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伝播するキラキラ
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「椎名君、こっちだよ!」
「こうちゃん、本当にビール飲まなくていいのかよ? ずっと電車の中で飲みたいって言ってたじゃねぇか」
「今日は特別なんだから……それよりちゃんと外でマスクした?」
「こんな平日の昼間に、こんな電車誰も乗らねぇよ!」
椎名君が僕の隣の座席にドカッと座る。その乱暴さとは裏腹に、今買ってきた飲み物を渡す動作は優しい。ありがとう、と言って受け取ろうとしたら、チュッと頬にキスをされた。
「ちょちょちょっと! 外では誰に見られてるかわからないんだから……!」
椎名君は独特の笑顔で俯きながら鼻を掻く。不自由な椎名君がなんだか寂しそうに見えて、僕は努めて明るく乾杯を促す。
「椎名君、あらためて大学合格おめでとう」
椎名君は恥ずかしいのか俯いたまま、手に持った水のペットボトルを僕に向けた。
「なんか長いようであっという間だったね……」
「こうちゃんが、楽しくなるようにしてくれたからだよ」
椎名君がついと通路側を向いた。だから僕は椎名君の胸を撫でた。何度かしょうもないケンカをしたことがあるが、こうしたら椎名君が喜んでくれた。それからというもの椎名君が顔を背けると胸を撫でるのが条件反射のようになってしまった。
椎名君の胸を撫でながら思う。この1年本当に椎名君は忙しかった。受験勉強の合間にダンスの練習や撮影をして……自分で立てておいてなんだが、結構なハードスケジュールだった。でも椎名君がストレスを溜め込んでいたのには、別の理由があった。
「今日行くところは2人でゆっくり観光もできると思うから、そうしたら椎名君にいっぱい甘えるんだ」
へへっと笑ったら椎名君は振り返らずに僕の手を握る。付き合いはじめの頃は人目を憚らず僕の手を引き、なんだったらどこででもキスをしてくれた。それを制限されることが彼にとってこんなにストレスになるとは思いもよらなかった。
椎名君のダンスの動画は投稿初期はあまり人気が出なかった。ビル前で踊る時や喫茶店にポップを置くなどの草の根活動をしていた時期があったからこそ、動画がバズった後の対応を考えるに至らなかった。
「椎名君……」
動画の再生数が伸びなくても、僕たちは満足していた。形にして残すことや、マーケティングに熱中することに満足してしまっていたのだ。そういった気の緩みから、ある動画を誤って公開したことが僕たちの世界を一変させた。
いつもは新作振り付けの撮影をするのに、椎名君が僕に踊りを教えると言い出したことがあった。後で見て練習をしろ、と椎名君に言われるがまま練習風景を撮影して、保存のために非公開でアップロードした。その動画が間違って公開されていることに気がつかないまま、瞬く間に再生数が伸びてしまった。
地道な草の根活動から一転、急に脚光を浴びたことで、僕は盲目になってしまっていた。何も考えず動画の内容を2人で楽しくダンスレッスンをする方向に変えた。僕にはユーザーが再生する理由はすぐに理解できた。なぜならば、最初に間違って公開した動画は僕が何度見ても楽しく、愛おしかったからだ。2人のキラキラした時間がそのまま切り取られたみたいだった。
僕たちのやり取りの中でいかにダンスが楽しいか、また僕のような素人が隣にいることで椎名君のダンスがいかにすごいかを、ユーザーに共感させることができたのだ。2人のキラキラが見てくれている人に伝播していくことに感動して、僕は夢中で動画を上げ続けた。動画をきっかけにダンスを始めたというコメントが死ぬほど嬉しかった。でも……。
最近は街中でも声をかけられることが多くなってきた。こんな僕でさえ。それがこんなに椎名君を窮屈にさせることとは思わなかった。
椎名君は思った以上に独占欲が強かったのだ。
「僕は椎名君だけのものだよ」
「ん……」
「これで奨学金を借りなくてもなんとかなりそうだし、プロのダンサーになったらいつかは2人が味あわなきゃいけなかったんだから」
「ん……」
「アキラ……こっち向いて」
椎名君は振り向きざま僕の手を離して、そのままほっぺたを掴む。
「なんでそういう時だけ!」
「ほら、そのために今日は電車にしたんだから。問題があるなら、2人でちゃんと考えよ?」
僕は座席下のカバンからノーパソを取り出す。いろいろなTODOリストが所狭しと書かれた画面を2人で覗き込む。そのリストは完了したものも未完のものもごちゃ混ぜになっていた。だから未完のタスクのみを表示しようとした時に、1つ完了した重要なタスクを指差して椎名君に笑いかける。
「これが僕にとっては1番重いタスクだったから……この旅行の前に完了してホッとしてるんだ……」
そこに書かれたタスクは「ご両親への挨拶」だった。
「こうちゃんにしては勇敢だったよ。何度も大丈夫だって言ってるのにさ、あんな……ガチガチで……」
椎名君は思い出して笑いはじめる。笑い事じゃないよ。
「普通緊張するもん! 身内の“大丈夫”なんてアテにならないもん!」
「大丈夫だったろ?」
「大丈夫だったけど……」
「こうちゃん……ぶはっ……かっこよかったよ……」
「すぐ馬鹿にして! 今度行く時、家族もドン引きするくらい高価な菓子折持っていくんだから!」
「わかった、わかった。ごめん」
椎名君の大学入学を機に僕の家で一緒に暮らすことになった。椎名君は僕のことも包み隠さず話して両親の了承を得たと言ったが、大人として挨拶も無しに一緒に暮らすこともできなかった。だから時間を作っていただいてご両親への挨拶に行ったのだ。それをネタに今まで何度、椎名君にからかわれたかわからない。
でもそんなガチガチの僕とは裏腹に、椎名君のご両親は自由だった。好きなものしか追い求めない椎名君は、こういう両親から形成されるのだなと思えるくらい、いい意味で息子のことに無関心だった。
「こうちゃん、本当にビール飲まなくていいのかよ? ずっと電車の中で飲みたいって言ってたじゃねぇか」
「今日は特別なんだから……それよりちゃんと外でマスクした?」
「こんな平日の昼間に、こんな電車誰も乗らねぇよ!」
椎名君が僕の隣の座席にドカッと座る。その乱暴さとは裏腹に、今買ってきた飲み物を渡す動作は優しい。ありがとう、と言って受け取ろうとしたら、チュッと頬にキスをされた。
「ちょちょちょっと! 外では誰に見られてるかわからないんだから……!」
椎名君は独特の笑顔で俯きながら鼻を掻く。不自由な椎名君がなんだか寂しそうに見えて、僕は努めて明るく乾杯を促す。
「椎名君、あらためて大学合格おめでとう」
椎名君は恥ずかしいのか俯いたまま、手に持った水のペットボトルを僕に向けた。
「なんか長いようであっという間だったね……」
「こうちゃんが、楽しくなるようにしてくれたからだよ」
椎名君がついと通路側を向いた。だから僕は椎名君の胸を撫でた。何度かしょうもないケンカをしたことがあるが、こうしたら椎名君が喜んでくれた。それからというもの椎名君が顔を背けると胸を撫でるのが条件反射のようになってしまった。
椎名君の胸を撫でながら思う。この1年本当に椎名君は忙しかった。受験勉強の合間にダンスの練習や撮影をして……自分で立てておいてなんだが、結構なハードスケジュールだった。でも椎名君がストレスを溜め込んでいたのには、別の理由があった。
「今日行くところは2人でゆっくり観光もできると思うから、そうしたら椎名君にいっぱい甘えるんだ」
へへっと笑ったら椎名君は振り返らずに僕の手を握る。付き合いはじめの頃は人目を憚らず僕の手を引き、なんだったらどこででもキスをしてくれた。それを制限されることが彼にとってこんなにストレスになるとは思いもよらなかった。
椎名君のダンスの動画は投稿初期はあまり人気が出なかった。ビル前で踊る時や喫茶店にポップを置くなどの草の根活動をしていた時期があったからこそ、動画がバズった後の対応を考えるに至らなかった。
「椎名君……」
動画の再生数が伸びなくても、僕たちは満足していた。形にして残すことや、マーケティングに熱中することに満足してしまっていたのだ。そういった気の緩みから、ある動画を誤って公開したことが僕たちの世界を一変させた。
いつもは新作振り付けの撮影をするのに、椎名君が僕に踊りを教えると言い出したことがあった。後で見て練習をしろ、と椎名君に言われるがまま練習風景を撮影して、保存のために非公開でアップロードした。その動画が間違って公開されていることに気がつかないまま、瞬く間に再生数が伸びてしまった。
地道な草の根活動から一転、急に脚光を浴びたことで、僕は盲目になってしまっていた。何も考えず動画の内容を2人で楽しくダンスレッスンをする方向に変えた。僕にはユーザーが再生する理由はすぐに理解できた。なぜならば、最初に間違って公開した動画は僕が何度見ても楽しく、愛おしかったからだ。2人のキラキラした時間がそのまま切り取られたみたいだった。
僕たちのやり取りの中でいかにダンスが楽しいか、また僕のような素人が隣にいることで椎名君のダンスがいかにすごいかを、ユーザーに共感させることができたのだ。2人のキラキラが見てくれている人に伝播していくことに感動して、僕は夢中で動画を上げ続けた。動画をきっかけにダンスを始めたというコメントが死ぬほど嬉しかった。でも……。
最近は街中でも声をかけられることが多くなってきた。こんな僕でさえ。それがこんなに椎名君を窮屈にさせることとは思わなかった。
椎名君は思った以上に独占欲が強かったのだ。
「僕は椎名君だけのものだよ」
「ん……」
「これで奨学金を借りなくてもなんとかなりそうだし、プロのダンサーになったらいつかは2人が味あわなきゃいけなかったんだから」
「ん……」
「アキラ……こっち向いて」
椎名君は振り向きざま僕の手を離して、そのままほっぺたを掴む。
「なんでそういう時だけ!」
「ほら、そのために今日は電車にしたんだから。問題があるなら、2人でちゃんと考えよ?」
僕は座席下のカバンからノーパソを取り出す。いろいろなTODOリストが所狭しと書かれた画面を2人で覗き込む。そのリストは完了したものも未完のものもごちゃ混ぜになっていた。だから未完のタスクのみを表示しようとした時に、1つ完了した重要なタスクを指差して椎名君に笑いかける。
「これが僕にとっては1番重いタスクだったから……この旅行の前に完了してホッとしてるんだ……」
そこに書かれたタスクは「ご両親への挨拶」だった。
「こうちゃんにしては勇敢だったよ。何度も大丈夫だって言ってるのにさ、あんな……ガチガチで……」
椎名君は思い出して笑いはじめる。笑い事じゃないよ。
「普通緊張するもん! 身内の“大丈夫”なんてアテにならないもん!」
「大丈夫だったろ?」
「大丈夫だったけど……」
「こうちゃん……ぶはっ……かっこよかったよ……」
「すぐ馬鹿にして! 今度行く時、家族もドン引きするくらい高価な菓子折持っていくんだから!」
「わかった、わかった。ごめん」
椎名君の大学入学を機に僕の家で一緒に暮らすことになった。椎名君は僕のことも包み隠さず話して両親の了承を得たと言ったが、大人として挨拶も無しに一緒に暮らすこともできなかった。だから時間を作っていただいてご両親への挨拶に行ったのだ。それをネタに今まで何度、椎名君にからかわれたかわからない。
でもそんなガチガチの僕とは裏腹に、椎名君のご両親は自由だった。好きなものしか追い求めない椎名君は、こういう両親から形成されるのだなと思えるくらい、いい意味で息子のことに無関心だった。
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