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第壱章:室戸/ミサキの事情*
#007:現金な(あるいは、現金に)
しおりを挟むしかし、
「……すいません。申し訳ないですが、やはり自分は参加無理かと……こんなにも誘ってもらって何ですが」
一瞬の逡巡のあと、僕はやっぱりちゃんと断ることにした。この二人も傍から見れば明らかな変人だが、悪い人ではなさそうだし、話せばわかるはず。
「……そうか。そいつは残念だな」
ふっ、と鼻から息を抜くと、アオナギは僕にかけていた腕を下ろし、くしゃくしゃのパッケージから煙草を取り出すと火をつけた。意外とあっさりだった。あれだけ誘っておいて。まあ、これでいいんだけど。
「お、おい、いいのかよ兄弟。こんな逸材を……!」
丸男は驚愕の面持ちで、鼻から煙を出すアオナギを見やる。両肩にかけられたその脂ぎった両手をやんわりと外すと、僕は頭を下げ、もう一度すいません、と言った。
「……本人にやる気がねえんだ。それじゃあ伝わらねえ。貫けねえ」
ひとしきりふかすと、灰皿に押し付けながらアオナギはもう一度鼻から息をついた。
「いやいやいや! 兄弟! だったら今回参加しねえのかよ。おりゃあ、この収入で食ってるようなもんなんだぜ? おめえさんだってカツカツのはずだぁ。このお方がいりゃあ、ま、その気になってくれさえすりゃあだが、予選なんてコンコンコーンて突破できるってーのによぉ! ええ? 見逃すのかよぉ、落ちてるカネ拾わねえのかよぉぉぉぉ」
またも号泣しそうになる丸男の言葉を聞き流そうとしながら、しかしある点に僕は引っかかり訊き返した。
「収入? 落ちてる金?」
説明を求め見やった、その時のアオナギの不気味に微笑んだ顔を僕は一生忘れないだろう。
悪魔との契約の一瞬だった。僕が絡め取られたのは……やっぱり必然だったのかもしれない。
「イエェェェス、少年。『対局料』は一律5万。勝者にはさらに賞金が与えられる。勝ち進めば勝ち進むほど、ウハウハになるってゆー寸法よ」
腹の底から響かせるように言葉を紡ぐアオナギは見透かしているのだろうか、僕の金銭事情を。まさか。
「ウハウハっていうのはどの程度の……」
しかし、うかされるように思わず聞いてしまう僕。完全に主導権はアオナギに握られた。
「ざっと説明してやろう。『溜王戦』はアマチュアでも参加できる数少ない倚戦だが、少年も含めた俺らが参加するとなると、最も下の『6組』から予選トーナメントを勝ち上がっていかなきゃならねえ。6組優勝まで6連勝が必要。ここまでで30万、さらにその予選優勝賞金が90万なんだよなあ」
計120万円。頭数で割っても40万。
「な、何でそんなにお金が? スポンサーでも……」
勢い込む僕を手のひらで制し、アオナギは大物がヒットした釣り人のような会心の笑みを浮かべながら説明を続ける。
「いるんだよなあ、好事家が。ダメ人間を間近で見たい・聞きたい・感じたい。様々な業界から来るんだぜ。そこの重鎮たちがよお。金なんてうなるほど集まる」
その魅力に溢れた言葉に、ぐぐぐ、と思わず僕の口からうなり声が。
「6組優勝者は晴れて決勝トーナメントに進出するが、そこでの対局料はぐぐいと上がっていく。初戦が45万」
いきなり金額が跳ね上がった。何なんだその「溜王戦」って。というかダメ人間にそこまでの需要ってあるの?
「ついで50万、75万、115万、160万、440万と。そうして決勝トーナメントでも6連勝すると、ついに現溜王チームとの七番勝負に駒を進めることとなる」
ここまで全部勝ったら900万くらい。ひとり300万……何てこった。
「七番勝負で得られるカネは、負けても1590万。勝てば……4320万」
何だその数字。
「ほ、本当にそんなお金が……」
震える僕の声に被せて、
「つかめる。つかめるんだ少年。どうよ、考え変わったんじゃねえかよ?」
非常にワルそうな、この世にはびこる醜い感情すべてを煮詰め凝縮した結果出来上がったみたいな、何とも言えないひん曲がった笑顔でアオナギがそう言い放つ。
またまた一瞬の逡巡。でももう考えは脊髄の奥の方では既に決まってたようだった。変わるも何も……
「やります。どうぞよろしくお願いします、アオナギさん、トウドウさん」
直立して腰を90度曲げる。その豹変ぶりに丸男はやや引いたようだが、アオナギは例のにやにや顔だ。
「決まりだな。俺たちゃ無敵だ。無敵のトリオの誕生だぜ」
くっくと笑うと、アオナギはほぼ空のジョッキを掲げてみせる。
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