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【名演技編】第八章 ようこそ、暗黒家族へ

0806 契約交渉

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リカが指さしたところは、岸辺の寂しい片隅だ。
鬱蒼とした植物に囲まれて、一見通り道がないが、岸辺に小さな桟橋がある。
イズルはボートを桟橋に止めて、リカはあかりを呼び覚ました。
「…うん……ついたの?」
あかりは目をこすって身を起こした。
「ごめんね、もう少し寝かせてあげたいけど……」
「ううん、帰ったらたっぷり寝る」
あかりはカバンを持って、桟橋に上がった。
「バリアを解除するから、お姉ちゃんたちは先に行ってて」
「……」
(バリア? カラクリのことか。やはりここは何かがある)
あかりが木々の中に消えるまで見送ったら、イズルは半分冗談な口調でリカに聞いた。
「ここは、まさか万代家の秘密基地ですか?」
リカは一度空を見上げてから、肯定な答えを出した。
「そう。お祭りの側で空を飛びまわるドロンを見たでしょ。あれは監視とスキャンをやっている。外部者の侵入を防ぐために」
 「監視と、スキャン……?」
(監視は分かるけど。スキャンとはどういうこと?)
分からないことが一つ増えたけど、それを聞く暇も与えず、リカはあかりからもらった紙袋からもう一つの小さな袋を出して、イズルに渡した。
万代よろずよ家の入族手続き」
「万代家の……ッ?!」
イズルは普通に受け取ってから、ふっとリカの言葉に気付いた。危うくその袋を落とした。
「クレームは読み終わった後に聞くから、その前に、ついてきて、見せたいものがある」
「……」
イズルは感じる。
手の温度も、心臓のスピードも上がっているけど、頭は異常に冷静になった。
袋からファイルを出して、ざっくりめぐってみてから、リカに聞き返した。
「遠いですか?」
「七分くらい歩く」
「じゃ歩きながら読みます。七分があれば十分です」
リカの疑わしい表情に気付いたら、イズルは自信そうに微笑んだ。
「転がったら、罰として三ヶ月分の給料をあげます」
リカは多く言わず、身を翻して、緑の深いところへと案内した。

植物と大地の匂いに包まれて、イズルの頭はますます冴えている。戸外はもともと彼の本拠地だ。
サバイバルゲームで、弾込めと通話と敵探しを同時にするのは当たり前のようなことだ。
今は歩きながらファイルを読むだけで、安いご用だ。
しかも、リカは踏んだ道は平坦で凸凹のないところ、高い植物も大きく分けてくれて、道辺の小石も蹴りはらってくれた。
さっきの「ピンッと来たこと」の信憑性は高くなっている。

約七分後、二人はある隠蔽な洞窟の前に着いた。
「読み終わった?」
リカはイズルに確認した。
「ちょうど終わりました」
イズルはファイルを袋に戻して、わずかだが冷笑を口元に浮かべた。
「さすが万代家の『身売り契約』ですね。悪徳商人でもこんな条件を出しませんよ」
「それが分かったら話は早くなる。こっちを見て」
リカは一歩を避けて、イズルを洞窟の前に行かせる。
「中に何がありますか?」
洞窟の外観は一見何の変わりもない。イズルは自然に中を覗いた。
その時、リカは後ろから両手で彼の背中を押した。

「?!」
イズルは慌てて前へ足を伸ばして、なんとか二歩大きく歩いたら、転がる寸前に手で床を支えて、身を翻して無事に着地した。
すぐ立てられるけど、イズルは様子見のつもりで、洞窟の入り口の方に向けてそのまま座った。
リカは静かに洞窟に入る。その体は狭い入り口から入ってきた光を遮った。
続いて、重くて鈍い音とともに、洞窟の入り口で黒い壁が落下して、すべての光を消した。

イズルはただ無言に待っていた。
まもなく、洞窟の中に光がつけられた。
洞窟の壁に、照明ライトの長いケースが装着されている。
リカは壁際の隠しスイッチを押して、洞窟は昼間のように明るく照らされた。
洞窟の床に、雑草や小石などがほとんどない、整えられた感じがする。
リカはイズルの前に止まって、上から冷たい言葉を吐いた。
「ここは携帯の信号が入れない。叫んでも声は外に届かない。私が入った時、外のバリアも再び展開された。外から侵入できない。どんなことがあっても、あなたを助けに来る人はいない」
「……あの、その誤解されやすい言い方を何とかしてくれませんか? わたしは攫われたお姫様ではないから」
イズルは苦笑した。
リカは不意打ちをしたけど、自分を押した力はそんなに強くない。明らかに自分を傷つけたくない。
船の上で彼が悟ったのはこのことだ――リカは口だけが厳しい人間。本気で人を傷つけられない。その硬い態度は、彼女の「本心」を守るための鎧だ。
万代家の姫様としての鎧かもしれない。
だとすると、暗黒令嬢と相応しくない行動はすべて説明できる。

リカはイズルの考えの変化を知るよしもない、話を続ける。
「万代家に入るには、二つの方法がある。一つはさっき読んでもらった資料に書かれた方法。万代家の人事部に資料を提出して、所属のない新人として入族する一般ルート。一般ルートで入った新人は、『家』から直接に命令を受ける。基本的に、どんな任務でも断られない」
「もう一つ方法は――」
リカは自分の手に持っている紙袋を上げる。
「推薦入族。資料をすべて万代家の推薦者に渡して、推薦者の部下として入族する。新人は推薦者の命令だけに従う。『家』はその新人を命令できない」
「一般入族は三か月一度、指定の場所で入族儀式を行う。推薦入族の場合、いつでもきる。万代家の『設備』のある場所で、推薦者と二人で入族儀式を行えばいい」
リカは資料袋を持って洞窟の奥の方に指した。
イズルは立ち上がって、動かないまま洞窟の奥を眺める。
洞窟は深くない。歩けば二十歩ほどのところに行き止まりの壁がある。
何もないじゃ……と聞こうとした途端に、行き止まりの壁は横に移動して山体の中に入った。
その後ろに、小さな隠れ部屋が現れた。
部屋の真ん中に、講壇のような石の机がある。
机の体に、古代建築でよく見られる装飾と文字のような模様が刻まれている。
リカは石机の前に行って、紙袋から掌の大きさの石メダルのを出して、机の上に嵌めた。
その瞬間、石の机は赤く光っていて、微弱な共鳴を発した。
その赤い光を浴びながらリカは、イズルに真の目的を伝える。
「これから万代家に入ってもらう。私はあなたの推薦人」

「オレへの希望は万代家に入ることか? そんなことなら、遠回りしなくて、早く教えてくれればよかったのに」
やっとリカの真意を聞いて、イズルは口元を上げて、好青年の口調を捨てた。
「でも相変わらず強引だね。入るかどうかはともかく、入る方法も選ばせてくれないのか? 正直、オレは他人の部下になりたくない。特に、お前の……」
「名義上の部下に過ぎない。任務などをやらせない。毎年の評価も減点しないから、安心するがいい」
「万代家も採点制度があるのか? 安心というか…その前に、なぜオレはどこに行ってもお前に減点されなければならないんだ?」
リカはイズルと低レベルの言い争いをするつもりはなく、真面目に理由を話した。
「それ以上のいい選択肢はないから。まず、私はあなたの安全を保証する。次に、あなたが一番知りたいこと――家族の不幸の真相――を教えてあげられる。それは極少ない人しか知らない秘密だ。最後に、少しだけど…あなたの復讐に手伝うことができる」
(ストライクしか打てないのかこの人……これじゃ交渉になれない。一方的に決められる。)
リカの単刀直入はここまで本質的なところに来るとは、イズルは予測できなかった。
彼女も自分と同じ、お互いのつまらない演技と嘘にうんざりしただろう。
そもそも、演技などは彼女に効かなかった。
お互いは真の目的を口に出さなかったけど、エンジェルの襲撃の後に、心の中ですでに了承したはず。
「いらない。他人の手を借りて復讐するまでオレは弱くない」
イズルは愛想のいい仮面を完全に剥がした。
リカの目を見て冷笑する。
「交渉条件というものはね、一見いろいろあるけど、大きな種類は二つしかないと思う。一つ目、命。二つ目、利益。いい条件と言っても、命の安全の保障か、利益の獲得くらいで、悪い条件と言っても、命に危険があるのか、利益の損失くらいだ。最終的な選択はどちらに傾けるのか、その条件を得るためのコストにかかる。いくらいい条件が欲しくても、コストは払えないほど高いものであれば、悪い条件の方を選ぶ可能性もあるから」
「そろそろ教えてくれ。そのいい条件を得るために、オレはどんなコストを払えばいいのか? 生きるために『屈辱』を耐えられなければならないなら、それはどんな『屈辱』なのか?」

リカの指先はぞくっとした。
獣のような危険な匂いをするイズルは、初めてみた。
あのビデオで見た姿よりずっと鋭くて、攻撃性がある。
彼の目線は氷柱のように自分に刺さってくる。
初めて子川こかわイズルという人を知ったような気がした。

でも、どんな人であっても、彼の力が必要だ。
怯む暇なんてない。
リカはその「コスト」をはっきりイズルに伝える。
「私の要求はたった一つ――私のためにあなたの力を使ってください。具体的な使用方法と使用時間は、入族してから教えてあげる」
「それだけ?」
イズルは眉を上げる。
「それだけ。それに、使ってもあなたに危険性がないことを約束する」
リカは補足した。
「……」
それもまたイズルの予想外の答え。
(継承権の争奪、反対派の処分とかじゃなかったのか?)
でも具体なことは入族してからと言ったから、そんなことのための可能性はまだ残っている。
リカの目的はどうであれ、イズルの目的は万代家に入って復讐することだ。
もっと多くの資源と情報が必要だ。真相の以外にも、いろいろもらわなければならない。
イズルはわざと疑いの口調で返す。
「人の心は測りできないものだ。ただの口頭約束は保証なれない。オレはまだお前の選択肢を選べない」
「ただの口頭約束ではない」
リカは赤い光を放つ机を見つめて、手で先ほど嵌めた石に触れる。
「推薦者と推薦を受けるもの間で締結した約束は、万代家の法具に保存される。削除するには、両方の合意か、一方の死が必要だ。どんな印鑑もサインも有力な契約になる」
リカの動きに引き付けられて、イズルは机の前まで歩いて、リカの向こうでその石を観察した。
よく見てみると、石ではなく、透明感のある白いヒスイでできメダルのようだ。
その上に、二つの勾玉が構成された太極図がある。まるで分けられそうな形だ。
「約束を保存した後、一人半分を持つ」
リカの説明はイズルの感覚の正しさを証明した。
「誰か信頼できる人に託してください。私が約束を違反した場合、あるいはあなたは私に殺された場合、その半分を万代家の調査員に渡せば、私は万代家の反逆者として掴まれて、処分される」
「!」
「それでも安心できないなら、ほかの条件を言っていい。私の要求にこたえてくれるなら、できるだけのことをする」

リカの目も言葉は穏やかで、嘘に見えない。
実際に、リカは嘘をつかない。
そこまでその力が欲しいのか、一体何をしたい?
怪しげな「約束保存」をしないと教えてもらえないだろう。
「約束保存」とは何か、青野翼あおのつばさに確認した方がいいかもしれない……といっても、青野翼もデタラメが多い。
リカより信用できるとは限らない。
やはり自分で確かめるんだ。
「分かった。推薦ルートで万代家に入る」
イズルは一歩を出て、リカと同じようにメダルに触れた。
「ただし、お前の部下としてではなく、ほかの名義をくれ」
「ほかの名義?」
「例えば……」
イズルは肝心な部分をを言おうとしたら、ポケットから消防車のようなでかい音が飛び出した。
「!!!」
「?!」
二人とも驚いた。
リカはカバンを掴んで、イズルは腰当たりに隠された小型拳銃を掴もうとした。
その音は青野翼のスマホからの物だと気付いて、イズルは手をスマホに入ったポケットに移動した。
「お前か……その音はどういことだ。 オレの耳に問題はない」

リカは驚いた顔のままでイズルと青野翼の会話を見つめていた。
この洞窟は、信号が一切入れない仕組みなっているはず。
「新世界」の通信技術はもう万代家の遮断技術を凌いだのか、それとも、技術ではなく、何か神秘な力を使ったのか。

イズルの態度は悪かったが、青野翼の態度もいつもの余裕そうな感じではない。
「大きい音を出さないと、大変お忙しいCEOさんは気付いてくれないでしょう。神農しんのうグループの『あっち』の人から緊急連絡があります。CEOは電話に出ないから、僕の方に連絡が入りました」
「緊急連絡? 何があった?」
 嫌な予感がして、イズルは気を引き締めた。
「神農グループは『商品』を保管する『秘密基地』は、包囲されたようです」
「?!」

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