生きるのがツラくてなにが悪い!

大田ネクロマンサー

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今を生きてこそ

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 今日、それまでの鬱屈とした朝とは違った。会社に向かう途中も早く到着しないかとソワソワしながら歩き、会社の自席に到着するなり黒崎さんに声をかける。

「黒崎さん、昨日の件。僕なりに考えたことがあって。今日午後に商品開発部の人と打ち合わせをしたいんだ。午前中に資料作りを手伝ってくれないかな?」

「はい! 資料作りの前に軽く打ち合わせしますか?」

「うん、会議室取ってあるから、準備も含め集中的にやりたいんだ」

 黒崎さんは嬉しそうに笑う。僕は頷いてそのまま連れだって会議室に向かい、今日商品開発部の人にヒアリングしたい内容と意図を黒崎さんに伝えた。僕の目を力強く射抜くその目は一体どういった意味を持ち合わせているのか測りかねて、質問が口をついて溢れ出る。

「どうかな……」

「どうもこうもないですよ……資料はやく作りましょう」

「ありがとう……」

「こっちのセリフですよ、須藤さんはすごい」

 そう言ってパソコンを見つめる黒崎さんの目が輝きだした。その光景が僕の胸を揺さぶる。誰かの目を輝かせることができる、その感動に胸に低い音が響くようだった。

 予定通り午前中に資料を作り終えた僕と黒崎さんは、その足で商品部に向かう。

 しかし昼食も取らず2人で熱中したその資料は、商品開発の人間には難解だったらしい。資料説明を終えた黒崎さんを商品部の担当者が2人、舐め回すように観察する。

「あの、いろいろまとめてもらったみたいだけど……結局何が言いたいんでしょうか?」

 僕の視界の端で、黒崎さんの拳がギュッと握られるのが見えた。

「黒崎さんは最近、僕のチームに転職してきたんです」

 僕の言葉に黒崎さんは信じられないといった表情で見る。僕が黒崎さんに責任をなすりつけて逃げる気だと感じたのだろう。きっと、昨日まで僕も“そんな顔”をしていた。

「まず、黒崎さんの説明していたことを要約すると……若年層のユーザーが購入する商品がマイナーチェンジ、もしくはフルモデルチェンジすると、2度と社の商品を買わなくなります。少なくとも直近1年は、です」

 商品部のマネージャーと担当がわなわなと震えだす。

「私どもの商品開発に問題があると、そう仰りたいのですか?」

 声がひっくり返る寸前の上ずった声で、担当者の怒りがピーク寸前だと感じる。

「いいえ、まずは謝りたいと思って今日打ち合わせをさせていただきました。黒崎さんが来るまでこういった着眼点で数値解析をしたことがなかったんです。これまでどれだけ機会損失があったかわかりません。それについて100%私の責任ですので、まずは謝罪をさせてください」

 僕の突然のお辞儀に、商品開発担当2人は呆気に取られていた。

「先程、黒崎さんのデータで興味深い点がありました。同じ商品軸で年齢層が変われば、マイナーチェンジ後も購入し続けてくれるのです」

 僕の説明を後押しするかのように黒崎さんがモニタに該当の分布図を表示してくれる。

「どういう……ちゃんと商品パッケージにも前の商品がわかるように記載しているのに……」

 商品開発部の担当者の1人が怯えた声で慌て始める。多分隣のマネージャーに弁明をしているのだろう。

「若年層の方が新しい商品に飛びつきやすいという固定概念が僕にもありました。しかし実態は違った。なので昨日考えて仮説を立てたんです」

 慌てふためいていた担当者がすがるような目で僕を見る。僕はその期待に応えた。

「若年層はこの商品を購入する本質的な理由が自分でもわからなかったんじゃないか、という仮説です。なので廃盤になった時、その商品を失った悲しみで全てが見えなくなり、後継商品を選ぶモチベーションが失われてしまった」

 僕は昨日、椎名君に教えてもらった。僕は幼馴染と恋人になることが全てだと信じ込んでいて、それが叶えられないと知った時、本質的な自分の欲求に蓋をしてしまった。

 自分の本質的な欲求を理解するのは思っている以上に難しい。それを認識するには痛みを伴うからだ。

 向かいに座った2人からは疑問符が飛び出していた。なので慌てて結論を言った。

「こういった顧客の動向については僕たちでいくつか案は出せるんです。でも顧客が商品を選ぶ理由については僕たちは正確に把握することができません。なので今日、いくつかの代表商品のことをうかがいたくて、お二人に来ていただきました」

 そこで黒崎さんが重点商品の売り上げ推移のグラフを映してくれる。

「例えばこの商品ですが……一定の割合で売り上げが増加しています。新規ユーザーが少しずつ底上げをしているからです。さっきお話ししたユーザーの推移を割合で見てみると一定数同じように推移しているのが分かると思います。これをたった10%でも新しい商品に転換すれば……」

 黒崎さんが操作してグラフの表示が切り替わる。見れば一目瞭然だった。グラフは新規顧客を獲得するよりも、離れるユーザーを食い止める方が伸び率が格段に上がることを表している。

 担当者からため息が漏れる。

「これは新規顧客獲得の広告を否定しているわけではありません。それをし続けながら、この観点で離れていく顧客を引き止められたら実現するプランです」

「いや、しかし私どもも広告費の予算は期頭で使用用途を決めてしまっていて……」

「追加の費用なんてとんでもない! 商品が選ばれるポイントを教えていただければ、あとは僕たちを使ってください。この商品である程度スキームができたら、他商品にも転用ができます。スキームを完成させるためにお力添え頂けませんか……?」

 担当者2人は顔を見合わせて困った顔をしていた。でも、その目は自分たちでも抑えきれないのがわかるほど輝きを放ちはじめる。

 僕は安堵に似た胸の震えが止まらず、俯く。でもこれだけはどうしても言いたくて、震える声で続けた。

「このデータは直販のデータです。若年層が店頭でも買える商品をわざわざ直販で買うこと……それは、直販で買うという体験に価値があると感じているんだと思うんです……時間を割いてでも、開発者に敬意を払ってくれてる、それほどこの商品たちは……」

 あなた達が注いだ愛以上に、愛されているんです。ここから先は泣き出しそうで最後まで言うことができなかった。

 毎日夜遅くまで商品開発に勤しむ彼らを僕は知っている。効果が確約されてもいないのに、予算をやりくりして広告出稿をしているのも知っている。ユーザーの幸せを願う彼らの努力は、気まぐれな若年層にこそ届いているんだと、伝えたかった。

 顔をあげたらそこには僕以上に泣き出しそうな2人の顔があった。黒崎さんは鼻をすすって、仕切り直し、淡々と商品についてのヒヤリングを進行し始めた。

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