約束へと続くストローク

葛城騰成

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最終章 約束へと続くストローク

第二十八話 柊斗君への手紙

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 全国高等学校総合体育大会。通称インターハイ。ついに今日……八月十五日に開催される。千葉県にある会場を目の前にして、ウチは全身がガチガチに固まってしまっていた。
 璃子は中学生の時に全国を一度経験しているから大丈夫かもしれないけど、ウチは初めてだから緊張しっぱなしだ。
 とはいえ、ウチに出番はとうぶんない。四日間にかけて行われるインハイで、ウチが出場する自由形の100メートルは最終日だ。応援に回っている時間はたっぷりとあるので、今のうちに会場の空気に慣れておこうと思っている。ちなみに、璃子と中條ちゃんが出るメドレーリレーも最終日。三日間、一年生はひたすら応援に回れという神様からのお達しなんだろう。

『俺は紗希ちゃんが好きだ。転校した時から……いや、転校するよりも前からずっと紗希ちゃんのことが大好きだった』

 ふと、柊斗君の言葉が甦った。
 二人はウチが送った手紙を読んでくれただろうか? この会場のどこかに二人がいる。そう思うと、先程までとは別の緊張が襲ってきた。
 近畿大会のあの日、彼が柊一君のフリをしながら語った言葉は紛れもない本心だったんだろう。双子で比べられてきた影響か、勝ち負けや実績を残すことに執着しているみたいだった。
 確かにスポーツをしている以上、勝負は避けては通れないものだ。競争する環境に身を置くことは、自身を大きく成長させてくれると思う。でも、それだけがすべてじゃないことをウチはもう知っている。

『柊斗君へ。紗希です。急に手紙が届いてびっくりしているよね。ウチの学校に立早朝陽さんの妹がいて、その子に協力してもらって実現したんだ。ウチがどうして柊斗君に手紙を送ろうと思ったのか気になっていると思うので、早速伝えようと思います。まず初めに誤解してほしくないのは、柊斗君を責めたくて書いたわけではないということです。むしろ、柊斗君に謝りたくて書きました。だからどうか、ウチの言葉を最後まで見てほしいです』

 水泳部の皆と会場に足を踏み入れる。ピリピリとした空気に委縮してしまいそうになるけれど、無理矢理己を奮い立たせて前へと進む。

『二人が転校しちゃったあの日、ウチは柊一君と特別な関係になれたことが嬉しくて、柊斗君を仲間外れにしてしまったことを、ウチはずっと後悔していたんだ。嘘じゃないよ。柊一君に柊斗君のことを何度も聞いちゃうくらいずっと気にしてたし、本当にもう一度、柊斗君と仲良くしたかったの。でも、嘘だって思われちゃっても仕方がないよね。今まで柊斗君に向けて手紙を送ったことなんて一回もなかったもんね』

 立清学園のジャージを着てインターハイに臨んでいる事実を噛みしめる。ウチ一人では絶対に、ここに辿り着くことはできなかった。仲間がいたから、ここまでこれたんだ。皆が隣にいてくれることが、なによりも心強い。どれだけ他校の選手に恐怖しても立ち向かうことができる。

『ウチは柊斗君のことを今でも親友だと思ってる。どれだけ遠く離れていても、どれだけ時間が経っても、この気持ちはずっと変わらないって断言できるよ。いつもね、ウチが璃子に勝てなくて挫けそうになると、柊一君に勝とうと必死に泳いでいる柊斗君の姿を思い出すの。諦めない心、挑戦するひた向きさ、そういうのを柊斗君から教えてもらった気がするから』

 これまで何度も試合をするために会場に訪れたことがあるのに、いつもと景色が違って見えた。天井に照らされたライトの眩しさも、観客席から聞こえるガヤガヤと騒がしい声も、鼻孔をくすぐる塩素の匂いも、なにもかもが新鮮に感じる。

『二人が目指す先はオリンピック選手だから、立ち止まってなんていられないって焦っちゃう気持ち、わかるよ。皆に自慢できるくらいすごい実績が早くほしいのに、全然結果が理想に追いつかなくて、苦しくなっちゃうんだよね。そういう時こそ、いったん立ち止まって周りを観察してみるの。すごい人たちをしっかりと見て、自分にはなにが足りないのか考えるの』

 璃子はウチにはない冷静さを持っていたし、みっちーはべき思考に囚われていたウチに楽しむことの大切さを教えてくれたし、中條ちゃんは見返してやるって気持ちを持つことで、力強い泳ぎができるってことを実際の泳ぎで証明してくれた。

『数字だけがすべてじゃないよ。数字じゃ測れないところに思いもよらなかった発見があるから、そういう気付きを大切にするの。大切にできるようになったら、息詰まってた今日よりも明日の柊斗君はぜったいに強くなれているはずだから』

 もうすぐでインターハイ最初のプログラムが始まる。
 ウチらの夏。これまでの全てを賭けた戦いが幕を開ける。

『柊斗君のことを見てあげられなくてごめんね。そして、ずっとウチのことを好きでいてくれてありがとう。これからも水泳を一緒に頑張ろうね。紗希より』

 心を一つにするために円陣を組むことになった。中央に皆が右手を出していく。お互いの肩と肩がぶつかるくらいの距離だから、ポカポカした温かい空気に包まれる。

「立清学園、気合を入れていくぞ!」

 もう大丈夫。先程まで感じていた恐怖はどこかへ消えて、興奮がウチを包んでくれたから。

「おー!」

 部長が力強い声で叫んで、それに皆が応えた。
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