生きるのがツラくてなにが悪い!

大田ネクロマンサー

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明日の天気

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 満天の星空が包む山の深い緑の風が、僕たちの肌を撫でて湯煙をさらっていく。周到に選んだこの宿は標高が高い場所にあり、季節はもう春だというのに肌を撫でる風は冷たい。湯の音が響いて、椎名君は僕を更に抱き寄せ冷えた肩に湯をかけてくれる。

「こうちゃん、痛くない?」

 椎名君は怯えるように何度も聞き、抱き枕のように僕を抱いたまま離れなかった。

「うん、椎名君が優しくしてくれたから、全然痛くないよ」

 僕の腰をさすって、何度もキスをする。さっきからずっとこんな調子だった。それが暖かい春の風のようにくすぐったくて、僕は肩を竦めて何度でも椎名君に甘えてしまう。

「明日はこの辺を散策してみようよ。いろんな美術館とかがあるんだよ」

「楽しみだな」

 椎名君が独特の顔で笑って、僕のほっぺたをつまむ。

「もしかしたら雨かもしれないけど、そうしたら2人で陶芸体験でもしようよ。椎名君お皿欲しいって言ってたでしょ?」

 椎名君は無言で顔を寄せて、僕に長いキスをしてくれた。何のスイッチが入ったのかわからないけど、求められることがいつまでたっても嬉しくて、もっともっととせがんでしまう。

「こうちゃんといると、晴れの日も雨の日も楽しいな」

 その言葉で、人生で初めて雨で嬉しいと感じた日を思い出した。

「なんか晴れの日も雨の日もって、結婚の誓いみたいだね」

 椎名君がぶはっと笑う。

「病める時も健やかなる時もだろ」

「また馬鹿にして! 椎名君とずっと一緒にいるもん! 椎名君に捨てられそうになったらドン引きするくらいすがっちゃうんだから!」

 椎名君は無言のまま僕に鼻を押しあてる。

「いてよ」

「うん」

「ずっと一緒にいてよ」

「うん。別れる時、ずっと一緒にいてくれるって言ったじゃない! とか言わないから……椎名君も言ってよ」

 椎名君は息を漏らしながら僕をきつく抱きしめて、唸り声をあげた。

「ずっと一緒にいる……誰にも……わたさない……俺だけのもんだ……」

「もっと……アキラ……」

 背中を撫でて溜め込んだストレスを吐き出すように促す。

「こうちゃんは俺だけのもんだろ……?」

「うん。うん。一緒に暮らしたらもっとこういう時間増えるから。安心してね」

「エステ行かなくても触らせろよ」

「う、うん。え……? う……ん」

「一緒に暮らしたら毎日させてよ」

「ま、毎日……!? で、でも椎名君も時間が……」

「タスクに入れればいいだろ!」

「なんで急に怒るの!? なんで!?」

 また椎名君が黙ったから僕は背中を撫で続ける。もう失うものなんてなにもないと意を決して本音を吐露する。

「毎日したいけど、僕の体力が続かなかったらごめんね……」

「おっさんだもんな……」

 本音を打ち明けたタイミングで一番言われたくないことを言う。あまりの暴言に涙がこみ上げてしまった。

「ひ……ひどいよぉ……!」

 背中を撫でていた手を離したら、椎名君が今まで見たこともない慌てた顔をした。

「ごめん、そういう意味じゃない、こうちゃんっ!」

「今まで心の底ではそう思ってたってことでしょ!? エステなんて行って若作りなんて無意味だって思ってたんでしょ!? ひどいよひどいよひどいよ!」

「違う! 無理しなくていいって言いたか……」

「でも心の底ではそう思ってたんでしょ! 一番、一番!気にしてたのに!ひっ……今日だって!んぐっ……肌が死んでるって思ってたんだ! 本当は若くてピチピチの男がいいんだ! ……ひどいよ……ひーん」

 椎名君は泣き喚く僕をどうすることもできず、迂闊に近寄れなくなった。それがかえって僕を冷静にさせて、なんて大人気ないんだと我に返る。

 椎名君はとてつもない後悔の色を滲ませ僕を見つめていた。その顔に胸がすり潰される。

「椎名く……んくっ……ごめん……椎名君が……そんなこと思ってないって……わかってる……ふっ……ごめんなさい……」

「こうちゃん……」

「好きってして……」

「こうちゃん……ごめん……」

「好きってして!」

 椎名君は唸りながら僕を抱きしめ、鼻を押しあて、キスを落とす。



 夜の森は天心の月の光を浴び、慎ましやかな静寂が悠々と闇を飲み込んでいく。

 椎名君がずっと一緒にいたいと願ってくれたこの瞬間が壊れやすいからこそ人生は眩しく尊い。

 脆く、眩い光が、また僕と椎名君の間に瞬きはじめる。これからどんなことが待ち構えていようとも、僕はこの光を決して手放さない。だから椎名君の自由も奪わない。

 今この瞬間を生きる。僕は椎名君を愛している。

<END>
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