24 / 134
第一話
過去を話し。
しおりを挟む
《side ノーラ・フィアステラ》
私は、公爵家の娘として、この世界に生を受けました。
名門フィアステラ家。その名に恥じぬよう、物心がつく前から礼儀を教えられ、言葉遣いを正され、周囲の目に“ふさわしい令嬢”であることを求められて育ちました。
けれど、私には母がいません。
母は、私が五つの頃、病で他界しました。
やわらかく微笑む母の顔は、今でも覚えています。けれど、それは記憶というより、夢に近い幻のようで、触れようとすると、いつも指の先ですり抜けていくものでした。
それでも、私に泣くことは許されない。
弱さだと教えられてきたから。
公爵家の娘として、立派であれと。誰かの期待を裏切らぬよう、常に背筋を伸ばし、顔を上げ、凛としていなければならなかった。
「お前は、将来、王子の妃となるのだ」
父がそう告げたのは、私がまだ十歳になったばかりの頃でした。
第三王子、ドウマ・ディセウス・ヴァルトゼン殿下。
そのお相手として選ばれたことは、フィアステラ家にとっても、王国にとっても名誉だと、父は言いました。
それからの日々は、王子の妻になるための人形になる準備でした。
舞踏、茶会、乗馬、刺繍、礼法、歴史、国政、外交。
与えられた教本と指導のすべてを、私は黙って受け入れました。
言葉にすることはありませんでしたが……本当は、苦しいと思うこともありました。けれど、誰にも言えない。
ふさわしい妃とは、そういうものだと信じていたから。
やがて、私の中に神聖魔法の才があると判明したのは、十四歳の時です。
母譲りのものだと、父は喜びました。
それからは、公爵として各地を巡る父に同行し、施しの場に立つようになりました。
病に伏した人々、怪我を負った子供たち、食糧に困る村々。
私は、祈りの言葉と共に手を差し伸べ、癒しの光を与えました。
人々は私を「聖女」と呼びました。
最初は、ただの偶然だと思います。けれど、それはやがて、称号となって広まりました。
そして、私はその名にふさわしくあろうと、さらに努めるようになりました。
あの頃の私には、“自分”というものがありませんでした。
誰かのために、何かのために、ずっと、歩いてきたから。それが当然だと思っていた。何も考えなくて済むから、楽だったのかもしれません。
だけど……誰かが手を差し伸べてくれたときに、私は、どうすればいいのか分からなくなってしまうのです。
私は、誰かを支えることしか、知らなかった。
だから、今でも思ってしまう。
私は与えられる側には、ふさわしくないのではないかと。
その矢先でした。
私は言われのない罪を着せられて追放されることになったのです。
「ノーラ・フィアステラ。貴様の罪は重い」
高台から響く、冷たい声。
金と白の礼装に身を包んだ第三王子、ドウマ・ディセウス・ヴァルトゼン殿下。
婚約者として幼い頃から共に歩み、一番近くにいた方が、軽蔑の視線を隠そうともせずに私を見下ろしていた。
「婚約者でありながら、妃候補としての品位を欠き、他の令嬢への嫌がらせを働いた上。生涯治らない傷を負わせるなどあり得ぬ……これは由々しき事態だ」
その声に、貴族たちのざわめきが広がる。
私は、ただ静かに頭を下げ続けていた。声を上げることも、反論することも許されない。
ここで発言をすれば、それは悪あがきとしか受け取られない。
「わたくしは、何もしておりません」
この言葉を誰も聞いてはくれない。
「そうだったんだな」
不意にエルド様の声がして、顔を上げれば、真っ直ぐに私を見ていました。
「辛かったんだな」
そう言ってエルド様は、私を優しく抱きしめてくれました。
気づけば、私の瞳から涙が溢れていたのです。
私は、公爵家の娘として、この世界に生を受けました。
名門フィアステラ家。その名に恥じぬよう、物心がつく前から礼儀を教えられ、言葉遣いを正され、周囲の目に“ふさわしい令嬢”であることを求められて育ちました。
けれど、私には母がいません。
母は、私が五つの頃、病で他界しました。
やわらかく微笑む母の顔は、今でも覚えています。けれど、それは記憶というより、夢に近い幻のようで、触れようとすると、いつも指の先ですり抜けていくものでした。
それでも、私に泣くことは許されない。
弱さだと教えられてきたから。
公爵家の娘として、立派であれと。誰かの期待を裏切らぬよう、常に背筋を伸ばし、顔を上げ、凛としていなければならなかった。
「お前は、将来、王子の妃となるのだ」
父がそう告げたのは、私がまだ十歳になったばかりの頃でした。
第三王子、ドウマ・ディセウス・ヴァルトゼン殿下。
そのお相手として選ばれたことは、フィアステラ家にとっても、王国にとっても名誉だと、父は言いました。
それからの日々は、王子の妻になるための人形になる準備でした。
舞踏、茶会、乗馬、刺繍、礼法、歴史、国政、外交。
与えられた教本と指導のすべてを、私は黙って受け入れました。
言葉にすることはありませんでしたが……本当は、苦しいと思うこともありました。けれど、誰にも言えない。
ふさわしい妃とは、そういうものだと信じていたから。
やがて、私の中に神聖魔法の才があると判明したのは、十四歳の時です。
母譲りのものだと、父は喜びました。
それからは、公爵として各地を巡る父に同行し、施しの場に立つようになりました。
病に伏した人々、怪我を負った子供たち、食糧に困る村々。
私は、祈りの言葉と共に手を差し伸べ、癒しの光を与えました。
人々は私を「聖女」と呼びました。
最初は、ただの偶然だと思います。けれど、それはやがて、称号となって広まりました。
そして、私はその名にふさわしくあろうと、さらに努めるようになりました。
あの頃の私には、“自分”というものがありませんでした。
誰かのために、何かのために、ずっと、歩いてきたから。それが当然だと思っていた。何も考えなくて済むから、楽だったのかもしれません。
だけど……誰かが手を差し伸べてくれたときに、私は、どうすればいいのか分からなくなってしまうのです。
私は、誰かを支えることしか、知らなかった。
だから、今でも思ってしまう。
私は与えられる側には、ふさわしくないのではないかと。
その矢先でした。
私は言われのない罪を着せられて追放されることになったのです。
「ノーラ・フィアステラ。貴様の罪は重い」
高台から響く、冷たい声。
金と白の礼装に身を包んだ第三王子、ドウマ・ディセウス・ヴァルトゼン殿下。
婚約者として幼い頃から共に歩み、一番近くにいた方が、軽蔑の視線を隠そうともせずに私を見下ろしていた。
「婚約者でありながら、妃候補としての品位を欠き、他の令嬢への嫌がらせを働いた上。生涯治らない傷を負わせるなどあり得ぬ……これは由々しき事態だ」
その声に、貴族たちのざわめきが広がる。
私は、ただ静かに頭を下げ続けていた。声を上げることも、反論することも許されない。
ここで発言をすれば、それは悪あがきとしか受け取られない。
「わたくしは、何もしておりません」
この言葉を誰も聞いてはくれない。
「そうだったんだな」
不意にエルド様の声がして、顔を上げれば、真っ直ぐに私を見ていました。
「辛かったんだな」
そう言ってエルド様は、私を優しく抱きしめてくれました。
気づけば、私の瞳から涙が溢れていたのです。
79
あなたにおすすめの小説
真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます
難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』"
ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。
社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー……
……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!?
ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。
「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」
「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族!
「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」
かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、
竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。
「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」
人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、
やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。
——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、
「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。
世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、
最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。
初期スキルが便利すぎて異世界生活が楽しすぎる!
霜月雹花
ファンタジー
神の悪戯により死んでしまった主人公は、別の神の手により3つの便利なスキルを貰い異世界に転生する事になった。転生し、普通の人生を歩む筈が、又しても神の悪戯によってトラブルが起こり目が覚めると異世界で10歳の〝家無し名無し〟の状態になっていた。転生を勧めてくれた神からの手紙に代償として、希少な力を受け取った。
神によって人生を狂わされた主人公は、異世界で便利なスキルを使って生きて行くそんな物語。
書籍8巻11月24日発売します。
漫画版2巻まで発売中。
スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~
深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】
異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!
猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣で最強すぎて困る
マーラッシュ
ファンタジー
旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・
何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。
異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。
ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。
断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。
勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。
ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。
勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。
プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。
しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。
それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。
そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。
これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。
没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます
六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。
彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。
優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。
それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。
その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。
しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。
※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。
詳細は近況ボードをご覧ください。
ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜
平明神
ファンタジー
ユーゴ・タカトー。
それは、女神の「推し」になった男。
見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。
彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。
彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。
その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!
女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!
さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?
英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───
なんでもありの異世界アベンジャーズ!
女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕!
※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。
※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@2025/11月新刊発売予定!
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
《作者からのお知らせ!》
※2025/11月中旬、 辺境領主の3巻が刊行となります。
今回は3巻はほぼ全編を書き下ろしとなっています。
【貧乏貴族の領地の話や魔導車オーディションなど、】連載にはないストーリーが盛りだくさん!
※また加筆によって新しい展開になったことに伴い、今まで投稿サイトに連載していた続話は、全て取り下げさせていただきます。何卒よろしくお願いいたします。
【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】
最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。
戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。
目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。
ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!
彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる