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残酷なお芝居
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ヘルバーには、あっさりと断られてしまった。旦那様の癇気に触れたくないと。まあ、そうだよね。夕方からの観劇なんて、そう言う相手と行くもんだ。仕方ないから、ひとりで楽しむかと2枚あるチケットを眺めていると、カイゼスが不満顔で私の目の前にいた。
「何故、俺を誘わない?!」
何故と言われても・・・・。思いつかなかったから。時々、島の食堂に一緒に行くことはあるけど、それはカイゼスだけじゃない。もっとも、最近はあんまり誘われないけど。私は知らなかった。カイゼスが周りの男どもを牽制していたことを。そして、島中に私が自分の番であると公言していることを。
「興味なさそうだから」
「・・・・興味は、ないこともないような気がしないでもない。ヘルバーに断られたんだろ?誰と行くつもりだ?」
情報源はヘルバーだったか。
「ひとりで、かな」
ないこともないような気がしないでもない、って。興味ないのに無理することはない。
「俺が一緒に行く!ひとりで夕方からの観劇は危険すぎる。ミーアは可愛いんだから、気を付けないと襲われるぞ?」
カイゼスは、こう言うところがある。何かにつけて、可愛いんだからと心配してくるのだ。悪い気はしないけど、言うほど可愛くないのは私が1番よく知っている。まあ、この世界に来たときの謎の変化で、向こうにいたときよりは多少見られる、とは思う。結局、カイゼス押し切られる形で、一緒に隣町に観劇に出掛けることになった。
「じゃ、行くか」
当日の夕方、カイゼスが迎えに来た。朝からのんびりと馬車に揺られていく予定だったが、転移で連れて行くというカイゼスの言葉に甘えることにしたからだ。転移は誰にでも出来るものじゃないと、ヘルバーに教えて貰った。魔力量と適性がある者なら、亜人の大陸ならば転移できる。人族の国への転移は、祠に近づいても魅入られない血を持つ者。つまり、曾祖父の代までに龍族の血を引く者だけだそうだ。その者と一緒ならば転移できる。そう言えばと、ディータお婆さんの占いを思い出した。あれから2年以上経つが、聖女のお披露目パレードの日だったから、よく覚えている。
『この世界には6つの祠がある。その祠には、精霊が宿っているとされている。サラマンダー、アクア、ウィンディー、ノーム、サン、ステラ。これから、聖女様ご一行がその祠を廻るだろう。だが、あんたは、近づいたら駄目だ。魅入られるよ。逃れるには龍の国を目指すといい』
図らずも、龍の国には来てしまった。祠は何処にあるかも知らないから、近づきようもない。聖女様ご一行が祠を巡っているのかは、情報の入ってこない私には知ることも出来ないが、知りたいとも思わない。
「どうした?」
「何でもない。転移なんて初めてだから驚いただけ」
少し疑わしそうなカイゼスをさらりとかわして、私たちは劇場へと向かった。変態だけど外見は美丈夫なカイゼスは、道すがらも女性からの視線を独占している。隣にいる私はその度に、睨まれたり、嫉妬のこもった視線を向けられたり、何であんたみたいなのが?と鼻で笑った後、カイゼスに話しかけてくる強者もいた。カイゼスは、そんなのは全く相手にせず、私の腰を引き寄せて、私に甘く蕩けるような微笑みを向けてくるのだ。なんなら、手の甲や髪にキスまでしてくる。脳内パニックの私は、やめてほしいと言う言葉すらも浮かんでは来ない。私は観劇を諦めて帰りたくなってきた。居たたまれない。そう、居たたまれないんだよ。恋愛経験ゼロの私にどうしろと?そんな私に気付かないカイゼスは、劇場に着くと手慣れた様子でチケットを受付で見せ、席へと連れて行く。
「3階の正面ボックス席とは、奮発したな」
カイゼスが奮発したと言うとおり、私たちに用意された席は個室になっており、1階と2階がよく見渡せる上、舞台がほぼ正面にあって全体がよく見える。
「これ、ひとりで来てたら気後れして帰ってたかも」
「ミーアは劇場に来るのは初めてか?」
「まあ、そうだね」
映画館とはまるで違う。お芝居やミュージカルなんかには全く興味のなかった私は、あっちの世界でも劇場に足を運んだことはなかった。今日も1番心配なのが、お芝居の最中に寝てしまわないかということだったりする。
「今日の芝居は、結構シリアスな純愛ものだぞ?」
「あ~ぁ。ヤナたちが好きそうな感じだね」
出来れば、コメディがよかった。そして、始まったお芝居は、カイゼスの言うとおり、純愛ものだった。
そのお芝居は、別の世界から連れてこられた皇帝陛下の番が、その理不尽さからその世界を受け入れることが出来ず、悲しみに暮れるところから始まった。そして、皇帝陛下とふたりで祠を廻りながら、番である皇帝陛下の気遣いと優しさに触れて、いろいろな人と交流することで徐々にその世界を、皇帝陛下を受け入れていく。
私は途中でそのお芝居から目を背け、耳を塞いだ。巻き込まれ召喚の私には到底起こりえないことだ。着の身着のまま放り出され、何とか自力で生活できるかと思った矢先に、犯罪者同然に連れ去られ、放置された。挙げ句に、何の説明もなく、何処かも分からないまま、またも放り出されたのだ。今は漸く帰る場所を確保して、穏やかに暮らしているけど、それもいつどんな理由で取り上げられるか。駆け落ちしてから、ずっと不安の中暮らしていた両親の心情が今ならよく分かる。でも、父さんには母さんがいた。母さんには父さんがいた。私には?心が軋んで悲鳴をあげた。ずっと目を逸らしていたことが一気に襲ってきたのだ。
暫くひとり島に籠もりたい。誰にも会いたくない。
いつの間にか椅子の上で膝を抱えて丸まった私を、カイゼスはその姿勢を崩さないようにそっと抱き上げ劇場から連れ出したのだが、全てを拒絶し心を閉ざした私は気付くことはなかった。
「何故、俺を誘わない?!」
何故と言われても・・・・。思いつかなかったから。時々、島の食堂に一緒に行くことはあるけど、それはカイゼスだけじゃない。もっとも、最近はあんまり誘われないけど。私は知らなかった。カイゼスが周りの男どもを牽制していたことを。そして、島中に私が自分の番であると公言していることを。
「興味なさそうだから」
「・・・・興味は、ないこともないような気がしないでもない。ヘルバーに断られたんだろ?誰と行くつもりだ?」
情報源はヘルバーだったか。
「ひとりで、かな」
ないこともないような気がしないでもない、って。興味ないのに無理することはない。
「俺が一緒に行く!ひとりで夕方からの観劇は危険すぎる。ミーアは可愛いんだから、気を付けないと襲われるぞ?」
カイゼスは、こう言うところがある。何かにつけて、可愛いんだからと心配してくるのだ。悪い気はしないけど、言うほど可愛くないのは私が1番よく知っている。まあ、この世界に来たときの謎の変化で、向こうにいたときよりは多少見られる、とは思う。結局、カイゼス押し切られる形で、一緒に隣町に観劇に出掛けることになった。
「じゃ、行くか」
当日の夕方、カイゼスが迎えに来た。朝からのんびりと馬車に揺られていく予定だったが、転移で連れて行くというカイゼスの言葉に甘えることにしたからだ。転移は誰にでも出来るものじゃないと、ヘルバーに教えて貰った。魔力量と適性がある者なら、亜人の大陸ならば転移できる。人族の国への転移は、祠に近づいても魅入られない血を持つ者。つまり、曾祖父の代までに龍族の血を引く者だけだそうだ。その者と一緒ならば転移できる。そう言えばと、ディータお婆さんの占いを思い出した。あれから2年以上経つが、聖女のお披露目パレードの日だったから、よく覚えている。
『この世界には6つの祠がある。その祠には、精霊が宿っているとされている。サラマンダー、アクア、ウィンディー、ノーム、サン、ステラ。これから、聖女様ご一行がその祠を廻るだろう。だが、あんたは、近づいたら駄目だ。魅入られるよ。逃れるには龍の国を目指すといい』
図らずも、龍の国には来てしまった。祠は何処にあるかも知らないから、近づきようもない。聖女様ご一行が祠を巡っているのかは、情報の入ってこない私には知ることも出来ないが、知りたいとも思わない。
「どうした?」
「何でもない。転移なんて初めてだから驚いただけ」
少し疑わしそうなカイゼスをさらりとかわして、私たちは劇場へと向かった。変態だけど外見は美丈夫なカイゼスは、道すがらも女性からの視線を独占している。隣にいる私はその度に、睨まれたり、嫉妬のこもった視線を向けられたり、何であんたみたいなのが?と鼻で笑った後、カイゼスに話しかけてくる強者もいた。カイゼスは、そんなのは全く相手にせず、私の腰を引き寄せて、私に甘く蕩けるような微笑みを向けてくるのだ。なんなら、手の甲や髪にキスまでしてくる。脳内パニックの私は、やめてほしいと言う言葉すらも浮かんでは来ない。私は観劇を諦めて帰りたくなってきた。居たたまれない。そう、居たたまれないんだよ。恋愛経験ゼロの私にどうしろと?そんな私に気付かないカイゼスは、劇場に着くと手慣れた様子でチケットを受付で見せ、席へと連れて行く。
「3階の正面ボックス席とは、奮発したな」
カイゼスが奮発したと言うとおり、私たちに用意された席は個室になっており、1階と2階がよく見渡せる上、舞台がほぼ正面にあって全体がよく見える。
「これ、ひとりで来てたら気後れして帰ってたかも」
「ミーアは劇場に来るのは初めてか?」
「まあ、そうだね」
映画館とはまるで違う。お芝居やミュージカルなんかには全く興味のなかった私は、あっちの世界でも劇場に足を運んだことはなかった。今日も1番心配なのが、お芝居の最中に寝てしまわないかということだったりする。
「今日の芝居は、結構シリアスな純愛ものだぞ?」
「あ~ぁ。ヤナたちが好きそうな感じだね」
出来れば、コメディがよかった。そして、始まったお芝居は、カイゼスの言うとおり、純愛ものだった。
そのお芝居は、別の世界から連れてこられた皇帝陛下の番が、その理不尽さからその世界を受け入れることが出来ず、悲しみに暮れるところから始まった。そして、皇帝陛下とふたりで祠を廻りながら、番である皇帝陛下の気遣いと優しさに触れて、いろいろな人と交流することで徐々にその世界を、皇帝陛下を受け入れていく。
私は途中でそのお芝居から目を背け、耳を塞いだ。巻き込まれ召喚の私には到底起こりえないことだ。着の身着のまま放り出され、何とか自力で生活できるかと思った矢先に、犯罪者同然に連れ去られ、放置された。挙げ句に、何の説明もなく、何処かも分からないまま、またも放り出されたのだ。今は漸く帰る場所を確保して、穏やかに暮らしているけど、それもいつどんな理由で取り上げられるか。駆け落ちしてから、ずっと不安の中暮らしていた両親の心情が今ならよく分かる。でも、父さんには母さんがいた。母さんには父さんがいた。私には?心が軋んで悲鳴をあげた。ずっと目を逸らしていたことが一気に襲ってきたのだ。
暫くひとり島に籠もりたい。誰にも会いたくない。
いつの間にか椅子の上で膝を抱えて丸まった私を、カイゼスはその姿勢を崩さないようにそっと抱き上げ劇場から連れ出したのだが、全てを拒絶し心を閉ざした私は気付くことはなかった。
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