いつの日かの誰か。

瀬戸 朱音

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ほんとの彼女

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  ふと、後ろの席を見たら彼女の姿はなかった。あったのは綺麗に整えられた教科書とノート、筆箱だけだった。彼女を呼ぶ時の対処法はある程度上手くなったけど、それでも、彼女の本名が気になってしまった僕は、少しの罪悪感を胸の奥に押し込み、彼女の教科書の裏側に書いてある名前を見てしまった。
『望月 心葉このは
  女子らしい丸くて少し小さめな字が目に入った。どこかで聞いたことのある名前を見て、記憶をたどる。30秒ほど考えていたら彼女が帰ってきてしまった。僕が手にしている教科書を見た瞬間走ってこっちに向かってきた。いつもよりずっと乱暴に教科書を奪った彼女はなぜか、ひと息おいてから声を出した。
「名前、見た?」
「あ、うん。ごめん。その…そんなに嫌がるとは思わなくて。」
「あっ!ううん、こっちこそごめん。嫌がってるわけじゃないんだけど…。」
  そう言って彼女はさりげなく教科書を元の位置に戻した。もう一度僕の目を見てから、「それで…」と話し始めようとしてすぐ、チャイムが彼女の声を遮った。改めて聞く時間もないまま先生が教室に入ってきて授業が始まってしまった。
  授業中、僕は『望月 心葉』という名前についてずっと考えていた。聞いたことがある。きっと、どこかで会ったこともある。ノートの端にその名前を書いてみる。この字面もどこかで見たことがある。
  じーっとその文字を見つめていると一瞬何かが頭をよぎった。

    
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