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聖女のお披露目
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それから私は、時々、休み時間にギルドに顔を出すようになった。タナートとの魔法の実戦訓練とダムの指名依頼のためだ。あの掃除で味を占めたダムは、7日に1度程度の割合で私に掃除を頼むようになった。銀貨1枚で書類の整理までは破格値のようだ。
「ちびは、聖女様のパレードは見に行くのか?」
この世界に来てから、だいたい1月が経った。
「何それ?」
聖女のパレード?あれか。オープンカーならぬオープン馬車で高貴な笑みをうかべて手を振る、あれか。素であれをやるのか?!
「10日後、精霊王様たちの導きで来られた聖女様の披露目が王宮であるんだがな。俺たち平民はその披露目や夜会なんぞ行けないから、あちらが態々お下りくださる有り難い行為だ」
ダムの言葉の端々に皮肉が込められている。この世界で、聖女は嫌われ者なのかな?
「ふうん。聖女様が態々喚ばれるほど、この世界って切羽詰まってるの?」
「いいや。切羽詰まってるのは王侯貴族の方じゃねぇのか。なんせ、今回の召喚はでっち上げだってぇ噂が立つくらいだ」
王侯貴族が切羽詰まってる?あの一癖も二癖もありそうな殿下とあそこに居合わせた人たちは、確かに胡散臭かった。でっち上げでないことはよく知っているが、精霊王様たちの意思かどうか知る術はない。
「何それ。ヤバくない?」
「ヤベェな」
「・・・・。まあ、興味ないかな」
それは本音だ。ちょっと見たい気もしなくはないけど、興味は、ない。
そして、パレード当日。外はお祭り騒ぎで賑わっている。屋台もいつもより多いらしい。王都の人口も5日前くらいから急増した。
「ミャーサ。本当にいいのかい?」
「もちろん。ロキのことは見ておくよ。こんな炎天下じゃ、私にはキツいもん」
お祭り騒ぎの街を見物に行くロルフ家族に代わって、私はこの宿にまだ産まれたばかりのロキと残る。次の授乳まで5時間以上あるから、聖女様パレードを見てから戻っても余裕だ。私はパレードが終わった後、夕方から街に繰り出す。万が一を考えての安全策というわけ。ここは、大通りから一本入ったところだから、そこまで騒々しくはない。宿泊客も今日はほとんどが祭りに出掛けて、余程でないと戻ってこないだろう。私は、受付でのんびりと針仕事をすることにした。
「あれ?ミャーサ。祭りには行かないの?」
宿に残っている唯一の客、タナートが部屋から出て来た。
「行くよ、もっと涼しくなってから。師匠は今から?」
タナートはいつの間にか私の師匠になっていた。基本を叩き込むスパルタに耐えた私へのご褒美だそうだ。
「うん。聖女様の顔を拝みに、ね」
意外にミーハーだな、タナート。その後は、誰も宿を訪れることはなく、簡素なワンピースが2枚も完成してしまった。それに刺繍を施している途中でロルフたちが戻ってきた。
「凄かったよ!聖女様、白のキラキラのお姫様のドレス着てた。おっきな青い石の首飾りも凄かったねぇ。ベイリーもあんなお洋服着てみたいなぁ」
「本当だよね。ドレスなんて暑苦しいもの着てパレードなんて初めてじゃないかい?しかも手袋までしてるなんざぁ、たいしたもんだよ」
「見てるこっちが暑くなるって。王子様の衣装が涼しげでよかったよな」
この国は暑い。砂漠はないけど、ドレスなんて真っ昼間の炎天下で着るものじゃない。そこまでしてドレスを着たい聖女の乙女心は理解不能だ。この国の涼しげな正装だって、煌びやかで素敵なのにね。
「ミャーサ、ありがとうな。ベイリーも大はしゃぎで満足しただろう」
「うん!楽しかった。ミャーサも行ってきなよ。屋台もいつもと違って楽しいよ♪」
「そっか。楽しかったか。じゃあ、私も涼しくなってきたし、行ってくるね」
ベイリーの言う通り、いつもはない甘いお菓子の屋台や珍しいかき氷の屋台が出ている。串焼きの屋台も肉の種類が変わっていた。
「おじさん♪」
「お!ミャーサか。今からか?」
この人は、お金のない私に串焼きをくれたあのおじさん。一番最初に私に優しくしてくれた人。お金が手に入ってから、時々食べに来ている。
「うん。涼しくなってきたしね。串焼き、1本ちょうだい」
「あいよ。今日は、ブルの肉だ。祭りだけの特別仕様だぞ」
「おお!ブルの肉なんて、贅沢だねぇ」
いつものピーグの肉は比較的安価でジューシーさはないけど、それなりに美味しい。でも、ブルは高級に片足を突っ込んだ肉だ。庶民には、贅沢品。それを頬張りながら、屋台を冷やかす。やっぱり、お祭りは楽しいよね♪
「そこのお嬢さん」
私が綺麗な刺繍糸とビーズのような屑石を夢中で選んでいると、嗄れたお婆さんの声が聞こえてきた。
「あんただよ。刺繍糸を選んでるお嬢さん」
刺繍糸を選んでる?それって?私はキョロキョロと周りを見回したが、その露天で刺繍糸を選んでいたのは私だけだった。
「あ、私?」
「お前さんしかいないだろ?それよりも、それを買ったら、ちょっとこっちに座りな」
なんとも怪しげなお婆さんに声をかけられてしまった。この暑いのに黒のマントを身につけてフードを被っている。まるで魔女のようだ。
「あら。珍しいこともあるもんだ。ディータ婆さんから声をかけるなんてねぇ。あんた、折角だから見てもらいなよ」
ここの主人とは知り合いのようだ。まあ、人目もあるし、折角の祭りだから、おみくじ引くつもりで見てもらうのもいいかもしれない。しっかりと目当てのものを買い込んだ私は、お婆さんと対面した。
「素直な子は好きだよ。あんた、ここの人じゃないね?」
お婆さんの言葉に身体が勝手に反応した。
「ここの会話は誰にも聞こえないからね、安心おし。それに、あんたの返答がほしいわけじゃあない。・・・・・・この世界には6つの祠がある。その祠には、精霊が宿っているとされている。サラマンダー、アクア、ウィンディー、ノーム、サン、ステラ。これから、聖女様ご一行がその祠を廻るだろう。だが、あんたは、近づいたら駄目だ。魅入られるよ。逃れるには龍の国を目指すといい」
「龍の国?」
「まあ、私の話を信じたなら、扉が開くさ」
私はこの時まだ、お婆さんの話の半分も理解できなかった。でも、思いもよらない形で龍の国への扉が開くことになり、その時私は初めてお婆さんとの出会いに感謝したのだった。
「ちびは、聖女様のパレードは見に行くのか?」
この世界に来てから、だいたい1月が経った。
「何それ?」
聖女のパレード?あれか。オープンカーならぬオープン馬車で高貴な笑みをうかべて手を振る、あれか。素であれをやるのか?!
「10日後、精霊王様たちの導きで来られた聖女様の披露目が王宮であるんだがな。俺たち平民はその披露目や夜会なんぞ行けないから、あちらが態々お下りくださる有り難い行為だ」
ダムの言葉の端々に皮肉が込められている。この世界で、聖女は嫌われ者なのかな?
「ふうん。聖女様が態々喚ばれるほど、この世界って切羽詰まってるの?」
「いいや。切羽詰まってるのは王侯貴族の方じゃねぇのか。なんせ、今回の召喚はでっち上げだってぇ噂が立つくらいだ」
王侯貴族が切羽詰まってる?あの一癖も二癖もありそうな殿下とあそこに居合わせた人たちは、確かに胡散臭かった。でっち上げでないことはよく知っているが、精霊王様たちの意思かどうか知る術はない。
「何それ。ヤバくない?」
「ヤベェな」
「・・・・。まあ、興味ないかな」
それは本音だ。ちょっと見たい気もしなくはないけど、興味は、ない。
そして、パレード当日。外はお祭り騒ぎで賑わっている。屋台もいつもより多いらしい。王都の人口も5日前くらいから急増した。
「ミャーサ。本当にいいのかい?」
「もちろん。ロキのことは見ておくよ。こんな炎天下じゃ、私にはキツいもん」
お祭り騒ぎの街を見物に行くロルフ家族に代わって、私はこの宿にまだ産まれたばかりのロキと残る。次の授乳まで5時間以上あるから、聖女様パレードを見てから戻っても余裕だ。私はパレードが終わった後、夕方から街に繰り出す。万が一を考えての安全策というわけ。ここは、大通りから一本入ったところだから、そこまで騒々しくはない。宿泊客も今日はほとんどが祭りに出掛けて、余程でないと戻ってこないだろう。私は、受付でのんびりと針仕事をすることにした。
「あれ?ミャーサ。祭りには行かないの?」
宿に残っている唯一の客、タナートが部屋から出て来た。
「行くよ、もっと涼しくなってから。師匠は今から?」
タナートはいつの間にか私の師匠になっていた。基本を叩き込むスパルタに耐えた私へのご褒美だそうだ。
「うん。聖女様の顔を拝みに、ね」
意外にミーハーだな、タナート。その後は、誰も宿を訪れることはなく、簡素なワンピースが2枚も完成してしまった。それに刺繍を施している途中でロルフたちが戻ってきた。
「凄かったよ!聖女様、白のキラキラのお姫様のドレス着てた。おっきな青い石の首飾りも凄かったねぇ。ベイリーもあんなお洋服着てみたいなぁ」
「本当だよね。ドレスなんて暑苦しいもの着てパレードなんて初めてじゃないかい?しかも手袋までしてるなんざぁ、たいしたもんだよ」
「見てるこっちが暑くなるって。王子様の衣装が涼しげでよかったよな」
この国は暑い。砂漠はないけど、ドレスなんて真っ昼間の炎天下で着るものじゃない。そこまでしてドレスを着たい聖女の乙女心は理解不能だ。この国の涼しげな正装だって、煌びやかで素敵なのにね。
「ミャーサ、ありがとうな。ベイリーも大はしゃぎで満足しただろう」
「うん!楽しかった。ミャーサも行ってきなよ。屋台もいつもと違って楽しいよ♪」
「そっか。楽しかったか。じゃあ、私も涼しくなってきたし、行ってくるね」
ベイリーの言う通り、いつもはない甘いお菓子の屋台や珍しいかき氷の屋台が出ている。串焼きの屋台も肉の種類が変わっていた。
「おじさん♪」
「お!ミャーサか。今からか?」
この人は、お金のない私に串焼きをくれたあのおじさん。一番最初に私に優しくしてくれた人。お金が手に入ってから、時々食べに来ている。
「うん。涼しくなってきたしね。串焼き、1本ちょうだい」
「あいよ。今日は、ブルの肉だ。祭りだけの特別仕様だぞ」
「おお!ブルの肉なんて、贅沢だねぇ」
いつものピーグの肉は比較的安価でジューシーさはないけど、それなりに美味しい。でも、ブルは高級に片足を突っ込んだ肉だ。庶民には、贅沢品。それを頬張りながら、屋台を冷やかす。やっぱり、お祭りは楽しいよね♪
「そこのお嬢さん」
私が綺麗な刺繍糸とビーズのような屑石を夢中で選んでいると、嗄れたお婆さんの声が聞こえてきた。
「あんただよ。刺繍糸を選んでるお嬢さん」
刺繍糸を選んでる?それって?私はキョロキョロと周りを見回したが、その露天で刺繍糸を選んでいたのは私だけだった。
「あ、私?」
「お前さんしかいないだろ?それよりも、それを買ったら、ちょっとこっちに座りな」
なんとも怪しげなお婆さんに声をかけられてしまった。この暑いのに黒のマントを身につけてフードを被っている。まるで魔女のようだ。
「あら。珍しいこともあるもんだ。ディータ婆さんから声をかけるなんてねぇ。あんた、折角だから見てもらいなよ」
ここの主人とは知り合いのようだ。まあ、人目もあるし、折角の祭りだから、おみくじ引くつもりで見てもらうのもいいかもしれない。しっかりと目当てのものを買い込んだ私は、お婆さんと対面した。
「素直な子は好きだよ。あんた、ここの人じゃないね?」
お婆さんの言葉に身体が勝手に反応した。
「ここの会話は誰にも聞こえないからね、安心おし。それに、あんたの返答がほしいわけじゃあない。・・・・・・この世界には6つの祠がある。その祠には、精霊が宿っているとされている。サラマンダー、アクア、ウィンディー、ノーム、サン、ステラ。これから、聖女様ご一行がその祠を廻るだろう。だが、あんたは、近づいたら駄目だ。魅入られるよ。逃れるには龍の国を目指すといい」
「龍の国?」
「まあ、私の話を信じたなら、扉が開くさ」
私はこの時まだ、お婆さんの話の半分も理解できなかった。でも、思いもよらない形で龍の国への扉が開くことになり、その時私は初めてお婆さんとの出会いに感謝したのだった。
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