約束へと続くストローク

葛城騰成

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第一章 新しい仲間とのストローク

第四話 更衣室での交流

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「はぁ~気持ちよかった」

 部活終了後、大浴場を満喫したウチは、洗面台の前で髪を乾かしていた。
 トリートメントをつけ、ドライヤーで乾かして、櫛で髪を整える。
 柊一君が好きな女の子の髪型がボブヘアだということを手紙で知って以来、ウチはずっとボブヘアを続けている。
 彼に会った時に可愛いと思ってもらえるように、ブラッシングもきっちり行わないと。

「ほんとうに部活終わりのお風呂は体に染みるよね~」

 ウチの言葉に賛同の意を示したのは三島ちゃんだ。ウチの背後で、ごくごくと喉を鳴らしながらジュースを飲んでいる。その姿を鏡越しに見ながら、更衣室の様子も確認する。
 更衣室にはたくさんの女子生徒がいるから、とても騒がしい。裸の子もいれば、下着姿の子もいるし、ウチらみたいにパジャマの子もいる。ここにいる全員が寮生活の子なのだと思うと、なんだかドキドキしてしまう。

「けっこう疲れたからゆっくり休みたいとこやけど、明日から朝練が始まるね」
「それね! マジ堪えるわ~」

 そう言う割には、三島ちゃんの声音はとても明るい。

「あのさ、金井っちって呼んでもいい?」
「金井っち!?」

 三島ちゃんの予想外の言葉に驚いて、思わず振り返っていた。

「うん。お風呂にいる間、なんて呼ぼうかなって考えてたんだけど、紗希っちって呼ぶのは早すぎる気がしたから、まずは金井っちでいこう! って結論になったの。もしかして、金井っちって呼ぶのダメだった?」
「いや、別にいいけど……ちょっとびっくりしちゃって」

 三島ちゃんは距離を詰めるのが早い子なんだな。あだ名に驚いたけど、仲良くしようとしているのが伝わってくるので悪い気はしない。

「金井っちも好きにわたしを呼んでいいよ。中学校の頃は、みっちーって呼ばれてた。あとはそうだな~夕って呼び捨てでも全然オッケー!」

 ウチとしては仲良くなってから呼び方が変わるほうが、お互いの距離が近くなった気がして嬉しくなれるから、段階を踏んでからにしたい。

「あはは、まずは三島ちゃん呼びから始めたいな~」

 左頬を人差し指で搔きながら答えると、三島ちゃんが「そっか~」と言いながら残念そうな表情を浮かべた。
 でも、それは一瞬のことで「じゃあ、金井っちにあだ名で呼ばれる日を楽しみにしてるね!」と言いながら笑顔を浮かべてくれた。内心ホッとしていると、中條ちゃんがビニールバックを抱えて更衣室に入ってくるのが見えた。

「おーい、中條ちゃ~ん」

 ウチが手を振って声を掛けると、向こうもすぐに気が付いてこっちに近付いてきてくれた。

「早いですね。もうお風呂を終えた後ですか」
「うん。思いっ切り泳いだせいか疲れちゃって。早く入りたくなっちゃった」
「あはは、そうですよね。金井さん、本気で泳いでいましたもんね」

 中條ちゃんは口元に手を当てながら、肩を上下させて笑っている。
 気が付けばウチは、彼女をまじまじと見つめていた。

「あ、あの、そんなにじっと見つめられると困ります。私のお顔になにかついていますか……?」
「綺麗……」

 中條ちゃんの肌の白さに吸い込まれるような、そんな感覚。自然と称賛の言葉が口から出ていた。

「い、いきなりどうしたんですか、金井さん!」
「ごめんごめん。そうだよね、いきなり褒めてきたらびっくりするよね。中條ちゃんがとっても綺麗だったから、ついつい言いたくなっちゃったんだよ」
「あ、ありがとうございます」

 中條ちゃんの頬が少しだけ紅潮している。とっても可愛い。

「それにしても遅かったじゃん、なかじょっち。なにかしてたん?」

 どうやら三島ちゃんは、中條ちゃんもあだ名で呼んでいるみたいだ。

「明日の準備とか、授業の予習とかをしてたので、遅くなってしまいました」
「「えらっ!!」」

 ウチと三島ちゃんの声が更衣室に響いた。煩かったのか、周囲から一斉に注目を浴びてしまった。ウチは慌てて口を抑える。

「そんなに偉くないですよ。今日、顧問の先生が水泳部の活動日について話していたじゃないですか。あの話を聞いた時、毎日少しずつでも勉強しておかないと後で大変になりそうだなって思ったんです」
「そうだよね~。毎週、月曜から土曜までみっちり練習するもんね。日曜日しか休めないのは、ちょっとしんどいよね~」

 三島ちゃんは平然と会話を続けているので、皆の視線とかまったく気にしてなさそうだ。

「土曜日も夕方までありますしね」
「そうそう。華の女子高生が毎日泳いでるだけっていうのも、ちょっと寂しいよね~。どこか遊びに行ったり、恋とかしたいよ~」
「あはは、忙しいかもしれないけど、たまにはお出かけとかしてリフレッシュしたいよね」
「うんうん。金井っちの言う通りだ。好きな人ができたら教えてね。言いふらしたりしないからさ」
「三島さんは気が早いです。そんなに簡単に好きな人なんてできるわけないじゃないですか」

 二人のやりとりを聞いているうちに、自然と頭に柊一君の顔を思い浮かべていた。幼い頃の彼しか知らないから、高校生になった姿を見てみたい。
 どんな風に成長しているんだろうか。スピードを速くするために筋トレを毎日欠かさず行っているみたいだし、逞しい体つきになっているのかな。もしかしたら、三島ちゃんみたいに肌が焼けているかもしれない。いろいろと想像ができる。
 きっと、かっこいいんだろうな。思わず見惚れちゃうくらいかっこいいに違いない。ああ、早く会いたいな~。

「おーい、金井っち。急にえへへって言いながら、にやけ始めたけどどうした~?」
「はっ」

 三島ちゃんに肩を揺さぶられて、意識が現実に引き戻された。いつの間にか妄想の世界に浸っていたらしい。

「金井さんって、もしかして意中のお相手がいるのですか?」
「えっ、中條ちゃん、どうして!?」
「三島さんが恋の話題を出した途端、金井さんが笑いだしたので、もしかしたら誰かのことを考えているのかな、と思いまして」
「金井っち、好きな人いるの!?」

 三島ちゃんが顔を近付けてきた。とても嬉しそうな表情を浮かべている。
 体温が上昇していくのが、なんとなくわかった。次になにを喋ろうか考えるけれど、全然思考がまとまってくれない。
 そんなウチの焦りなどお構いなしに、三島ちゃんは目を輝かせている。心なしか部活中に「すごいじゃん」って話しかけてくれた時よりも、輝いている気がする。

「う、うん。います……」

 結局、白状することしかできなかった。

「おおお、まさか恋バナができるなんて!」
「興奮しすぎですよ、三島さん。少し声のボリュームを抑えてください」

 また周囲の注目を集めているんだろうけど、今は恥ずかしくてそれどころじゃない。いくらわかりやすい性格をしているからって、こんなにあっさりとバレてしまうなんて思いもしなかった。

「どんな人なの!? 同い年? それとも年上? 年下?」
「え、あ、う~」

 どうしよう、全部話したほうがいいのかな。お手紙のこととか伝えないといけない?

「ダメですよ、三島さん。食いつき過ぎです。金井さんがパニックになっているじゃないですか。そういう話をするのはまだ早いですって」

 ウチと三島ちゃんの間に、中條ちゃんが割り込んできた。

「なかじょっちは真面目だな~。金井っちの好きな人、気にならないの?」
「気になりますけど、ぐいぐい行き過ぎですよ」

 腰に手を当てて三島ちゃんに注意をしてくれる中條ちゃん。彼女のお陰で少しだけ落ち着いてきた。

「ご、ごめん。今はその……話さなくてもいいかな……?」
「大丈夫ですよ。ちょっと三島さんが暴走しているだけなので、気にしないでください」
「なかじょっちの意地悪~」

 なんとか柊一君のことは話さないですみそうだ。
 ウチが好きな人に会うために水泳を頑張っているなんて知ったら、皆はどう思うのかな? 不純だって笑われちゃうかな? わざわざ水泳の強豪校である立清学園を選んだのだから、三島ちゃんも中條ちゃんも本気で挑んでいるよね。
 そんなことを考えていると、お風呂から出てきたばかりの璃子の姿が目に入った。背筋を伸ばして優雅に歩くのは裸の時でも変わらない。一人で出てきたところを見るに、誰かと一緒に入っていたわけではないようだ。

「金井さん。湾内さんが気になるのですか?」

 中條ちゃんに話しかけられて我に返る。ウチが璃子を見ていたのはほんの一瞬だったのに、ウチの視線を追って誰を見ているのかを突き止めたようだ。

「うん」
「金井っちって、湾内さんと昔からの知り合いなの? なんか部活中、バチバチ火花が散ってたけど」
「うん。小学校の頃からずっと一緒の学校なんだ。どんな腐れ縁なんだって感じだよね」
「昔から水泳をやっていたのですか?」
「そうだよ。ウチは友だちに誘われて水泳を始めたの。あいつがいつからやってるのか詳しく知らないけど、ウチよりも長いのは確実」
「なるほどね。そんなに前から競い合ってるんじゃあ、正真正銘のライバルじゃん!」
「ライバルって言うと聞こえはいいけど、ウチは全然勝ててないんよ。ぐぬぬぬ、今日の勝負を思い出したらまたムカついてきたわ」

 璃子の飄々とした表情とか、顧問に褒められている姿が脳裏を過る。

「でも、いくらライバルとはいえ、金井っちは湾内さんを嫌ってるよね。なにか理由でもあるの?」

 また三島ちゃんが興味津々の表情を浮かべている。

「あれ?」

 彼女の質問に答えようと記憶を遡ってみたけれど、理由が思い出せない。
 そういえば、なんでウチって璃子と仲が悪いんだっけ。
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