数多の想いを乗せて、運命の輪は廻る

紅子

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交わる魂~予感~

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この世界に来て、あと数ヶ月で2年になる。あれから、特に変わったことはない。強いて言うなら、シルク蛾が増え、ミスリ蛾に進化したことくらいだろうか。

穏やかに四季が流れている、わけではない。この箱庭は、常に春。外では、暑かったり雪が降ったりもしている。唯一の外との窓口である門扉から紅葉や雪が見えた。なかなかにシュールな光景だった。そして、いまは、春の始め。ここに来た頃と同じ気候だ。


魔法も色々試した。従魔たちから魔法の指導を受けたが、神様の言うように攻撃魔法は習得できなかった。その代わり、回復や結界は、彼らを越えた。調合も今やお手のものだ。特に結界は、全員から渾身の一斉攻撃を受けてもびくともしない。それが判明したときには、冷や汗が流れたけど・・・・。オリジナルの便利魔法も健在だ。



そんな穏やか?な日常は、突如として破られた。


「ひゃあ!」

体をぞわぞわが走る。
何者かが侵入したようだ。幸い、今は夕刻。みんな揃っている。

「ん?シェリア、侵入者か?」

「たぶん、そうだと思う」

一度、私のこの悲鳴を聞いたことがある白銀がいち早く反応した。

「どれ、蒼貴に紅蓮、ちぃっと見てこんかの?儂らはここでシェリアさんとおる」

「いいだろう」

「わかった」

蒼貴と紅蓮は、人型になるとさっと庭へと出ていった。そのまま数分。ふたりが戻ってきた。

「庭の門扉に子供とその護衛らしき者が倒れている。子供は疲労と魔力の消耗。護衛のほうは、瀕死の重体だ」

「どうする?このまま、外にポイしてくる?」

待て待て待て。なぜ、そうなる?

「保護するに決まってるでしょ!ポイしちゃダメよ!」

「仕方ないな。案内するが、白銀と緑葉から離れるでないぞ」

過保護だなぁ・・・・。

案内された門扉には、薄汚れてはいたが身なりのよい男の子と背中に魔獣の爪痕が生々しい20代くらいの男性が倒れていた。胸当てと腰に鞘をつけているからきっと騎士だろう。剣は魔獣にやられたときに落としたのかもしれない。男の子は5歳くらいだろうか。頭に丸い白い耳と白い尻尾。騎士様は黄色に黒の斑点のついた三角耳に同じ色彩の尻尾が力なく垂れている。

とにかく、騎士様の傷の手当てをしなくては手遅れになる。ふたり纏めて浄化で汚れを取り去った後、騎士様に素早く回復魔法をかけて、瀕死の重体から重症くらいまで治療する。全快はするなと言われている。この世界で、回復魔法を使えるのは、召喚聖女と神獣のみだからと。これが、誤魔化せるギリギリのラインだ。

すぐにふたりを客室に運んでもらった。騎士様にはポーションでもう少しだけ傷の手当てをする。男の子の方は、寝かせておくしかないかな。眠るのには窮屈そうな上着とズボンを脱がせて、騎士様の隣に寝かせた。
護衛なら男の子と一緒の部屋の方が目覚めたときに安心するだろう。

あとは、目覚めるのを待つばかりだ。

「シェリア、あいつらがここにいる間は、私たちの誰かと必ず一緒にいろよ」

「我らも人型で過ごす。我らのことがバレると厄介だ」

「裏の庭へは、出さんようにな。あやつらは貴族じゃろう。庭全体に認識阻害をかけておくが、シルク蛾が見つかると取り上げられるかもしれん」

「元気になったら、すぐにポイしよう!シェリアは、危機管理能力が皆無だからいつまでも一緒は危険危険」

なんてこと言うのよ!
私にだって、危ないかどうかくらいはわかるよ!
ムッとして、紅蓮に非難の視線を浴びせた。

「それには、同意する」

「否定はできないな」

「そこがシェリアさんのかわいいところじゃな」

くぅー!みんな、酷い!

「今夜はご飯なしね」

驚いた顔して、宥めにきてももう遅い!しかも、この期に及んでも誰も私の危機管理能力のなさを否定してくれなかった。

ふーんだ!



夜は、従魔たちが交代で騎士様の看護見張りにあたってくれた。あれだけの傷だと人間や獣人は熱を出す可能性が高いらしい。最初は、私が見ようと思っていたけど、全員から溜め息と共に止められた。危機意識を持て!とお説教までされるはめになった。

怪我人だし、大丈夫よね?本当に過保護だわ。



翌朝、陽が昇りはじめた早朝。騎士様はやはり熱を出したと報告が入った。今もまだ下がっていないらしい。

「様子を見たいから、ついてきてくれる?ひとりで行っても大丈夫だとは思うよ」

「一緒に行くに決まってるだろ」

「昨日の説教はなんだったんだ・・・・」とかぶつくさ言っている。聞こえないふりをした。

騎士様の額に手をあてて、熱を確認する。熱い。汗もだいぶかいたようだ。まずは、水分補給だな。

一旦、キッチンに戻り、経口補水液、つまりスポーツドリンクのようなものを作り、それを騎士様に飲ませるように蒼貴に頼んだ。


数分後・・・・。

「シェリア、意識のない奴に飲ませるのは、無理ではないか?全部口から流れてしまったぞ」

あちゃー、無理だったか。きっと、口にダバダバ入れたよね。やり方を説明しなかった私が悪い。

「そうだよね。私がやるから手伝ってくれる?飲ませてくれてありがとう」

「うむ」

騎士様の頭を少しだけ持ち上げてもらい、唇に少しだけ湿らせる程度にスプーンで流し入れる。時間をかけてゆっくりとそれを何回も繰り返した。ほんの少しだけ、息が楽になったようだ。あとは、ベッドと本人を浄化して寝かせておくしかないかな。騎士様を見張るつもりの従魔たちに、時々額の布を変えるように頼んでおく。不本意ながらもやってくれるようだ。蒼貴の二の舞にならないようにしっかりとやり方を教えておく。絞らずにのせそうな気がしたからね。

男の子もまだ眠ったまま起きない。こちらは、魔力もだいぶ回復して疲労も幾分よくなってきた。あとは、自然に目が覚めるのを待つだけだ。

「さあ、朝御飯にしよう」

本日のメニューは、ざ・和食。
ご飯、焼き魚、卵焼き、浅漬け、豆腐の味噌汁。従魔たちには、これに加えて、粉ふきいもとオークのしょうが焼き大量だ。
食後のお茶請けはあんまんと緑茶。



お茶請けを楽しむ頃、泣き声と叫び声がこだました。

「・・・・ル!ジルゥ!お・・よぉ。うえーん、うっく、じるぅ、ひっく」

私は、慌てて客間に走った。

「だから、独りで行くなというに!」

ベッドの上では、男の子が力任せに騎士様を揺さぶっていた。

うわっ!それは、まずいよ。
なるべく穏やかに優しく声をかける。

「ぼく、目が覚めたんだね。そんなに揺すっちゃダメよ。傷口が開いちゃうわ」

突然話しかけられて、ビックリしたのだろう。男の子は、ビクッと身体を震わせて、バッとこちらを見た。

「誰だ!んっく。僕たちを、えっぐ、どうするつもりだ!ひっく」

挑戦的だなあ。泣くのをこらえているのが可愛いくて、迫力は全然ないけど。

「ねえ、やっぱりポイしよう」

「そうだな。礼儀に欠ける奴は好かん」

「落ち着いて。夕べ、ぼくはそこの護衛と一緒に私の家の庭に侵入してきたのよ。覚えてないかな?」

目をキョロキョロ動かしながら、自分の状況を思い出そうとしている。あっ!という顔をしたから、思い出したんだろう。

「えっと、魔獣に襲われて、みんなバラバラになって、いろんな魔獣に追われて、それで、・・・・ジルが僕のかわりにぐさってやられて、それから、僕を抱えて逃げて・・・・」

こてんと首をかしげている。そこら辺で気でも失ったかな? 

「うん。たぶんその後、ふたりでうちの庭に来たんだよ。護衛の傷はポーションで治療してるから、時間はかかるけど治るよ。でもね、あんなに揺すったら傷が開いちゃう」

はっと気づいたあとすぐにしゅんとした。そのくるくると変わる態度が可愛くて可愛くて。

「えっと、助けてくれて、ありがとう」

「どういたしまして。ぼくの護衛は目が覚めるのにもう少し時間がかかるから、先にご飯食べようか?」

ぐぅ~。
おや、お腹が先に答えてくれたね。

「食べる!」

メニューは、ハンバーグ、付け合わせにブロッコリーとニンジン、シーザーサラダ、オニオンスープ、パン。デザートはプリン。

「シェリア、私たちよりこいつの方が豪華だぞ!」

「いつも食べてるでしょ?」

「今朝は食べてないよ!」

「我も同じものを所望する」

「儂は、デザートだけでよいが、増量じゃな」

食欲魔神どもめ!

全員分を用意して、食べはじめたのを確認してから男の子と向き合う。いい食べっぷりだ。がっついてるわりには、食べ方がきれいだ。いや、そうでもなかった。口の周りにベッタリだ。

「ぼく、お名前言えるかな?」

「ごっくん。リンハルト・ローゼンタール。4歳です」

「良くできました。あれ?野菜は嫌いかな?」

「うっ。だって、味しないのか、苦いんだもん」

「じゃあ、ちゃんと食べれたら、後でこれをあげる。あまくて美味しいよ」

そう言って、デザートにするつもりのプリンを出し、一口だけ食べさせた。

「甘~い。ぼく、頑張って食べる!」

サラダを強敵のようにグッと睨むと、そろそろと口に入れた。

「!美味しい味がする!苦くない!」

そこからは早かった。あっという間に野菜を食べて、「さっきのちょうだい!」とデザートを幸せそうに食べている。可愛くて、思わず頭を撫で撫でしてしまった。

「リン君たちはなんでこの森に来たのかな?」

「ん?・・ぼく、リン君!えっとね、ぼく、ラトビア嬢に会いにマラガス帝国に交代で行くの。ラトビア嬢はね、ぼくの番なの。でもね、魔獣が出て、えっと、いつも一緒の護衛とミーニャが戦ってるときにジルと走ったんだけど、そこにも魔獣が出てね。夜になったの。だから、ジルと一緒に寝て、朝に走ったり歩いたりしたの」

「そっか、怖かったね。よく頑張ったね」

ぎゅっと抱き締めて、頭をゆっくりと撫でる。

「ふえ、ふえーん」

安心したのかぎゅっとしがみいてきた。そして泣きながら眠ってしまった。



騎士様が目を覚ましたのは、そらから2日たった昼前。

傷は、だいぶよくなっている。傷痕は残るだろうが後遺症は心配ないという緑葉の見立てだ。騎士様が眠っている間は、従魔のひとりが部屋で待機みはり、ひとりは私の護衛。4歳児でもふたりになると怒られる、危機意識を持て!と。4歳児に危機意識もないと思う・・・・。そして、あとのふたりは、食料の調達うんどうをしに行く。




「殿下!!!」

突然の叫び声と共に護衛の男が飛び起きた。ざっと辺りを見回し、警戒しておる。

「起きたかの。お主、深手を負って、この家の庭に倒れておったのじゃよ」

「!一緒に、一緒に子供はおりませんでしたか?」

儂に気づくと真っ先に子供のことを尋ねてきた。余程大切なのじゃろう。必死を通り越して悲痛な顔をしておる。

「心配せんでええ。元気に遊び回っとるわい。もうすぐ昼じゃから、戻ってくる。その前にお主の傷を見ようかの」

「この度は、我々を保護していただき感謝します。私は、・・・・」

「礼と事情は儂ではなく、我が主にな。ほれ、傷を見せんか」

護衛の男は頷くと素直に背中を向けた。

「あと、1日・2日じゃな。傷痕は残るが後遺症の心配はないじゃろ」

「後遺症はないと仰いましたか?それほど浅い傷ではなかったはずです。あと1日・2日とは、私は、どれ程眠っていたのでしょうか?」

自分の思っていた状態と違ったことに驚き戸惑っているようじゃ。

「ここに来てから、3日目じゃな。相当な深手じゃったが、昔、滞在しておった薬師がよい薬を分けてくれたのじゃよ。運が良かったな」

「そうですか。できれば、後程その薬師のお名前など教えていただきたい。是非、お礼にうかがわねばなりません」

「残念じゃが、亡くなっておる」

「そうですか・・・・」

男が何か言いかけたとき、扉の外から元気な声が響き、同時に扉が開いた。

「ねえ、緑葉!ジルは、起きた?」

「殿下!!!ご無事なのはわかりましたが、お行儀が悪いですよ?」

「ジル!ジル!起きたんだね!良かった!」

リンハルトは、目を見開いて、声の主を確かめた後、たしなめられたことなど気にすることもなく、突進していった。

「やっと起きた。ふえーん」

やはり、不安だったのじゃろう。暫くは離れようとせなんだ。
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