俺の嫁が可愛すぎるので、とりあえず隣国を滅ぼすことにした。

イコ

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第一話

過去を話し。

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《side ノーラ・フィアステラ》

 私は、公爵家の娘として、この世界に生を受けました。

 名門フィアステラ家。その名に恥じぬよう、物心がつく前から礼儀を教えられ、言葉遣いを正され、周囲の目に“ふさわしい令嬢”であることを求められて育ちました。

 けれど、私には母がいません。

 母は、私が五つの頃、病で他界しました。

 やわらかく微笑む母の顔は、今でも覚えています。けれど、それは記憶というより、夢に近い幻のようで、触れようとすると、いつも指の先ですり抜けていくものでした。

 それでも、私に泣くことは許されない。
 弱さだと教えられてきたから。

 公爵家の娘として、立派であれと。誰かの期待を裏切らぬよう、常に背筋を伸ばし、顔を上げ、凛としていなければならなかった。

「お前は、将来、王子の妃となるのだ」

 父がそう告げたのは、私がまだ十歳になったばかりの頃でした。

 第三王子、ドウマ・ディセウス・ヴァルトゼン殿下。

 そのお相手として選ばれたことは、フィアステラ家にとっても、王国にとっても名誉だと、父は言いました。

 それからの日々は、王子の妻になるための人形になる準備でした。

 舞踏、茶会、乗馬、刺繍、礼法、歴史、国政、外交。

 与えられた教本と指導のすべてを、私は黙って受け入れました。
 
 言葉にすることはありませんでしたが……本当は、苦しいと思うこともありました。けれど、誰にも言えない。

 ふさわしい妃とは、そういうものだと信じていたから。

 やがて、私の中に神聖魔法の才があると判明したのは、十四歳の時です。

 母譲りのものだと、父は喜びました。

 それからは、公爵として各地を巡る父に同行し、施しの場に立つようになりました。

 病に伏した人々、怪我を負った子供たち、食糧に困る村々。
 私は、祈りの言葉と共に手を差し伸べ、癒しの光を与えました。

 人々は私を「聖女」と呼びました。

 最初は、ただの偶然だと思います。けれど、それはやがて、称号となって広まりました。

 そして、私はその名にふさわしくあろうと、さらに努めるようになりました。

 あの頃の私には、“自分”というものがありませんでした。

 誰かのために、何かのために、ずっと、歩いてきたから。それが当然だと思っていた。何も考えなくて済むから、楽だったのかもしれません。

 だけど……誰かが手を差し伸べてくれたときに、私は、どうすればいいのか分からなくなってしまうのです。

 私は、誰かを支えることしか、知らなかった。

 だから、今でも思ってしまう。

 私は与えられる側には、ふさわしくないのではないかと。

 その矢先でした。

 私は言われのない罪を着せられて追放されることになったのです。

「ノーラ・フィアステラ。貴様の罪は重い」

 高台から響く、冷たい声。

 金と白の礼装に身を包んだ第三王子、ドウマ・ディセウス・ヴァルトゼン殿下。
 
 婚約者として幼い頃から共に歩み、一番近くにいた方が、軽蔑の視線を隠そうともせずに私を見下ろしていた。

「婚約者でありながら、妃候補としての品位を欠き、他の令嬢への嫌がらせを働いた上。生涯治らない傷を負わせるなどあり得ぬ……これは由々しき事態だ」

 その声に、貴族たちのざわめきが広がる。

 私は、ただ静かに頭を下げ続けていた。声を上げることも、反論することも許されない。

 ここで発言をすれば、それは悪あがきとしか受け取られない。

「わたくしは、何もしておりません」

 この言葉を誰も聞いてはくれない。

「そうだったんだな」

 不意にエルド様の声がして、顔を上げれば、真っ直ぐに私を見ていました。

「辛かったんだな」

 そう言ってエルド様は、私を優しく抱きしめてくれました。

 気づけば、私の瞳から涙が溢れていたのです。
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