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好きの方向転換
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黒崎さんは仕事が好きで、向上心を持って転職してきてくれた。その生き方を見れば、どれだけ友達が黒崎さんを支えていたかが容易に窺えた。
「あのお店、好きな人ができたら連れて来いって言われてたの?」
「そ、そうです……なんで……?」
あのオーナーはずっと苦しかったんだろう。気持ちを打ち明けることもできず、関係を続けていくには、そういった区切りがなければ諦めがつかない。
「苦しくて……踏ん切りをつけたかったのは彼の方だったんだね……」
黒崎さんは目を見開いたまま俯いて動かなくなった。きっと僕と同じように、黒崎さんを思い続けた友達の年月を噛み締めているのだろう。
オーナーの非常識な発言も今考えると胸が痛くなる。どれだけ愛を捧げても振り向きもしない。さらに自分の人生そのものような人がこんな凡庸な相手にフラれるなんて。自分の人生までも否定されたような絶望を味わったに違いない。
「須藤さん……」
「僕のおかげで椎名君に会えて、人生楽しくなりそうでしょ? ダンスとか教えてさ」
唐突な切り出し方に黒崎さんは驚き戸惑う。
「僕は黒崎さんのお友達に会えて、黒崎さんと仕事人生が充実する。相殺ってことじゃダメかな?」
「そん……」
「今日、黒崎さんは彼の真意を知った。昨日とは違う状況なんだから。僕への義理立てとか、そんなくだらないことで、今しなきゃいけないことをごまかすなんてダメだよ」
黒崎さんが顔を歪める。
「あ、ほら! 黒崎さんが顔を歪めて騙されたって思ってる!」
「本当に……騙された気分ですよ……」
黒崎さんが謝りながら席を立つ。
「来週もよろしくね……」
余裕のない顔で黒崎さんは一礼して席を後にした。今日も自腹か、と豪勢な食事を眺めていたら、自然と笑いが込み上げた。
土曜日、僕は椎名君と約束したわけでもないのに喫茶店のあるビルの前にいた。午前中、鏡一式を受け取り、気分が舞い上がって連絡もせずに来てしまった。
しばらくビルの下で迷っていたが、もうこういう無駄な時間は極力減らそうと決心しエレベーターホールに向かう。
店に入ってすぐのレジで丁度椎名君がお会計の対応をしていた。お姉さまが名残惜しそうにお釣りを受け取る時に椎名君が僕に気がついて、あの独特な顔で笑う。お姉さまが不審げな目で僕の横を通り過ぎたと思ったら、椎名君は顔をくちゃくちゃにして笑った。
「どうしたんだよ、おっさんにしてはなかなか気が利くな!」
「来ちゃった……終わるまで待ってていい?」
椎名君は軽く鼻を掻いて、僕を席まで案内する。途中カウンターの中のママさんにも会釈をしたら、素敵な笑顔で歓迎してくれた。
「おっさん今日は何飲む?」
「あ、今日もホットと……軽食も食べていいかな?」
椎名君は僕を見てキョトンとする。
「お昼食べてなくて。椎名君が作ってくれる夕飯までもちそうもないや……」
お腹をさすって力ない笑顔で見上げると、椎名君は優しい笑顔をくれた。
「じゃあ俺のおすすめとかどう?」
「あ、うれしぃ……椎名君の好物も知れて一石二鳥だね」
椎名君はまた鼻を掻いて俯く。周りの視線を気にしてか、椎名君は足早にカウンターに戻っていった。
しかし今日も今日とてお嬢様方がフルメイクである。オフィス街の営業は土日行わないことが多いのに、よくもまぁこんなに集まるものだと感心する。と、辺りを見回してる時に目があったお姉さんがこっちに歩いてきた。
トイレはレジ側にあるからどう考えても違う目的で歩いてくる。怖くなって視線を外したらお姉さんは席の横で立ち止まって無言になった。
あれ?もしかして知り合いかな? と思って見上げたら、やっぱり知らない人だった。
「あの、椎名君の親戚の方ですか……?」
お姉さんはなんか、ちょっと様子がおかしかった。なんと形容すればいいのか適当な言葉が見つからないので誤解を恐れずに言うと、発情した動物のようだった。
「え……あの……」
「急にすみません……椎名君は秘密主義で名前しか教えてくれないから……」
いや! 僕も多分お姉さんと知ってることそんなに変わらないんじゃないかな!
恋人だと無意味に主張するわけもいかず対応に困っていたら、椎名君が助けに来てくれた。
「あの、申し訳ございません。他のお客様にご迷惑となるので……」
椎名君がガチの接客をしていることに僕は驚き、そして最近減りっぱなしのライフゲージがみるみる満たされる。
「だって、椎名君何も教えてくれないじゃん」
「例え恋人でも親戚でも肉親でも、お客様はお客様なので……」
椎名君、ちょっと順番がおかしいのではないかい? でもお姉さんは注意されたことに傷ついたようでシュンとしてしまった。こんなに丁寧に接客してもこれって、イケメンって生きづらいものなんだな!
「あの! 近々椎名君が動画アップするので、拡散お願いします! インスタとかやってますか?」
おじさんの口から飛び出すインスタという言葉に、お姉さんがドン引きしているのがわかる。
「今度この喫茶店にもポップ置かせてもらうので、椎名君をよろしくお願いします!」
ペコーっと頭を下げ、元に戻ったらお姉さんの姿は無く、椎名君がクスクス笑ってた。
「おっさんは優しすぎるだろ……」
「女の子に?」
椎名君はしばらく手をブラブラさせたあと、僕の頬をギュッとつまんで笑う。
「みんなにだよ」
椎名君はまたカウンターに向かう。その足取りがいつもより軽やかで、僕の知る歩き方とは少し違った。日々違った発見が僕の胸をじんわり温めた。
「あのお店、好きな人ができたら連れて来いって言われてたの?」
「そ、そうです……なんで……?」
あのオーナーはずっと苦しかったんだろう。気持ちを打ち明けることもできず、関係を続けていくには、そういった区切りがなければ諦めがつかない。
「苦しくて……踏ん切りをつけたかったのは彼の方だったんだね……」
黒崎さんは目を見開いたまま俯いて動かなくなった。きっと僕と同じように、黒崎さんを思い続けた友達の年月を噛み締めているのだろう。
オーナーの非常識な発言も今考えると胸が痛くなる。どれだけ愛を捧げても振り向きもしない。さらに自分の人生そのものような人がこんな凡庸な相手にフラれるなんて。自分の人生までも否定されたような絶望を味わったに違いない。
「須藤さん……」
「僕のおかげで椎名君に会えて、人生楽しくなりそうでしょ? ダンスとか教えてさ」
唐突な切り出し方に黒崎さんは驚き戸惑う。
「僕は黒崎さんのお友達に会えて、黒崎さんと仕事人生が充実する。相殺ってことじゃダメかな?」
「そん……」
「今日、黒崎さんは彼の真意を知った。昨日とは違う状況なんだから。僕への義理立てとか、そんなくだらないことで、今しなきゃいけないことをごまかすなんてダメだよ」
黒崎さんが顔を歪める。
「あ、ほら! 黒崎さんが顔を歪めて騙されたって思ってる!」
「本当に……騙された気分ですよ……」
黒崎さんが謝りながら席を立つ。
「来週もよろしくね……」
余裕のない顔で黒崎さんは一礼して席を後にした。今日も自腹か、と豪勢な食事を眺めていたら、自然と笑いが込み上げた。
土曜日、僕は椎名君と約束したわけでもないのに喫茶店のあるビルの前にいた。午前中、鏡一式を受け取り、気分が舞い上がって連絡もせずに来てしまった。
しばらくビルの下で迷っていたが、もうこういう無駄な時間は極力減らそうと決心しエレベーターホールに向かう。
店に入ってすぐのレジで丁度椎名君がお会計の対応をしていた。お姉さまが名残惜しそうにお釣りを受け取る時に椎名君が僕に気がついて、あの独特な顔で笑う。お姉さまが不審げな目で僕の横を通り過ぎたと思ったら、椎名君は顔をくちゃくちゃにして笑った。
「どうしたんだよ、おっさんにしてはなかなか気が利くな!」
「来ちゃった……終わるまで待ってていい?」
椎名君は軽く鼻を掻いて、僕を席まで案内する。途中カウンターの中のママさんにも会釈をしたら、素敵な笑顔で歓迎してくれた。
「おっさん今日は何飲む?」
「あ、今日もホットと……軽食も食べていいかな?」
椎名君は僕を見てキョトンとする。
「お昼食べてなくて。椎名君が作ってくれる夕飯までもちそうもないや……」
お腹をさすって力ない笑顔で見上げると、椎名君は優しい笑顔をくれた。
「じゃあ俺のおすすめとかどう?」
「あ、うれしぃ……椎名君の好物も知れて一石二鳥だね」
椎名君はまた鼻を掻いて俯く。周りの視線を気にしてか、椎名君は足早にカウンターに戻っていった。
しかし今日も今日とてお嬢様方がフルメイクである。オフィス街の営業は土日行わないことが多いのに、よくもまぁこんなに集まるものだと感心する。と、辺りを見回してる時に目があったお姉さんがこっちに歩いてきた。
トイレはレジ側にあるからどう考えても違う目的で歩いてくる。怖くなって視線を外したらお姉さんは席の横で立ち止まって無言になった。
あれ?もしかして知り合いかな? と思って見上げたら、やっぱり知らない人だった。
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お姉さんはなんか、ちょっと様子がおかしかった。なんと形容すればいいのか適当な言葉が見つからないので誤解を恐れずに言うと、発情した動物のようだった。
「え……あの……」
「急にすみません……椎名君は秘密主義で名前しか教えてくれないから……」
いや! 僕も多分お姉さんと知ってることそんなに変わらないんじゃないかな!
恋人だと無意味に主張するわけもいかず対応に困っていたら、椎名君が助けに来てくれた。
「あの、申し訳ございません。他のお客様にご迷惑となるので……」
椎名君がガチの接客をしていることに僕は驚き、そして最近減りっぱなしのライフゲージがみるみる満たされる。
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おじさんの口から飛び出すインスタという言葉に、お姉さんがドン引きしているのがわかる。
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