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【名演技編】第十章 スピード恋愛はごめんだ

1002 妖怪、再び

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翌日、夕食を済ませた後、イズルはリカについて再び高霊こうれい山の洞窟に訪れた。
今回は白鳥ボートではなく、ちゃんと車で来た。
リカは扉を閉めて、昨日のメダルを石の講壇に嵌めた
リカとイズル、二人とも片手でメダルに触れていて、それぞれ片方の勾玉の図形を抑える。
メダルと講壇は共鳴し始めて、講壇の赤い光は柔らかいヒスイ色に変わった。
二人はそれぞれ名前と希望条件を述べて、最後に、一緒に「締結」という言葉を話した。
すると、二つの勾玉の穴の部分から一筋の光が放たれて、二人の手を貫いた。
イズルはチクッと手が刺された痛みを感じたが、不思議に、手になんの傷も残っていない。
ただ、目の前のメダルと講壇の色は深い血の色に変わった。本当に血が吸われたみたい。
しばらくして、メダルと講壇の光が消えて、共鳴も止まった。
リカはメダルを二つの勾玉に分けて、自分が触ったほうをイズルに渡した。
「これで終わり?」
イズルは勾玉を手にして、興味津々に観察した。
「これはどういう仕組み? 科学か? それとも神秘学?」
「分からない。一部の法具を作る技術は機密。七龍頭と製作者以外誰も詳細を知らない」
「企業機密か、面白そうじゃないか」

「これで契約完了。あなたはもう万代よろずよ家の人だ。ついてきて」
リカは勾玉をポケットに入れて、講壇の下で何かを押した。
すると、洞窟の行き止まりの壁はさらに後ろに後退して、横の壁に通路の入り口が現れた。
「!」
隠し通路は何重もあるのか。さすが暗黒家族だ。
イズルは心の中でちょっとだけ感服した。
「これは……?」
「『異能力を刻印する聖地』への近道」
「異能力、近道ッ……!」
イズルふっと気づいた。
リカが淡々に呟いたものは、とんでもない重要な情報だった。
「異能力を刻印する場所か?!」
「そう」
リカは何でもない顔で応答したら、率先して通路に入った。

イズルは歩きながらまず環境を観察した。
通路は長くて、曲がりくねっている。壁と床は全部何か合金のようなものでできたようで、かなり頑丈そうに見える。
壁に薄暗いライトと換気口っぽい小さな穴が所々ついている。
救急箱と緊急避難の小屋までいくつがあった。
おそらく、山体を貫いて掘ったのだろう。
神農グループは高層ビル作りに長けているように、万代家は穴掘りに長けているのかもしれない。
安全を確認したら、イズルはリカに質問した。
「異能力が『刻印』できるとはどういうこと?」
「『異能力が獲得できる』の意味よ。生まれつきの異能力を持っていない人でも、一定条件でそれを身に着けられる。その条件とは、霊的な力を集められる場所と魔法陣のような特別の施設。この高霊山は、霊的な力を集められる場所だ。自然からだけではなく、人間たちの霊力も集められる。だから、万代家は財力を惜しまずここに注力している」
「なるほど……そういうことか」
万代家はここを選んだ理由が分かった。
その同時に、イズルは疑問も浮かべた。
「そういえば、お前は『刻印』したことはないのか?」
異能力は獲得できるものなら、リカはなぜ「刻印」で獲得しなかった?
異能力がないと、継承人としてまずいだろ。
「ない。『刻印』は体への負担がとても重い。副作用とかは今も不明だ。『刻印』したところで、力を手に入れる保証はない。獲得できる能力も選べない。まったくルールのないものだ」
「天井のない悪質なガチャみたいだな」
「天井のない悪質ガチャ?」
「まさか、ゲームガチャも知らないのか? どの時代の人?」
リカは足を止めて、冷徹な目線でイズルに振り向いた。
「冗談だ」
通路の寒さとリカの目線の寒さに挟まれて、イズルは思わず震えた。
リカは先を続ける。
「それに、『刻印』で入手した異能力は常に反噬が伴っている。エンジェルのようには法具を使って、その反噬を他人に転移することもできるけど、多くの人はそれを回避する能力も財力もない、自分で異能力の代価を背負っている」
「生まれつきの異能力はその反噬はないのか?」
「ないと言われている」
「オレの能力は、生まれつきのものだろ?」
正直、イズルはまだ自分の能力に確信を持っていない。
本当の力を発揮したのは家族の遭難の時と、エンジェルの襲撃の時、二回だけだ。
青野翼あおのつばさは明らかに彼の力に興味を持っていない。特訓効果もかなり怪しい。拳で電球を作る程度のバリアしか出なかった。
こんな中途半端な力、なぜ万代家に見込まれたのか、実に謎だ。
「生まれつきのものと思う。少なくても、私が知っている限り、『刻印』であなたの力と同じようなものを獲得した人はいない」
「同じような力、とは?」
「守護系の力――
刻印で獲得した力は、攻撃系がメインだ。身体能力の強化とか、精神操縦とか。防御に使えるものはほとんどない。万代家で、守護系の力を持つ人材は圧倒的に不足だ」
「皮肉だな……」
自分を嘲笑うようにイズルは呟いた。
守護系の力なのに、家族を守れなかった。
しかも、家族の死をきっかけに覚醒したものだ。

ガランと続く通路の中で、イズルの小さな呟きはリカの耳にも入った。
「何が皮肉?」
「何でもない」
イズルは笑ってごまかして、また質問をリカに投げた。
「で、これからあの『刻印の聖地』で何をする?」
「刻印の聖地に行かない。その隣の場所に行く。そちらこそあなたの家族と関係ある場所だ」
「……なるほど……さっきのは暇つぶしの話だよな」
異能力云々で盛り上がったイズルのテンションが少し落ちだ。
リンゴを散々議論した結果、梨を買ったみたいな微妙な気分になった。
「暇つぶしの話ではない。異能力の刻印は、万代家の人としての常識だ。早めに知っておいたほうがいい」
「オレへの常識教育か、もっとひどく聞こえるけど」
イズルは苦笑いした。
「理解の方向に問題があると思わない?」
「オレもそう思う。小学中退のレベルしかないから」
イズルはいたずらっぽく笑った。
「だから、悪口を言っていない場合、教えてくれると助かる。オレのくだらないプライドも傷つかなくて済む」
「……」
リカは沈黙した。
こういう自虐的な冗談話にどう返事すればいいのか、彼女はよくわからない。
ただ、どこかで痒みを感じて、クスっとほんの少しだけ笑い声が漏れた。

通路はずっと緩やかな登坂だった。
十五分くらいで二人は出口についた。
リカは壁にあるスイッチを押して、石模様の扉が横へ移動して、出口が現れた。
出口の外は茂る枝に隠されている。
二人が出たら、リカは枝を元の位置に戻して、扉は自動的に閉まった。
さらに10分くらいの森路を抜けて、やっと広い空と山が見える。
太陽はもう完全に沈んでいて、空は薄いブルーに染められている。
森の際に一本の狭い道路がある。道路の東側はもっと深い山奥へと続く、西側は――
「!」
イズルは頭をあげて西側の山を見たら、山腹のところで万代リゾートの建物があった。
「この道……!」
イズルの記憶が断片的に蘇った。
万代リゾートで過ごしたあの夜、家族と探し物にこの道を通ったような気がする。やはり、この先で万代家の何かを見たせいで、あの悲劇が起こったのか……
イズルは密かに拳を握って、周りをじっくり見まわした。
リカは東のほうに指さして案内し続ける。
「あっちのほうに分かれ道がある。左の道は刻印のところ、右のほうはあなたと家族が……」
リカの話はまだ終わっていないのに、イズルのポケットに入った携帯は巨大なパイプオルガンのメロディーが響いた。
「!!」
ドラキュラ登場のようなホラーっぽいメロディーにリカも驚いた。
「誰の曲なの?」
「……」
イズルは携帯を出して画面を見る。
機嫌悪そうに答えた。
「妖怪だ」
「なぜでないの?」
「タイミングが良すぎると思わない? お前はオレに肝心なことを教えようとする時に邪魔しに来た。これは二回目だ」
「わざとでしょう。エンジェルは今、この付近の管理をやっている。ドロンで周りを監視できる。彼女の人脈も広い。あなたの動きを常に把握しているかもしれない」
「目が多い、手が長い、さすが妖怪だな」
監視されていると思うと、イズルはさらに嫌悪な表情になった。
「今はいい、オレが目的なら後でまたかけてくるはずだ。それより、オレの家族のことを先に教えてくれ」
「いいえ。今すぐ電話に出て」
イズルは携帯を切ろうとしたら、リカはそれを止めた。
「このあたりに、外部の侵入者を防ぐためのトラップがたくさんある。あなたが万代家の人になったことはまだ上に報告していない。エンジェルはそれを知らない。侵入者撃退を言い訳にあなたを攻撃するかもしれない」
「……確かに、やれそうだな」
鬼のように「ゴミ男」を叫ぶエンジェルの顔を思い出して、イズルはリカの話に同意した。
携帯スピーカーボタンを押して、電話に出た。
でも、電話の向こうから鬼の叫びではなく、細くて甘い女性の嬌声だ。
「CEOさん、お元気ですか?」
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