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第一話
向き合いたい
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ノーラを抱き上げて、俺は家へと戻った。
柔らかくて温かい。けれど、その指の一本が腫れていて、折られているのは一目でわかった。
悔しさと、怒りと、それ以上に焦りが、胸の中で渦巻く。
「ごめん、すぐに治療の準備を……!」
家に着くなり、ノーラを椅子に座らせて、台所の棚を漁った。薬草は、どこに置いたっけ? 包帯は……煎じた方がいい? いや、その前に冷やすべきか?
「っく、なんで俺はこんな時に限って……っ」
手が震える。自分でも、情けないくらいだった。
自分のことなら、鈍感でいられるのに、ノーラのことになるとどうしてこんなに慌てるんだ。
「エルド様?」
その声に振り返ると、ノーラが、微かに微笑んでいた。
……笑ってる? あんなに表情を張りつけたようだった彼女が、俺の前で、ちゃんと笑ってくれていた。
何かをこらえて、堪えて、隠していたものを、ほんの少しだけ外してくれたような。そんな、あたたかい笑顔だった。
心臓が跳ねた。
「……だ、大丈夫なのか? その指……すぐに……」
「ええ。大丈夫です。私、こう見えて神聖魔法が得意なんですよ?」
ノーラは自分の指先にそっと手を当て、目を閉じた。
「《ヒール》」
光が、滲んだ。
ふわりと、やわらかい光が腫れた指先に流れ込んでいく。その光は、まるで春の陽だまりのようで。
数秒後には、痛々しかった指の腫れも、痣も、きれいに消えていた。
「……なおった」
俺がぽつりと呟くと、ノーラは小さく頷いた。
「これくらいなら、すぐに……。あっ」
彼女が立ち上がって、俺に近づく。
「その……エルド様の、頬……少し、切れてます」
「え?」
言われて気づいた。さっきの戦いで、どこかで引っかけたらしい。じわりと血がにじんでいた。
ノーラの指が、そっと俺の頬に触れる。
また、あの光が、すっと灯った。
……あたたかい。
指先から流れ込むぬくもりが、肌に触れているだけで、心の奥まで届いてくるようで。
それは、痛みを消すだけじゃなかった。
「……すげぇな、ノーラ。ほんとに。こんな魔法、俺、初めてだ」
そう口にした俺を見て、ノーラは一瞬だけ、表情を曇らせた。
影が、落ちたようだった。
それは、たぶん、誰にも見せてこなかった顔だ。
「ノーラ……」
俺は、立ち上がり、彼女と向き合う。
「……よかったら、教えてくれないか?」
「……何を、でしょうか?」
「ノーラが、どんな過去を背負って、どんな気持ちでここに来たのか。……俺は、何も知らないまま、夫になった。でも、それはきっと間違ってたんだ」
伝えたいのは、責めることでも、詮索でもない。
「俺は……ノーラの本物の夫になりたい。ちゃんと知りたいんだ、ノーラのことを。何を抱えてるのか。どんな思いで、この村で……この家で、生きようとしてるのか」
俺にできることなんて、ほんの少しかもしれない。
でも、少なくとも一人で抱え込ませたくはなかった。
ノーラが見せた、あの優しさに。
ちゃんと応えたいと思ったから。
そっと、彼女の手を取る。
「……聞かせてくれないか?」
彼女はしばらく黙っていた。けれど、やがて、ゆっくりと、目を伏せたまま、口を開いた。
柔らかくて温かい。けれど、その指の一本が腫れていて、折られているのは一目でわかった。
悔しさと、怒りと、それ以上に焦りが、胸の中で渦巻く。
「ごめん、すぐに治療の準備を……!」
家に着くなり、ノーラを椅子に座らせて、台所の棚を漁った。薬草は、どこに置いたっけ? 包帯は……煎じた方がいい? いや、その前に冷やすべきか?
「っく、なんで俺はこんな時に限って……っ」
手が震える。自分でも、情けないくらいだった。
自分のことなら、鈍感でいられるのに、ノーラのことになるとどうしてこんなに慌てるんだ。
「エルド様?」
その声に振り返ると、ノーラが、微かに微笑んでいた。
……笑ってる? あんなに表情を張りつけたようだった彼女が、俺の前で、ちゃんと笑ってくれていた。
何かをこらえて、堪えて、隠していたものを、ほんの少しだけ外してくれたような。そんな、あたたかい笑顔だった。
心臓が跳ねた。
「……だ、大丈夫なのか? その指……すぐに……」
「ええ。大丈夫です。私、こう見えて神聖魔法が得意なんですよ?」
ノーラは自分の指先にそっと手を当て、目を閉じた。
「《ヒール》」
光が、滲んだ。
ふわりと、やわらかい光が腫れた指先に流れ込んでいく。その光は、まるで春の陽だまりのようで。
数秒後には、痛々しかった指の腫れも、痣も、きれいに消えていた。
「……なおった」
俺がぽつりと呟くと、ノーラは小さく頷いた。
「これくらいなら、すぐに……。あっ」
彼女が立ち上がって、俺に近づく。
「その……エルド様の、頬……少し、切れてます」
「え?」
言われて気づいた。さっきの戦いで、どこかで引っかけたらしい。じわりと血がにじんでいた。
ノーラの指が、そっと俺の頬に触れる。
また、あの光が、すっと灯った。
……あたたかい。
指先から流れ込むぬくもりが、肌に触れているだけで、心の奥まで届いてくるようで。
それは、痛みを消すだけじゃなかった。
「……すげぇな、ノーラ。ほんとに。こんな魔法、俺、初めてだ」
そう口にした俺を見て、ノーラは一瞬だけ、表情を曇らせた。
影が、落ちたようだった。
それは、たぶん、誰にも見せてこなかった顔だ。
「ノーラ……」
俺は、立ち上がり、彼女と向き合う。
「……よかったら、教えてくれないか?」
「……何を、でしょうか?」
「ノーラが、どんな過去を背負って、どんな気持ちでここに来たのか。……俺は、何も知らないまま、夫になった。でも、それはきっと間違ってたんだ」
伝えたいのは、責めることでも、詮索でもない。
「俺は……ノーラの本物の夫になりたい。ちゃんと知りたいんだ、ノーラのことを。何を抱えてるのか。どんな思いで、この村で……この家で、生きようとしてるのか」
俺にできることなんて、ほんの少しかもしれない。
でも、少なくとも一人で抱え込ませたくはなかった。
ノーラが見せた、あの優しさに。
ちゃんと応えたいと思ったから。
そっと、彼女の手を取る。
「……聞かせてくれないか?」
彼女はしばらく黙っていた。けれど、やがて、ゆっくりと、目を伏せたまま、口を開いた。
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