生きるのがツラくてなにが悪い!

大田ネクロマンサー

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2人だけの光(※)

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「こうちゃん、奮発しすぎだろ……」

 モダンな旅館の一室に足を踏み入れるなり椎名君が感嘆する。

「し、椎名君のためだけじゃないもん……」

 恐ろしいくらい時間をかけて選び抜いた理想の宿だった。それを椎名君が喜ぶでもなく若干引いていることが少し悲しい。

「こうちゃん……?」

「ここ、外に温泉があってね。2人だけで入れるんだよ」

 おじさんの本気にドン引きする椎名君に言い訳がましく言う。

「ん……ほら」

 椎名君が僕を呼ぶ。僕はおずおずと彼に近づき、しがみついた。椎名君は僕を労うように、鼻を押し当てて好きだと言ってくれる。

 受験まで多忙だったという理由に加え、土日のどちらかは黒崎さんがダンスレッスンをしてくれたので、2人きりという時間が極端に減ってしまった。動画で認知度が上がってからは、椎名君と外に出歩くことも少なくなってしまい、1週間に1度という制限の中、2人の時間をやりくりしてきたのだ。

「こうちゃん、一緒に入ろ?」

「う、うん。その、内風呂もあって……その……終わったら……2人で入ろ……?」

 そういうこともちゃんと調べてくる周到さが恥ずかしくて声がどんどん小さくなってしまう。

「こうちゃんさ……」

 椎名君が神妙な声を出すから思わず顔を上げてしまう。

「今日もし、できなくても俺、こうちゃんといられるだけで嬉しいからさ。そんな緊張するなよ」

 僕が最も恐れていたことを簡単に見破るその愛情深さに、感情が喉元まで駆け上がっきた。それを噛み殺して震える声でお願いする。

「椎名君は外の……使って……」

「ん……こうちゃん急がなくていいから」

 椎名君はこれまでの時間で僕の恐れていることを全て知り尽くしているかのようだった。それが嬉しくて嬉しくて、不要なおねだりをしてしまう。

「もう一回、好きってして……」

 椎名君は鼻と鼻をこすり合わせたあと、やっぱり優しいキスを何度もしてくれる。そして僕の頭を撫でたら、外の風呂に向かって行ってしまった。



 僕が風呂を出たら、待ちくたびれただろう椎名君はベッドの端に座っていた。

「椎名君、浴衣も似合う!」

「こうちゃんも似合ってるよ。よく見せてよ」

 無邪気に走り寄って、椎名君の浴衣姿を堪能する。顔の彫りは深いのに不思議と似合うのはなぜだろうと舐め回すように見ていたら、椎名君はクスクス笑って僕の手をとった。

「こうちゃん、大好きだよ」

 その言葉にびっくりして、僕は硬直する。椎名君は極度の恥ずかしがり屋で、好きとかそういった言葉を言ってはくれない。付き合い初めてから一年弱の間、記憶にあるのはたった一度だけだ。

「ごめん、怖がらないで」

 そう言って椎名君は僕の帯に手をかけた。シュルッと布が擦れる音がしたと思ったら、体の前半分が急に空気に曝される。

 椎名君の手がゆっくり僕の上半身を撫でる。別に今日初めて触られるわけでもないのに、ありえないほど体が敏感で、触られるたび肌がビクビクと踊る。

「こうちゃん、エステ行ったの?」

「う、うん。行っちゃった……」

「こっちきて」

 手を引かれてベッドに上がる。僕を仰向けに押し倒して椎名君が覆いかぶさった。その時の顔が、今まで見たことがない顔で一瞬怯んでしまう。椎名君はそれを打ち消すように僕の唇を喰んで、熱い舌で内側を潤してくれた。

「嫌だったら言って」

 そう言い残し椎名君は僕の身体中の肌という肌を貪った。それは制限された中で何度も言わされた「どういう風に抱かれたいのか」という僕の願望全てだった。

 恥ずかしくてずっと言えずにいた僕の感じる全ての場所を知り尽くし、同時にどの程度までだったら耐えられるかも知り尽くしていた。

 椎名君は久しく触っていなかった僕の窄まりを確かめるように解していく。でもその気遣いが僕を焦らして、限界までの距離を一気に縮める。

「あっ……あぁっ……椎名君……」

「名前……」

「あきらぁ……! あきらにもしたいよぉ!」

「こうちゃん、今日は我慢して」

 その瞬間、指が中に挿入された。椎名君の指、そう思うだけで快感が脳天を突き抜け悲鳴を上げてしまう。椎名君は中も知り尽くしてか、僕を果てさせないように一箇所を避けて、僕と椎名君の接点を広げていく。

「あっあっんっ……もう……あきらぁ!」

 椎名君が低く唸って、僕の顔に近づく。再び僕の唇を喰んでいる間、椎名君が自分の下半身に何をしているのかわかった。

 解された接点に、椎名君自身を押し当てた時、少しの緊張が2人の間の空気を揺らした。

「こうちゃん、今日できなくても大丈夫だから」

「あ……はっ……ちゃんと……言われたとおり……練習したもん……入れて……あきら……」

 椎名君が顔に鼻を押し当てる。

 そして一気に貫かれた。

「ああああっ……あっ……んんっ……」

「痛い……?」

「はっ……あ、熱い……い、痛くない……」

 椎名君は更に鼻を押し当てる。次の瞬間、グッと奥へ挿入され、体全体を貫かれたような衝撃が襲う。

 衝撃に震える僕に椎名君がキスをする。それで全部入ったんだとわかって、安堵と幸福が胸いっぱいに広がった。

「こうちゃん……ごめん……」

 ゆっくり体を起こしながら言う椎名君の瞳はわずかに潤んでいて、僕はそのたゆたう光に心ごと奪われる。

「こんなにいい宿とってくれたのに……あんまり我慢できそうにないや……」

「我慢なんて……しないでよぉ……!」

 椎名君が顔を背ける。

「こうちゃんが……好きなんだよ……!」

 その光景に僕の胸がギューっとなるのに、つい癖で椎名君の胸を撫でてしまう。

「我慢しないで、言ってよ……僕もアキラのこと大好きなんだよ……?」

 僕の顔にボタボタ水滴が降り、それを隠すように椎名君がキスをした。



 僕は「男に抱かれる」という表現を理解できるのかと思って、この日をずっとずっと楽しみにしてきた。椎名君にキスをされたあの日から、彼に抱かれることを心待ちにしていたのに、実際は想像と全然違った。

 2人の拙い愛はまるで脆く眩い光のようで、それが壊れないよう慈しむように抱き合う。

 抱き合う、その表現が僕には一番納得できる表現だった。こんなに幸せな納得は僕が知り得る限り人生でこれが、初めてだった。

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