日以来なかった。自分でもおかしいだろと思うくらい竦み上がって、何に怯えているのかすらわからなかった。
「会社の……人と……飲み……に……」
「それは聞いただろ! そいつと何があったかって聞いてんだよ!」
「なにも……なにも……ない……椎名君の方が……3倍かっこいい……」
「おいおいおい、倍率変わってんじゃねーか! 幼馴染は10倍だったよなぁ!」
無意識で出た僕の言葉尻を捕らえて椎名君が激怒する。本当に怖い時には人間動けないのだと知った。重い言葉を浴びせた椎名君は、恐らく怯えきった僕の顔を見て顔を歪ませる。
椎名君は顔を背け、拳をギュッと握りしめていた。
「そんな顔……」
その弱々しい声で、僕は胸がすり潰された。
そして理解した。みんなが言う僕の「そんな顔」の意味を。
僕はいつも先のことを憂いてばかりで、今、この時の風景を、感情を、見つめていなかった。椎名君はあんなに情熱的に僕のことを好きだと言ってくれていたのに、僕はその先に待ち構えている結末ことばかりを考え、臆病に、そして卑屈にその感情を無視し続けた。だからなにかに怯えるような顔をしていたのだろう。
「し、椎名君……ごめん……」
今この瞬間の感情だけを頼りに生きることは恐ろしく難しい。誰でも何者かになりたがり、結果を求めて今楽しいと感じる心を失くしてしまう。そうやって流されやすい安易な方法に逃げ、自分を守ることに徹する。僕はこんなに椎名君に愛されているのに、未来の確約を求め、この感情に予防線を張り巡らせてばかりだった。
でも椎名君は違う。自分を突き動かす感情とともに今を生きて、その恐怖に1人で立ち向かっている。それがキラキラと眩しくて、自分もあんな風に生きたいと憧れていたのに。
「椎名君と……旅に出たい……」
椎名君が思い詰めた顔で僕を見る。その顔で椎名君がどれだけのものを背負い込んでいたかを知る。未来も不確定な高校生にとって、僕がどんな風に映るかなんて考えたこともなかった。経済力のある会社の人間をライバル視して、危機感を覚えていたかもしれない。太刀打ちできないと自信をなくしていたかもしれない。自分には顔しか取り柄がないと苛み、あんな揚げ足取りをしたのかもしれない。今彼の持てる財産は、体と情熱と友達しかないのだから。
「椎名君と見たこともない景色を見たい」
自分が吐露した言葉なのに、その真実に胸がギューっとなる。そうだ、真実に立ち向かうのはこんなに痛くて苦しい。それが例え自分自身の希望でも、こんなに苦しいのだ。
胸に当てた手を握りしめていたら、椎名君がゆっくり僕に近づく。そして顔を寄せた。でも僕は喋り続けた。
「椎名君……僕に話しかけてくれて……ありがとう……僕もそんな勇気が欲しいんだ……」
僕が喋り続けてるからか、自身の鼻を頬になすりつける。
「そうやって……いつも僕に好きって言ってくれてありがとう……」
椎名君が鼻をつける時、好きだと目が言ってくれていた。何度も何度もそう言ってくれていたのに、僕は見て見ぬふりを続けた。
「わかってんなら……いいんだよ……」
その震える声に一気に涙腺が緩み、息も絶え絶えに告白する。
「椎名君が……好きなんだ……」
椎名君が短く唸ったから、顔を上げた。眉間にシワを寄せながら、でも目はキラキラ眩しくて、僕はその輝きに目を細める。椎名君の唇が頬を伝って僕の唇に引っかかる。そうしたらその端を掴んで優しく勇気をくれた。
「おい、おっさんこんなとこで泣くなよ」
「泣いて……ないっ……」
椎名君は僕をきつく抱きしめる。
「おっさんは俺のもんだ……」
椎名君は震えていた。椎名君も怖かったんだ。
「うくっ……嬉しいよぉ! ひーん」
椎名君はこの暗がりの中僕を抱きしめてくれる唯一の希望だった。今この瞬間を生きる。この体温が嬉しいのだと、僕は椎名君にしがみつく。
「おっさん、時間ある?」
「あるぅ……見せたいものあるぅ……」
「はいはい、鏡な。それより前に聞きたいことがあるんだけど」
「なんでもきいてぇ……!」
椎名君は僕を引き剥がし、真剣な顔で僕を見つめる。めちゃくちゃカッコよかった。
「なにがあったんだよ」
忘れ去っていた地獄に、僕はしゃくり上げて震える。僕の視界の端に通行人が見えて、慌てて僕はハンカチで顔を拭った。それを待たずに僕の腕を掴んで椎名君はズンズン歩きだした。
椎名君は信じられない洞察力と鋭利な声色で僕の喉元に鋭い刃のような言葉を突きつける。
「なんで……」
本当になんでそんなことを言うのか理解ができなかった。その洞察力もさることながら、僕の好意など無視したその傍若無人さに少し信じられない気持ちになる。
「今までそんなこと、言わなかっただろ」
「椎名君が……」
「俺は関係ない。おっさんが自分を信じられない、だからそんなこと言うんだろ」
持ち前の曖昧さでこの状況を回避したいのに、呻き声もあげられずその場に立ち尽くした。なぜならば椎名君の言うことは紛れもない真実だったからだ。
「また、その顔だ……」
「ちが……」
「違わねーよ! どんな男と飲みに行ったんだよ!」
見たこともない鋭い目で僕を睨み威嚇する。大人の男性の目だった。
怖かった。こんな剥き出しの感情に対峙したことが、ボコボコにされたあの日以来なかった。自分でもおかしいだろと思うくらい竦み上がって、何に怯えているのかすらわからなかった。
「会社の……人と……飲み……に……」
「それは聞いただろ! そいつと何があったかって聞いてんだよ!」
「なにも……なにも……ない……椎名君の方が……3倍かっこいい……」
「おいおいおい、倍率変わってんじゃねーか! 幼馴染は10倍だったよなぁ!」
無意識で出た僕の言葉尻を捕らえて椎名君が激怒する。本当に怖い時には人間動けないのだと知った。重い言葉を浴びせた椎名君は、恐らく怯えきった僕の顔を見て顔を歪ませる。
椎名君は顔を背け、拳をギュッと握りしめていた。
「そんな顔……」
その弱々しい声で、僕は胸がすり潰された。
そして理解した。みんなが言う僕の「そんな顔」の意味を。
僕はいつも先のことを憂いてばかりで、今、この時の風景を、感情を、見つめていなかった。椎名君はあんなに情熱的に僕のことを好きだと言ってくれていたのに、僕はその先に待ち構えている結末ことばかりを考え、臆病に、そして卑屈にその感情を無視し続けた。だからなにかに怯えるような顔をしていたのだろう。
「し、椎名君……ごめん……」
今この瞬間の感情だけを頼りに生きることは恐ろしく難しい。誰でも何者かになりたがり、結果を求めて今楽しいと感じる心を失くしてしまう。そうやって流されやすい安易な方法に逃げ、自分を守ることに徹する。僕はこんなに椎名君に愛されているのに、未来の確約を求め、この感情に予防線を張り巡らせてばかりだった。
でも椎名君は違う。自分を突き動かす感情とともに今を生きて、その恐怖に1人で立ち向かっている。それがキラキラと眩しくて、自分もあんな風に生きたいと憧れていたのに。
「椎名君と……旅に出たい……」
椎名君が思い詰めた顔で僕を見る。その顔で椎名君がどれだけのものを背負い込んでいたかを知る。未来も不確定な高校生にとって、僕がどんな風に映るかなんて考えたこともなかった。経済力のある会社の人間をライバル視して、危機感を覚えていたかもしれない。太刀打ちできないと自信をなくしていたかもしれない。自分には顔しか取り柄がないと苛み、あんな揚げ足取りをしたのかもしれない。今彼の持てる財産は、体と情熱と友達しかないのだから。
「椎名君と見たこともない景色を見たい」
自分が吐露した言葉なのに、その真実に胸がギューっとなる。そうだ、真実に立ち向かうのはこんなに痛くて苦しい。それが例え自分自身の希望でも、こんなに苦しいのだ。
胸に当てた手を握りしめていたら、椎名君がゆっくり僕に近づく。そして顔を寄せた。でも僕は喋り続けた。
「椎名君……僕に話しかけてくれて……ありがとう……僕もそんな勇気が欲しいんだ……」
僕が喋り続けてるからか、自身の鼻を頬になすりつける。
「そうやって……いつも僕に好きって言ってくれてありがとう……」
椎名君が鼻をつける時、好きだと目が言ってくれていた。何度も何度もそう言ってくれていたのに、僕は見て見ぬふりを続けた。
「わかってんなら……いいんだよ……」
その震える声に一気に涙腺が緩み、息も絶え絶えに告白する。
「椎名君が……好きなんだ……」
椎名君が短く唸ったから、顔を上げた。眉間にシワを寄せながら、でも目はキラキラ眩しくて、僕はその輝きに目を細める。椎名君の唇が頬を伝って僕の唇に引っかかる。そうしたらその端を掴んで優しく勇気をくれた。
「おい、おっさんこんなとこで泣くなよ」
「泣いて……ないっ……」
椎名君は僕をきつく抱きしめる。
「おっさんは俺のもんだ……」
椎名君は震えていた。椎名君も怖かったんだ。
「うくっ……嬉しいよぉ! ひーん」
椎名君はこの暗がりの中僕を抱きしめてくれる唯一の希望だった。今この瞬間を生きる。この体温が嬉しいのだと、僕は椎名君にしがみつく。
「おっさん、時間ある?」
「あるぅ……見せたいものあるぅ……」
「はいはい、鏡な。それより前に聞きたいことがあるんだけど」
「なんでもきいてぇ……!」
椎名君は僕を引き剥がし、真剣な顔で僕を見つめる。めちゃくちゃカッコよかった。
「なにがあったんだよ」
忘れ去っていた地獄に、僕はしゃくり上げて震える。僕の視界の端に通行人が見えて、慌てて僕はハンカチで顔を拭った。それを待たずに僕の腕を掴んで椎名君はズンズン歩きだした。
0
あなたにおすすめの小説
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。
きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。
自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。
食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。
イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした
天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです!
元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。
持ち主は、顔面国宝の一年生。
なんで俺の写真? なんでロック画?
問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。
頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ!
☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。
【完結】君を上手に振る方法
社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」
「………はいっ?」
ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。
スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。
お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが――
「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」
偽物の恋人から始まった不思議な関係。
デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。
この関係って、一体なに?
「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」
年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。
✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧
✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧
イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話
タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。
瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。
笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
完結|好きから一番遠いはずだった
七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。
しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。
なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。
…はずだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる