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第壱章:室戸/ミサキの事情*

#003:不穏な(あるいは、丸き男、汝の名は丸男)

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「おお、来てた。いちばん奥にいるのが相棒だ」

 アオヤギが顎をしゃくる。「ボイヤス」吉祥寺南店。水曜の夜とはいえ、「最安、ボイヤス」を掲げるその大衆居酒屋はほぼ満席で、人の話し声とアルコールやら煙やらでむわんむわんしていた。

「奥……ふたりいますけど」

 向かって左奥のボックス席。ひとりは何というか普通な感じの人だった。意外。

 無地の白いシャツに薄手の麻みたいなジャケットを羽織ったままだけど、出で立ち/雰囲気から察して、僕と同じく大学生っぽい。

 居心地悪そうにうつむいたまま、持ったままのジョッキの底の方を見つめている。具合でも悪いのかな。青ざめた顔には困惑しか浮かんでいないけど。

「おおう兄弟! おせえーじゃあねえーいかー」

 もうひとりはある意味、想定内の人物だった。張り上げた酔っ払いの歌うような声が、騒がしい店内にもよく響き渡ってくる。

 まずそのでっぷりとした巨漢さに圧倒されるが、ことはそんなに単純ではない。まんまるな頭の上の短く刈った髪は、赤。それと対照的に青々と顔の下半分を覆う剃りあと。その間には凶悪そうな笑いを浮かべる何とも言えない圧巻の悪漢顔がある。

「悪いな相棒。相方探しに手間取っちまってよ」

 アオヤギは軽く手刀を切ってそれに応じる。並べてみるとこの長髪男の方がまだ社会的には想定内と思われる。紙一重ではあるけれど。

「なーんだよー。まあ座れっての」

 騒がしい店内でもよく通るガラガラな声でそう促してくる、アオヤギが「相棒」と呼んだその丸い大男は、隣に座らせている普通人の肩に手を回し上機嫌だ。そろそろ肌寒さを感じさせる10月も半ばというのに、上は黒いタンクトップしか身につけていない。明らかにフェイクフェザーの質感だが、直で肌に接していて気持ち悪くないのか? 両手にはこれも革っぽい感じの指先の空いた手袋をつけている。

「こいつは藤堂。そしてこの少年は……そういや名前聞いてなかったな」

 アオヤギが背後にいた僕を指し、トウドウと呼んだ丸い男に紹介しようとして、今頃そう気づいたかのようにそう促してくる。うーん。名前……か。一瞬偽名でも名乗ろうかと思ったけど、この場で虚偽めいたことを言っての後々がちょっと怖そうな予感がしたのでやめる。

「室戸といいます。アオヤギさんとは、ついそこで会って、何というか勧誘めいた感じで……」

「アオナギな。ア・オ・ナ・ギ」

 長髪男に訂正された。アオ……ナギさんね。

「……ちょっと飲みつつ話でも、って感じで……」

 何と説明していいかわからず、ぐだぐだと続ける僕だが、目の前の丸男の表情が一瞬で変化したのに気づき、口をつぐんだ。何だ?

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